193 安倍家 ③
勝者が決まると母親は満足そうに頷き、腕の一薙ぎで結界を破壊すると立ち上がって声を上げた。
「この度の勝者は息子のハルアキラとする!全員、異議は無いな!」
すると周囲の目がそちらに集まると彼等の顔が驚愕に染まった。
そこには全身に鎧を纏った人物が立っているからだけど理由はそれだけではない。
身に付けているのはハルアキラと同じ四聖獣の防具だけではなく、更に完成されているのでそれ以外の12神将とも契約していると言う事だ。
表に見えているだけでも7体で足の大腿部、二の腕、仮面を身に纏っている。
それ以外にも装飾品として首飾り、腕輪、足輪。
そして西遊記の孫悟空が付けていた緊箍児のような装飾も頭に付いており、それぞれに強化や耐性の効果があるのだろう。
それにしても周りの様子からすると、この事は誰も知らなかったみたいだ。
ただその腰に謄陀だけは下げていないけどこれだけ揃っていて一つだけ揃っていないのはおかしい。
そう思っていると母親は今も気絶しているカズタカに視線を向け手を伸ばした。
すると懐から人型の紙が這い出し、その場で炎に包まれ一瞬で焼失する。
「この子にも困ったものです。謄陀の剣は貸し与えた物だと言っておいたのに契約したと吹聴して不当に当主となるなんて。カズタカには後でしっかりとお仕置をしておかないといけませんね。」
「まさか母上・・・。」
「どうやらアナタは旅の中で成長し、変わった仲間に巡り会たようですね。自らの力で神将とも契約を果たしたと既に話も聞いていました。」
どうやらカズタカが謄陀と契約した話は全くの嘘っぱちだったらしく、この様子だと当主の件は振り出しに戻りそうだ。
それにさっきの人型が何らかの効果を持っていて謄陀の使役を可能にしていたと言う事だろう。
札が燃えてすぐに母親は謄陀を呼び出して腰に装着したのであれで12神将はコンプリートした事になる。
それにしても全て揃った途端に感じる気配の桁が1つ上がり、レベルにして50くらいと言った所だろう。
今の段階ならステータスを持っているハルアキラよりも更に強いのは間違いない。
この式神を作り出した安倍晴明が陰陽師最強と言われていた事が理解できる。
「それで母上。この度はどうしますか?」
「カズタカからは当主の地位を没収します。当面は私が仮の当主を務め指示を出す事になりますが、アナタ達も文句はありませんね。」
そう言って母親は周囲へと殺気にも似た気配を放っているので、あれは脅しと言うのではないだろうか。
周りの奴等でアレを受けて首を横に振れる強者は居ないだろうから、無言は賛成という事で処理が終った。
それに彼らの強味であった秘術の結界とやらも腕の一薙ぎで粉砕されているので力の差は理解が出来ているはずだ。
もはや自身を守る術は何も残されていないので誰もが大人しく嵐の過ぎ去るのを待っている。
「それとハルアキラ。あなたの気持ちは尊重しますが彼女が当家に必要なのも確かな事です。それに関して私も譲る気はありません。ですからこの際なのでここに帰って来なさい。私がもう一度しっかりと鍛えてあげましょう。」
「しかし、それでは今の師が何と言うか。」
「ゲンさんには私から話しておきます。それに『無職』の『穀潰し』が嫁を迎えても不幸にするだけですよ。」
「グハ!」
かなり厳しい言い様だけどハルアキラは殆どお金なんて持っていないのは既に把握されているのだろう。
それでなくても住む家すらないので結婚しても路頭に迷う事が確定となっている。
今は天皇の好意で屋敷に住んでいるけど、それもずっとは続けられないだろう。
だからハルアキラにとってはここで家出を止めて実家に帰るのが一番の選択と言える。
ただしコイツは既に俺達の計画に組み込まれているので、そこだけはしっかりと伝えておかないといけない。
「その前に1つ良いか。」
「何ですかお客人。」
「俺とゲン爺さんは腐った組織を解体して黄龍という新たな組織を作るつもりだ。ハルアキラをいずれはそこのトップにする予定だからそのつもりで頼む。」
「既に組織が機能していないのは分かっていましたが・・・。分かりました。そのように教育もしておきましょう。」
「頼む。それと戦力は不足気味だから実戦がこなせる奴は大歓迎だ。」
「それならまずは嫁問題から解決しましょう。彼女を我が家に迎える為に土蜘蛛を退治しないといけません。既に10人の女性がそいつの餌食となっているので早くしなければ更なる犠牲者が出るでしょう。結婚の件もあってカズタカに任せていましたが、これからはハルアキラに任せます。」
なにやら話が嫁問題になってるけど、ちょっと引っ掛かる事を色々と言ってる。
特に気になるのは蜘蛛って単語と犠牲となっている女性の数だ。
俺の助けた彼女達は今のところ天皇の屋敷で静養して時期を見て家に帰す事になっている。
それとあの時の大蜘蛛は俺のアイテムボックスの中だけど、これはちょっと確認して貰う必要がありそうだ。
俺の中で土蜘蛛とは世に仇なす大妖怪で雑魚ではないはずだけど、きっと蜘蛛違いだろう。
今は移動して何かの準備を始めているけど先に話を聞いてもらおう。
「途中で悪いけどちょっと良いか?」
「出来れは後にしてください。占術はとてもデリケートで1人が1日に同じ事を2回は占えないのです。」
どうやら彼らはこれから土蜘蛛の位置を特定するために占いを行おうとしているみたいだ。
俺の件も気にはなるけど、どんな占いなのか興味があるのでちょっと見学させてもらおうと思う。
すると何やら大きな紙が運び込まれ、それを広げると12角形の陣が描いてある。
中心に陰陽太極図が描かれ、そのまわりを干支の字や東西南北が書いてあるのでこれで方角を特定するのだろう。
そして準備が整ったようで母親は周囲の者を遠ざけ陣の書かれている大きな紙の中心に立った。
「12神将よ、私を導き求めるモノの方角を示しなさい。」
すると彼女の体から鎧が分離してそれぞれに姿を変えると陣の端へと配置についた。
そう言えばハルアキラは神将を呼ぶ時に方角も言っていたのでそれぞれに対応したものがあるのだろう。
ただ今の12神将たちはそれぞれに人の姿をしているのでどうやら動物や装備品以外の姿にもなれるみたいだ。
そして彼らの1人である朱雀がそっと手を平行に上げると真直ぐにある方向を示した。
「あちらから土蜘蛛を感じるわ。もうビンビンと伝わってくる。これは凄く近いかも!超ビックリなんだけどちょっと聞いてる?」
ただし、その方角には俺も居て、のんびりと煎餅片手に茶を啜っている。
緊張感の欠片も無いけどいつもの事で気分はちょっとしたアトラクションを眺めている感じだ。
そして方角が分かると母親はハルアキラに視線を向けるとすぐに指示を出した。
「方角が分かれば後は自分でどうにか出来るでしょ。近いらしいから早く向かいなさい。」
「分かりました母上。しかし今一度確認をさせてください。私の思い違いでなければ土蜘蛛は本当に近くに居るかもしれません。」
「分かりました。しかし、この方法はアナタだと完全ではありませんよ。」
「大丈夫です。お任せください。」
そう言って母親は全ての神将を消すとその場から離れて元の場所へと戻って行った。
どうやらこの占いは神将の助けを借りて行うらしいのでハルアキラは5体までしか呼び出すことが出来ない。
そのため穴が7カ所もあるのでその分の制度が出ない事を言っていたみたいだ。
しかしハルアキラは準備が整うと陣を出て俺の許へと向かって来た。
「ちょっとこっちに来て貰えないか?」
「ああ、何が言いたいかは分かってるよ。」
きっとハルアキラも薄々は勘付いているのだろう。
昨日から俺も同じ屋敷に住んでいるので保護している女性の事も知っているはずだ。
もしかすると俺が部屋でのんびりしている間に顔を合わせて事情くらいは聞いているのかもしれない。
そしてハルアキラは俺を連れて玄武の方向へと連れて行くとそのまま待機しておくように言われた。
さっきまで朱雀が示す北に居たので玄武は南となり方角的には反対側に居ることになる。
そして今は昼間なので土蜘蛛のような大妖怪が表立って動き回ればこの都は大混乱となっているだろう。
それ以前に俺の探知範囲内に入らずにそこまで移動するとなると途轍もない速度が必要になる。
しかもこちらの探知可能な範囲を事前に察知して躱す必要もあるので、今の俺からしても強敵となり得るかもしれない。
しかし、転移が無理と仮定して、これまでに分かっている事を考慮するなら玄武が俺を指せばほぼ確定と言えそうだ。
「さあ12神将よ。我を導いてくれ。」
「・・・うむ、確かに土蜘蛛はこちらに移動しておる。これは敷地内、いやこの建物の中か?ハッキリせんがかなり近いのは確かだ。」
すると周囲の視線が俺に向かって集中してくるのが分かるけど、何人かは「またか」といった呆れが含まれている。
そして全員を代表して母親が頭を抱えながら声を掛けて来た。
「先程の話の続きを先に聞いた方が良さそうですね。何か重要な情報。例えば偶然襲われてうっかり討伐してしまったとかでも驚きませんよ。アナタの力ならばそれくらいは容易いでしょうから。」
ここまで来てようやく話を聞いてくれるみたいだけど、内容が凄く具体的な気がする。
俺は立ち上がると部屋を片付けてもらい、その中央へと巨大蜘蛛を出して見せた。
「昨日たまたま廃寺で見つけたから狩っておいた。こんなのが町に居たら誰だって危ないと思うだろ。だから先に言っておくけど俺は悪くないからな。」
蘇生薬の事はあまり言いたくないので細かな説明は省いてそれらしい事で補強しておく。
必要そうなら母親とハルアキラには後で話しておくけど、他には言わない方が良いだろう。
「確かに土蜘蛛を放置すると危ないですね。それで攫われた子達はどうなっていたのですか?」
「全員が無事に天皇の屋敷で静養してるよ。身元が分かっているなら後で家に送って行ったらどうだ。」
「それは手柄を私達にくれると受け取っても良いのですね?それであなたはどんな見返りを求めて来るつもりですか。」
すると母親の目が細められ若干の警戒を含んだものに変わる。
しかし迷子の魂を迎えに行ったついでに邪魔な蜘蛛を駆除したくらいで大きな事を要求するつもりは無い。
それに他の女性達もオマケで助けた相手なので誰が送り届けても一緒だろう。
最初は天皇に頼もうと思っていたけど、どうせあちらも誰かに指示を出すのだろうから率先して動いてくれる相手に任せた方が良い。
もしどちらの家も手柄が欲しいのなら話し合うか連名で送り届ければ良いのではないだろうか。
今も屋敷に住まわせて面倒を見ているのは天皇家なんだからそれだけでも十分な恩は感じているはずだ。
「それなら12神将と契約する時に使う札を貸してもらえないか?」
「それなら別に構いませんが安倍の血が流れていなければ契約どころか呼び出す事も出来めせんよ。まあ、一部で例外はありますが。」
「俺が使う訳じゃないから大丈夫だ。」
俺はそう言って12種類の札を受け取るとそれを床に並べてカメラに画像を残し、更にゴーグルにも頼んでデータを保存してもらっておく。
なんでも現代ではこの術が途絶えているらしくて誰も使えないとハルアキさんが困った顔をしていた。
あの人は安倍の血を引いていると言っていたので、もしかしたら未来で役に立つかもしれない。
そして俺は並べた札を回収するとそれを貸してくれた母親へと返した。
「もう良いのですか?なにやら凄く簡単に終わったみたいですけど。」
「大丈夫だ。これで後の事はハルアキラと話し合って決めてくれ。コイツがあれば結婚は問題ないんだろ。」
「色々と感謝する。それと父上に関してだが・・・。」
少し前から静かなので痛みで気を失ったのだろう。
夫婦揃って同じ感じなら助ける気は無かったけど母親はしっかりしているのでどうするかは任せる事にする。
「これは強化した中級ポーション・改だ。これを飲ませば手足も元通りに治す事が出来る。」
「良いのですか?それはとても貴重な物だと思いますが。」
「仮でも当主はお前なんだろ。どうするかの判断は任せるさ。」
「ありがとうございます。」
そう言って母親は当主として俺からポーションを受け取った。
後は俺の関与する所ではないのでそろそろ帰る事にする。
「それじゃあそろそろ帰るか。」
「そうね。」
「「は~い。」」
これで後は贄の女性を探すだけなので昨日から続いていた面倒事も終了と見ても良いだろう。
ミズメの安全も最低限は確保できたし明日からは俺も捜索に加わるつもりだ。
俺なら近づけばそれだけで分かるのでその辺を適当に歩いていても見つけることが出来る。
そして明日からの予定を決めると今日は部屋でアイテムの強化を行いながらのんびりと過ごして眠りについた。




