185 12神将 ①
町に出ると分かってはいた事だけど、かなり荒れているのが分かる。
それに所々で区画ごとに柵が作られ、その中で多くの人が生活している。
恐らくはさっきみたいな奴等から自分達の住処を守る為に地域ごとで協力しているのだろう。
中には家の中が工房となっていて細工をしている細工師や、綺麗な衣を織っている裁縫師の人も居る。
それらの街並みを通り過ぎて再び店の並ぶ市場へと足を踏み入れた。
さっきはあまり気にして見ていなかったけど、そこにはとても目立つ1つの看板がある。
「九十九って書いてあるからここで間違いないだろうな。」
ここが恐らく婆さ・・・モモカさんの開いた店で良いだろう。
中に入るとそこには笑顔の店員とその背後から飛んで来た一本の包丁が出迎えてくれる。
俺はそれを2本の指で挟むと僅かに滑って掴み取ることが出来た。
ただ、今の俺ならピタリと止めれるかと思ったんだけど見積もりが甘かったのかもしれない。
なんだか異様な気配も感じるのでコイツはモモカさんの愛包丁の鬼喰丸だろう。
そして、これを扱えるのはモモカさんだけなので犯人も確定と言ったところだ。
「さっそくハラハラドキドキな出迎えですね。」
「あらそうなの?なんだか不穏な言葉が店先から聞こえた気がしたのだけど。」
なんだか最近はこの人がモノノ怪か何かに思えて来たけど他人の心の声を受信するのは止めてもらいたい。
俺は店に入ると鬼喰丸をモモカさんに返しながら小さく溜息を零した。
すると外が騒がしくなり入り口の暖簾を潜って数人の男達が入って来る。
どう見てもその見た目はお客とは思えず、こちらに顔を向けると声を荒げた。
「オウオウ!だれの許可を得てここで商売して・・・ブヘラッ!」
しかし言葉は途中で止まり、顔面に拳をめり込ませながら店の外へと飛んで行った。
ちなみに殴ったのは俺ではなく、笑顔を浮かべるモモカさんだ。
女性なら平手という考えは彼女には無いらしく、硬く鍛え上げられた拳は1撃で男の1人をノックアウトさている。
「また来たのね。そろそろ諦めないと川に沈めるわよ。」
これではどちらが悪人なのか分からないけど、店員は慣れているのか男達の登場と共に店の奥に避難して事が終わるのを静かに待っている。
すると残っている男がそんなモモカさんに言葉を返した。
「て、テメーが没多厨屋の傘下に入らねーからだろうが!」
「あらあら。前に言った事を伝えていないのかしら。そちらが私の傘下に入るなら許してあげるって言ったわよね。」
なんだか話の流れが既に危険な段階へと突入している。
しかもそうしないと許さないって明言してるから今の時点でかなりお怒りみたいだ。
それにモモカさんの手には既に俺が渡した鬼喰丸が握られている。
一触即発どころかモモカさんはやる気満々で、その目には既に狂喜が宿っており獲物を目踏みしている。
「文句があるなら全力できなさい。それともその腰の刀は玩具なの?」
すると男達はモモカさんに気圧されて後ろに下がり始める。
そんな中で新たな客が店に現れた。
「まあまあ落ち着いてくださいよ。その齢て『サクッ』・・・。」
すると入って来た男はモモカさんに言ってはいけない禁句を口にした。
その直後にその額には鬼喰丸が突き刺さりその場に笑顔のままばたりと倒れる。
「没多厨の旦那~。」
「あ、ついやっちゃった。・・・テヘ!」
テヘ!じゃねえだろ。
どうして商売敵をサクっと殺してるんだ。
しかもその顔からは反省の色が一切伺えない。
「テメー等こんな事をしてどうなるか分かってんだろうな!・・・ヘブシ!」
「俺を勝手に巻き込むな。こちらはあくまでここの客だ。」
「客だろうと知ったこっちゃねー!これはあの方々に報告するからな!」
しかし男は俺の話を一切聞こうとはせず、大きな声で喚き散らしているので営業妨害も良い所だ。
俺は面倒そうに溜息を吐くとモモカさんに声をかける。
「モモカさん。俺は日本語を話しているはずなんだけど会話が成立しないのは何故ですか?」
「諦めなさい。この人たちは今までこうやって生きて来たのよ。簡単には矯正できないわ。」
どうやらモモカさんでも教育を諦める事があるみたいだ。
でも残った1人をどうするかが問題だな。
「それなら結果が変わらないならコイツにも痛い目を見てもらおうか?」
「そうね。私達の前で選択肢を誤るとどうなるか。しっかりと見せしめにしておかないと。」
その結果、店の前には3人の男がボコボコにされて放置される事になった。
そしてモモカさんと言えば商売敵であった男の店をさっそく乗っ取りに向かっていったので、ここまで来るとあの人の方が悪人に見えて来る。
ちなみに数日後にはツクモ2号店が爆誕したけど俺の関知しない話だ。
しかしモモカさんが居なくなってもここには従業員がちゃん残っている。
なので俺の対応は彼らに任せれば良いだろう。
「それでなんだけどリボンが欲しいんだけど取り扱ってるかな?」
「はい大丈夫です。すぐにお持ちするのでお待ちください。」
そう言って女性は奥から抱える様な大きさの木箱を持って戻って来た。
その蓋を開けると中には色鮮やかに染められた布が綺麗に折り畳まれて入れられている。
その後も2つの箱が持って来られ、同じように布が入っている。
どうやらそれぞれに素材が違う様で麻、木綿、絹の様だ
「ちょっと見せてもらうよ。」
「どうぞ手に取って御覧ください。」
しかし現代なら麻でもそれなりに良い質感があるけど、ここに有るのはどれもゴワゴワしていて質が良くない。
木綿はそれに比べると少しゴワゴワするだけで手触りは悪くなさそうだけど、イマイチと言える。
そして絹はやっぱり別格と言って良い手触りでサラサラと滑らかなので送るならこれで決まりだろう。
それに染めている色も綺麗で欲しかった色が何枚かあるので、これは迷う必要は無さそうだ。
「それならそれぞれの素材で数枚ずつ貰うよ。赤を紺と緑を頼む。」
「分かりました。」
俺はそれらを受け取るとその場を借りて麻のリボンに付与を試してみる。
すると見事にリボンは弾け飛んでしまい無残な残骸へと変わってしまった。
破裂音がしたわけではないけど、布の破ける音がして見ていた店員を驚かせてしまったようだ。
「お客様?」
「ゴメン。ちょっと術を試したら破れてしまったんだ。お金は払うからここで色々と試させてくれ。」
「は、は~・・・。」
少し困り顔だけど再び買いに来るのに時間を使いたくないので練習用に買っていた麻で付与の練習を続ける。
しかし何十回と試しても成功例が一度も無いので一旦は諦めることにした。
「まさか全て失敗するとは思わなかったな。」
材料が問題なのか、それともこの時代の物がスキルに対応していないのかは分からないのでこれから検証が必要かもしれない。
そうしていると今度は1人の男性が店に飛び込んで来た。
(ここって意外と客が多いんだな。)
と、思っているとそいつは俺の顔見知りで確か四国の寺で会った安倍ハルアキラという人物だ。
そういえば爺さんの弟子になって一緒にここへ返って来てたと記憶している。
「どうしたんだハルアキラ。」
「ん?・・・お、お前だったのか!いや、ちょっと強い力を感じてここに来ただけだ。確かゲン師の一番弟子だったな。」
「まあ・・・間違いじゃないな。」
「それで何をしてるんだ?」
「ちょっとリボンに能力を付けようとしてたんだ。上手くいかなくて全部吹き飛んだけど。」
数にして30枚を超えているので俺は布の残骸だらけになっている。
店員が掃除道具を持って待機しているので立って体からゴミを払うとその場から移動する。
「悪いな散らかして。」
「いえ、大した事ではありませんので。」
そう言ってゴミを取って綺麗にしてくれたので、お礼にチップを握らせ次に来ても邪険にはされないようにしておく。
「それでなんだけど、どうして失敗するか知ってるか?」
「それは知っているさ。こう見えても俺の専門は術だからな。そういう呪具を作りたいなら特別な材料でないとダメだ・・・。」
すると言葉の途中でハルアキラは口籠ってしまい説明が止まってしまう。
その顔が歪んだり赤くなっているのは何か理由があると言う事だろう。
「何かあるなら話してみろ。もしかすると少しくらいは力になれるかもしれないぞ。」
特に武力関係なら大々的に手伝ってやれる。
それに3人へとリボンをプレゼントする為にはコイツの知識が必要みたいなので余程の相手でなければ数時間以内には始末が出来る。
するとハルアキラは顔を赤くした所で百面相を止めると意を決して話し始めた。
「す・・好きな人が出来たんだ!」
「ほうほう。」
「あらあら。」
この告白には俺だけではなく後ろで片付けをしていた店員も驚いている。
ただ、あちらの方は顔がニヤニヤしているのでこの時代でも恋バナは女性にとって大好物な部類なのかもしれない。
ただ問題は俺に何をしてもらいたいかと言う事だ。
まさか恋文の書き方を教えてくれとか、弦楽器を作ったり弾ける様になりたいとかなら他を頼ってもらった方が良い。
「それで?それと俺のリボンとで何か関係があるのか?」
「実は最近この京の都に古の大妖怪が復活したらしい。そいつが狙っているのが俺の惚れた相手なんだが・・その・・・色々な事情があるんだよ。」
その後ハルアキラは脈略なく話を進め、それを横で聞いていた女性店員が嬉々として紙に書き取っていく。
きっと後で他のスタッフと話のネタにでもするのだろう。
奥からは他の女性店員も覗いて話に加わりたそうにしているからせっかくなので彼女達の意見も聞くべきだろう。
そう思って手招きをしてみるとニコニコしながらやって来た。
そして話をまとめると確かにかなり面倒な話しみたいだ。
まず問題の一つがハルアキラ自身にある。
コイツは安倍家の当主となる家の長男なのに全てを捨てて旅に出ている。
すなわち家出状態で地位や権力が何もない男だ。
そして女性の方は純恋と言う名前で少し前に没落した家系らしい。
ただ何でも父親が再び復権を狙っているらしく、何人もの娘を有力な家に嫁がせ力を取り戻そうと足掻いているそうだ。
ハルアキラが惚れたのはその内の一人で普通なら絶対に結婚は出来ないだろう。
たとえ相思相愛だとしても父親が許すはずがなく、この時代は本人たちの意思よりも親の意見が尊重される。
ただし今回は状況が違って彼等が魔物に狙われてしまった。
しかし出せる物が無いため父親は魔物を倒した者に娘を報酬として差し出す事を決めた。
その娘がハルアキラの意中の相手らしいのだけど、その争奪戦に彼の実家も名乗りを上げたそうだ。
何でもその女性には凶事を事前に知る事の出来る未来視の力があるらしい。
そんな娘を景品にするくらいだから父親の方もかなり焦っているのだろう。
「それで、お前は自信が無いのか?」
「俺の家からは弟が出るそうだが、なんでも12神将の1人を従えているらしい。それだけで俺には勝ち目がない。」
そう言えば寺で爺さんが少し話していたけど、安倍家には12匹の強力な式神が居るらしい。
ただ式神と言っても術ではなくどちらかと言えば契約魔術に近いそうだ。
相手を呼び出して契約し、呪文の書かれた札を媒介にして呼び出す類らしい。
その中でも安倍家に伝わる神将は他に例を見ない程に強力らしく安倍晴明が過去に契約し、それ以来は全ての神将と契約できた者は現れていないと言っていた。
「それなら諦めるか?」
「そんな簡単に諦められるならこんなに悩んでない!」
「なら想像してみろ。そのスミレが他の男と寝ている姿を。手を繋いで仲睦まじく過ごしている姿を。」
「言うなーーー!」
「それが嫌なら俺が力を貸してやろう。俺の仲間になると強く念じろ。そうすればお前にも力が宿るはずだ。」
「うおーーー!こうなれば何でもやってやるぞ!」
コイツはけっこう乗せ易い奴だとも爺さんから聞いてたけど本当にその通りだ。
無事に俺のステータスへと申請が届いたのでボタンを即座に押してやる。
「グホハーーー!!」
テンション上げ上げでこの痛みはちょっとキツイかもしれないな。
しかし旅をして鍛えられているのか痛みで倒れただけで意識だけは残ってたみたいだ。
「大丈夫か?」
「これくらいは問題ない。それよりもこの胸に灯る熱い炎は何だ!?」
「愛の力?」
「そうか!それで今の痛みは何だ1?俺は力を手に入れたのか!?」
俺はある程度の事は省略して必要な事だけを伝えていく。
そして立ち上がったハルアキラに昨日倒した熊の魔石を進呈した。
「これを吸収してステータスを強化しろ。」
「有難く使わせてもらおう。」
その結果この魔石でハルアキラは300ものポイントを手に入れた。
そしてそれぞれの数値が均等になる様に振り分け強化を終えると店から出発する。
「この辺で魔物が居る所に心当たりは有るか?」
「何でも琵琶湖の方で被害が増えているらしいぞ。」
「ならまずはそこからだな。」
俺はハルアキラを肩に担ぐと琵琶湖へと向かって行った。
すると確かに至る所から魔物の気配を感じる事が出来るので岸に降りると目の前に広がる水面に向かって挑発を放った。
「ギイエエーーー!」
「ギョギョギョ!!」
すると至る所から水棲の魔物が顔を出すとこちらに襲い掛かって来る。
俺はそいつ等をスキルの手加減を使いながらノックアウトして後ろへと流していく。
「ともかく殺せ。一心不乱に殺せ。」
「おう!コイツ等1匹1匹が俺の未来に繋がってるんだな。」
「その通りだ!」
俺は魔物が水中から現れなくなるまで戦いを続けてハルアキラを強化していく。
こちらは能力に差があり過ぎて傷すら付かないので楽な物だ。
そして、その数が2000に届きそうな所で魔物が現れなくなった。
どうやらこの近辺の魔物は完全に枯渇してしまったらしい。
俺は素早く魔石を拾い袋に詰めると疲労で倒れているハルアキラを抱えて町へと戻った。
「おい起きろ!」
「ブハーー!」
力尽きて起きないので顔に水を掛けてやる。
そして起きたところで次はスキルの取得をさせる。
それにコイツもアズサの父親であるハルアキさんと一緒で符術が使える。
その派生で契約もバッチリあるので後は12神将を呼び出すだけだ。
呼び出すのに必要なのはその為の印の書かれた札と安倍家の直系を示すための血らしい。
もちろん知識も血も揃っているのですぐにでも呼び出すことにした。
「それならまずは誰から行く?」
「ちょっと待ってくれ。少し休憩を・・・。」
「その魔物が何時襲って来るかな。今か?それとも今夜か?もしお前の弟が負けたらお前の好きな相手は美味しそうに喰われるんだろうな。」
「燃え上がれ俺の愛!」
そう叫ぶと座り込んでいたハルアキラは目に炎を燃やして立ち上がった。
ただし万全を期するために無理はさせず下級ポーションを飲ませて体力は回復させておく。
術者の魔力は体力依存なので、これで駄目なら他の手段を考えるか少し遠征して更にレベルを上げる必要がある。
「それで、どれから行くんだ?俺はその辺を知らないから順番は任せるぞ。」
「ならまずは北の守護神である玄武からだな。温厚で情に厚いと聞いている。」
どうやら最初に呼ぶ神将は既に決めていた様だ。
しかし人に聞いた話や文献からだとどこまで信用できるか分からない。
いざとなれば少しは手伝ってやらないといけないだろう。




