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177 伊達家 ③

ハルヤが去ってすぐにアケとユウはハルムネの所へと駆け寄って行った。

そして2人による熊でも分かるステータス講座が開かれている。


「そういう訳なので、皆で仲良くパーティを組みます。」

「そうしないと敵が攻めて来た時に皆を護れませんよ。」


するとハルムネは子供だと思っていた幼い2人に言われているのに納得を示していた。

そこに怒りや侮りも無く、ただ事実をありのままに受け止めている自分がいる。

そして大事な者を失った苦しみを思い出すと言われるままにパーティを組んだ。

その様子に横で痛みに耐えながら見ていたクボヒメは僅かに口を笑みの形に変え、愛する者の手をそっと握る。


「アナタも・・少しは・・・大人になったのかしら?」

「俺は以前からずっと大人だ。しかし、今までの戦から得た勘が警戒しろと告げている。それよりも今は無理に喋るな。きっとあの少年がどうにかしてくれる。」


そして既に城では兵士達は戦いの準備を終わらせようとしていた。

奇しくもハルヤの来訪で兵士たちが装備を半分以上整えていたのが役に立っている。

そうでなければこんな短時間では鎧すらまともに着られなかっただろう。


すると外から慌ただしい足音が聞こえ、兵士の1人が駆け込んで来た。


「町の外から大量の魔物が迫って来ております!」

「来たか!全員直ちに出陣せよ。俺の家族に手を出した報いを受けさせてやるぞ!」


そう言ってハルムネは勢いよく立ち上がるとクボヒメに一瞬視線を向けるだけで兵を連れて駆け出して行った。

そして城から出ると一直線に魔物を発見した方向へと走り出すがすぐに違和感を感じて立ち止まる。


「嫌な予感が2つの方向から迫ってきている。ならば片方が陽動ということか。しかし、魔物相手にそこまで人を裂く事は出来ん。どうすれば・・・。」


すると避難指示によって人の消えた町に咆哮が轟いた。

そちらを見れば熊親子が町に迫っている魔物の群れへと走り出しているのが見える。

それを見てハルムネは即座に思考を切り替え作戦を考え決断する。


「お前達はあの熊を追い必要ならば手助けをするのだ。」

「畏まりました!ハルムネ様はどうされるのですか?」

「俺は一度城に戻る。戦場の指揮はお前に任せたぞ。」

「お任せください!」


そしてハルムネは自身の右腕と言える男に前線の指揮を任せると、そちらを陽動と読んで城へと戻って行った。



その頃の城ではちょっとした出来事が起きていた。


『ハルから指示がありましたね。それではこの呪いの糸を切ってしまいましょう。ただ、相手にしっかりと報いがある様に呪いに込められている力を数倍にして送り返してやります。』


そしてクオナは柄に内蔵されている機能の一つである重力制御を使って一瞬だけ浮かぶと呪いを断ち切り、誰にも分からない速度で再び元の場所へと戻っていた。

するとクボヒメは先程までの痛みや苦しさが嘘のように消え去り、横になっていた状態から起き上がってホッと息を吐いた。


「どうやら、本当にあの少年はやってくれたようですね。」

「お兄ちゃんはやる時はやる人なの~。」

「良く抜けてますが同感です。」

「まあ、信用は出来るわね。いっつも何だかんだ言いながらちゃんと護ってくれるし・・・。」

「あらあら、そうなの。あの子は意外と隅に置けないのね。」


そして少しすると外から足音が近づきハルムネが部屋に戻って来た。

その顔はあまり余裕があるようには見えないが、クボヒメの姿を見た途端に表情を綻ばせる。

そして、まるでコマ落しの様な速度で傍に駆け寄るとクボヒメの体を優しく抱きしめた。


「元気になったんだな。」

「ええ、もう大丈夫よ。それとね、(ゴニョゴニョ・・・)。」

「そうか、それなら急いだ方が良いな。もうじきここに敵が攻めて来る。」


2人は何やら秘密の会話を行っているがハルムネは先程から胸にある不安が大きくなっているのを感じていた。

そして、その予想は的中しており、敵は既に城内に入りここを目指している。

するとその警告の言葉にアケとユウは当然のように言葉を返した。


「知ってるよ~。」

「ミズメさんを狙ってるのです。」

「え!そうなの!?ハルが居ないけど大丈夫かな?」

「「大丈夫!」」


すると心配するミズメにアケとユウは元気に大丈夫だと断言する。

その言葉には根拠も何も無かったがミズメは苦笑すると信じてその時を待つ事にした。

そして数分後、ハルムネは立ち上がると部屋の入り口を見詰め、刀を鞘から引き抜いて構えを取る。


「どうやら来た様だぞ。」

「うん。それよりもステータスを開いて確認をしてみて。」

「何かあるのか?」

「そろそろレベルが上がってるはずです。外で熊母さん達が魔物を蹴散らしていますから。」

「うむ、確認してみよう。」


そしてステータスを開くとレベルと書かれている所の数字が既に10を超えていた。

ハルムネは説明されていた身体強化と鉄壁を取得し何度か素振りをして状態を確認する。


「これで後は魔物を倒せば良いだけか。」


そして気配が強まりそちらに視線を向けるとこの部屋を覆う牢の外から魔物が姿を現した。


「へへへ、本当に居やがった。それにしても本当に美味そうな奴だぜ。」

「おい、そこのガキ共も連れて帰って遊ぼうぜ。痛ぶれば良い声で鳴いてくれると思わね~か。」

「お前も物好きな奴だ。俺は人を選ばねーからあっちの婆をお持ち帰りするか。」

「オイオイ、なら俺は残ったあのつまらなそうな男かよ。」


続々と現れた魔物の数は10匹を越え、外へと向かう廊下をその大きな体で塞いでしまう。

しかもどの魔物も筋肉の分厚い鎧を纏い、身長は3メートルを超えて手足は大人の胴よりも太い。

その頭には歪に捻じれた2本の角が突き出し、一目で異形の存在である事が分かる。

そんな異形の鬼たちは行く道を遮る格子に腕を振るい、まるで小枝でも払う様な感じで破壊してしまった。


「ガハハハハ!この中に居れば安全だと思ったのか?この程度は障害にすらならんぞ!」

「そうですか。」


しかし笑っている鬼の横を一本の薙刀が通過しその先に居た別の鬼の頭部へと突き刺さった。

その鬼はここに現れた時にクボヒメを婆呼ばわりした鬼である。

そして鬼が消えるとクボヒメは笑顔で立ち上がり、手元のステータスを操作してスキルを習得した。


「どうやら私も神に選んで頂けたようですね。」


しかし、そう言って笑っていても背後では蒼い鬼炎が立ち上りある称号を獲得していた。

それは職業にもある鬼嫁であり、この時点で彼女の力は数倍に膨れ上がった。

それに実はクボヒメもハルムネがステータスを得たのと同時に神の声を聞き、ステータスを得ていた。

そしてアケとユウの講座を聞いて理解し、ハルムネ経由でパーティにも入っている。

通常は隠し玉として相手の油断を誘い、奇襲を行う筈であったが禁句を言われて我慢できなかったようだ。

彼女は背後に置いてある薙刀を手にするとゆっくりと前に出る。


「どうやらアナタ達は女性に対する礼儀を知らないようですね。」

「婆が粋がってんじゃねえーーー!」


すると次に牢を破壊した鬼が拳を握り、怒りのままにクボヒメへと襲い掛かる。

もしその拳を受けてしまえばステータスがあったとしてもタダでは済まないだろう。

しかし、どうやら怒っているのは相手だけでは無かったらしく、その前にハルムネが滑り込むと複数の剣線が閃光の様に瞬いた。

そして互いに通り過ぎて位置が入れ替わると、どちらが鬼か分からない形相でハルムネは口を開いた。


「俺の妻を・と呼ぶ事は許さん!」

「アナタは分かってくれていて嬉しいわ。さすがは私が選んだ旦那様ね。」

「当たり前だ。お前はいつまで経っても美しい。」


そして惚気の様な会話をしていると鬼は忘れていた様にバラバラになって崩れ落ち、黒い霞となって消えて行った。

その光景に先程まで余裕の笑みを浮かべていた鬼たちは静まり返ると無意識に足が下がる。

するとその瞬間を狙っていたかのようにアケとユウは大量の風刃が放ち、鬼たちの体をズタズタに切裂いていく。

そして満身創痍となった鬼たちへとハルムネとクボヒメが距離を詰めると首を刎ねて止めを刺した。

そこには一切の躊躇も慈悲も無く、あるのは等しく死だけである。

しかしハルムネが最後の鬼の首を刎ねた瞬間にその場から後方に飛び退き、途中でクボヒメを抱て更に下がって行く。

すると廊下の何処からか声が聞こえ1人の女が姿を現した。


「フフ、良い勘をしてるのね。あと一歩踏み込んでたら私の鞭で首を刎ねてあげたのに。」

「何者だ!」


現れた女は肌は黒に近い緑色で先程の鬼たちと同じく明らかに人間でない事が分かる。

だが問題はそこではなくいつから居たのかが分からないと言う事だ。

先程までは確かに誰も居なかった筈の場所に突如として現れた1人の女。

しかもその纏う気配はまさに化物と言うに相応しく、ハルムネとクボヒメは互いに冷や汗が止まらなくなっていた。

そして女は妖艶な仕草で体を捻ると酷薄な笑みを浮かべて名乗りを上げる。


「私はあの方の僕にしてハルの奥さん・・・。」

「希望だよね。」

「私達は誰も認めていませんよねユリさん。」


すると相手の名乗りの途中でアケが言葉を勝手に付け足し、ユウはその言葉を真っ向から否定するとその名前と告げる。

すると笑っていた顔が歪み、敵意と怒りの籠った表情へと切り替わった。


「何処の誰かと思ったらハルの後ろに何時も引っ付いてる金魚の糞どもか!」

「私達は兄さんの排泄物らしいよ。」

「もしかしてそれって褒め言葉?」

「敵なのに良い事を言いますね。」

「貶してるのが分からないの!」


ちなみにこの2人は覚醒と同時に高い言語能力を手に入れている。

だから言われた事も言っている事もしっかりと理解しているが、それでも言っている事と思いに大きな違いはない。

この2人を現代風に言い現すとすれば極度のブラコンと言っても良いだろう。

ただし現代では笑い話で終わる事もこの時代では大きく異なる。

なにせ、この時代には兄妹同士の結婚を阻む法律も咎める者も居ないのだから。


「まあいいわ。今日はハルの周りの掃除をしに来たのだから。」


そう言ってユリはミズメへと真直ぐに視線を向ける。

そこには敵意と憎悪が渦巻き、ミズメが認識した時には目の前にユリが立っていた。


「速すぎる!ま、まさか!」


そして驚いて声をあげたのはミズメではなくハルムネだ。

彼は先程ユリが急にそこへ現れたカラクリに気が付いてしまった。

ただ、カラクリと言っても何か仕掛けがあった訳では無い。


「何を驚いているの?私は普通に動いただけよ。まさか気付いてなかったの?」

「そんな・・・。」

「実力の違いが分かったならそこで大人しくこの泥棒猫が死ぬ所を見ていなさい。そうすれば後で優しく殺してあげる。それにあの方はアナタ達をとても嫌っている様なの。生きては逃がさないから諦めてコイツが惨たらしく死ぬ所を見物してなさい。」


今のユリの強さをレベルに置き換えれば70を超えている。

そのためレベルが20にも達しておらず職業すら得ていないハルムネとクボヒメでは影が動いた程度にしか認識できていない。

もし、ユリが本気になれば死んだことも分からずに殺されているだろう。


それに気付き動かなければ殺されると分かっていながら2人はまるで大蛇に睨まれた小さな蛙のように指先の一つですら動かす事が出来なくなっていた。

そして、その脳裏に浮かぶのはここに居ない愛する息子や娘たちの事で今なら逃げる事も可能かもしれない。

それだけが唯一2人にとっては幸運であり、最後の救いでもあった。


ユリはそんな2人を軽く鼻で笑いミズメへと視線を戻す。

そして腕を木の根のように変化させるとミズメの体を絡め捕ろうと伸ばしてくる。

しかし、それは何者かによって阻まれるとユリはその場から飛び退き苛ついた顔で自身の右腕に視線を落とした。

その先には先程まであった腕は無くなっており、断面からは樹液のようにドロッとした黒い液体が染み出している。

そして視線を前に戻すとそこでは自分の腕が黒い霞となって消えていくのが見える。

通常は切られてもすぐには消えないはずでだが、それがスピリチュアル・ソードの効果である。

実体を持っていたとしても仮初に過ぎない魔物の肉体を本体から完全に切り離す事で即座に分解する。

そして、それを操っているのは何も無い空中から伸びている一本の手であった。


「流石ハル。ちゃんと私の事を分かってて守りを固めてたって事ね。」


そして次第に腕だけでなく足や胴体が現れ、そこに1人の女性の姿が現れた。

しかし、それは人の形をしているが人ではなく、体は金属に覆われ精巧な人形を思わせる見た目をしている。

そしてSソードを右手に握ってユリの前に立つと、肉声に近いが平坦な声で語り掛けた。


「アナタの事はハルから聞いています。彼はアナタの事をとても心配していますよ。」

「誰か知らないけど当たり前のことでしょ。それよりもアナタは何者なの。」


ユリは切られた腕を再生させながら鋭い視線を女性に向ける。

そこに先程までの侮りは無く、腕の再生が終わると何もない空間から剣を取り出して右手に構えた。


「そう言えば他の人に名乗るのは初めてですね。私はクオナ。本当はもっと長いのですがそれを言っているとハルが戻って来てしまうので省略しておきます。アナタとはその前に決着を着けましょう。」

「そうね。私の邪魔をするなら誰だろうと敵よ!」


言葉が終ると同時にユリはクオナに襲い掛かった。

床を踏み砕き周りの者には縮地の様に見える速度で斬撃を放つ。

しかしクオナは内心で溜息を吐きながらそれを上回る速度で得物を数回動かした。


「どうしてそこまでハルの事が好きなのにそっちへ行ってしまったのですか?やっぱりあの子にはもっと包容力が必要って事かもしれませんね。」


そして剣線が走ったと同時にユリの四肢は切り取られると、その場に這い蹲る様に倒れた。

するとその瞳には驚きではなく怒りと憎悪が浮かび、それは真直ぐにクオナへと向けられる。


「どうして!お前みたいな奴がそいつを護るのよ!どうしてその女が何時も選ばれるの!私だって・・私だって・・・!」

「あの子の傍から自分で離れたのでしょ。あなたは自分勝手な考えに憑りつかれてアナタの大好きなハルを裏切ったのです。あの子がそれを悲しまないと思っているのですか?」

「五月蠅い!勝手な事ばかり言うな!」

「まあ、アナタ程度だと私には敵わないません。弱っているとは言っても精神生命体である私を倒したいならレベル100の壁を越えないとダメです。まあ、そんな事をすれば普通の人間の魂だと消滅して完全に消えてしまいますが。きっとあなたもそろそろ器の限界迎えているのでしょ。」


これは人間は誰も知らないステータスの秘密の一つであるがクオナは既に気が付いていた。

覚醒する時に魂が作り変えられて邪神の力を吸収し力へと還元できるようになっているがそれは無限という訳ではない。

必ず限界がありそれがレベル100と言う事になっている。

もし、邪神と正面から殴り合うならその壁を越えるか、人間としては大き過ぎる代償を払うしかない。


そしてクオナは体を再生しようとしているユリの傍に行くと僅かな躊躇も無くSソードを振り上げた。


「最後に言い残す事はありますか?」


すると絶対的な強者を前にしてユリの顔に初めて恐怖が浮かび、このまま死ねばハルに二度と会う事が出来ないと感じ目から黒い涙が流れ落ちる。


「イヤ・・・死にたくない!」

「それが最後の言葉ですね。」

「・・・助けてハル!」

「それは伝えられませんね。」


そしてハルの名を叫ぶユリに向かい容赦なく最後の1撃が振り下ろされた。

その直後に暴風を纏って何者かがこの場に乱入すると2人の間に体を滑り込ませ手に持っている刀でクオナの攻撃を受け止める。

しかし自身の全力をもってしても受け止め切れないと判断すると、ユリの体を抱えてそのまま力に逆らわず後方へと飛び退き距離を取った。

それを見てクオナは溜息をついた様な動きをすると邪魔をした人物へと声を掛ける。


「ハル。その子は魔物で敵ですよ。殺して邪神との繋がりを絶ってあげるのが最善ではないですか?」

「そこまでの事はお前に頼んでない。コイツの事は俺がどうにかする。」


そして、そこには抜身の正宗を手にしたハルヤがユリを抱えて膝を付いていた。

するとクオナは剣を引いて鞘に納めると、最後に注意だけは怠らずに伝える。


「もし出来ないのなら私は容赦しませんよ。」

「分かってる。」


そしてハルヤは頷くと正宗を持つ手に覚悟と力を込めた。

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