173 次の目的地へ ①
俺達は今日の宿を見つけるとそこで部屋を取った。
今回は別府の時とは違い変な相部屋に案内される事も無く、普通のスタッフと普通の部屋で普通の料理が出て来た。
やはり普通とは時代が変わっても落ち着くものだ。
そして普通の部屋で皆を寝かしつけて久しぶりにステータスの確認をしようと座った所で普通じゃない客が現れた。
そいつ等は部屋の扉を叩いて外から声を掛けて来る。
「すみません。ちょっとお話をよろしいでしょうか。」
「ごめんなさい。今日は普通を満喫しているので人間で無い方はお断りです。」
そう言って断ったのに俺の前の空間が歪み、そこから3人の女性が姿を現した。
見た目は日本人風だけど明らかに何処かの神様だろう。
どうやら、普通な時間はここで終了のようだ。
「は~~~それで?どんな用事ですか?」
「神を前にしてそんな対応をされたのは初めてです。」
「しかも開口一番でそんな深い溜息をされたのもです。」
「こんな目が眩む美女を前に失礼だと思わないの!」
俺の目の前には確かに黒髪の美人さんが3人並んでいるけど、それが何だと言うのだろうか。
断ったのに部屋に押し入り、自分勝手な事を言って来る。
神だから敬えとは横暴が過ぎると言うものだ。
まあ、せっかく訪ねて来たので少しは持て成してやるか。
「それなら茶菓子くらいは出してやるから適当に食ったら帰ってくれな。」
「何よそれは!」
「せっかく来てやったのに横暴ですよ!」
「それよりも何出してくれるの?」
1人は食い付いたけどこれで十分だろう。
俺はアイテムボックスに入っている物の中からロールケーキを取り出した。
コンビニとかではよく見る周りがスポンジケーキで中に生クリームが入っている奴だ。
それにこれは更にその中心に大きなイチゴが入っていてコンビニではなくちゃんとケーキ屋で買っている。
1つが30センチほどもあるのに2000円程と安いのでまとめ買いして持っているのだ。
近い内に皆で食べようと思ってたけど神に出すならこれくらいで良いだろう。
「これをどうぞ。」
「これは何?」
「毒なんて入ってないでしょうね。」
「食べても良いの!?」
「どうぞ食べてください。」
そう言って俺は最初の2人の皿を下げて3人目の前にだけケーキを残した。
貰い物を前にして文句を言うなら食べなくても良いのだよ。
「頂きま~す。・・・美味し~~~!」
「しっかり食べろよ。そこの2人は気に入らないって言ってるから沢山あるからな。」
「やった~!」
すると1人が美味しそうに食べているのを見て食べられなかった2人の喉が鳴る。
そして揃って視線を逸らしながら話しかけてくる。
しかし今回は先程の様な大きな態度ではなく少しだけ遠慮気味になっている。
「わ、私達も食べてあげても良いかな~て?」
「やっぱり持て成しを受けたらちゃんと食べないとねえ。ハハハ・・・。」
「最初から素直に食べてみれば良いんだよ。俺が毒なんて入れるはずないだろ。その前にお前らに人の世の毒なんて効くのか?」
そう言って俺は先程下げたロールケーキを2人の前に戻してやる。
ついでにイチゴを追加してやるオマケ付きだ。
「あ~~~!2人にだけ狡い~!」
「はいはい。お前には2つな。」
「やった~!」
そして食べ始めるとその顔に笑みと驚きが浮かび、あっという間に完食してしまった。
しかし、その視線はまだ残っている切り分ける前のロールケーキに向いている。
配ったのは3分の1ほどなのでまだまだ残っているので、揃ってお代わりをご所望のようだ。
「あんまり食べていると太るぞ。」
「「「神は太りません。」」」
なんだかミズメと一緒の事を言ってるけど、後で太って泣いても知らないからな。
俺はそう思いながらも残ったケーキを3等分にして皿に乗せてやる。
するとそっちが大きいだのイチゴが多いだのと言い争いを始めてしまったけどコイツ等はここに何をしに来たんだろうか?
なんだか話があるとか言ってたくせに一向に切り出して来る気配がなく、もしかして俺に甘味を奉納させに来ただけか?
それなら既に終わっているのでそろそろ帰ってくれないかな。
俺も今からステータスの確認で忙しいから邪魔にしかなっていない。
ただ真面目な話しだったら困るのでこちらから切り出してみることにした。
「それで、お前らは何を話しに来たんだ?」
「「「ん?」」」
すると3人がシンクロする様に手に持つフォークを咥えてコテンと首を傾げる。
まさか目的も一緒に飲み込んで胃で消化したのではないだろうかと不安になる。
「「「おう!」」」
すると同時に思い出したのか拳を軽く掌に打ち付けて頭上に浮かべていた『?』が『!』に変わる。
どうやら話の内容は胃に落ちたのではなく、頭に上がって行ったみたいだ。
出来れば真面な話だと良いんだけど、彼女等はまず自分達の自己紹介から始めた。
「私はタキリヒメです。」
「私はタキツヒメよ。」
「私はえ~とイチキシマヒメです。こう見えても子供の守護神って言われてるのよ」
「な!何だと!!・・はは~~~!!!」
俺はイチキシマヒメの紹介を聞いてその場に正座で座り直すと手を真直ぐに伸ばして頭を垂れた。
まさか、この方が俺が挨拶がしたいと思っていたイチキジマヒメだったとは知らず無礼の数々を素直に謝罪する。
しかし、彼女は更に驚きの事を口にした。
「ちょっと急に態度が変わって怖いけど、なんだかアナタからは私の力を感じるのよね。どうしてかな?」
「それはもしかすると弁財天ではないでしょうか?」
「あ!そうかもねしれない。ちょっと待っててね。」
そう言って彼女はその場で立ち上がりクルリと回り俺の良く知る姿へと変わってしまった。
ちなみに日本ではイチキシマヒメと弁才天を同一視する流れがある。
ネットで見て知っていたけどあの素晴らしい子供の守り神とこのクソ神が同一神物だとはあまり思いたくはない。
「それで、いきなり変わられたんだけどコイツは誰なの。」
うん、この傲慢で高飛車な所は確かに弁才天だ。
残っている2人は穏便に俺の事を説明してくれているのでケーキの効果があったみたいだな。
「確かに言われてみるとそうね。でも私はコイツの事を覚えてないわよ。いったいどこの馬の骨なのかしら!?」
「それは俺が未来の馬の骨だからだよ。そこでアンタの依頼をこなして変な加護を真面な加護に変えてもらったんだ。」
きっと言っているのはラッキースケベとラッキー男の事だろうけど、あの時は色々と神経を使わされたぞ!
だから、こうして思い出すだけでも殺意が湧いてきそうだ。
「信じられないなら俺の頭の中を覗いてみるか?その方が簡単で手っ取り早いだろ。」
「ん~、なら少しだけ・・・。」
そう言って俺の額に指を当てると今回も頭の中を弄られるような不快な気分になる。
それにしてもコイツはツクヨミよりも雑なのか痛くは無いけど気分が悪い。
まるで嵐の海を船で進んでいる様で三半規管がグルグルしてる感じだ。
そして少しすると弁才天は納得して指を離すと腰に手を当てて鼻息を吐き出した。。
「まあ、確かに本当みたいね。でもまさかこんな事が起きるとは思わなかったわ。」
「知ったならしっかりと対処の方法を考えろよ。それが原因でかなりの信者が死ぬ事になるぞ。」
神に対して死人が出ると言っても通用しない。
特にコイツは人の死をそんなには気にしないだろうけど、信者が減るのは自分の力に直結するので他人事じゃない。
なのでこれから300年は時間があるので何かしらの対策を考えるだろう。
「まあ、その時までには考えとくわ。それにしても何で未来の私はこんな馬鹿に加護なんて与えたのかしら。こんな事が知られたら私まで馬鹿にされちゃうじゃない。」
言ってる事は凄く納得できるんだけど全ては自業自得だ。
それにしてもこのラッキー男は弁才天の加護だったのか。
もしかすると他の称号にも神々によって授けられるような物があるのかもしれない。
そして考え事をしている間に弁才天が俺の頭を急に鷲掴みにしてその口元に怪しい笑みを浮かべた。
「何をするつもりだ?」
「何って、証拠隠滅よ。これからアンタの馬鹿を治してあげるわ。」
そう言って弁才天はその手から俺に力を送り込んでくるのが伝わってくる。
そして脳が過熱して痺れるような感覚が頭の中に駆け巡り、同時にいつも思考を塞き止めているダムが低くなっていくような感じがする。
いつもの様に痛みに関しては大した事は無いのだけど弁才天はそうではないようだ。
最初は余裕そうに強気な笑みを浮かべていたけど今では口をへの字にして必死な顔になっている。
いったい何にそんなに必死になっているのだろうか?
「お、おかしいわね。これだけ力を送れば人類でも最高峰の頭脳になってるはずなんだけど!これだけやってようやく普通なんてありえないでしょ!!アンタどれだけ馬鹿なのよ!!!」
そんな事を言われても俺にどうしろというのか分からないけど、ここで俺の耳はとんでもない事を聞き取った。
(まさか今の段階で俺の頭が平凡並みになっただと!)
「本当か弁財天!」
「こら話しかけるな!集中が切れるでしょ!」
「いや、あんまり無理するな。この頭はアマテラスすら匙を投げたんだ。普通まででも驚異的だぞ。」
「・・・ブハ~~~!これでも普通よりもちょっと頭が良いくらいなんてアナタどうかしてるわよ!もしかすると未来の私もこれに事前に気付いてアンタに別の形で加護を渡したのかもしれないわね。」
「ははは!褒めても俺から出るのはホールケーキくらいだぞ。」
「出るんじゃない!」
俺は特製のジャンボホールケーキを取り出すとそれを全て弁財天へと差し出した。
これはちょっとしたお礼なので未来に戻って成果が確認出来たらもっと色々と奉納するつもりだ。
きっとその方が喜ばれるだろうし、希望があれば日本中どこでも走って買って来よう。
すると弁才天は満更でもないのかニコニコしながら渡したケーキを収納している。
きっと俺の頭を覗いた時にその手の知識もついでに手に入れたのだろう。
ただ俺から得られる情報は大した事が無いだろうから見られて困る事は無い。
「フッフッフ。思いもよらない所で良い物を手に入れたわ。それじゃあそろそろあちらに代わるわね。」
そう言ってさっきと反対方向にクルリと回ると今度はイチキシマヒメへと変身した。
「話は終わったみたいだね・・・って凄い加護が大きくなってるんだけどいったいどうしたの!?」
「実はね・・・カクカクシカジカで・・・。」
それで話が通じるとは流石は神様だな。
きっと俺の分からない所で凄い情報交換がされているのだろう。
「そうなんだね。まあ、あっちの私は素直じゃないから良かったよ。それよりも私のケーキは何処?」
「ああ、それなら弁才天がついでに食べて行ったぞ。」
「にゃ!なんですと~~~!?あぁ~~~食べておけばよったよ~~~!『チラ!』」
そう言ってイチキシマヒメはバレバレの泣き真似を始めてしまった。
それを呆れながら見ているとその間に何度もチラチラとこちらを見て来る。
まあ、今回に関しては十分な見返りを既に貰っているので少しくらいは奮発しても問題はないだろう。
しかし何を出すかだけど既に生クリーム系のケーキは出してしまっているので、ここはそれの対となるケーキを出すしかない。
そういう事で次に茶色い色をした同じ形のケーキを取り出した。
「今日はこれで最後だからな。」
「やった~!」
『『ゴクリ!』』
イチキシマヒメは泣き真似を止めて大喜びしており、横の2人は甘く芳醇な香りに生唾を飲み込んでいる。
そして俺の配ったチョコレートケーキをミズメ並みの無警戒さで口へと入れた。
「おいっし~~!なにこれ凄く美味しい~!」
「ホントだわ!」
「コクがあって甘みもあって。」
そして3人は瞬く間にケーキを食べ終え、大きな吐息を吐き出している。
満足したようで何よりだが、何か重要な事を忘れているような気がする。
「なんだか体が少し熱いわね・・・。」
「まあ、こ・・このくらいどおって事・・無いわよ。」
「熱~い!」
そう言って3人は着ている服を開けさせ胸元に風を送り始める。
微妙に見えているんだけど気にしては居ないようだけど、目付きが何やらおかしい気がする。
なんだかライオンと虎と豹に睨まれているような気が嫌な気分なんだけど・・・。。
まあ、今の俺だとそれくらいは大した事はないけど、もしかするとまたやってしまったのだろうかもしれない。
「ねえ・・・。今から社に来ない。」
「今回のお礼に色々としてあげるわよ。」
「食べちゃうぞ~。」
最後はイチキシマヒメだけど本音が駄々洩れになっているのでチョコレートの効果は神にも有効みたいだ。
そして、どうしようかと思っていると空間を引き裂いて1人の神が姿を現した。
「何時までも戻って来ねーと思ってたら何を馬鹿な事をやってんだ!」
『ドコ!ボコ!バキ』
現れたのは俺の良く知る神であるスサノオで、すぐに3人の精神状態が異常である事を感じ取りその頭に拳を振り下ろして気絶させた。
これこそ捨てる神あれば拾う神ありと言う奴だろうか。
しかし3発目に関しては変な音が聞こえたけど死んでないよな。
そしてスサノオは3人を空間の裂け目に放り込むと代わりに俺の正面へと腰を下ろした。
まあ、困っている所を助けてもらったので、お礼にビーフジャーキーを渡しておこう。
何でも酒好きらしいので甘い物よりもツマミになる塩辛い物の方が良いだろう。
ついでにエイの鰭と貝柱も付けておけば満足してくれるはずだ。
「助かったよ。」
「いや、それよりも話を聞いたか。(ウヒョ~!これ美味~な。コイツ俺の事をしっかり理解してやがるぜ。)」
「いいや。甘味を食ってたらいきなり興奮しだして話も胃で溶けて消えたみたいだ。」
するとスサノオは溜息をついて頭を抱えた。
もしかすると、もともとそういう事があの3人には良くあるのかもしれない。
「それなら娘の代わりに俺が話しとくか。」
「娘だったんだな。」
「まあ、生まれ的にはな。それよりもこれからの事だ。ここから次の目的地ではかなり遠い。それでアイツ等に送ってもらう予定だったんだ。」
「そういえばアイツ等は道の神でもあるんだよな。」
「良く知ってるな。アイツ等ならゲートを開いて次の場所まで送る事が出来る。」
イチキシマヒメは子供を守る神だけど、あの3人を合わせるとさっき言ったような道に関する神として崇められている。
まあ、ちょっとオマケで調べただけなのでそんなに詳しくは無いけど交通安全とか航海の安全なんかもあったはずだ。
「それなら明日になったら会いに行けば良いのか?」
「そうだな。すまないがそうしてくれ。それまでにはちゃんとさせとくからよ。」
そう言ってスサノオはツマミを抱えてニコニコと帰って行った。
きっと今から酒を片手に俺の渡したツマミを楽しむつもりだろう。
そして部屋が静かになったのでステータスの確認を・・・と思ったら眠ったはずの3人の目が爛々とこちらを見詰めていた。
どうやらさっきの事は全て見られていたみたいだ。
「はいはい。食べたら歯磨きをして寝る様にな。」
「「「は~い。」」」
そしてミズメたちは布団から飛び出すと俺が出したロールケーキを食べ、俺が歯を磨いてやって再び布団に潜り込んだ。
なんだか最初よりも幸せで満足そうな表情を浮かべているので良い夢が見られるだろう。
俺は再び3人を寝かしつけてから今日の本題であるステータスの確認を始めた.




