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169 因島 ②

俺が魔物へと突撃するとそれと同時に相手も動き始めた。

どうやら我慢の限界が近かったところに俺の挑発を浴びて自制が利かなくなったようだ。

その結果1000を超える数の魔物が押し合い圧し合いしながらまるで雪崩の様に押し寄せてくる。


それに対して俺は相手が間合いの深くまで入って来るのを待ち構え、その距離が1メートルとなった所で一気に腰のSソードを抜いて振り切った。

その結果、目の前に迫る魔物が一瞬で消え去り、広範囲に渡って魔物の居ない空白地帯が出来る。


「「業火よ!」」


そして後方からはアケとユウが獣タイプの密集している場所を狙って重点的に火球を打ち込み効率的に敵を始末して行く。

この調子ならあと10回ほど攻撃を加えれば殲滅できそうだけど、そんなことをするとさっき覚醒した2人に見せ場がやって来ない。

せっかく痛みに耐えてやる気になっているのにそれが無駄になってしまうのは可哀想だ。

そう、それはあまりにも可哀相なので自分達の能力がどれだけ上昇したかの確認も兼ねて最後に魔物と戦ってもらう事にした。

今度はこちらから距離を詰めて敵の数を程よく間引いて最終的には100匹ほど残す形にしている。

そして挑発を止めて後ろに飛ぶとコバヤカワとタケヨシを前面に立たせてやった。


「後は任せたからな。」

「ちょっと待ちなさい!あの数を2人で処理しろと言うのですか!?」


するとその直後にコバヤカワから抗議の声が飛んで来た。

しかし、さっきまでは1人のノルマが200匹だったのを4分の1である50匹まで減らしてやった。

それに今はレベルもある程度上がって10は軽く超えているはずなので不可能では無いはずだ。

コイツ等の強さはダンジョンで言えば恐らくは7階層の辺りなので無双ゲームみたいな一方的な蹂躙は出来なくても先程から見せている力と技があれば十分に対処が出来る・・・かも。


「死んだら死体は回収してやるから安心しろ。」

「全然安心できねーよ!」

「いいから早くやらないと目の前まで来てるぞ。」


こうして話している間にも目の前に鬼と半魚人たちが迫って来ている。

獣タイプはアケとユウが既に大半を倒していて、仕上げに俺の方で全滅させておいたので残っていない。

それに彼らの戦闘技術は対人を想定したものなので人とは違う動きをする獣とは相性が良くないと思った。

現代でツクモ老も大蜥蜴との初戦では武器が無い事とその大きさに苦労していたからちょっとしたサービスみたいなものだ。

まあ、あちらは素手で戦っていたので今とは状況が違うけど初戦ではこれくらいが丁度良いだろう。


そして2人に向かう鬼たちは手に人の足程の太さがある棍棒を持ち、それを容赦なく振り下ろして来る。

するとコバヤカワはそれを最小限の動きで横に躱し、タケヨシは咄嗟に槍を上に掲げて正面から受け止めた。


「相手の攻撃が目で追える!」

「何でこれを受け止められるんだ!?普通は槍が折れるだろ!」

「お前らはもう普通じゃないんだからこの戦いで自分の中にある常識と能力の違いを実感しろ。」


しかし俺が言う前には既に体を動かし、コバヤカワは相手の首を飛ばし次の敵へと向かっている。

そしてタケヨシは筋肉を隆起させ、受け止めた丸太を跳ね返すと勢いで倒れた鬼の胸を槍で貫いて止めを刺した。


「信じられませんね。幾ら切っても刀の切れ味が落ちません。」

「俺もだ。しかも武器の強度が凄え!力も今までよりも何倍にもなった感じだ!」


コバヤカワの戦い方は足を使って囲まれない様に動き、常に有利な位置取りを取りながら戦っている。

そこから魔物の急所を攻撃しているので確かな技術と経験が感じられた。


そしてタケヨシの方は豪快に敵を蹴散らし、まるで嵐の様な荒々しい戦いをしている。

しかし、これだと魔物が100匹というのは少な過ぎたので、これなら最初から魔物の中央へと放り込んでおけば良かった。

ただ少し力に酔っている所が見られるのでこの戦闘が終わったら少しだけ手合わせをしておこうと思う。

この時代にも爺さんという容赦のない人が居るので変た事を仕出かせばあの人は容赦なく2人を始末しそうだ。

まあ、その前に神によってお仕置か処分されるかもしれないけど、使える人材を無駄にしたくはない。


そして戦闘は順調に進み10分と掛からず終了となってしまったので、これだと軽いウオーミングアップ程度にしかならないだろう。

やっぱり碌に殺し合いをした事のない現代人よりもこの時代の人間の方がステータスを効率よく生かして戦いを行えるみたいだ。

なので予定通り彼らには自身の本気を実感してもらうために追加で戦ってもらう事にした。


「さて、それじゃあ最後の確認と行こうか。」

「最後ですか?」

「がはは!何をするんだ?」


まだコバヤカワは冷静そうだけど元々が荒くれ者の中で生きているタケヨシは危なそうだ。

邪神に付け入られても面倒なのでしっかりとレベルについての概念を教えておかないといけない。

でも以前のオーストラリアでアメリカの覚醒者であるドロシー達にしたように、死んで覚えてもらう訳にはいかないので手加減は必要そうだ。


「簡単だ。本気で打ち込んで来い。」

「良いのですか?流石に死んでしまうのでは。」

「良いって言うんだからやってみようぜ!」


そう言ってタケヨシは剛腕と槍の遠心力を最大限に生かした横薙ぎを放ってくる。

恐らくはこの一撃なら大岩さえも一撃で粉砕するだろう。

しかし、俺の硬さはそれを大きく上回ると言っても普通に受けるだけだと力の違いを見せつける事は出来ない。

武器を破壊する訳にもいかないので俺は槍の穂先を優しく指で挟み折れない様に受け止める。


「おいおい!マジかよ!」

「言っとくけど俺の実力はこの程度じゃないからな。それに幻鬼とか言われている爺さんも復職したから変なことしてると殺されるぞ。」

「なに!あの爺さんまだ生きてるのか!?」

「今はお前ら同様に力を手に入れて幻鬼(元気)ピンピンだ。それに海賊なら少しは知ってるだろ。」


するとタケヨシの顔に明らかな焦りが見え始めたので、どうやら過去に痛い目を見た後のようだ。


「しかし伝説のあの人が再び動き出したという事は今がそれ程に危険な状況だと言う事ですね。」

「そっちも知ってるんだな。」

「はい。あの人は大名たちからも恐れられていますからね。過去に万を超える兵士を皆殺しにして悪事を行っていたその地の大名を殺害したそうです。後で組織からその大名が魔物だったと報告がありましたが。」

「それに少し前まではこの海の守り神とか言われてたからな。俺達が今の様な形で仕事をする様になったのも奴の存在があったからだ。今でも子供に言い聞かせる時に悪い事をすると幻鬼が来るって言ってる所もあるくらいだからな。」


それにしても話を聞いてるとまるでナマハゲと同じ様な扱いをされているな。

でも残念な事に、あの爺さんは鬼よりも強くて怖くて厳しい存在だ。

もしかするとそれが長い時間をかけて祭りとかに出て来る鬼にでもなったのかもしれない。

彼らも鬼と言われてはいるけどその仕事は悪事を咎め、厄を払う事だから見た目は怖くても善と言えなくもない存在だ


「さてと、デモンストレーションはこの辺にしてもう少しやり合うか。」

「あの、私はもう十分に分かったので・・・。」

「俺も全力の攻撃をあっさり防がれて存分に理解できたからよ・・・。」

「何言ってるんだ。遠慮せずに全力で来い。自分の能力を把握しておかないと今後が大変だぞ。」

「てょ、待てよ!」

「話を聞いてください!」


その後、次の魔物が来るまでの間に2人の全力を引き出す訓練を行った。

しかし現れた魔物がアケとユウによって瞬殺されるため数分ほど訓練をする予定が30分にまで伸びてしまった。

その結果、何度か手足が取れかけたけど、体から取れた訳では無いし死んでもいない。

それにここに来る時の戦いでポーションの補充は完了しているので何度かそれを使いながら彼らが根を上げても訓練を続けた。


「そろそろ魔物も寄って来なくなったな。」


定期的に現れていた魔物が来なくなり、どうやら集合場所がここではなく城の方に変更されたのだと気付く。

それにしても魔物だから断末魔の様な悲鳴を聞いて喜んで集まって来るかと思っていたのに、指揮官が居るので冷静な判断が下されたようだ。

仕方ないのでこちらから城に乗り込んで勝負を決めることにした。


「移動するぞ。」

「「・・・。」」

しかしコバヤカワとタケヨシは死んだ魚のような目で別々の方向を見詰めていて動く気配がない。

するとそんな2人の口から力のない呟きが漏れ聞こえてくる。


「早く終わらせて故郷に帰りたい・・・。」

「俺も今は猛烈に家族の顔が見たくなったぜ。」


これはきっと覚醒した事による副作用で愛する者の顔が見たくなったのだろう。

俺の時代の言葉で言うならホームシックと言う奴で間違いない。

覚醒してたったの1時間程度で情けないけど2人とも大事な家族が居るのだろうから早く終わらせて会わせてやろう。


そして2人を無理やり歩かせ城の方向へと移動して行くと、その前には木材によるバリケードが組まれ、その後ろに人型の魔物が待ち構えていた。

しかし、何やら少し体を震わせているようだけど武者震いと言うヤツだろうか。

もしかして待たせている間に何らかの方法によって戦意を向上させたのかもしれない。

これは無駄な被害を出さない様に最初から全力全開で戦う必要が有りそうだ。

しかし、そんな俺の考えとは違って歴戦の戦士は別の結論に行き着いた。


「やけに相手の戦意が低下してますね。」

「え?」

「何を怯えてやがるんだ?」

「は?」


すると予想外な言葉がコバヤカワとタケヨシから発せられた。

まさか魔物が恐怖するなんてあるはずがないと思っていたけど戦闘経験が豊富な2人が言うなら間違いないのかもしれない。

そうなるといったい何に怯えているんだろうか?

魔物が恐れを抱くような存在がこの島に居るとは思えないので首を傾げるしかない。

そして相手の出方を窺っていると城の最上階から悲鳴と共に恐怖に染まった声が聞こえて来た。


「ひゃ~~~!き、来たぞ!化物が来たーーー!お前たち命懸けで俺を守れー!」


俺はその瞬間に魔物が化物と呼ぶ存在に警戒し、周囲の気配を探って危険な存在が潜んでいないかを確認する。

しかし、そんな存在は感じられず、俺の後ろには可愛いアケとユウに加えてミズメしかいない。

俺はまさかと思いながらそちらを見るけど2人からはニコリと太陽の様な笑顔を返され、ミズメからは自分ではないと首を左右に激しく振られてしまった。

しかし、もしこの3人を化物だと呼ぶならあの城を達磨落しに見立てて崩していく必要が有りそうだ。


まあそれはもしもの時として、俺の横に居る2人も脅威ではあるけど化物と呼べるほどの存在ではない。

熊親子は俺の探知範囲よりも遠い所に居るので奴が感じられるはずもないだろう。

そうなるとやっぱり心当たりが無いので何が奴をあんなに怯えさせているのだろうか?


「どうやら化物が来たみたいだけどそんな奴が何処に居るんだ?」

『『ジト~~~。』』


しかし、聞いているのに返って来たのは呆れを含んだジト目だけだ。

そう言えば以前にも同じような事があった様な気がするけど、いつだったか正確には覚えて無い。

あの時もこんな感じに見られていて、その時の犯人は・・・俺だった気がする。

なので確認のためにさっきの悲鳴を上げた奴がこちらを覗いたタイミングで笑顔を浮かべ手を振ってみる『ニヤリ』。


「ギャーーー!化物が手を振ったー!あれは俺を殺すという合図に違いない!下僕共、奴を殺せーーー!」


すると魔物は怯えながらせっかく作っているバリケードを飛び越え俺に向かって来た。

そう、俺に向かって来るというのが、奴の言葉にある化物が誰であるのかを示している。

しかし、こういうケースは初めてだけど指揮官、又は見えない糸で繋がっている上位の存在が精神を乱せばそれは部下にも伝播するのかもしれない。

それにしてもこんなへっぴり腰で戦えるのだろうか?

足は生まれたての小鹿の様に震えているし、連携すら取らず誰が最初に攻撃するかを押し付け合っている。

でも、そんな所で悠長にしていると格好の的になるだけだ。


俺は大きく息を吸い込むと魔物が並んでいる右端へと咆哮を放った。

そして、そのまま顔の向きを変え、全ての魔物を一度に薙ぎ払って行く。


「ガアー・・・!」

「ギョゲー・・・!」

「ゴアー・・・!」


このスキルは威力はあるけど溜が必要なので実力が拮抗している相手には使い難いけど、こうやって雑魚狩りにはとても役に立つ。

ついでにバリケードも木端微塵に消し飛んだので道も出来て一石二鳥だ。

ただし個人的な希望を言えばフィンガースナップで衝撃を出したい。

いつかそんな力を持った特殊個体の魔物が現れないだろうか。

もし見つけたら最優先で狩りに行くんだけどな。

それとも手を影絵の様に何かの口に見立てて『か〇は〇波』ってやったら何かでないかな。

流石に人に見られると恥ずかしいので今度1人の時にでも練習してみよう。


「道も出来たから城に向かうぞ。」

「滅茶苦茶だな。」

「ハッハッハ。もう何が起きても驚きませんよ」

「ハルってこういう時に容赦がないわよね。」


後ろで何か言ってるけど目的地である城は目の前だ。

でもこれ以上あまり時間を使いたくないので手早く済ませてしまいたい。


「アケ、ユウ。」

「どうしたの?」

「何か御用ですか?」


すると2人は俺の傍まで嬉しそうに駆け寄り見上げて来る。

それにこの城に来る前に下級ポーションを飲ませているので元気も有り余っているだろう。


「この城を焼き払って終わりにしてくれないか。」

「「任せて~。」」


2人は城に向けて両手を伸ばすと炎を作り出して次々に撃ち出し始めた。

ちなみに城と言っても奴が籠っているのはその敷地にある建物の1つで大きさもそれ程大きい訳では無い。

高さも3階建てと低く生垣の上に建っていても材質は木造なので魔法で火を放てば簡単に全焼させられる。


そして幾つも放たれた炎は急激にその勢いを増していき、目的の建物を数分で包み込むと巨大な火柱を立てて燃え上がった。

そうなれば中に取り残されている奴は見事に炎で焼かれる事になる。

しかも最上階と言えば火力が一番高くなる場所なので、そんな所にずっと居ては焼け死ぬのも時間の問題だ。


「アァ~~~!火ッ!火が~~~!お、お前たち!儂の城に何て事をしてくれたんじゃ!」


そう言って窓を突き破り1つの影が20メートル程の高さから飛び降りて来た。

しかし体には既に炎が纏わり付き、着ている服も次第に灰へと変わっていっている。

恐らくはそうなる前は煌びやかで高価な服だったんだろうけど、今となってはその面影は僅かに燃え残った服の切れ端からしか推測できない。


「アチチチ!!」


しかも火を消すために地面を転げ回るので今では土に塗れてその面影さえも感じられなくなった。

そして最後に残ったのはフンドシを絞めたデップリとした体格の半魚人と言う訳だ。


「これがこの時代の変態か。」

「アケとユウは少し離れましょうね。」

「「は~い。」」

「な、何という姿だ・・・。」

「テメーそれでも海の男か!」


どうやらミズメは俺と同じ意見の様で2人を引連れてこの場を離れてくれた。

ミズメはこうやって俺の想いを感じ取って動いてくれる所がとても有り難い。

もうこの辺には魔物も居ないので、あの3人なら大丈夫だろう。


ただコバヤカワは魔物の醜い姿に驚愕し、タケヨシは相手の体格に対して怒りを感じているようだ。

それにしても、あの顔はアンコウの様な深海魚だろう。

言葉は流暢なので相手の声音から誰なのかを推察したみたいだ。


吉充ヨシミツ、なんだその姿は!」

「五月蠅い!五月蠅い!うる・・・ゴヘ!」


危うくこんな醜い野郎があの名作ヒロインの口癖を使ってしまう所だった。

俺はそれを回避するために一瞬で間合いを詰めるとヨシミツと言われた半魚人野郎の頭部を殴りつけ、顔を地面にめり込ませる。


「ふ~危ない危ない。」

「危ないのはどっちなんだ?」

「シ~!本人に自覚が無いのですから言ってはいけませんよ。」

「おっとそうだな。腹いせにさっきの拷問みたいな訓練をされちゃあ敵わんからな。」


なんだか後から仲良くなった2人の声が聞こえるけど内容は聞こえなかった事にしよう。

でも後で行おうと思っていた訓練を少し追加しておく必要がありそうだ。


「俺のやるべき事は済んだから後はそっちで勝手に話してくれ。」

「感謝します。そんな者でも一度は同盟を組んだ相手ですからね。」

「俺も酒を酌み交わした奴だ。ケジメはこっちで着けさせてもらうぜ。」


そして2人は気絶しているアンコウもとい、ヨシミツを引き摺って行った。

するとしばらくして悲鳴が轟いて1つの気配が消えると2人はこちらへと戻って来る。

しかし燃える城をバックにするとは中々の演出家のようだ。


「それで殺したのか?」

「いや、勝手に死んだ。」

「きっと恐怖に耐えられなかったのでしょう。」


そう言って2人は苦笑いを受けべているが、その顔は少し寂しそうでもある。

やはり付き合いのあった仲間が死ぬのは覚醒しても精神的な負担があるようだ。

そして俺達は城の火を消すと熊たちと合流し島を出て行った。

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