168 因島 ①
船着き場に着くと俺はここに来た時と同じ船を取り出してタケヨシに見せた。
すると全体を見回して首を傾げ、俺に視線を向けて来る。
「デカい船だが帆と櫂は何処にあるんだ?」
「これは完全に人力走行船だからな。まずは乗船してくれ。それから説明するから。」
そして全員で乗り込んで俺はカナエにしたように操船方法を教え、どうやって進むのかを伝える。
ただ専門の知識がある訳では無いので推進部であるスクリューに関してはかなり適当な説明にしてある。
「それで本当にこんなデカいのが進むのか?」
「まあ、任せとけ。それよりも操船は任せたからな。」
説明をしても俺の足りない知識だとこの時代の人間であるタケヨシを納得させられるだけの説明は出来ない。
ならば論より証拠、百聞は一見に如かずと言うのでまずは体験してもらおう。
ここから因島までは直線距離で30キロで少し迂回して行くので40キロ近くある。
この時代の船の速度が時速10キロ程らしいのでタケヨシの言う様に今の時期なら到着は夜になるだろ。
でもこの船なら何も無ければ30分くらいで到着できるはずだ。
俺は席に座ると今回は母熊もスタンバイさせて準備を終える。
今回の母熊の役割は常に漕ぐのではなく以前に船団を壊滅させた時と同じようにブースター役だ。
タケヨシには敵が来ても避けるなと言ってあるので大丈夫だろう。
どうせ因島に居るボスを追い詰めれば周辺に散っている奴らも戻って来るので一網打尽に出来る。
そして今回は急いでいるので出航から急加速して目的地に向かって走り始める。
すると伝声管を通してタケヨシの焦った様な声が聞こえて来た。
『待て待て!速すぎるぞ!今は潮が引いてて座礁する場所が多くなってんだ!鉄って言ってもこんな速度でぶつかれば船底に穴が開くぞ!』
「問題ない!」
『おい!』
俺は漕いでいる足をさらに早めて船の速度を更に加速させる。
すると外から何かにぶつかった音が聞こえてくる。
『言わんこっちゃねえ!岩礁にぶつかっちまった!損傷はどうなってやがる!浸水はどの程度だ!』
「問題ない!」
『何だって?』
「問題ないと言ったんだ。いいから操船に集中しろ。」
海底から突き出した岩に激突した程度ではこの船に傷すらつける事は出来ない。
出来るとすれば音を立てて船を少し揺らす程度だ。
それも船内に居れば関係ないし気付くのは船外に居るタケヨシだけだろう。
『おい!今度は岩礁が突き出してるぞ!』
「問題ないからしっかりと舵輪を掴んどけよ。」
『おい!』
そして次は海面から突き出した岩礁を粉砕して進んで行く。
すると今度はタケヨシからの声は聞こえず伝声管は沈黙を守っている。
しかし10分くらいすると再び伝声管から声が聞こえて来た。
『敵の小型哨戒艇だ!』
哨戒艇が居ると言う事はかなり目的地に近づいたと言う事になる。
放置しても良いけど出来るだけ沈めておくか。
「突撃しろ。」
『は?止まらねーのか!?』
「いいから船首を向けて粉砕しろ。一々止まってたら夕飯に間に合わないだろ。」
『あ、ああ。・・・そうだな。』
そして衝突の瞬間に窓の外を見ていると何かの破片が周囲へと飛び散り乗っていた魔物がバラバラになって消えていくのが見えた。
どうやら小舟程度では揺れる事もなかった様でまさに海の藻屑になったようだ。
『ちょっと聞いても良いか?』
すると伝声管から何やら神妙な感じの声が聞こえていた。
もしかして生き残りが甲板にでも飛び乗ったのか?
しかし、船外を見ても魔物は何処にも取り付いていない。
それならいったい何があったのだろうか?
『お前にとって飯は今回の事よりも大事なのか?』
ああ、さっきの夕飯の話を気にしてるのか。
もしかして俺達が知らないだけで密かに夕飯の準備でもしてくれてるのかもしれないな。
それにしても当たり前の事を聞いて来るものだ。
人は飲食をしないと確実に死んでしまう。
それに俺はアケとユウを2度と飢えさせるつもりは無い。
今はそこにミズメも加わっているけど優先順位としては今回の事よりも遥かに高いと言える。
「そうだな。もうじき終わる問題よりもこれからも食べて行かないといけない夕飯の方が大事だろ。お前だって家族を飢えさせないために海賊の頭なんてしてるんだろ。」
『ああ、そうだったな。』
すると次には気楽な返事が返って来る。
どうやら、俺の返答はタケヨシを納得させるには十分だったみたいだ。
『ところでよ、今度はこの船と同程度の大型船が来たんだが?』
「問題ない。粉砕して進め。」
『了解だ!』
そして更に大型船と正面から衝突し、その船体も木っ端微塵に粉砕する。
この調子なら後数分で目的地である因島に到着できそうだ。
すると席に座って到着を待っているコバヤカワがこちらへと振り向き1つの提案をしてくる。
「良ければ島の西から上陸してくれませんか?」
「そこに何かあるのか?」
「そこには俺達の仲間が居る筈なんです。この状況で誰からも連絡が無いと言う事は期待は出来ませんが確認だけはしておきたいのです。」
「分かった。西側だな。そろそろ到着するからそこから上がって先導してやれ。」
「・・・手間を掛けますね。」
恐らくは生き残りは居ないだろう。
もしかすると酷い光景が広がっている可能性もあり、そこに居た兵士たちも魔物になって襲って来るかも知れない。
コバヤカワにもその辺の事は理解しているだろうから十分に覚悟が必要だ。
そして進路が変わり、俺達は因島の西にある集落へと到着した。
しかし海岸から見た感じでは荒らされた様子はない。
それどころか兵士たちは鎧も付けず、村人の様に穏やかな生活を営んでいる。
事情を何も知らなければ何処にでも在る普通の漁村に見えなくも無い。
ただ、しいて言えば子供や女性の姿が一切見えないのでそこに違和感を感じる程度だ。
そして俺達が到着して少しすると1人の男が俺達の前にやって来た。
「コバヤカワ様。いきなりどうされたのですか!?視察の知らせは来ておりませんが。」
「すまないね。少しここに来る用事が出来てそのついでに来たのだが息災でしたか?」
「はい。この通り病気もせずに元気にやっております。」
そう言って男は穏やかに笑みを浮かべ、コバヤカワもそれに笑みを返す。
後ろから見ていても知り合い同士の再会だと分かり問題は何処にも見当たらない。
しかし、それは直後に取られた行動によって永遠にみられない光景へと変わった。
「そうか・・・。息災で何よりです。」
コバヤカワはそう言って刀を抜刀するとその勢いで男の腹を深く斬り裂いた。
それによって男は笑みを浮かべたまま仰向けに倒れると黒い霞となって消えていく。
「お前は3ヶ月前に既に死亡が確認され、海に埋葬されました。それには俺も立ち合い、ここに居るはずが無いのですよ。」
コバヤカワの顔は怒っている様にも悲しんでいる様にも見えるし、何処かホッとしたようにも見える。
しかし、その表情はすぐに引き締められると刀を構え直した。
何故なら男が死んだと同時に人間の姿をしていた奴らが魔物へと姿を変え、本性を現しているからだ。
しかし、その姿はここ最近になって頻繁に倒していた半魚人と違い、額から1本の角を生やした鬼の姿をしている。
「ゴアーーー!」
「ガーー!」
そして姿を変えると同時に咆哮を上げ、それが周囲に広がるにつれて島全体の緊張感も高まっていった。
魔物は近くにある槍や銛などの武器を手にすると容赦なくコバヤカワへと攻撃を行う。
そこにはかつての仲間というような遠慮や容赦はなく、明確な殺意だけが込められている。
その攻撃をコバヤカワは手にした刀で軽く受け流すと1匹目の鬼は首を深く斬り裂き、2匹目は懐に入ると同時に腹部を深く斬り裂いた。
戦う姿を初めて見たけど流れる様な動きと躊躇の無さからかなりの実力なのが伺える。
どうやら普段は頼りない見た目だけどやれば出来るタイプの人間のようだ。
「ここは任せて先に行きなさい!」
「いや、それはちょっとした死亡フラグだから。」
何を言い出すのかと思えば戦闘開始直後にお約束のセリフを言いだした。
確かに実力的には申し分が無いとは思うけど敵は魔物で人間とは違って他人を犠牲にするような戦法を平気で使って来る。
普通の人間では1対1ならともかく、数で押し切られれば簡単に負けてしまう。
それに敵は前から来るだけではない。
既に背後にある海にも魔物が潜んでおり、こちらの隙を伺っている。
コバヤカワの言葉を信じて別行動を取ればそれを好機と見て一気に押し寄せて来るだろう。
「お前は魔物を舐め過ぎだ。奴らを人や獣と思うな。卑劣で非道な何かだと思え。そうしないと一瞬で殺されるぞ。」
俺はそう言って海に向かうとスキルで魔物を誘き寄せ飛び出して来た所で首を飛ばしていく。
もしこれで相手が人間ならこの周辺は血で真っ赤に染まり、死体で溢れる光景が見れただろう。
俺は更に海の奴等をあらかた片付けると、家に潜んでいる奴らを家ごと斬り飛ばして始末したり、物陰に隠れている奴を障害物と一緒に切断して始末して行く。
そしてそれも終わると周囲に魔物の残りが居ないのを確認しコバヤカワの元へと戻った。
「奴等を人間と思うなよ。」
「アナタの事も良く分かりました。」
『ガラガラガラ!ド~ン!!』
すると背後で音がしたので振り向くと先程まで長閑だった漁村は跡形もなく崩れ去り、破壊の限りが尽くされていた。
「・・・魔物との戦いに物的破損は付き物だ。」
「今回は勉強料だと思っておきます。」
「そうしてくれ。」
ただ弁明をさせてもらえるなら壁の1カ所を破壊したり、支柱を1本切り倒しただけで崩れる様な家を建てるのが悪いと思う。
もう少し丈夫に作らないと台風でも簡単に壊れてしまうだろう。
しかし俺は力技でコバヤカワの死亡フラグを圧し折る事に成功し、揃って島を進み始めた。
でも先程の叫びによって島中に散っていた魔物がこちらに押し寄せて来るだろう。
今もいたる所から声が上がり、それはこちらへと近づいてきている。
ただ、現代の旅行で走った時の記憶を思い出してもこの島はかなり大きかったはずだ。
縦に長くて最長で10キロ、横が5キロ位だったか。
そんな島の魔物を1カ所で待ち構えていたら時間も掛かって面倒なので、ここは二手に別れて行動するべきだろう。
もちろん、この魔物が犇めく戦場で別行動をするのはそれに慣れている者を当てる必要が有る。
「熊たちは南側を頼む。」
「ゴッフ!」
「ガウ。」
「ガウ。」
「俺はダメなのに熊は良いのですか?」
「当たり前だ。コイツ等の強さは既に確認済みだからな。」
それにコイツ等は九州を駆けまわって魔物を枯渇するまで狩り尽くした実績もある。
こんな島くらいならあっという間に終わらせてしまうだろう。
母熊は冷静な判断も出来るのでもし勝てない相手が居れば俺の所まで戻って来るはずだ。
「俺達はあちらに向かうから何かあったら戻って来いよ。近くまで来ればニオイで探せるだろ。」
『コク。』
そして母熊は一度頷くと2匹の子熊を連れて走り去って行ったので、これで時間の半分以上が短縮できるだろう。
後はさっきの鬼たちから伸びていた魂を侵食する糸の先へ向かえばこの状況を作り出している奴の所へ辿り着ける。
俺達は整備されているとはお世辞にも言えない獣道を通って島の奥へと進んでいった。
しかし、こちらには魔物ホイホイであるミズメが同行している。
魔物は例外なく引き寄せてしまうため、餌に群がる蟻の様にこちらへと一直線に向かって来る。
(そう言えばタケヨシの実力をまだ見てなかったな。)
「タケヨシもそろそろ実力を見せてもらっても良いか。」
「構わんぞ。丁度良く敵も集まって来たみたいだしな。」
タケヨシは3メートルを超える槍を構えると藪から飛び出して来た鬼を一突きしてその胸に風穴を開けてしまう。
鬼はその一突きによって心臓を破壊されると呆気なく消えていった。
そして続けて飛び出して来た鬼たちも喉から頚椎を破壊され、側頭部を殴打され、口から槍を突きこまれ正確に1撃で始末されていく。
ここは狭い獣道で周囲には木々が立ち並んでいるのに大した槍捌きだ。
流石は能島に残して来た彼の部下たちが信頼を寄せるだけはある。
「戦い慣れてるな。」
「俺達は真っ当な海賊だがそうでない奴等もいるからな。そう言う奴らとやり合ったりもするし、戦にも出にゃならん。戦えねーと仲間も安心して付いて来れねーしな。」
やっぱり当主をするにしても色々と大変なようだ。
特にこの時代は油断や弱さが命に直結しているので注意しないといけない。
敵だけでなく時には仲間さえも疑わないといけないとなると俺には無理そうだ。
そして話しの最中にも散発的に襲ってくる魔物を各自で倒しながら道を進み、ようやく開けた場所へと到着した。
しかし、そこには多くの魔物が待ち構え、鬼だけでなく半魚人タイプも多数みられる。
それ以外にも犬や巨大な猪などの獣タイプもここには居るようだ。
さっきから襲ってくる魔物が少ないと思っていたらここに集結させていたという事か。
きっと今まで襲って来ていたのは命令に背いて動いていた一部の魔物だったのだろう。
それから考えて確実に命令が出来る知恵のある奴が何処かに居るはずだ。
まあ、ゴーグルを使えば繋がっている糸が見えるので探すのは難しくない。
その糸も奴らの後方に見える城へと向かっているのでここを片付ければゴールは目の前だ。
そして1000を超える魔物を目の前にして、ビビっている様子の2人に声を掛けた。
「もう少しで目的地に到着するから気張ってけよ。」
「イヤイヤ!ここは撤退するべきでしょ!」
「無謀と勇気は別物だぞ。あれは気合でどうにかならねーだろ!」
確かに普通に見たら1000対5なんて明らかにあちらが有利と言える。
しかも今も相手の数は増え続けているとなると腰が引けるのも無理はない。
俺だって少し前ならこの状況以前に、ここへ来る事すら断っていただろう。
なので2人を根性無しと笑ったり蔑んだりするつもりは無く、良くも悪くもこれが普通の反応なのだろう。
「なら、お前らは俺の後ろから付いて来い。アケとユウはミズメを頼んだぞ。」
「りょうか~い。」
「任せてください。」
「俺達は子供以下ですか・・・。」
「やべーな。自分がかなり情けなく見えて来たぞ。」
「別に奮起して無理をしなくても良いからな。もしもの時は2人の後ろに隠れてれば大丈夫だ。」
「オイオイ、そんな事言われたら余計に逃げられねーだろう。」
「武士として生き様を見せる時の様ですね。」
別に挑発をするつもりは無かったのだけど何故かコバヤカワとタケヨシがやる気を見せ始めてしまった。
しかしステータスが無いのだから別に無理をしなくても良いのにな。
そう考えていると勝手にステータスが開き、そこに別枠で短い文章が表示されていた。
ただ文字を読むと犯人が何処となく分かる内容のものだった。
『コバヤカワが仲間になりたそうにこちらを見ている。』
『タケヨシが仲間になりたそうにこちらを見ている。』
恵比寿はどれだけ遊び心を織り交ぜてこのステータスという機能を作ったのだろうか・・・。
なんだか未来の奴がここに居ないにも関わらずニヤリと笑っている気がする。
まあ、2人とも既に魔物との戦闘経験があるので覚醒の条件は満たしているのだろう。
それにしても今まで出て来なかったのはどうしてだろうな。
それとも、この状況を考慮して搭載されていた隠し機能なのか?
奴もこの世界に存在して長いだろうからこの状況を知っていたのかもしれない。
最近はステータスを見る事をしなかったけどレベルも上がっているので後で確認しておこうと思う。
もしかすると新しいスキルや称号を獲得しているかもしれない。
ただ、今は敵が目の前に居て時間的な余裕がない。
とっとと本人たちに話を通して覚醒してもらおう。
「お前ら強くなりたいか?」
「突然ですね。もしかして今見ていた不思議な物に関係があるのですか?」
「俺は細かい事はどうでもいいが強くなりたいかと聞かれりゃ、強くなりたいと答えるぞ。」
「それに関しては同感ですね。」
どうやら2人とも決意は強い様でまっすぐに視線を向けて来る。
それなら同意が取れたという事で覚醒してもらうか。
「痛いかもしれないから我慢しろよ。」
「ははは、見くびらないで貰いたいですね。どんな痛みか知りませんが・・・
「Yes。」
「ぐおあ~~~!」
「ちょっと待て!どんだけイテーんだ!?」
「Yes。」
「が~~~!」
問答無用で了承したけどちゃんと意識は保ってるようだ。
流石は戦国を生きる武士と海賊の頭は並の現代人とは感覚が違っている。
そう言えばアケとユウは覚醒する時に痛くなかったみたいだけどツクヨミが行った覚醒と今のとは何か違うのかもしれない。
まあ、テストだと言っていたのでお試しみたいなものなのかもしれないので完全に一緒と言う訳ではないのだろう。
そして少し待っていると2人は立ち上がり俺に駆け寄り掴みかかって来た。
「どれだけ痛いんですか!聞いてませんよ。」
「心の準備ってもんがあるだろうが!テメーは鬼か!」
鬼はあっちに居るんだけどそういう意味ではないだろう。
それにちゃんと痛いって言ったのにそれを笑い飛ばしたのはコバヤカワ本人だ。
でも、ハッキリ言ってあの痛みは口では言い表せない。
きっと色々な言葉を知っている頭の良い奴が説明すれば大半の人間が尻込みして断ってしまうだろう。
なので俺から言わせれば意識を保っていただけでも大したものだと褒めたいくらいだ。
「それではさっそくステータスについて簡単に説明するからな。」
「流すんじゃねーよ!」
「でもいつまでも敵は待ってくれないぞ。あちらも次第にテンションが上がって飛び出して来そうだしな。」
「グググ!」
「いうべき事は後にしましょう。ここを生き抜かないと明日の朝日に躯を晒す事になります。」
「覚えてろよ!」
コバヤカワはああ言ってるけど、せっかくの貴重な覚醒者だ。
死ねば嫌と言っても生き返らせるし、これから存分に働いてもらう。
それにこの時代は海にも魔物が多そうなので俺としても好都合だな。
そして2人も俺達とパーティを組ませて準備を終えると先程から威嚇の声を出している魔物たちへと突撃して行った。




