167 海戦 ③
下に降りるとそこには大量の怪我人が・・・。
いや、怪我人だった者達が寝かされていた。
どうやらアケとユウが魔法を使って回復させたらしく、今では怪我も治り穏やかに眠っている。
それに俺は他人を治すなとは一度も言った事は無い。
なので2人が自分の判断で回復魔法を使用したのならそれは自由にやれば良いと思っている。
その事で変な奴らが寄って来るようならその全てを完膚なきまでに粉砕するだけだ。
もう2度と馬鹿な考えを抱かない様に徹底的に。
それにここには残っている子供も多く、寝ている人たちの傍には家族と思われる人もたくさん居るようだ。
それを見てアケとユウが彼らを助けたくなったのならとても良い事のように思う。
あの2人には最後まで両親の愛と言うものが向けられなかったから彼等の気持ちが理解できるのか少し心配していた。
そして俺はアケとユウを見つけると歩み寄って同時に抱き上げてやる。
なんだか少し羨ましそうな顔をして見ているので、もしかすると家族を大切にしている光景が少し羨ましいのかもしれない。
それに両親の愛は無くても家族の愛はこうして与えてやる事が出来る。
突然の事で驚いた表情を向けて来るけど、すぐに笑みを浮かべると笑いながら抱き着いて来た。
「お帰りなさい。」
「ここはもう大丈夫です。」
「2人が頑張ってくれたからだな。」
100を超える怪我人が居るのでかなり大変だっただろうけど、頑張ってくれたのだからしっかりと労って褒めて抱っこして頬擦りをしておく。
きっと疲れているので後で一緒に風呂に入って追加で労っておこうと思う。
「それでコバヤカワは何処に居るんだ?」
「オジサンはあっちでお話してるよ。」
「ヘタレだけど仕事は出来るみたいです。」
なんだか最近になってユウが毒舌になってきた気がするから少し注意した方が良いのかもしれない。
俺はユウが良い子で可愛い事を理解しているけど、周りはそうとは限らない。
不快に思うだけならともかく手を上げて来る不届き者も居るかもしれないので、そういう相手を俺が磨り潰さない為にも注意をしておく必要がある。
「ユウは人にヘタレなんて言ってはダメだぞ。」
「・・・分かりました。それなら尻のあ・・・ゴホン。気の小さいにしておきます。」
今もしかして尻の穴が小さいなんて下品な言葉を使おうとして無かったか!
でも、そんな言葉を何処で覚えたんだ。
俺は2人がそんな言葉を覚えない様に言葉をしっかりと選んで話をしているのに・・・。
もしかして島津に居る間に玄武の奴等が・・・。
アイツ等!純粋なユウに変な言葉を教えやがって!
次に会ったら確実にお仕置が必要だな!
俺は心のメモ帳にはみ出す様な勢いで書き加えておくと表面上は笑みを浮かべて教えてくれた方向へと進んで行った。
すると城の一角にテーブルが置かれ、そこでコバヤカワと数人の男達が話し合いを行っている。
どうやらさっきの大蛇は出て来てすぐに俺が始末したので騒ぎにはなっていないようだ。
それか、この様子だと気付いている者もここには居ないのかもしれない。
俺は何食わぬ顔でコバヤカワの傍に行くとアケとユウを下に降ろして声を掛けた。
「それで状況はどうなってるんだ?」
「どうやら我々が到着する少し前までは激しい戦いが行われていたようですが途中で魔物の半分が引き始めたそうです。しかし、そのおかげで撃退には成功して残りの奴等も撤退したようですね。」
そうなると先に撤退したグループと後で撤退したグループの違いは何だろうか?
もしかするとそこに何らかの鍵がある様な気がする。
「そいつ等の違いは分からないのか?」
「先に撤退したのは一番南側に拠点がある来島の連中との事ですね。突然動きを止めて周囲を見回すと一目散に自分達の船も放置して泳ぎ去って行ったらしいです。」
そうなると来島にいるボスクラスの奴に何かが起きたのかもしれない。
奴等からしたらそいつは自分達よりも上位の存在で命令には絶対に服従するはずだ。
それはフルメルトでも確認が出来ているので間違いはない。
しかし、そんな脅威になる者と言えばこの時代では限られる。
神がわざわざ何かをするとは思えないので選択肢として残っているのはアンドウさんだ。
一番南なら最短距離で船を進めれば相手の拠点を偶然見つけた可能性もあるし、海に出ていた所で偶然鉢合わせした可能性もある。
まあ、確認なら簡単に出来るのでちょっと聞いてみれば良いだろう。
俺はゴーグルを起動させるとアンドウさんへ通話を繋げてもらう。
「・・・あ、アンドウさん。少し前に何かやらかさなかったか?」
『人聞きの悪い事を言うな。船で走っていたら魔物の艦隊と遭遇しただけだ。・・おっと『ダダダダダ』。今は掃討戦の最中だから切るぞ。どうやら追加が来たみたいだからな。』
そして通話は切れてしまったけど状況は十分に理解できたのでコバヤカワに軽く事情を説明しておく。
どうやら、アンドウさんがあちら側のボスと接敵して戦闘を開始したらしい。
それで不利になったので何かの手段を使いここに居た仲間を呼び戻したようだ。
どの道アンドウさんが尾張に戻るには何処かの艦隊と衝突する可能性は十分にあったのでこれは必然と言う事で済ませておこう。
それにあちらにはツバサさんこと、信長も居るので説明は簡単だ。
恩を感じているならそちらに返してくれるだろう。
「それにしても、まさか尾張の信長に助けられるとはな。最近は妙な行動を取って周囲から馬鹿にされているが船団を引連れて討伐に来るとは思わなかった。」
「そうだな。こうなると奇行を行っていたのも周りを欺くためだったのかもしれないな。」
何やらツバサさんの株が爆上がりしている気がするけど本当の事は言わない方が良さそうだ。
きっと情報通りの人間だし、今はアンドウさんが居るから更に悪化しているかもしれない。
それに船団じゃなくて一隻での戦闘で戦っていてもアンドウさんだけだろう。
せっかく良い方向に受け止めてくれているので出来るだけ恩の価値を高く売り付けておこう。
すると周りの視線が今度は俺達へと向けられていた。
「お前の術も凄いんだな。離れた相手と話が出来るとは。」
「そっちの嬢ちゃんたちには皆の怪我を治してもらったしな。」
「出来ればその力で頭の怪我もどうにかしてくれねえか?」
そう言えばそちらに関してはまだ誰も知らせに下りて来てないので知らないようだ。
心配しているので俺の方から軽く説明だけはしておく事にした。
「ああ、それなら・・・。」
『ダッ!ダッ!ダッ!』
しかし俺が説明するよりも早く城の奥から力強い足音が聞こえてくる。
するとその歩き方に覚えがあるのか周囲で意識がある者はそちらへと視線を向け姿を現した男を視界に捉えると一斉に駆け出した。
「頭!」
「体は大丈夫ですか!?」
「これで奴等なんて怖くねえぜ!」
「ハハハ!心配を掛けたがこの通り完全復活だ!」
そして彼らは男の復活と無事である事を喜び、城中に知らせようと多くの者が走り出した。
きっとここに残っている全員から慕われているのだろう。
そうでなければ死ぬと分かっているこんな所に多くの人が残っているはずがない。
そして男は周囲の者達を宥め、こちらへと向かって来た。
「まずはコバヤカワ殿。今回の救援に感謝する。」
「いや、俺はまだ何もしていません。したとすればここに居る彼らですよ。」
「いや、来てくれただけでもありがたい。今の海の状況からここまで辿り着けないだろうと思っていた。これからも硬い同盟を約束させてもらう。」
「そう言ってもらえると私も来た甲斐があります。」
そして次に男の顔はこちらへと向けられた。
ただ今の俺は身長は伸びたけど相手よりも頭一つ以上は小さい。
見下ろされる事に不快感は感じないけど、肩幅が広くて筋骨隆々な漢らしい体つきは目の前に居るだけで空間的な圧迫感がある。
それでも今の母熊に比べれば半分くらいなので言っている程には感じないんだけど。
しかし相手もそれを分かっているのか、その場に腰を下ろしてから話しを始めた。
きっと幼いアケとユウに気を使ってのことなので、なかなかに良い奴なようで好感が持てる。
実験とは言え始めて手に入れた上級ポーションを使って正解だったと心の中で密かに納得する。
そして男は偉ぶるでもなく穏やかな笑みを浮かべると自身の立場を示すために名乗りを上げた。
「まずは名乗らせてもらう。俺がここの村上家当主の武吉だ。」
「俺はハルだ。今は玄武に所属している。」
「カナエから聞いた通りか。最弱と揶揄される玄武にも良い人材は居るようだな。それに魔物についても以前なら半信半疑だったがこうなっては信じるしかない。俺に憑いていた化物を払い姿も元に戻してくれたそうだからな。」
どうやら、あの蛇についてはそういう感じに解釈されたみたいだ。
確かに鱗のある生き物で連想するのは蛇や蜥蜴だろう。
あれが出て来たのは完全に俺と邪神の個人的なやり取りの結果だけど、そこまで話す必要はない。
結果としては邪神との繋がりを断ち切って姿を元に戻した事には変わりないからな。
それにしても玄武は何処に行っても最弱な扱いを受けているようだ。
ここまで来ると誰かが言い触らしてるのかもしれないな。
それとも吟遊詩人みたいなのが居て、日本中を旅しながら玄武の失敗談を面白可笑しく歌にでもして広めてるのか?
「まあ、そんな所だけど今回はちょっとした気まぐれも兼ねてるからそんなに気にしなくても構わない。それにこちらとしても魔物を倒すのは仕事みたいなものだ。それで金も貰っているし十分な報酬もある。」
「そうか・・・。良ければカナエを嫁にでもと・・・。」
「それは間に合ってるの!」
「ここに立派なお嫁さんがいます!」
すると横に居たアケとユウが俺の体にしがみ付いて抗議の声を上げる。
この時代は気に入った相手や有力な者との繋がりを作るのに手っ取り早く娘を嫁がせたりする傾向が強い。
そうならない様に仕事だからと牽制したのにどうやら対応が軽すぎたみたいだ。
代わりにアケとユウが俺の所有権を主張する形になったけど、俺はそんな2人が見せる心温まるセリフに目から涙が出そうになる。
それにタケヨシにも覚えがあるのか俺に暖かい視線を向けて来た。
いつか大人になれば他所の誰かに嫁ぐ事になるとしても今はその言葉に心を振るわせておこう。
そしてタケヨシは気分を害した様子もなく笑みを浮かべて言葉を返した。
「そうか。それは悪い事を言ったな。これからもしっかり支えてやりな。」
「もちろんだよ。お兄ちゃんは誰にも渡さないんだから。」
「兄さんは私達のものです。」
そう言って2人は俺の服を強く掴むと可愛く頬を膨らませてタケヨシを睨みつける。
それを見てタケヨシは膝を手で何度も叩きながら大きな口を開けて豪快に笑った。
「ははは、お前も大変だな。」
「ハハハ、褒め言葉と受け取っておくよ。」
「「ははは!」」
そして俺もそれに笑いで返し、互いに声を上げて笑い合う事で周りは一時でも和やかな雰囲気に包まれた。
しかし次には真剣な表情へと切り替え互いに向かい合って次の言葉を待つ。
こうしてここに来たという事はただ礼を言いに来た訳では無いだろう。
嫁の話は場を和ませる冗談として、今の状況を作り出している魔物に関してどう対処するかを決めないといけない。
そして待っているとタケヨシから話を切り出して来た。
「それでだ。魔物の事なんだが話は聞いた。何でも来島の魔物は全滅したそうだな。」
「全部とは限らないけど大半は倒されてるはずだ。」
もしかしてコイツは聖徳太子の生まれ変わりか?
あんなに色々と話しかけられてて必要な事はしっかり聞いてるとは驚きだ。
俺に出来るかと言えば可能ではあるけど、スキル無しでは不可能だ。
海賊なんてやってるから頭が悪いイメージだけどそうでもないという事だろう。
「それでだ。攻められてばかりは俺達の流儀に反する。これから攻勢に出ようと思うんだがお前らはどうするんだ?」
周りからの信頼や見た目から分かる様に腕っぷしもかなり強いのだろう。
魔物相手でもこの自信が保てるなら並の魔物なら任せても大丈夫そうだ。
「そう言うなら相手の住処が何処にあるかも知ってるのか?」
攻勢に出るとは相手の許へ攻め込む事になる。
ただ、海を進んで行き当たりバッタリだと付き合い切れない。
それなら来た時と同様にミズメを船に乗せて走り回った方が効率が良いだろう。
しかし俺の言葉にタケヨシは力強く頷きを返して来た。
「もちろん知っているぞ!奴等は因島の屋敷を占拠してそこを使ってやがる。元々あそこは俺達の仲間のモンだったんだがいつの間にか入れ替わってやがった。今じゃそこに居た奴らの安否も分からず、化物共の巣窟になってる有様だ。」
するとタケヨシは憎々し気な表情で顔を歪め、怒りを込めて言い放った。
しかし、この言い方だと人間が魔物化する事は知らないようだ。
安否を気にしているようだけど本当の事を伝えておいた方が良いだろう。
いざという時に攻撃が鈍ったり、人の姿の魔物に騙されて後ろから刺されでもしたら大変だからな。
そして俺はそれらの情報をタケヨシに説明し、殺す覚悟が無い者は連れて行けない事を伝えた。
すると腕を組んで顔を顰めるとしばらく黙考した末に周りに聞こえる声量で言い放った。
「・・・俺は村上家の当主としてケジメを付ける必要が有る。他の奴等の思いも俺が背負ってやるからお前らはここに残れ!」
「「「お頭!」」」
どうやらタケヨシは能島の村上家当主として決断し、他の仲間は置いて行く事を決めた様だ。
それに異を唱えようと立ち上がる者も数名は居るけど言葉が続かず悔しそうに座り直すだけだ。
きっと住む場所や従う相手が違ったとしても少なからず付き合いがあり、争う事もあれば酒を酌み交わす事もあったのだろう。
それを魔物になったからと言ってすぐに殺せるかと言えば殆どの人間が無理なはずだ。
そして、もし出来ると言う者が居るなら、それは余程の決意があるか精神異常者だろう。
俺は後者に入ると言えなくも無いけどタケヨシの決断は明らかに前者だと言える。
恐らく因島にある村上家の当主は自分の配下を魔物に変えた張本人で間違いない。
そしてもう少し俺がここに来るのが遅ければ、ここも魔物の巣窟になっていた可能性が高い。
その場合は目の前に居るタケヨシがここのボスになっていたはずだ。
もちろんその辺も説明してあるのでそれをこの男が理解してないはずはない。
当主同士なら確実に何らかの付き合いがあり言葉を交わしていただろう。
そんな相手を皆を代表して殺しに行くと言うのだから周りが心配するのも頷ける。
そして、そんな重い沈黙の中でもう一人の男が手を上げた。
「ならば私も共に行きましょう。」
「良いのかコバヤカワ?」
「あちらとも同盟を結んでいますが毛利陣営としてもこれ以上の被害が広がるのは放置できません。それに織田家との繋がりがあった来島の村上家を信長が討伐したならなおさらです。」
「責任問題になるのか?」
「この海は流通の要です。そこが使えないとなると商人が来なくなり一部の物資が不足してしまいます。特に菜種油などは堺の商人が多く取引しており何でも島津の方で取引が盛んになっているらしいのです。もし、このまま海が使えないと何を言われることか。」
そう言えば島津で助けた奴らが菜種油は良い物を他所から取り寄せて使ってるって言ってた。
それが歴史ドラマでも有名な堺と言う訳か。
最近は石鹸の製造を本格的に始めているのでここで船を沈められると俺も困る。
どうやら日本も広い様で思っているよりもずっと狭かったらしく、こうして知らない内に関係のある事件とぶつかるようだ。
「それならメンバーが決まった所でさっそく出かけるか。」
「しかし今から出たのでは夜になるぞ。因島までは安全に案内できるがそれでも暗くなってからの移動は危険だ。」
「それなら問題ない。速くて鉄壁な船を用意してある。」
それでも海の怖さを知るタケヨシは色々と言っていたけどアレに関しては見るより乗ってみないと分からないだろう。
船頭も確保できたので俺達は揃って船着き場へと向かって行った。




