164 らうめん屋 再訪
アンドウさんの店に到着すると既に沢山の人が訪れていた。
まだ日が上がってそんなに時間も経っていないのに現代に比べてかなり早い。
まさか24時間営業と言う訳では無いだろうけど日の出前には開いていそうな感じだ。
「ここでしばらくアンドウさんを待つか。」
「何も言って出なかったけど大丈夫なの?」
「きっと誰かが知らせてくれてるから大丈夫だ。それにあの状態の人間に話しかけたくないだろ。」
「そうね。私も遠慮したいと言うか関わりたくないわ。」
「もう十分に関わってるけどな。」
するとミズメは今までで一番嫌そうな表情を浮かべて大きな溜息をついているので、コイツもあの2人がどんな存在かようやく分かったきたみたいだ。
アンドウさんは日頃は超真面なんだけどツバサさんが絡むとポンコツになるからタイミングを誤ると大変な事になる。
その問題のツバサさんがアレなので俺も今の精神状態でなければ息が尽きるほどの溜息を何度する事になったか見当もつかない。
もしかするとあの2人が偶然にも10年の間で出会わなかったのはこの時代にとって最大の幸運だったと言える。
そうでなければ今頃日本はあの2人によって天下統一されていただろう。
そして店内にある飲食スペースに入るとそれぞれにラーメンを注文し朝食を取り始める。
すると先日に俺達の対応をしてくれた店員がやって来て蓋の付いた拳大の壺をテーブルへ置いた。
「これはまだ他のお客には出した事が無いのですが試されますか?」
「良いのか?常連も何人か居るんだろう。」
「大丈夫ですよ。今ではそちらの方が一番の常連であるツクヨミさんとスサノオさんと知り合いで大食い勝負で勝ったのは知ってますから。それに皆さんにも後で試してもらいます。」
どうやら、あの2人の存在はこの店でかなりの影響力を持っているようだ。
それに普通は新しく出来た店で、更に見た事のない料理を出すとなれば入るのにそれなりの勇気と好奇心が必要になる。
きっとあの2人は常連でありこの店の1番客と2番客になるのだろう。
もしかすると今でこそこれだけ繁盛しているけど、当初は閑古鳥が鳴いていた時期もあったのかもしれない。
ただ、これを試すかどうかは好みの別れる所だ。
俺はあまり好きではないので遠慮するけど選ぶのは本人の自由なのでミズメの方へと寄せておく。
「俺は遠慮しとく。(この後に船での移動が残ってるからな。)」
「お兄ちゃんが使わないなら私も使わな~い。」
「私も昨日の今日なのでちょっと遠慮しておきます。」
「ミズメはどうするんだ?」
ミズメはユウの言っていた昨日の今日と言う言葉を気にしている様で伸ばしていた手が壺の前でピタリと止まっている。
流石は神をも超える大食い女王なだけはあり、言われないと懲りるという事を知らないようだ。
でも、これからの旅路を考えれば滋養の良いこれは食べておいて損はない(ニオイさえ気にしなければ)。
それに在庫が豊富なら少し譲って欲しいくらいだけど、そちらは後で聞いてみる事にする。
するとミズメは悩んだ末にとうとう決断を下し手を伸ばして壺を手の取った。
「私は食べるわ!出された物を食べないのはその食材に失礼よ。」
すなわち、毒を喰らわば皿までと言った感じか。
この調子だど今後も解毒ポーションが活躍する機会が多そうだ。
「なら、そこに有る匙で1杯くらいにしておけよ。食べ過ぎは体に良くないからな。」
「そうですね。俺達も休みの前の日に食べる事が有りますが食べ過ぎた奴が腹を壊した事例も有りました。」
すると店員が誰かの体験談と一緒に説明をしてくれる。
これは滋養強壮や免疫力アップなど色々な恩恵があるけど食べ過ぎると胃や腸が荒れるらしい。
俺は好んで食べないから経験は無いけどあの船にトイレは無いからな。
まさか何処ぞのアイドルキャラみたいに「私はトイレに行かないの。」とか言わないだろう。
「分かったわ。それならこれくらい頂くわね。」
そう言ってミズメは俺の言った量よりも少しだけ少なめに取ってラーメンに乗せた。
これで全ての準備は整ったので食べ始めるとしよう。
「いただきます。」
「「「いただきます。」」」
ちなみに朝と言う事もあって俺達3人は普通のラーメンを食べ、ミズメは以前に食べていた全部乗せの超大盛りだ。
見た目だけで言えば俺達の容器と比べて直径だけなら3倍、高さは4倍と言ったところか。
こうして見ると前回はあの量を具だけとは言っても良く食べ切れたと思わされる。
そして量は俺達の何倍もあるのに全員の食べ終わるのはほとんど同時だった。
(コイツの食べる速度も半端ないんだよな・・・。)
「「「「ごちそうさまでした。」」」」
「「『クンクン』・・・ん?」」
そして食べ終わって少しするとアケとユウが鼻を鳴らして首を傾げた。
仕草はとても可愛いのだけど表情が少しだけ歪んでいるのでどうやら気がついたようだ。
「どうしたの2人とも?」
そして、その動きにミズメも気付きどうしたのかと問いかけている。
でもあれって食べた人はあまり気にならないんだよな。
「・・・臭い。」
「臭いです。」
「え!?」
2人はもちろんミズメに視線を向けて言っているので言われた本人も気が付いたようだ。
口元を手で覆って大きく息を吐き出してニオイを確認している。
「え!何で!?」
「フッフッフ。気付いたみたいだなミズメさん。」
「そ、そう言えばハルはアレを知ってるみたいだったけど、こうなるって知ってたの!?」
「・・・知ってた。クックック。」
「計ったわねー!」
そう言って椅子から立ち上がるとテーブルを回って俺に掴みかかってくる。
きっとニオイを視覚化できるとすればミズメの口からは今も臭いが漏れ出し周囲を汚染しているだろう。
なので俺は掴まれたまま視線を逸らすと無言で自分の鼻を摘まんだ。
「ガアーーー!」
「あ~お客さん暴れないでください。」
「女王が乱心したぞ!」
「やっぱり客商売の前に使わなくて正解だったな。」
「うが~~~!アナタ達も知ってたのね~!」
やっぱり、ここに居た常連はこのニンニクの臭いに気が付いて使用を断ったのだろう。
店員は皆は理解ある様な事を言ってたけど、本当は客の反応が知りたかっただけだったみたいだ。
「落ち着けミズメ。息を荒げると・・・その・・・なあ。」
「言葉を濁しても分かってるのよ!素直に臭いって言いなさい!こういう時の優しさは余計に心に刺さるのよ!」
「ああ、ならその臭い息をどうにかしてやるから落ち着け。」
「ホント!」
すると俺を掴んでいた手の握力が緩み落ち着きを取り戻した。
これで今後は少しくらい懲りて食事に対する警戒心を持ってくれると良いのだけど、もし俺が傍に居ない時に拾い食いでもしたら大変なので少しくらいは後悔してもらわないといけない。
「それじゃあ、まずは確認だな。口を開けて舌を出せ。」
「う・・うん。・・・あ~~。」
「お前舌が長いんだな。」
「は、恥ずかしいんだから早くしてよね!」
「いや、確認するだけだったからもう良いぞ。」
見ると舌の上が汚れているのでまずはこれをどうにかしよう。
この時代の歯ブラシは現代みたいな物は存在せず、丁度いい太さの木の棒を叩いて先端をブラシ状にした物を使っている。
まあ、プラスチックなどの加工製品が無いので当然だけどな。
村で生活していた時には歯を磨いた記憶も無いので歯磨きをした事が無い人も居るだろう。
そう言えばミズメも歯磨きをしている所を見た事が無いな。
「ミズメは歯磨きをした事はあるのか?」
「最近は・・・無いわよ。」
するとミズメは恥ずかしそうな顔で視線を逸らしてしまった。
どうやら、こちらは歯磨きという行為は知っているけど重要性までは知らないようだ。
この時代の人は甘い物や糖質をあまり取らなかったので虫歯になる人は居なかったと以前にテレビで見た事がある。
でも俺と一緒に行動すれば甘い物を頻繁に食べる事になるだろう。
なんたって俺が甘い物が大好きだし、目の前の3人も同じだからだ。
そしてこのまま歯磨きをしなければ虫歯になってしまい大変な事になる。
アズサも良く食べ良く飲むけど口内ケアはしっかりとしていた。
「それじゃあ教えてやるからこっちに来い。」
「う~・・・歯磨きって痛いから嫌なのよね。」
確かに木の棒で磨けば痛いだろうし歯茎などを傷めてしまうかもしれない。
でも現代のブラシはその辺の心配はあまりない。
それに歯茎の弱い人でも大丈夫な様に俺の持っているのはブラシ部分が柔らかくて細いタイプだ。
それにミズメは一度中級ポーションを飲んでいるので歯周病や虫歯があったとしても治療は済んでいる。
後は毎日しっかり磨いて健康な状態を維持するだけだ。
「少し奥を借りるぞ。」
「あ、はい。」
俺は店員へと断りを入れてミズメと一緒に店の奥へと入って行く。
そして窓のある部屋に入ると台の上へと歯ブラシやお口洗浄液を取り出した。
「まずはこれで口を濯げ。刺激は弱い奴だけど無い訳じゃないから我慢しろよ。」
「分かったわ。・・・でも本当にやらないとダメなの?」
「やらないなら今日この瞬間からお前には俺の出す甘味は食わさん!」
「全力で頑張るわ!」
最初からこう言っておけば良かったかもしれない。
後で歯磨きの必要性を具体的にしっかりと教えておこう。
ミズメにとって食事に直結する事なら忘れる事も無いだろう。
そして口の洗浄を終えるとミズメは口に入れていた液を窓から外へと吐き出した。
少し行儀が悪いけど下水道なんて無いので仕方ない。
まさか汲み取り式のトイレで歯磨きをする訳にもいかないからな。
「それじゃあ口を開けろ。はい、あ~~~ん。」
「もう、子供じゃないのに・・・。あ~~~ん。」
ミズメは文句を言いながらも我慢する様に口を開けてこちらを見上げて来る。
俺は新しい歯ブラシを手にするとそれで歯を磨いてやる。
「・・・ん!う・・ん~~!?」
「どうしたミズメ?もしかして痛かったのか。」
何故か磨き始めると頬を染めて変な声が洩れている。
痛くはしてないはずだけど力加減でも間違えたか。
でも血も出てないし腫れてもいないので大丈夫なはずだ。
「い、いえ、大丈夫よ。続けてちょうだい。(何これ、凄く気持ち良いんだけど。つい声が出ちゃったわ。)」
「そうか。なら続けるからな。」
「ンッ!あ・・ああ。・・・あう!」
大丈夫だと言っていたので今回は手を止めず最後まで磨いてやる。
別に歯医者が子供の歯を削る時の様にネットで固定したりしている訳では無いので、本当に我慢が出来なければ逃げるかこちらの手を掴んで来るだろう。
「よし、次は舌だな。少し前に出してくれ。」
(え!もしかしてあの刺激が・・わ、私の舌を蹂躙するの!?)
俺は舌用のブラシを取り出すとミズメの口へと入れて優しく擦ってやる。
「ん!?んんん~~~!!」
すると今までを越える大きさで激しい声が飛び出してくる。
きっと味覚の鋭いミズメには少しの刺激でも強く感じるのだろう
でもこの声量なら表の店まで届いていそうなので早く綺麗にして終わらせてしまおう。
「ん・・はあ~!も・・もうアヘ~~!!」
「終わったぞ。」
そして終わると同時にミズメは足の力が抜けたのかその場に座り込んでしまった。
それにしてもこれで毎日の歯磨きが出来るか心配になってしまう。
「大丈夫か?」
「ハア~ハア~。ちょっと飛んじゃった・・・。」
「いや、飛ぶんじゃなくて落ちたと言った方が表現としては正しくないか。」
まあ、何が飛んだのかは知らないけど幽体離脱でもしたのだろうか?
邪神に魂を狙われているんだから今後はなるべく控えて体に定着していて欲しいところだ。
それはさて置き、俺は顔を寄せて口の臭いをもう一度確認するとかなり改善されているので、これならデザートを食べれば問題なさそうだ。
「後は水で口を濯いで戻るぞ。」
「あ、待って。・・・その、ま・・まだ上手く分からないからまた磨いてくれない!」
顔を赤くして何を言い出すのかと思えばそんな事か。
時間が有ればアケとユウも俺が磨いているので1人増えてもそんなに変わらないだろう。
磨き残しが有ったら歯石が出来てしまうかもしれないのでしばらくなら確認も兼ねて俺が見てやった方が良さそうだ。
「それなら少しの間だけだぞ。」
「うん!」
するとミズメは嬉しそうに勢いよく立ち上がったけど、勢いが付き過ぎてしまったのかその足元は縺れて前のめりに体が傾いていく。
「おっと、気を付けろよ。」
「あ、ありがとう・・・。」
俺は咄嗟に前に出ると倒れそうになっているミズメを抱き留めて支えてやる。
顔が俺の胸に激突したけど痛くなかっただろうか。
「怪我は無いか?」
「ええ、でもちょっとだけこのままでも良い?」
「少しだけならな。」
そしてしばらく支えているとミズメは小さな声で変な質問をしてきた。
その声はとても真剣で僅かに体が震えているのも伝わってくる。
「ハルは・・・私が死んだら泣いてくれる?」
俺はそれを聞かれた時に一瞬その意味が理解できなかった。
そして理解が出来た時に思ったのは今の俺がミズメの死を悲しめるかは微妙な所だ。
だから、俺は質問の答えとは違う答えを返す事しか出来なかった。
「そうならない様に俺が居るんだろ。」
「・・・うん、そうだよね。」
そしてミズメは一瞬だけ沈んだ表情を浮かべた後にいつもと同じ様な笑みを浮かべた。
でも、さっきの沈んな顔の後だと強がってカラ元気を出している様にしか見えない。
それでも確かめる為の言葉が浮かばず、そのままここでの会話を終わらせて部屋を出た。
ただ俺は人の生き死にで二度と後悔はしたくない。
だからもしその瞬間が来ても護りたい相手を護れる様に手段は択ばずに準備をしておくと決めている。
そして戻った俺達には周りから微妙な視線が向けられる事になった。
どうやらミズメが変な声を出したのでそれに驚いてしまったのだろう。
アケとユウは何故か睨んで来るし明らかにご機嫌斜めだ。
まあ、健康のためにこれからフルーツを出すのでそれで許してくれるだろう。
俺はヨーグルトとミックスフルーツポンチを取り出すと、それを4つの皿に分けて入れヨーグルトと混ぜ合わせる。
すると最初はツンとしていた2人も興味を引かれて表情が緩んできたので少し大人っぽくなってもまだまだ子供のようだ。
そして俺はこの2つを混ぜ合わせて即席のヨーグルトフルーツポンチを作り出す。
流石の俺でも混ぜるくらいは出来るので大丈夫だ。
ちょっと気を抜くとフルーツが消えてミックスジュースになりそうだけど、緊張の中で無事に完成するとそれを3人の前へと差し出した。
これを食べればある程度の臭いは消してくれるはずだ。
「甘さは各自の好みで調整してくれ。これに入ってる液を入れると甘くなるから。」
そして最後にフルーツポンチが入っていた缶を置いておく。
この中に入っているシロップを使えば混ぜるだけで甘くする事が出来る。
次にする時はナタデココにでもすればあの歯応えを楽しませてあげられるだろう。
そして食べてみると思っていたよりも良い出来に仕上がっており、現代の量産品がハイクオリティーである事を教えてくれる。
「確かに白いけど美味しいわね。」
「白くてトロトロ~。」
「白濁としたこの液体がお腹をスッキリさせてくれます。」
「なんでそこで白い事を強調してるんだ?」
3人の意見を合わせると白濁としたトロトロの白い液体を俺が食べさせてるみたいじゃないか。
しかも何故か客の数人がらうめんを噴出してこちらを見ているけど、やましい事は何も無いので無視しておこう。
君たちが考えてる内容の物ならニンニク臭にイカ臭が加わるだけだから明らかに冤罪だぞ。
ヨーグルトなどの乳製品だからこそニンニクの臭いを和らげてくれるんだ。
「お前ら何をしてるんだ?」
「ああ、やっと来たか。」
俺が周りの客から冤罪を受けているとアンドウさんとツバサさんがやって来た。
ただ、その後ろには3人ほど何処かで見た様な気のする女性を引き連れている。
もしかして何処かで拾って来たのだろうか?
「そっちこそなんだか荷物が増えてるな。」
「ん?コイツ等の事か。コイツ等は昨日の夜に俺の所へ忍び込もうとした奴らだ。ツバサがお仕置したら懐いてしまってな。昨日までの仕事場もクビになったらしいから尾張まで連れて行く事にした。」
確かによく見ると昨日の奴等の様な気がするので結局は宿をクビになってしまったのだろう。
でも前回に見た時よりも生き生きとした顔をしているので任せても問題なさそうだ。
「それで、朝飯はどうするんだ?」
「それなら先に注文しておいた。食べるから少しだけ待っていてくれ。」
すると席に座ったタイミングでらうめんが到着しアンドウさん達も朝食を食べ始めた。
ツバサさんに限って言えば泣きながら食べているのでよっぽど気に入ったのだろう。
まあ、あの人はリアクションが一々過剰なので放っておくことにしよう。
アンドウさんは納得した顔で食べているし、他の3人にも好評のようだ。
そして終了すると同時に店員を呼び出し、幾つかの指示を出して下がらせた。
「何を指示してたんだ?」
「お前らが食ってる物を見て思い付いたんだ。ヨーグルトや杏仁豆腐も良いだろとな。既に材料の当てはあるから取り寄せるだけだ。寒天を使えば上手く固める事も出来るだろうからな。」
どうやら、俺達のヨーグルトフルーツポンチから発想を得たみたいだ。
確かにここのラーメンはこってり系なので売れるかもしれない。
そして俺達は軽く食休みをして店を出ると止めておいた船に乗って現代の地元である広島へと向かって行った。




