161 別れと出発
出て来た男と言うのはここを任せているヒルコだ。
片手にはタレの付いた焼き立ての肉串に、もう片手には天婦羅の乗った皿を持っている。
天婦羅にはキノコや数種類の野菜、それに近くの川で釣ったのだろう魚があるようだ。
ヒルコは笑顔でそれを周囲へと配りお金も取らずに振舞っている。
俺は何をしているのかと思い人の上を通り支部へと歩み寄って行く。
そして正面から行った事でヒルコもこちらに気付くと手を振って声を掛けて来た。
「もう帰って来たんだな。」
「ああ、ちょっと戻って来ただけだけどな。今は何をやってるんだ?」
「実は支部をあちらに移せばここは小規模になるだろ。それじゃあせっかくの広い建物も勿体ないから飲食店も兼業する事にしたんだ。それにお前の所の女の子も季節によったら副業も必要だろう。」
確かにヒルコの後から出て来たのは俺が世話をしている店の少女たちだ。
それ以外にもこの支部で仕事をしている魔物ハンターの男達も一緒に楽しそうに働いている。
もしかしてアイツ等この機会に転職するつもりなのか?
「なんだか、厳ついのも混ざってるけど。」
「彼らは・・・その、なんだ。有志として参加をな。」
「出会いを求めて率先して手伝っているという訳か。」
「ま、まあその通りだな。ハハハ・・・。そ、それよりもなんだか感じが変わったな。身長が伸びてるけどどうしたんだ。」
そう言えば違和感が無いから忘れてたな。
まあ、話しを変えるきっかけとしてここは乗っかっておこう。
彼女達に関してもこの時代で言えば結婚適齢期だと言うので相手が出来るのは良い事だ。
これに関しては仕事と違って簡単には準備できないからな。
「簡単に言えば鍛えたら体が大きくなった。理由は分からないけど筋肉もかなり付いたからここから出発した時と比べたらかなり強くなったぞ。」
レベルは上がらなくても筋肉が増えた事で同じ強化率でも何倍にも強くなる。
今の俺ならツクヨミの攻撃も無傷で受け止められるはずだ。
今度会った時にでもワザと怒らせて試してみても良いかもしれない。
「それは凄いな。そんなに強くなってお前は誰と戦うつもりなんだ。」
「そりゃあ、魔物を生み出している根源とだ。」
流石に邪神とは言えないので対象はぼかしておく。
アレで一応は神なので変な誤解をされると面倒なことになりそうだ。
それでもヒルコは俺の体を指摘した時よりも驚いた表情を浮かべている。
しかし、その表情はすぐに苦笑へと変わっていった。
「なんだかお前ならやれそうな気がするよ。」
「これでもまだまだだけどな。だからヒルコにはここを任せたからな。」
「ああ、でもいつでも帰って来いよ。」
ヒルコは俺の言っている意味を理解して頼みを引き受けてくれる。
ここでやり残している事はあの店の少女と子供たちの事があるけどここにずっと居る訳にはいかない。
既に九州全土が同盟を結び、争う事を止めて平和へと歩み始めている。
なのでここでもう俺が居る目的は殆どない。
それに彼女達はそれぞれに自由に歩き出している様なので俺がする事と言えば金を出すくらいだろう。
「後は、これを支度金として渡しとくくらいだな。」
「お前は本当に過保護だな。普通は働いてれば新人に金なんて渡さないぞ。」
確かそれは奉公人制度とか言うんだったか。
衣食住を保証する代わりに給料を払わずに働かせる現在で言えば極度のブラック企業みたいな仕組みだ。
しかし自由になった彼女たちの道を広げる為にはお金は必要になる。
無くて困る事はあっても有って困る事は無いはずだ。
それにこの町で爺さん以外で信用できるのはこのお人好ししか居ないので、コイツならこのお金を有効活用してくれるだろう。
もしもの時は忍びも何人かは一緒に養蜂をしているから連絡はすぐに来る。
「良いんだよ。これくらいなら魔物を倒せばすぐに稼げる。」
そう言って無理やり押し付けると俺は他の奴等に気付かれる前にその場を離れる事にした。
ミズメもあそこに居る少女たちとは面識はあるけど良い思い出は一つもないだろう。
だから、この匂いには引かれているけど人垣の一番後ろから前に出ようとはしていない。
そのため俺は皆の所に戻るとその場に背を向けて来た道を戻り始めた。
「良いのか?」
「ここにはもう用はない。次の目的地に向かうぞ。2人はこれから尾張だったな。」
「そうね。あの辺は強豪が揃ってるから本腰を入れて当たらないといけないわね。それに急がないと今川が怒って攻めて来るかもしれないわ。」
「その辺は俺には分からないから好きにしてくれ。」
そして、町から外に出ると俺達の前に熊の親子がやって来た。
「ゴフ!」
そして俺達について歩き出したのでコイツ等も同行するつもりだろう。
それにコイツ等も俺と同じ様に急成長して体が大きくなっている。
子熊に関しては体長が1メートルくらいまで成長しアケとユウなら1人ずつ乗る事が出来る。
母熊は3メートル位はあり、こちらはミズメとツバサさんなら相乗りできそうだ。
まあ、鞍や鐙などが付いている訳ではないので普通に乗るにはかなり危険だ。
なのでこの2人は俺とアンドウさんで運ぶのが最善だろう。
「よし、海まで行くか。」
「「は~い。」」
「ツバサは俺とだな。」
そしてアケとユウも既に子熊に跨りまるで置物の金太郎の様な格好になる。
そんな中でミズメだけは周囲を見回し何故か母熊へと向かって行った。
俺はそんなミズメの肩を掴んで背中をクイクイと親指を立てて示す。
「お前はこっちだな。」
「え、あの、拒否権は?」
「無いから安心しろ。それとも最近は食い過ぎて体重でも気にしてるのか?そう言えばよく見ると肉付きが・・・。」
「あーあー!そんな事無いからねー!私は食べてもふ~と~り~ま~せ~ん~!」
するとミズメは耳を塞ぎ否定する様に空に向かって声を上げる。
でも、そんな言い方だと逆に言葉を遮った意味が無いと思うんだけどな。
そして観念したミズメは俺が背中を向けると首に手を回しゆっくりと体重を駆けてくる。
「グオ~~~!」
「ちょ、何やってるのよ!そんなに重い訳ないでしょ!」
「いや、超重力訓練ゴッコが急にしたくなって。」
「何を訳の分からない事言ってるのよ!」
すると怒ったミズメは腕で首を強く締めて抗議の声を上げる。
その代わりに背中に押し付けられた胸の感触が強まり、以前には無かった柔らかさが伝わってきた。
やっぱり色々な所の発育が良くなってきてるみたいだ。
「ちょっと何やってるのよ!」
そして自分の失態に気が付いたのか首を絞めるのを止めて頭をポカポカと殴り始めた。
しかし、あまりジャレ合っていると自主的に熊を選んだアケとユウの視線が冷たくなるのでそろそろ先へ進もう。
「それじゃあ行こうか。」
「そんな状態で言われてもな。」
「狡い。」
「狡いです。」
「プププ・・・。」
すると俺のセリフに4人からそれぞれのセリフが飛んできた。
それにどうやらアケとユウに関しては後で埋め合わせの必要が有りそうだ。
でも最近は食べ物ばかりに頼っていたのでそろそろ何らかのスキンシップで返すべきだろう。
兄としてここは肩叩きくらいが妥当かもしれない。
俺はこの後の事を脳内で膨らませながら海に向かって走り始めた。
それに続いて熊たちも駆け出し、最後尾にアンドウさんとツバサさんが付いてくる。
この隊列なら後ろで何かあっても大丈夫だろう。
ただし何かに襲われるという意味ではなく、あの2人のイチャイチャぶりは教育的に良くないのでアケとユウが見ないで済むという意味でだ。
大人なんだからもう少し節度をと言いたいけど、流石に10年越しに再開した恋人にそこまで言う度胸は俺にもないので見えない位置で好きなだけやってくれ。
その後は海に到着し再び船に乗って更なる移動を開始した。
今回は熊親子が増えたので大きめの船で移動をしている。
そのおかげで船の揺れを感じる事無く、快適に進む事が出来た。
そして今日は別府に滞在して明日以降に目的地へと向かう予定だ。
ただし、その前にやるべき事が一つある。
実は今まで無視していたけど船の後方に複数の魔物が付いて来ている。
その数も次第に増えているので恐らくはミズメに引き寄せられているのだろう。
それに全力運転ではないと言ってもこの船の速度で離されないと言う事は並の魔物ではない。
最低でも先日の海賊船と一緒に居たメガロドン級の奴等で間違いないのでこのまま放置するのはかなり危険だ。
もちろん俺と同じ様に船の動力源となっているアンドウさんも気付いているのでこうして適度な速度を維持している。
そうでなければ今頃は魔物を置き去りにして別府に到着し、ツバサさんとの混浴を楽しんでいるだろう。
それに今日の宿泊は2人の為と言っても良いくらいで尾張に帰れば忙しい日々が待っている。
流石にイチャイチャしたいからと皆殺しにして数日で平定したりしないよね・・・。
ただ、今はアンドウさんがやり過ぎちゃうかもしれない心配よりも、現実で背後に集まっている魔物の群れだ。
ここはこれから海路として活用するのであんなのが居たんじゃあ安心して商売が出来ない。
このまま振り切って放置と言う手段もあるにはあるけど、それだとせっかくの段取りが水の泡だ。
出来ればここで一網打尽にしておきたい。
そうなるとここで役割分担が必要になる。
俺がここに居るのが船の防御力が一番高くなるのでここから離れる事は出来ないだろう。
例え鉄の船だとしても、メガロドン級の魔物に襲われれば簡単に海へと沈められえてしまう。
そうなると他のメンバーに頑張ってもらう必要が有りそうだ。
「アンドウさん頼めるか。アケとユウも一緒に連れてっても構わないから。」
「任せておけ。しかし、ここは俺一人でも大丈夫だ。」
アンドウさんはそう言ってその場を離れ、上へと向かって行った。
あれであの人は子供には優しいから気を使ってくれたのかもしれない。
それに魔物を相手にツバサさんへ良い所を見せたいのかもしれないけど俺の隣が開いた事でアケとユウがこちらへとやって来た。
そしてアケが自転車の様な形をしている座席へと飛び乗ってペダルに足を乗せようとしている。
「お兄ちゃん。これってどうやってるの?」
少し前から気にしていると思っていたら、どうやらこの駆動部に興味が有ったようだ。
もしかすると熊にも楽しそうに乗るので乗り物が好きなのかもしれない。
しかし、2人にはこのペダルは重すぎて回せないだろう。
俺やアンドウさんは何でもない様に回しているけど2人は魔法使いタイプなので今はスキルもステータスもそちらに偏っている。
足も完全には届かないので今は諦めてもらうしかない。
「2人にはまだ早いかな。もう少し大人になってからじゃないと。」
「ブ~!」
「でも手なら回せないかな。」
そう言って子供らしい発想で今度はペダルを手で持つと2人で協力して回そうと力を込める。
「ん~!回らないよ~!」
「兄さんは簡単に回してるのに~!」
「ははは、やっぱり無理か。」
するとそれを見ていた子熊・・・いや、元子熊が立ち上がりこちらへとやって来た。
どうやら、アケとユウがしているのを見て遊んでいると思ったようだ。
「「ゴフ!ゴフ!」」
そして自身を指差し2人に任せろという様な声を掛ける。
「任せたからね。」
「熊力を見せてあげてください。」
「「ゴア~!」」
熊たちは声援を受けて二本足で立ち上がると雄叫びを上げてペダルを手で持った。
そして、歯を剥き出しにして全身全霊を込めて少しずつ回し始める。
さすが熊と言ったところか、筋肉量が人間とは比べ物にならないので2匹でなら回す事が出来るみたいだ。
しかし、それでも時計の秒針が動く位の速度なのでまだまだ遅い。
もしかすると母熊なら余裕で回すかもしれないけどあちらは大人の対応で見守っている。
ある意味で俺よりも大人かもしれないと最近は思ってしまう程の落ち着きようだ。
しかし、それでもアケとユウは自分が回せなかったペダルを回した事で2匹をモフモフしながら盛大に褒め始める。
「凄い!凄い!」
「この調子で最強を目指しましょう。」
どうやら子熊もそれに満足した様で2人と2匹は一緒にはしゃぎながら母熊の所へと戻って行く。
しかしユウの一言が母熊に火を点けたのか、穏やかに立ち上がるとこちらへとやって来る。
そして横ではなく後ろに腰を下ろすとペダルを片手ずつ乗せて準備を整えた。
「グオア~~~!!」
そして、マジな雄叫びと共に勢いよくペダルを漕ぎ始め、それはまさに怒涛の勢いで俺が足を止めなければ急加速していただろう。
アンドウさんがそれで攻撃を外すとは思っていないけど魔物との距離は一気に開いてしまったはずだ。
「それにしても母熊の膂力は凄いな。これならあの時の大熊とも互角以上にやり合えるかもしれない。」
熊たちと初めて出会った夜に、あの辺を荒らし回っていた熊型の魔物は母熊ではまだ手に負えないだろうと思って俺が始末した。
その判断は正しかったけど今なら確実に勝つ事が出来るだろう。
どうやら俺が見ていない所で数多くの魔物と戦って自分を鍛えていたようだ。
そして母熊はどうだと言っている様に俺の事をジッと見詰めて来る。
「ゴッフ!」
「ああ、お前はもう1人前だな。これからも頑張ってくれよ。」
「ゴアーーー!」
母熊は力を示し認められた事が嬉しいのか空気を振動させるほどの雄叫びを上げて満足そうに元の場所へと戻って行く。
それと同時に俺もペダルを漕ぐのを再開し、船の速度を一定に保ち続けた。
そして、その頃の船上では激しい戦いが繰り広げられていた。
「マサト、なんだか後から大きなのが迫って来てますよ!」
「ああ、恐らくは魔物だろう。」
見るとそこには複数の背ビレや海面を掻き分けて何かがこの船を追って来ているのが見える。
ただ明らかにその大きさは異常で、どれもシロナガスクジラ程のサイズがある。
「私は追っかけは好きなんですけど追っかけられるのは好きじゃないんですよ。どうにかしてください!」
「それに関しては俺も同感だな。尾張の周辺を平定したらストーカー規制法を作るか。」
俺は真剣な顔で銃を取り出すと魔物へと向かい銃弾を発射する。
しかし水の中と言う事と相手が巨大であるという2つの要因から決定打になっていない。
それに時々海面から見える手足からクラーケンやオクトパスの様な軟体動物が混ざっている可能性が高い。
そのため急所まで弾丸が到達できずに途中で止まっているのだろう。
「これはもう少し近くで狙撃する必要が有りそうだな。」
そう思いハルヤへと指示を出そうとすると丁度良く速度が低下して行く。
そして魔物との距離が半分になった頃に再び一定速度で走り始めた。
ちなみにこの時ハルヤが横でペダルを漕ごうと奮闘する妹の姿に見とれてしまい、足の動きが遅くなっていた事は誰も気付いていない。
「良い感じだな。この距離なら仕留められそうだ。それにしても指示を出さなくても調整するとはハルヤも成長したな。」
「でも少し近くないですか?」
背ビレの場所から考えて魔物の口は船の後方30メートルと言った所まで接近している。
ただし対象が常識を超えて大きい為、それから受ける威圧感も半端ないだろう。
巨大な背ビレや足が海から突き出し、その体が海水を押し退ける事で生まれる海面の動きが否応なくその存在感を主張している。
もちろんそれだけではなく、目の前に餌がぶら下げられている事で魔物の動きが活発になり、相手がどれだけ大きいかが水面に浮かぶ影などから推測できるようになっていた。
するとそんな中でも飛びぬけて早く泳ぐ巨大鮫が船の側面に回り込み、その巨大な口を全開にして飛び掛かってきた。
それを見た者が、まさに死を予感するとしても言い過ぎではないだろう。
「マサト横から来てます!来てますよ。」
「あちらから姿を現すとは好都合だ。」
その瞬間、アンドウの銃口から赤い光が迸り、向かって来る鮫の頭部を蜂の巣にした。
そして冷静に周囲を見回して次の標的に照準を合わせて銃弾の雨を浴びせる。
しかし、その直後にツバサは密かに下半身に力を入れて股を締め、何かを堪える様な表情を浮かべていた。
「ちょっと出たけどセーフです。」
「どうしたツバサ。何かあったのか?」
「いえ、大丈夫ですからもっと余裕をもってお願いします。」
「そうか。」
流石のツバサでもちょっと漏らしたとは口が裂けても言えず、軽い注意だけで留めておく。
そしてアンドウはその時点で気付いてはいても持ち前の優しさ?を発揮して何も言わずに魔物を殲滅している。
すると船の進行方向にある海面が盛り上がりそこから巨大な蛸が姿を現した。
もしこれをハルヤが見たなら海を割る勢いで突撃して殲滅していただろう。
「つ、次は蛸が出てきましたよ!まさかリアル触手をこの目で見れる日が来るとは思いませんでした。」
そして、ある意味ではハルヤと同じ思考のツバサが蛸を見た瞬間に卑猥な想像を膨らませる。
ただし、そこで襲われているのが自分である事に気が付くと、その表情が明らかに引き攣った。
そして蛸の触手(足)が物理法則を無視して伸び始め、まさに四方から襲い掛かってくる。
しかし、この時に合わせた様に後方からも激しい攻撃が加えられアンドウは手が離せなくなり焦りを感じていた。
「クソ!防ぐだけで脚が足りないぞ!」
「何こんな時に上手い事を言ってるような顔をしてるんですか!あ~来た来た来たー!!」
しかし、その直後に船が急加速し蛸の足に絡め捕られる直前に正面にある頭部へと突撃していく。
そして、船首に突き出した鋭利な衝角がその額を貫き、瞬く間に魔物を消し去る事で難を逃れる事に成功した。
「まさか、このタイミングであんな大胆な行動を取るとはな。」
「助かったけど色々と限界かも。」
だが残念な事にこの船にトイレは実装されていない。
そのため、既に限界を通り過ぎているツバサが逃げ込む場所は何処にもなかった。
ただ、ここにしばらく居ればきっと秋の乾いた風が染みだけを残して全てを消し去ってくれるだろう。
ツバサはそれだけを希望にして漢らしく舵を握り僅かな希望に縋るのだった。
ちなみに今の加速は母熊がペダルを回した事で一時的に起きた偶然の加速である。
もしそれが無ければツバサは海中に引き摺り込まれ、本人が想像したような触手プレイ!の餌食となっていただろう。
そして、その後は魔物の一掃にも成功し長閑な船の旅が戻って来た。
そんな中で、ツバサは少し前までの生活を思い出しながらポツリと言葉が零れる。
「早くお家に帰りたい・・・かも。」
「それなら別府に着いたらすぐに出発するか?温泉には入りたかったが俺が抱えて飛べば今日中には尾張に到着できるぞ。」
するとツバサは服の下の感覚に意識を向けると額から一筋の汗を流した。
今は互いに距離が離れているので臭いが届く事は無いが密着すれば確実に気付かれるだろう。
「そ、それはちょっと・・・。や、やっぱりお風呂に入って・・ねえ。久しぶりの2人っきりなんだからのんびり楽しみましょうよ。」
「ああ、それなら1泊して行くか。」
流石に今の状況でツバサも愛しのアンドウに密着する程の強者ではなかったようだ。
そして必死に取り繕った結果、無事に1泊する事を勝ち取り心の中で安堵とガッツポーズを決める。
そしてアンドウはそんなツバサに操船を任せ船内へと戻って行った。
しかしその途中、誰にも聞こえない声量でアンドウはポツリと呟きを零す。
「俺は忍だが、これが武士の情けと言うものなんだな。」
どうやらツバサの努力も虚しく既に気付かれていたようだ。
彼は忍びとして育ち、肉体だけでなく五感も鍛えている。
そして船での戦闘は常に船尾で行われ、それは同時に風下で戦っていたという事でもあった。
しかし今日の事は互いの中だけに留められ表に出る事は一度も無かった。




