160 九州へ帰還
朝になって目を覚ますとそこには誰も居らず、遠くでこの寺の僧が掃除をしている。
恐らく他の皆は寺の何処かにある部屋で寝ているのだろ。
天皇一家も以前にここへ来た時には寝泊まりする部屋を貸してもらったと言ってた。
きっと昨夜テントへ入る時に向けられていた変な視線もそれが原因だろう。
俺はテントから起き出して周りを見回し、安全を確認してからその場を離れた。
「今のところは近くに魔物が来てる気配はないな。」
今後は分からないけど今に限って言えば問題なさそうだ。
昨日も大量に倒しているのでこの辺の魔物が少なくなっているのかもしれない。
そして椅子に座ってのんびりしていると建物がある方向から女中の人がやって来た。
「そろそろ朝食の準備が終わりますので呼びに参りました。」
「分かった皆を起こすから少し待っててくれ。」
「はい。」
俺はそう言ってテントに向かうと中に声を掛ける。
すると3人とも目を覚ましていた様で身嗜みを整えて外へと順番に出て来た。
少し寝癖は付いてるけど髪も長いのですぐに落ち着くだろう。
俺はテントの中から毛布や枕を回収してテントと別々に収納する。
「それじゃあ、ご飯を食べに行くか。」
「「うん!」」
「は~い。」
アケとユウは寝起きが良さそうだけどミズメは今も眠たそうだ。
昨日は力の移譲を行ったので少し不安で眠れなかったのかもしれない。
「大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ。そんなに長くは続かないから。」
「そうなのか?辛い時は何時でも言えよ。」
もしもの時は寝てもらうか下級ポーションを飲めば何とかなる。
これからは長距離の移動も多いので休める時には休んでもらわないといけない。
「分かってるわ。でも大丈夫よ。」
少し歯切れが悪いけど本人が言うなら大丈夫なのだろう。
船に乗れば時間があるのでそこで寝てもらっても問題はない。
そして俺達は案内されて朝食の場へと向かって行った。
「おはよう。」
「昨日はよく眠れましたか。」
中に入ると昨日のメンバーが揃い、床に皿を置いて朝食を食べていた。
どうやら台が足りないのでこういう形式になっているらしく、天皇家もとなると本当に食べられれば細かい事は気にしないようだ。
料理としては肉じゃが、味噌汁、キュウリと茄子の浅漬けに米か。
中々に美味しそうな献立なので食欲がそそられる。
俺達は空いている場所に座ると女中の人が料理の入った大皿と炊けたお米の入れられた容器を持って来てくれた。
「ありがとうございます。」
「いえ、それではごゆっくりどうぞ。」
そして俺達は食事を開始し手元の小皿へと料理を移して食べ始める。
現代ならともかく、この時代ではこれだけ食べられれば十分なご馳走だ。
調味料に関してはアンドウさんの提供だろうから、さっそく今日から供給を開始したようだ。
恐らくこれからは周辺の大名を呼んでの食事会が開かれるだろう。
そうすれば出された料理の味や使われている調味料から簡単にアンドウさんが経営している店に行き着くはずだ。
または商人の中には既に扱っている者も居るとの事なので買い注文が来るだろう。
出来ればそれによって親交を深めて仲良く争いの無い時代になってくれれば良いけどそこまでは望めない。
そんな簡単な事で仲良く出来るなら今頃は戦なんて全て無くなっているからだ。
それに全ての人間が平和だけを求めて争っている訳では無く、憎しみや欲望によって動いている者も居るはずだ。
そういった連中は邪神に付け込まれ易いので必ず血は流れることになる。
そして食事を終えた俺はアンドウさんの所へと向かって行った。
しかし、なんだかここだけ空気が違いまるでピンク色のハートが漂っている様な空間を形成している。
それに誰も馬に蹴られて死にたくないのか、周りの人達もなるべく目に入れない様にしているようだ。
朝からラブラブなのは良いけど、ここは歴史ある立派なお寺なので謹んで貰いたい。
ほら廊下を歩いていうお坊さんもなんだか冷たい目を向けてるじゃないか・・・。
あれ?なんで俺にもそんな目を向けて来るのかな?
俺は疑問に思い同じ冷たい視線を向けられているアンドウさんへ視線を戻した。
「アンドウさん。なんだか他のお坊さんの目が冷たいんだけどなんでだと思う?」
「それはあれだ。お前がミズメと同じテントで寝たからだろ。以前の様な子供の姿ならともかく、今は子供には見えないからな。」
そう言えば、どれくらいまで急成長したのだろうか。
着てる服もかなり小さくなっているしなんだか現代の俺とあまり変わらない様な気がする。
それに他の皆の反応が薄くてすっかり忘れていたけど体にも違和感がない。
あえて言えばアケとユウが小さく見えるようになって可愛さが爆上がりした事だろうか。
そう言えばミズメよりもいつの間にか身長が大きくなってるな。
「確かに何も知らなかったら変な想像をされてもおかしくは無いか。」
「今後は気を付けろよ。」
それはアンタ等もだよとは言わなくても分かっているだろう。
『イチャイチャ!』
いくらツバサさんと会えたからと言って、そこまで腑抜けてはいないはずだ。
『イチャイチャ!!』
「そろそろ本題に入っても良いか?」
「なんだ、まだ居たのか。」
「居たよ!それとこれからの予定について話さないといけないだろ。」
なんだか自分達の世界に入っている様に見えたので声を掛けてみればまさか俺すら目に入っていないとは思わなかった。
どうやら2人の中では俺は背景と化していたみたいだ。
これから大変になるというのに変わらず頼っても大丈夫か心配になってくる。
まあ戦力として役立たずになっても美しき翼の里の忍びが居れば大丈夫だろう。
「それで、これからどうするんだ?」
「もちろんすぐに出立する。それと、今の尾張はとても小さな国だ。あのまま放置すれば周りの国から侵略されてすぐに滅ぼされるだろう。」
「じゃあ、そこはアンドウさんに任せても良いんだな。」
どうやら一番厄介そうな所はアンドウさんが面倒を見てくれるようだ。
それにしても凄いやる気の波動が伝わってくる。
「任せておけ!あの周辺国は徹底的に征服と侵略をして巨大な愛の国を建国して見せる。」
「なんだかその言葉を聞くと凄く不安に感じるけど頑張ってくれ。」
少し前に島津で聞いた話だと、大名や各地の有力者にとって婚姻の殆どは相手を好きだからするものでは無いらしい。
相手の家に自分の親族を送り込みスパイ活動をさせたり、縁者となる事で裏切りを防止する役目を果たすそうだ。
なので恋愛結婚を推奨している俺としてもかなり見逃せない所ではある。
でも、それをアンドウさんが言うと危険な香りしかしない。
本当にやり過ぎないかが心配だけど信じて任せるしかないだろう。
「それなら俺の所も食べ終わったみたいだし、移住者を連れて一度九州に戻るか。」
「そうするか。それにこのメンバーならあれが使えそうだな。」
そして俺達は周囲に軽く挨拶を済ませて寺を出た。
彼らと再会するのは最後の目的地に決めた京の都になるだろう。
そして揃って山を下りてしばらく行くと山を下る最後の道へと到着した。
するとアンドウさんはそこで号令を掛けて足を止めさせる。
それにより、何も知らない移住者たちからは心配の声が上がる。
「こんな所でどうしたんだ?」
「この道だと俺達の村を通らないと海には出れねえぞ。」
元々が突然の事で不安を抱えての移住なのでちょっとした事で心配になるのはしょうがない。
アンドウさんはそんな彼らに落ち着くように声を掛け、少し離れて準備を始めた。
「ハルヤ、そこに立ってくれ。」
「ここで良いのか?」
「ああ、支えておかないと坂の下まで走って言ってしまうからな。」
そう言ってアンドウさんは翼の付いた乗り物・・・飛行機を取り出した。
やっぱり水上船、水上飛行機と来れば普通の飛行機も作っていて当然だ。
形は少し不格好だけど確かにこのメンバーなら飛ばす事が出来るだろう。
そして俺が支えている間にアンドウさんがタイヤ止めを置いて中へと案内を始める。
まずは俺と中に入り駆動部へと案内して行く。
それが済んで一度外に出ると念のために俺が支えている間に他の皆を配置に着かせる。
やはりアケとユウの2人には主翼の傍で配置に付き、今回のパイロットは現代の知識があるツバサさんだ。
そして準備を終えると最初は俺がプロペラを回し、アンドウさんが内部から飛行機を持ち上げて離陸を補佐してくれる。
飛んだ後は俺の隣にある座席に座ってプロペラを回す事になっている。
そして準備が終わると配置に着いたアンドウさんから声が掛かった。
「ハルヤこちらで支えるから入って来ても良いぞ。」
「分かった。」
そして全ての準備が終わるとそれぞれの配置に着いたメンバーが順に動き始める。
俺はペダルを回しアンドウさんは天井に着いている取っ手を握って加速させていく。
それに下り坂と言う事もあり次第に速度が増していき、村の前まで来たところでアケとユウが魔法で上に押し上げていく。
それに合わせてツバサさんも操縦桿を引くと空へと無事に飛び立つ事に成功した。
流石にこれだけの人間が集まれば適当に作った飛行機でも飛ぶ事が出来る。
そして、しばらく加速を続けるとアンドウさんは俺の隣に座りペダルを漕いでプロペラを回し始めた。
それによって速度は減速する事になるけど目的地はここからまだまだ遠い。
体力を温存して安定した飛行をするにはこちらの方が適しており、これなら魔法担当であるアケとユウの負担も少なくて済むだろう。
そして移住者たちは何が起きているのか理解できず、横の窓から外を眺めて腰を抜かしてしまった。
きっとこうして空の旅をするのは日本人なら始めただろう。
そういえばライト兄弟が飛行機を飛ばしたのは今からずっと先の事だったかな。
現代に帰ってこの事が歴史の教科書に載っていたら笑えそうだ。
オカルト系の文献になりそうなので妖怪絵巻の様に空を飛ぶ怪鳥が良い所かもしれない。
そして、しばらくすると周りも次第に落ち着きを取り戻して来た。
この時代の人ってあるがままを受け入れるのか驚いたのも最初の数分だけで今では空の旅を楽しんでいる。
そして俺達はツバサさんの正確な操縦によって最短距離を飛行し、無事に目的地である鹿児島へと到着した。
最初は別府とどちらにするか迷ったけど、ここからの方が美しき翼の里が近いらしい。
彼らは元々が百姓なので里で畑を管理してもらうそうだ。
あそこならこの九州で食料自給が一番高いので食べるに困る事は無いだろう。
里の人達も農業をしていても本格的にやり始めたのはこの数年と言うのでプロの農家が来れば助かるはずだ。
もしかすると更に美味しい作物が取れる様になるかもしれない。
そしてアンドウさんの部下と合流できたので連れて来た彼らをそのまま引き渡した。
ここからはその人が目的地へと案内をしてくれる事になっているので彼らとはここでお別れだ。
なので、ここで別れる事を知るとこちらに向かい揃って頭を下げてきた。
「色々とありがとううございました。」
「新しい土地で家族と一緒に頑張っていきます。」
そして彼らはアンドウさんの部下に連れられこの場を離れて行った。
俺達はそれを見送ると、そのまま町の支部へと向かって行く。
そして町を歩いていると何処となくいつもよりも賑やかな事に気が付いた。
それに人通りも普段よりも多く、まるで地方の小祭りのようだ。
「そう言えば九州同盟が完成した事を祝して色々と催し物をすると言っていたな。」
「催し物!所謂イベントですね!」
するとツバサさんが即座に脳内変換をしてイベントと言い出した。
でもこの人が期待と納得をするような企画は一つも無いと思う。
最初から俺達と行動を共にしていたならこの催しに主催者側として参加して色々と出来ただろうけど既に当日となると流石に難しいだろう。
「今回は参加だけで諦めた方が良いんじゃないか。」
「グヌヌ~。仕方ありません。現代と違ってダイナマイトなボディーが無いのが悔やまれる所です。」
確かにあの肉体なら路上パフォーマンスで客が呼べるだろう。
ちょっとアケとユウには見せられないけどアンドウさんと組めば色々な事が出来そうだ。
「それにしても今朝も思いましたが美味しそうな匂いがしますね。朝食もなんだか現代に近かったですし、この辺りは食の文化水準が高いのですか?」
ツバサさんの実家って言うと尾張の織田家だろ。
今はまだ大きくはないと言っていたけどそれでも有力者の家よりもこの辺の庶民の方が美味い物を食っているようだ。
きっとアンドウさん考案のらうめんにツクヨミとスサノオがハマっていなかったらかなりのお叱りが有っただろう。
やっぱり胃を掴んだ奴が最強と言う事になりそうだ。
「それはきっとアンドウさんのおかげだな。色々持ち込んだり改良したりしているからその影響でこの辺は料理が美味しいんだ。村まではそうでも無いけど醤油と味噌が有るだけでも全然違うな。」
村だと味付けに使うのは塩が良い所だった。
まあ、俺の家は村でも一番貧しかったのでそれが原因かもしれない。
細かい所はよく分からないのでアンドウさんに丸投げして俺達は賑やかな道を進んで行った。
すると進む先から食欲をそそる匂いがこちらへと漂って来た。
ただ匂いはお祭りの屋台と言うよりも焼き鳥屋みたいな感じだ。
それ以外にも油の匂いもするので誰かが揚げ物でもしているのかもしれない。
そして少し歩いていると匂いの元の1つへと到着した。
「なんで支部から食い物の匂いがするんだ?もしかして魔物が少な過ぎて、誰かが飲食店に作り変えたのか。」
「それに凄い人だかりだな。これは冗談で終わらない雰囲気だ。」
そして様子を窺っていると支部の中から匂いと煙を纏った人物が手に香ばしく焼けた肉串と皿に盛られた天婦羅を持って現れた。




