158 2人の贄
まずは彼らには俺がここに来た理由をしっかりと伝える必要が有る。
そうしないと今度はミズメを連れて四国を一周しないといけなくなるし、勘違いされたままではその間に逃げられるかもしれない。
日本中を探すとなるとどれくらい時間を浪費するか分からないのでそれは避ける必要が有る。
「俺の目的は唯一つだ。そのサチコから力を回収して贄の役目から解放する。」
「「「え!?」」」
すると3人は驚きと言うか信じられない物を見る様な表情を浮かべる。
きっと色々と最悪なシナリオは想像していたのだろうけど、解放される日が来るとは思っていなかったのだろう。
俺だってアズサの時には似た様な感じだったのでこの反応も仕方ない気がする。
「それは本当なのかい?」
「1人に力を集約させるのが目的らしい。そろそろ寺の方にもう1人の贄にされている奴が到着するはずだ。そいつに触れればサチコは力を失い普通に生活できるようになる。」
「え?もしかして私ここから出られるの?」
「それはお前の自由だけどな。でもここだと恋する相手を探すのも大変だぞ。」
するとサチコは困った様に頬を染めて俯いてしまった。
もしかすると初恋もまだなのかもしれない。
そして、その横に居るゼクウは苦笑を浮かべると天井を見上げて目を細めた。
それは何かを懐かしんでいる様な、そして悲しんでいる様にも見える。
「前の役目をしていたのは私の妹だった。あの子が死んで数代先にサチコが選ばれた時に私は少しでも娘の傍に居るために無益な争いを止めて僧となった。まさか私の代で解放される日が来るとは思わなかったよ。」
「そうね。あの子も結局は恋を知らないまま若い時に死んでしまったから。いえ、殺されてしまったと言った方が正しいわね。魔物は倒す事が出来たけど代わりに失ったモノも大きかったわ。」
2人はそう言って目に涙を浮かべ昔を思い浮かべている。
きっとこの時代は結婚も早いので3人は知り合い同士だったのだろう。
しかし両親に対して何故かサチコの目が微妙に泳いでいる様な気がする。
まるで何か秘密でも隠し持っているかのような感じだ。
「サチコ何か気になる事でもあるのか?」
「え!・・・いや、その~・・・あのね。信じるかは別なんだけど、オバ・・・イタ!痛い!あの・・・お姉さんはね。まだ成仏してないみたいんなの。」
するとサチコは1人で勝手に痛がりながら頭を押さえ困った様に驚きの真実を口にする。
もしかして、いま伯母さんって言おうとして頭を叩かれたのだろうか?
もしそうだとするなら、まだ可能性が残ってるかもしれない。
「ちょっと聞くけどその妹の体の一部とか無いのか?」
するとゼクウは懐から小さくも立派な位牌を取り出した。
それは外は滑らかな漆が塗られ、金箔か何かで文字が書いてある。
そして、ゼクウが位牌の後ろを指で撫でるとその面がスライドし、中から数本の髪の毛が現れた。
「妹の耶麻音が連れて行かれる時、あの子が最後に残して行った物だ。きっともう帰って来れないと何となく分かってたんだろうね。その後に妹は体の一部すら残さずに食われたらしく私達の所には帰って来なかったよ。」
「そうか・・・。それとサチコ。」
「なに?」
「そこの幽霊は悪霊じゃないよな?」
「ん~分からないけど死んだのは一瞬で全然覚えてないみたい。その後に魔物もすぐに討伐されたから魂も無事に逃げられたんだって。その後はフラフラしてたらここに戻って来ちゃったみたい。オ・・痛。お姉さんも以前はここで暮らしてたみたいで愛着があるんだって。」
まあ、本人がそう言うなら生き返らせてみるしかない。
あまり良くない様なら瞬殺すれば良いだろう。
「それじゃあ悪いけどその髪を床においてくれ。」
「何をするんだい?」
「ちょっとした試みだ。だからダメだったとしても苦情は受け付けないぞ。」
俺は床に置かれた髪の毛に上級蘇生薬を振り掛けてみる。
すると以前の様に即座に効果が現れ、光が膨らみ人の形へと変わっていく。
その光景に周囲は目を見張り俺は冷静に毛布を取り出すと裸が見えない様に体へと掛けてやる。
どれくらいの年齢で死んだのか分からないけど、かなり昔なら精神は大人になっているだろう。
裸を見られてどういう反応が後で返って来るか分からないので、その辺は十分に配慮しておく。
起きて突然ビンタされたり、お嫁に行けないとか言い出されたら面倒だからな。
そして眠っている少女はヤマネで間違いないだろう。
年齢的にサチコよりも少し下くらいで胸も体も発展途上だ。
そして無事に蘇生が完了し、横で固まっているサチコへと声を掛けた。
「サチコ。お姉さんとやらはまだ居るのか?」
「え、あ、分からないけど試してみるわ。・・・伯母さん。」
「誰がオバさんよ!」
するとヤマネは年齢の事をとても気にしている様でサチコの言葉に即座に反応して目を覚ました。
しかし生き返ってすぐにここまでの反応を示す奴を始めて見る。
そして反射的に起き上がると、自分に視線が集まっている事に気が付き首を傾げた。
死んでいる時は視認できなかったので生き返った自覚が持てていないのかもしれない。
俺はそんな彼女に手を伸ばすとその柔らかそうな頬っぺたを軽く摘まんでやる。
「・・・スケベ。」
「まさかこの程度でスケベ呼ばわりされるとは思わなかったよ。」
ヤマネはそう言って俺の手を軽く払い除けると微妙な角度から睨みつけて来た。
「ならなんだって言うのよ?」
「恩人?」
「なんでそんなに自信無さげなのか知らないけど。・・・仕方ないからそう言う事にしといてあげるわ。」
そう言って顔を背けてそっぽを向くとその先にはショックから立ち直ったゼクウが柔らかい微笑みを浮かべていた。
それに対してヤマネの視線は恥ずかしそうに逸らされ再び俺へと戻ってくる。
「言いたい事があるんじゃないか?」
「う~でも今さら恥ずかしいのよ。」
なんとも絵に描いた様なツンデレさんだ。
しかも属性にロリ婆『ギロ!』・・・ゴホン・
ロリまで追加されるとなると中々の属性持ちだな。
「なら俺が少し前に経験した話をしてやろう。」
「そんなの役に立つの?」
「まあ聞け。俺はある夜に神から世界を救う様に頼まれた事がある。」
「もしかして頭がおかしいの?」
「だから最後まで聞けってそんなに長くないから。・・・そして目が覚めたら魔物に家族を皆殺しにされてた事がある。」
「え、そんな・・・。」
すると周りの視線が一斉に俺に集まった。
きっと目の前のロリが細々とチャチャを入れていたのでこんな話になるとは思っていなかったんだろう。
それに視線が次第に痛たましい者を見る様なものへと変わっていく。
まあ、ここに居る奴らは良くも悪くも家族が揃ってるからな。
「まあ、その時はこの世の全てを呪いそうな程に絶望したけどお前と一緒で今は生き返って元気にしてるよ。」
「それを早く言いなさいよ!」
「でも常に生き返る訳じゃないんだ。だから一瞬先がどうなるか誰にも分からない。恥ずかしいとか言ってないで言いたい事は言える内に伝えた方が良いと思わないか?」
すると俺が言いたい事に気付いたのかヤマネは唇を噛み締めながらも再びゼクウとセンヒメへと向き直った。
どうやらようやく決心が着いたらしく、ここからは家族の時間なので俺は立ち上がると扉へと向かって行った。
そして、背後ではヤマネが「ただいま」と言い、それを「おかえり」と返して笑い合っているのが聞こえる。
さて、この家族の時間を壊そうとする邪魔者をとっとと始末してしまうか。
「どうやら、この場所を特定して無理やり結界をこじ開けようとしてるな。」
それでも簡単には入って来れないだろう。
ここは四国にある88カ所の霊場の力を一点に集めて作られた強力な結界が張られている。
しかし俺が気付くと言う事はゼクウも気付くかもしれない。
そうなると兄妹の感動の再会が台無しなのでちょっと外野には黙ってもらう事にした。
俺は刀を取り出すと上空へと移動し、結界の外に飛び出した。
すると俺に気付いた様で空を飛行する魚の群れがこちらへとターゲットを変更する。
まるで水の中を泳いでいるのと変わらない動きで自在に向きを変え、鋭い牙の付いた口を大きく開いて威嚇の声を上げて向かって来る。
「俺がフライングヒューマンなら、あちらはフライングフィッシュと言ったところか。」
群れという事で数は100を超えており、1匹1匹の大きさも4メートルはある。
そして群れの中央にはその3倍はある巨大な魚が1匹だけ混ざっており、体から炎を漏らしている。
あれで焼き魚にならない所を見ると魔法か炎に対する高い耐性を備えているのだろう。
今までの経験からすれば魔法耐性に分類されそうなのでアイツはアケとユウの天敵に成り得るという事だ。
「2人が到着する前に始末しておかないとな。」
「ギャギャギャギャ!」
それにしても魚のクセに空を飛び、空気中で生存しているだけでも凄いのに声まで出すとはな。
俺は向かって来る群れに対して外周を掠る様に移動し、それと同時に数匹ずつ始末して行く。
出来れば3枚に卸して料理の練習でもとは思ったけど、日本でこれだけ大きな魚となると鮫か哺乳類のクジラくらいしか居ない。
練習するにしても、もう少し小さい魚で練習するのが良いだろう。
次に皆で料理する事が有れば以前の様な失態を犯す訳にはいかないからな。
あの出来事の後で俺の料理に対する信頼は地を突き抜けアビスの最下層まで落ちてしまったので、それをどうにか地上までは戻しておきたい。
そして何度か敵と交差して敵を3割ほど倒した頃に俺は周辺の異変に気が付いた。
「この光っているのは奴らの鱗か。」
大きさは5センチ程度だけど持ち主から離れても単体で宙を浮遊し、その場に留まっている。
しかもその外周はカミソリの様に鋭く、まるで楕円形をした手裏剣のようだ。
硬度もそれなりに有り金属とはいかなくても同じ厚みの石くらいはあるだろう。
ただし重量は軽い様で当たっても傷を負う程ではない。
ただ、普通の人間がこの中に飛び込めばズタズタに斬り裂かれてしまうのは間違いない。
俺が相手でなければもっと厄介な相手だったのだろうけど、相手が悪かったようだ。
「%&”#*$¥%#>=!」
「もしかして何か仕掛けてくるつもりか!」
周囲に気を取られていると群れの中心に居た一番巨大な魔物が口をパクパクと素早く動かして何かを唱え始めた。
それと同時に体に纏う炎が噴き出し、大量の火球を作り出している。
そして他の魔物たちが背後に下がると同時に一斉にこちらへと撃ち出してきた。
しかし数が有っても空での戦いでは直線的な攻撃を躱すのは容易い。
俺は軌道を確認して当たらない場所まで移動し魔物の次の行動に備えた。
しかし次の瞬間、躱せたと確信した直後に炎の進路が修正されこちらを追尾してくる。
「まさか軌道修正が出来るのか!?」
しかも迫るにつれて次第に火力も増大している様だ。
今では放たれる前までは30センチくらいだった火球は1メートル近くまで巨大化し俺の視界を埋めるほどまでになっている。
そして、迫ってくる火球を集中して見ると中で何かが激しく燃えているのが分かる。
しかもそれが俺を追って来る火球のカラクリでもあるようだ。
「鱗を燃料にして力を増してるのか。しかも鱗に触れる度に俺に向かって向きを変えて来る仕組みだな。」
それでも避けられない程ではないので火球よりも早く動き鱗が漂っている範囲から出ようと試みる。
しかし、さっきまで固まって動いていた魚群の動きが変わり、俺の周囲をバラバラに動き回り次々に鱗を撒き始めた。
しかも鱗が剥げた所からは次の鱗が次々に生え揃っているようで尽きるのを待つのは愚策と言える。
これは悠長な事をしていると面倒な事になりそうなのでスタイルを攻撃的に切り替えることにした。
それにしてもコイツ等の様に共闘して襲ってくる魔物は多くないとはいえ、こうしてやられるとかなり厄介な相手だ。
1匹の力は俺に届かなくても互いに力を合わせる事で俺に届く刃を作り出す事が出来る。
もしかすると世界が違えば俺が悪でコイツ等が英雄的な存在になるかも・・・流石に魚の英雄は無いか。
しかし、このままだと埒が明かないのでまずは火球の対処からだ。
見た感じでは炎は鱗を取り込む事で次第に大きくなっているけど、温度自体はそんなに上がってなさそうだ。
それでも今の温度は焚火などの温度と同じで800℃近くはありそうだ。
しかし、それくらいなら以前にアケミとユウナが使ったロスト・インフェルノに比べれば中火と言える。
それにこの温度なら木が一瞬で灰になる事は無いのでちょうど良い物を持参している。
俺は先日の魚釣りの時に誤って突き倒してしまった木を取り出した。
コイツは後で材木屋にでも売ろうと思っていたんだけど、忘れてアイテムボックスに入れたままになっていた物だ。
こうして見ると何時何処で何が役に立つか分からないな。
なんだか物を捨てられない人の気持ちが少しだけ分かる気がする。
俺は葉の生い茂っている木を力づくで振り回し、向かって来る火球を殴りつけて四散させていく。
どうやら火球としての形状が保てない程に散らせば消す事が出来るようだ。
しかし数が10や20ではないので俺は常に動きながら間合いを開けて火球を打ち消して行く。
そして次第に枝が燃え尽き、幹も炭化して長さが5メートル程になった。
しかし、そのおかげで先端が尖り投擲に適した形状になっている。
それを両手で頭上に掲げると全力で炎を纏う魔物へと投げつけた。
「これでも喰らえ!」
そして高速で飛来した杭は魔物の側面へと直撃し、そのまま反対側まで突き抜けて止まる。
それにより機動力が格段に低下して殆ど動けない状態になると、それを見た他の魔物が焦った様に集結し始める。
このチャンスを逃すと殲滅が難しくなるかもしれないので俺はここでもう一つの要らない物を使用する事にした。
「この機会に銃弾を消費しとくか。」
これはフルメルト国で鹵獲した銃と銃弾だ。
覚醒者の血が弾頭に塗られているので障壁が無いこの時代の魔物には効果が高い。
アンドウさんに銃のレクチャーはしてもらったのであまり動かない相手か今の様に集団で固まっていれば当てる事が出来る。
まずは安全装置を解除して相手に銃口を向ける。
そしてトリガーに指を掛けて殺意を持って指に力を入れるべし・・・だったか。
『ダダダダダーーー!』
「「「ギョアーーー!」」」
すると魔物は銃弾に鱗ごと体を貫かれ瞬く間に霧散して行く。
いつもは剣で一匹ずるなのでこう考えれば銃の殲滅力は凄い。
弾は沢山あるので素早くマガジンを交換し魔物が居なくなるまで撃ち続ける。
そして1分としない内に残るは炎を纏った魔物だけとなった。
どうやらあのサイズの魔物だと銃弾のサイズが小さすぎるみたいだ。
そのため俺は銃から刀に持ち変えると動けなくなって浮いているだけの巨大魚へと向かって行った。
そして、腹を割き、鰓を突き、最後にその上にある首へと深々と刃を振り下ろす。
「これで止めだ!」
「ギョプヨーー・・・。」
そしてようやく魔物が全て消え去り、この場に平穏が戻って来た。
それに少し離れている寺の方に人が集まっているので、どうやらミズメ達も無事に辿り着けたみたいだ。
海の旅はすぐに終わっても陸路での移動はどうしても歩きになる。
それでも日が沈む前に到着できているのでかなり急いだのだろう。
そして俺は再び下にある家に向かうとそこで待つ4人に声を掛けた。
「寺に到着したみたいだからこれからここを出て山を下りよう。」
「そうだね。君が露払いを済ませてくれたおかげで安心してここから娘を連れ出せるよ。」
やはりゼクウは魔物の存在に気が付いていたみたいだ。
他の3人は何の事か分からずに首を傾げているのでこの中で勘が鋭いのは彼1人と言う事になる。
「念の為に最後まで俺が護衛するから急いで向かおう。2人揃った事で更に魔物を呼び寄せるかもしれないからな。」
「それなら急いで向かおうか。サチコもまずは寺に向かうよ。荷物は後で整理しにくれば良いからね。」
「分かりました。」
そして周囲を警戒しながら揃って山を下り始めた。
ちなみにさっき生き返ったヤマネには贄としての力を何も感じられない。
死んで時間が経過して力が完全に継承されているからだろう。
そう考えればアイコさんも、死んでもう少し放置するとアズサへと完全に力が継承されていたのかもしれない。
もう一度死んでくれとは言えないし、今でも強力なトラブルホイホイなのにそれを1人に集約すると大変な事になりそうだ。
あの2人は解放される時まであのままの方が良いだろう。
そして俺達は山を下りて無事に寺の敷地内へと到着すると、そこにはいつものメンバーの他にも天皇一家も揃っている。
どうやら全員でここまで案内してくれたみたいなのでサチコを連れて合流するとさっそく力を回収する事にした。




