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157 贄の許へ ③

俺は軽く溜息をついて部屋に戻ると今後の予定を話すために爺さんへと声を掛けた。


「爺さん、鳴門の辺りに霊山寺ってあるけど知ってるか?」

「霊山寺か。行った事はあるがかなり前じゃから記憶が朧気じゃな。それで、そこに何かあるのか?」

「実はそこに移住したい人が居るんだよな。ちょっと船で迎えに行ってもらいたいんだけど。」


しかし朧気となると俺が戻ってからの方が良いかもしれない。

迷って逸れると連絡手段が無いので探すのが大変だ。

すると俺達の会話に横に座る天皇も参加して来た。


「それなら儂が知っておるよ。ここには陸路を通ったがこの地に渡るには鳴門を通るのが一番早いからな。海を渡って最初に世話になったのがその寺じゃ。確か是空ゼクウと名乗る和尚が居ったが中々に徳の厚そうな者であったよ。」


どうやら海は海賊の被害が多いと言う事で長距離の移動には使わず、京都からほど近い淡路島を通って陸路で来たようだ。

そうなると、ここまでの距離を考えるればなりの日数を掛けて大変な道のりを通て来たはずだ。


「それなら本土まで送って行くついでに案内を頼めんか。」

「構わんが何日もかかるぞ。」


すると爺さんはニヤリと笑い俺に視線を向けて来る。

すなわち船を出せと言う事だろう。

まあ、動力源を爺さんにしてモモカさんに操船してもらえば大丈夫か。


「それなら運搬用の船を出すからそれを使ってくれ。」

「話しが早いのう。もちろん、防御はあれじゃろうな。」

「ああ、心配ない。海賊が出ても薙ぎ払って進めるよ。」

「よし、それなら楽しめそうじゃな。」

「でも、運搬がメインだからな。安全第一で航行してくれよ。」

「分かっておるわい。」


しかし、その邪悪な笑みを見れば分かってないのが手に取るように分かる。

しかも操船はモモカさんだとしてもやる事は爺さんと同じなので違うとすれば邪悪に笑うか朗らかに笑うかの違いしかない。

似た者夫婦とはこういう感じの事を指して言うのだろうか。


「それじゃあ、何時出発するんだ?」

「早い方が良かろう。さっき締めの風呂にも入ったしのう。」

「そうじゃな。海を行くのが少し不安じゃがゲンとモモカが一緒なら問題なかろう。」


そして彼らは既に帰り支度を終わらせていたのか荷物を持って屋敷を後にした。

それにしても現代と違って天皇一家はフットワークの軽いようで急に決まった予定も気にする事無く受け入れている。

てっきりこの時代の人なのでもっと気位が高くて傲慢なのかと思っていた。

まあ子供には良い子にしておくようにとお菓子を与えてある。

現代でも子供から大人まで幅広い人気のある『ポ~テト・チ~プス』だ。

これなら帰ってからでも再現が出来るだろう。


アンドウさん曰く、来た時に無かったので環境の変化に強い芋は種と芋種、それに栽培方法や料理法まで合わせてかなりの収益を上げたそうだ。

そのおかげで10年で広範囲へと伝わり、今では各地で栽培していない地域が少ないという事らしい。

なにせ保存も効くし寒い北陸や北海道でも栽培が可能で地域によっては年に2回も収穫できる。

どこまで広がっているかは知らないけど戦が絶えず食料が不足しているこの時代なら米よりも人気が高そうだ。

こうして考えるとあの人ってそれなりにやらかしてる所が出て来ている。


そして火事のあった場所を迂回し、俺達は海に面した桟橋へと到着した。

どうやら、ここはお偉いさんが使う専用の場所で足を濡らさずに乗船できる場所の様だ。

俺達は川の近くにある砂浜から上陸したのでこんな所があるとは知らなかった。

急いでいたのであの時は仕方ないけど次からはミズメが濡れなくても良い様にここを使用しよう。


すると天皇一家は周りを見回し船が一隻もい無い事を確認して首を傾げた。


「船は何処にあるのだ?」

「今から出しますよ。」


俺はそう言って少し離れた所に船を出した。

今回の船は今までの中で一番巨大で20メートル以上ある。

その為コスト削減を考慮し、各部に木材が使用され表面にのみ金属装甲が取り付けられている。

なので大きくなっても重量はそれ程重くなっていないのが特徴だ。

これなら爺さんでも大丈夫だろう。


「こんな大きな物まで仕舞えるのか。」

「まあ色々と。」


しかし、何処までの大きさの物が入り、どれくらいの量が入るのかは試したことがないので、現代に帰ったら試してみた方が良いかもしれないな。

今のところ分かっているのは30メートル位の物が入り生き物が入れられない事だ。

それと入れた物は腐敗せず、暖かい物や冷たい物を入れておいても変化が無い。

その辺はとても助けられているので便利なスキルである事に間違いないだろう。


「それじゃあ爺さん。あんまり無理はするなよ。」

「分かっておる。儂らはあちらで待っておるからな。」


そして爺さんは船室に入ると楽しそうに出発して行った。

てっきりあまり速度は出ないだろうと思っていたけど予想に反してかなり早い。

気の爆発的な高まりを感じるので身体強化や攻撃力を高める事であの速度を実現させているようだ。

きっと爺さんにとっては久しぶりに出す全力だろうから存分に頑張ってもらおう。


そして俺もあちらを上回る速度で移動を始めた。

なんたってあの船にはミズメが乗っているので絶対に海賊と遭遇する。

なので一応は先回りして様子を確認しないと不安でたまらない。

俺は次の目的地である52番の太山寺、53番の円明寺、54番の延命寺、55番の南光坊、56番の泰山寺、57番の栄福寺を周り58番の仙遊寺で一度引き返した。


そして到着すると船が大島と四国の間を通過しようとしている。

しかし、その先には海賊船団が待ち構えており海峡を塞いでいた。

しかも通常は相手を捕まえるために鶴翼の陣で半包囲しながら迫るのが適しているのに奴等は縦一列に並ぶ長蛇の陣で向かている。

もしかしたら先日の海賊の中に俺達の事を伝えに戻った奴等が居て1隻では止められないと知っているのかもしれない。

それに奴等はどうしてもあの船を止めたいらしい。


「それならお前らの好きにさせると思うなよ。」


俺は急いで船に向かい扉を開けて内部へと入る。

そして動力室へと入りもう1つの座席へと飛び乗った。


「どうした。ここは儂だけでも大丈夫じゃぞ。」

「奴等を完膚なきまでに粉砕するためだ。速度マックスで突っ込むぞ!」

「そういう事なら任せておけ!」


俺がそう言ってニヤリと笑うと爺さんもニヤリと笑って返して来る。

この船は運搬の為に船体を大きくした分スクリューも増設してある。

なので今までは半分の動力で動いていたのを俺が加わった事で2倍以上の推進力を得た計算になる。

そして速度を急激に増した船は敵の船団へと正面から突撃していく。

それにどうやらモモカさんも俺達と同じ気持ちの様で進路を変える様子が全くない。


「うおーーー!燃えてきたぞーーー!」

「敵の陣を喰い千切れーーー!」


そして1隻目の先頭に触れると同時に相手の船体は一瞬の軋みを上げて粉砕される。

その際に大量の悲鳴が聞こえて来たけど些細な事だ。

そして2隻目、3隻目と続き、俺達の船は一瞬の停滞も無く海賊船を木端微塵にする。

更に4隻目も破壊し、最後の5隻目に来た時に伝声管からモモカさんの声が聞こえて来た。


「敵にも金属装甲の船があるみたいよ!オールで加速して向かって来るわ!」

「ハハハ!それは楽しみじゃな!」


どうやらその情報は爺さんにとって引く理由にはならないよだ。

俺も同様だけど進路が変わらないのでモモカさんも同じ意見なのだろう。

俺と爺さんは目にも止まらない速度で足を動かすと更に加速し相手の船へと突撃して行く。

そして接触と同時に轟音を響かせ、相手の船はまるで電車に激突された軽自動車の様に粉砕され海の藻屑となって消えて行った。


ちなみにこの様子は客席となっている部屋からは見る事が出来ないので今も楽しく歓談している。

衝撃も無いので気付いていたとしてもアケとユウくらいだろう。


「よし、これで憂いは晴れたからまた寺を周ってくる。」

「それが良かろう。儂も海のゴミ掃除が出来て気分が良いわい。」


そして俺は急いで次の目的地へと向かて走り出した。

それにしても結果としては少し遠回りになったけど見に来て正解だった。

まさか海賊が金属船を所有しているとは予想外だったので、これはアンドウさんと合流してから報告しておこうと思う。


そして寺を素早く回り、そこに居る僧を何度も驚かせながら最終目的地である88番の大窪寺へと到着した。


「確かここに来て以前に貰った木札を見せれば89番目である目的地の場所を教えてくれると言っていたけど・・・。」


周りを見ても何処にも組織の人間らしい人物が見当たらない。

支部を示す印もないしどうすれば良いのだろうか。

仕方ないので寺の中を少し歩き適当な人に声を掛けてみる事にした。

すると向かいから丁度良くフードに袈裟姿の坊さんがやってくる。

もしかすると何処かに出かける途中かも知れないので手短に聞いてみることにした。


「すみません。玄武の者ですけど次の目的地は何処ですか?」

「あら、組織の人は珍しいわね。」


どうやらフードで分からなかったけど、話しかけた相手は初老の女性だった様だ。

年齢としては1番の霊山寺に居たゼクウという和尚と同じくらいだろうか。

表情は柔らかく、まるで菩薩が笑っている様だ。


「それで実は89番目の場所に行きたいんですけど知ってますか?」

「ええ、知ってるわよ。私も今から行く所なの。」

「それならあなたも組織の人ですか?」

「いいえ違うわ。」


そう言って彼女は少し表情を暗くして首を横に振った。

それなら何が目的で行くのだろうかと考えゴーグルを使用してみる。

しかし、その魂には一片の陰りすら見えず、その輝きは俺よりも強いかもしれない程で力強くも穏やかに輝いている。

どうやら個人的に何か理由があるみたいだ。


「それなら理由を聞いても良いですか?俺も急いでますけどついでに送って行きますよ。」

「それは助かるわ。実はそこで娘が仕事をしているの。ようやくこの地を一周して会えるようになったのよ。こんな歳だから戦を避けたりしながら何年も掛かってしまったけどようやく会う事が出来るの。」


確かに贄にされた女性だけでは生活も難しいだろうからこの人の娘はそこで世話をしたり寂しさを紛らわすための話し相手に選ばれたのかもしれない。

それなら俺が送って行って少しでも早く合わせてあげれば相手もきっと喜ぶだろう。


「それなら早速行きましょうか。」

「そうね。でも私は歩くのが遅いわよ。」

「それなら問題ないですよ。背中に乗ってください。」


そう言って俺はその場でしゃがんで背中を向ける。


「大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。こう見えても力と体力はありますから。」

「辛くなったらいつでも言ってね。」


そして背中に遠慮気味に乗ると俺は後ろに手を回して落ちない様にしっかりと支える。

なにせ落ちたらパラシュートも命綱もない紐無しバンジージャンプを味わう事になる。

この人がそれに耐えられるとは思えないので気を付けないといけない。


「それじゃあ行きますよ。目的地は何処ですか?」


そして目的地を聞きながら階段を駆け上がる様に空に浮かび、そのまま走り出した。


「行き先は最初の場所にある霊山寺よ。それにしてもあなたって凄いのね。空に浮かぶなんて初めてよ。」


きっと殆どの人がこの時代なら初めてだと思いますよ。

俺は心の中で軽いツッコミを入れて霊山寺へと向かって行った。

それにしても灯台下暗しとはこう言う事を言うのだろうか。

あのゼクウという和尚も最初に教えてくれたら良かったのに俺を驚かせるつもりで黙っていたのだろうか。

まあ、到着したら聞いてみたら良いだろう。


そして移動の間に互いに自己紹介を済ませ相手の名前も知る事が出来た。

彼女の名前は煎姫センヒメというらしく元は大名の娘だったらしい。

何でも嫁ぎ先の旦那が武将を止めて出家した事で自分も尼になったそうだ。

なんとも夫婦で思い切りが良いと言うか何と言うか。


そして、のんびり走って1時間ほどで目的地へと辿り着いた。


「着きましたよ。」

「ありがとうね。まさか今日中に到着できるとは思わなかったわ。」


実際にここまではかなりの距離があるので彼女の足なら数日は掛かっただろう。

無事な保証もないのでもしかすると辿り着く事が出来なかったかもしれない。

そして彼女は俺から降りると深く頭を下げて来た。


「本当にありがとうね。この際だから娘の所まで一緒に行きましょうか。」

「そうですね。この際だから最後まで一緒に行きますよ。」


そして寺の奥へと進んで行くとそこには裏山に続く細い道があり、俺達はそれに沿って次第に山の中へと入って行った。


「しかし見るからに普通の森だけど、これならわざわざ四国を一周しなくても良さそうですね。」

「フフフ。この森には結界が張られていて人の出入りが制限されてるのよ。私が以前に来た時にはいつの間にか森の入り口に戻ってたから手順を踏まないと入れないの。」


俺が疑問に感じているとセンヒメさんが自分の体験談を元にして説明をしてくれる。

どうやら最初に来た時に既に試した様で恥ずかしそうに笑みを浮かべている

そして、しばらく進むと森の少し開けた所に1軒の家を発見した。

どうやらここが目的地の様で彼女は家に歩み寄ると扉をノックして声を掛ける。


幸子サチコ~。居るなら返事をしてちょうだい。」

「お母さん!」


すると扉を勢い良く開けて中から1人の女性が飛び出して来た。

歳は二十歳前くらいと若く、食が細いのか少し痩せ気味だ。

でも食べさせて貰っていないというよりも少し疲れている感じが伝わってくる。

でも俺の感じる感覚からすると彼女はもしかして。


「元気にしている様で良かったわ。」

「お母さんも無事に辿り着けて良かった。これでまた家族一緒に暮らせるね。」

「セン。そんな所に居ないで中に入って来たらどうだい。」

「そうだよ。お父さんもずっと楽しみにして待ってたんだから。」


すると中かか男性の声が聞こえてきてサチコと言われた女性はセンヒメさんの手を引いて入って行く。


しかし、この聞き覚えのある声はもしかして・・・。

俺は後ろから家の中を覗き込むとそこにはゼクウが囲炉裏の前に座り湯呑を啜っている。

どう見ても先程から聞いている感じではこの3人は家族の様だ。

しかも気配からしてこの周辺に居るのは俺を除ければこの3人だけしか居ない。

やっぱり、このサチコというのが贄に選ばれた女性で間違いなさそうだ。

するとセンヒメさんが思い出したように手を叩くと家から顔を出して俺の手を取り中へと入れてくれる。


「そうそう、この子を紹介しないといけないわね。実は予定より早くこれたのはこの子のおかげなのよ。」

「どうも、昨日ぶりですねゼクウさん。色々と驚いてますけどドッキリは大成功ですか?」

「そうだね。成功と言えるけど私も驚いていますよ。まさかたった1日でここまで辿り着くなんてね。」


するとゼクウの言葉に他の2人は驚いた表情を浮かべる。

しかし、センヒメさんはすぐに納得したように口元に手をやって笑うと小さく頷いて見せた。


「あの速さで空を走ればここまでそんなに時間は掛からないわね。でもそれならもしかしてここに来る時は本気で走ってなかったの?」

「まあ、そうなりますね。流石にあの高さから落ちると洒落になりませんから。」

「それもそうね。」


そして俺の事を知っている夫婦の方は納得し、訳を知らないサチコの方は今も首を傾げている。

まあ、見ないとすぐには理解できないので俺は軽くステップを踏むと体を浮かせてサチコにも分かる様に見せてやった。


「す、すごい。本当に飛んでる!」

「実演はこんなもんだな。それで、そろそろ本題に入っても良いか?」

「そうだね。それで、組織の人間がサチコに何の用なのかな?」


するとその声には明らかに警戒が伺える。

しかし、それも当然と言っても良いだろう。

こんな所まで組織の人間が来るとすれば目的は2つに絞られる。

1つはサチコをこの場所から移動させる事だ。

でも、ここは他に比べればかなり安全な場所と言える。

魔物は簡単には入って来れないし人の出入りも制限されているので移すとしても親としては難色を示すだろう。


そして、もう一つの目的は贄としても裏の目的だ。

ようは魔物に食させる事で本当の生贄とし、その場合はサチコは確実に死んでしまう。

もしそうなればこの2人と言えども黙ってはいないだろう。

もしかすると命懸けで俺に向かって来るかも知れない。


ただし今回ここに来たのはその真逆の目的なのでそこをしっかりと話して分かってもらう必要が有る。

さて、最初の1人目だけど上手くいくのだろうか。

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