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153 魂を救うには

目的の場所が見えて来るとそこでは人々が何かから逃げ出し、逃げ遅れた者は容赦なく殴り殺されていた。


「あそこか!」


しかし死んだはずの奴らは再び起き上がると、動く死体となってこちらへと向かって来る。

それを見て異常と感じ取ったのか、ゾンビを生み出している存在はその向かう先を視線で追いかけ俺と視線を合わせた。

するとそいつは頬を血化粧で染めたまま穏やかな笑みを浮かべる。


「待ってたわよ。」

「お前は!」


そして、そこに居たのはダンジョンの15階層に現れるドライアドだ。

しかし、俺が驚いたのはそこではなく・・・。


「オウカ!何でここに居るんだ!?」


この気配は明らかにオウカの物だ。

でも気配に混ざり物があると言うか何かが違う。

言葉では表し難く、それを無理やり言葉にするなら何種類かの絵の具を垂らしてマーブル状にしていると言えば良いだろうか。

オウカの気配ではあるけどそれ以外の気配も強く感じられる。


そして、もう1つの問題がオウカには今までに最大と言える太い鎖が体に埋め込まれている。

実体がないので動きを阻害する事は無いのだろうけど、これの意味する事は1つしかない。

しかし先程から反応がなく、俺は再び声を掛けた。


「お前は邪神に取り込まれたのか!?」


しかしオウカは激しく頭を左右へと振り憎悪の籠った瞳で睨んでくる。

これではまるでテイムされる前の状態に戻った様だ。

そして強く食い縛られていた口が開くと少し前までは毎日の様に聞いていた声音で、しかし明らかに違う人物と分かる言葉を吐き出した。


「違う・・・違う違う違う違う。私はオウカなんて名前じゃない!」

「なら何だって言うんだ!?」

「分からないのハル!私はユリよ!アナタの事をこんなに想ってるのにどうして分かってくれないの!?」

「ユリ?・・・ユリ!本当にユリなのか!?」

「そうよ。私はユリ!やっぱりハルは分かってくれるのね。」


この瞬間に混ざっている気配の正体が分かった。

1つはユリで、一つは邪神だ。

それとドライアドとしての魔物の気配の3つが感じられる。

でもそうなるともしかしてオウカの前世がユリなのか!?

そうならダンジョンで今まで出て来た魔物の中には邪神に取り込まれた魂も含まれていると言う事になる。

そういえば特殊個体を倒すと力の一部を俺に移植されるけど残った部分はどうなるんだ。

今までは神が回収していると思ってたけど、もしかすると黄泉に送られて浄化されるか再び弱体化した状態でダンジョンに現れるのかもしれない。

もし後者なら俺がここでユリを殺したとしても本当の意味では救い出せない事になる。


なら浄化はどうだ。

俺はゴーグルで覗くとそこには黒い業火が燃え盛っていた。

これでは既にユリの魂は浄化を受け付ける状態ではなさそうだ。

もしあの鎖の太さが邪神との繋がりの強さを表しているとすれば今の俺はテイマーではないので打つ手がない。

しかもテイムは邪神との繋がりが強い魔物の場合は成功率が低いはずだ。

成人女性の上半身ほどもある鎖なので成功する見込みは低いだろう。


どうやら、あの時に邪神が思い付いた面白い事とはこの事だったみたいだ。

俺が助けたい者と互いに戦い合わせて苦しむのを見て楽しむつもりなのだろう。


「そうなるとこの状況で聞ける相手はツクヨミくらいか。」


しかし俺の言葉にユリの目元がピクリと反応する。

そして拳を強く握り反対の手に持つ刀をこちらに向けて来た。

ただ、その刀の鞘は罅割れてボロボロになっており、入っている刃は抜かれていない。

しかし、あの状態ではそう遠くない内に鞘が砕けてしまうのは間違いない。

するとユリはその体勢から怨嗟の籠った様な声を上げ再び鋭い視線で睨みつけて来た。


「また別の女の名前を言ったわね!」


どうやらユリは俺に自分だけを見て欲しい欲求に逆らえない様だ。

漆黒に燃える魂もさらに激しさを増し、揺れる様子がまるで怒りに染まった顔の形になっている。

それと同時に鎖からは邪神からの力が注がれ、危機感知の警報が次第に大きくなっていく。

恐らくはさっき出会ったばかりの段階なら魔物としての強さは20階層くらいだっただろう。

しかし今は一気に跳ね上がって30階層くらいまで力が増しているので、このまま上昇すれば手が付けられなくなるかもしれない。

するとユリはそのままフラリと一歩を踏み出すと地面を抉る踏み込みで襲い掛かって来た。


「やっぱりハルは私が美味しく食べてあげないとダメみたいね。そうすればこれからずっと一緒に居られるわ!」

「落ち着けユリ。俺はお前を助けたいだけだ。」

「助ける?何から助けるの!?私はこんなにも嬉しいのに。楽しくてお腹が空いて・・・。ああ~~~何処から食べてあげようかしらね。やっぱり喉を潤すために血が飲みたいわ!」


ユリは刀を振りながら涎を垂らし、血走った目で俺を見て来る

そして、その口が大きく開かれると同時に吸血鬼の様に牙が伸び、俺の首筋へと一直線に向かってきた。

その動きから察するに戦闘経験の無さは埋められていない様だ。

これを躱すのも返り討ちにするのも簡単だけど俺はそのままユリを受け入れ、求める物を無条件で差し出した。

別に目や心臓でなければ戦いに支障はないし、死ぬ事も無いからだ。


「ハル・・・。私を受け入れてくれるのね。」


そう言ってユリは嬉しそうに俺の血を飲み込み表情を緩める。

しかし、それは長くは続かず、まるで拒絶反応でも示す様に離れると目に涙を浮かべながらその場に膝を付いた。


「ち、違うの!こんなの私じゃない!ハルの体が欲しいんじゃない!心が欲しいの!食べたら全て無くなっちゃう!」


そして口を開けて手を差し込むと飲んだ血を吐き出し、自身の腹部を殴りつけて更に嘔吐させる。

きっと魂は邪神によって黒く染められても元のユリである思考がまだ残っているのだろう。

しかし、その反応はすぐに消え去り、まるで意思を無くしてしまったような無表情になって立ち上がった。


「やはり、まだ早かったみたいだな。」

「邪神!テメーか!」


先程までとは声も口調も変わり、別人となってしまったユリは虚ろな瞳を向けてくる。

そして操られるままに口だけを動かし俺に話しかけてきた。


「今回の余興はあくまでお披露目だ。次回はもっと楽しいショーが見られる事を期待する。」

「おい待ちやがれ!」


しかし、それだけを一方的に告げたユリは植物の様に枯れ始め、その体から鎖が引き抜かれる。

そして、その先端には人間の姿をしたユリの魂が固定されており、何も無い空間に引き寄せられていく。

このままではユリが再び邪神の許へと連れ戻されてしまう。


「ユリ!」

「・・・。」


するとユリは俺の伸ばした手を掴もうと泣きながら必死な表情で手を伸ばして来る。

しかし互いに伸ばした手は擦り抜け、触れる事が出来ないままにユリは虚空へと消えて行った。

それに声は聞こえなかったけど、あの口の動きは「助けて」と叫んでいた。

しかし今のままの俺では何度繰り返しても触れる事も解放する事も出来ない。

でも次があるなら絶対に取り戻して見せる。

そしてユリだった体は次第に朽ち果て、黒い霞となって消えて行った。

すると、そこには先程まで彼女が使っていたボロボロの刀だけがポツンと取り残されている。

俺はそれを拾うと鑑定を使いどんな物かを確認する事にした。


「これは・・・。いや、今日ここでコイツが俺の所に来た事は運が良かったのかもしれないな。」


この刀は見た目からして日本刀だと思っていたけど、鑑定すると全く違う代物だった。

それどころかこれはこの世界の武器ですらない。

どうやら邪神が別の世界から持ち込んできた物の様で、使用者の精神力を吸って力に変えるという変わった武器のようだ。

だから鞘は付いているけど中身はなく、ただの飾りでしかない。

でも代わりに柄の中は精密機械で一杯になっているのでもしかするとハクレイの様に現代の地球よりも遥かに進んだ世界から持ち込まれた物かもしれない。


するとゴーグルが勝手に起動し、何やら作業を始めた。

俺の視界の前には膨大な数字が流れ、何が起きているのか全く分からない。

そして処理が終わったのか、画面が再起動を始め俺の視界に文字が表示された。


『アクセス完了。使用者を登録しました。これによりスピリチュアル・ソードの使用が可能になります。』

『現在エネルギー残量は0。供給と修復を開始しますか?』


どうやらユリがこの武器を使えなかったのは使用者登録が出来ていなかったからの様だ。

それにしてもこのゴーグルは色々と優秀で助かる。

これが無かったら俺もこの武器を使う事が出来なかった。

現代に帰ってハクレイに合えたら感謝を伝えておかないといけないだろう。


ただそれよりもエネルギー補給をどうするかだな。

それによってどれ程の精神力が消費され、使い切ると意識を失ったり死んでしまうかも分からない。

今はまだ戦闘中なのでそれは避けたい所だ。


「供給は後回しにする。」

『Yes。』


するとこちらの指示に従って表示が消え、それっきりゴーグルは沈黙して元に戻った。

俺はスピリチュアル・ソード・・・このままだと長いのでSソードとして、それを収納しておく事にする。


「やっぱ入らないか。」


そして予想通り、収納しようとしてもいつもの様にパッと消えない。

その理由は分かっているので仕方なく腰に差して解決は後回しにする。

そして、そのまま傍に居るゾンビ達を殲滅すると3人の許へと戻って行った。


「ただいま。」

「お帰りなさい。」

「この辺の魔物はもう居ないみたいです。」


どうやら、ミズメのおかげでこの辺りの魔物は一掃できたみたいだ。

本人はその場に居るだけの簡単なお仕事なので体力的には問題ないだろう。

ただし、全ての魔物が自分に向かって来る事を考えれば精神的には簡単とは言い難いだろうけど。


まだ町全体で見れば魔物は残っているけど俺は次の目的地へ向かう事にした。

それにこの時代の魔物には攻撃が通用するので後はその辺で戦っている奴らに任せても大丈夫だろう。


「もう一つの課題を解決しに行くか。」

「お兄ちゃん何処かに行くの?」

「ああ、ちょっと人を1人連れて来る。3人は寺に行って待っててくれ。」

「それなら気を付けてください。」

「待ってるからね。」


俺は軽く手を振るとそのまま飛び上って移動を開始した。

しかし、ここで匿われている贄の役目を持つ女性は少し変わった場所に居るらしい。

何でもこの四国にある88の霊場を起点に強力な結界を張り、手順を踏まないとそこへは行けないそうだ。

その手順もかなり面倒で入るためには88の霊場を周る必要が有る。

そして、それでようやくこの地に隠されている89番目となる霊場に入れるようになるらしい。

これによって例え魔物が紛れていてもそれまでの霊場で浄化され、足を踏み入れる事が出来ない様になっている。

ちょっと時間は掛かってしまうけど、他に選択肢が無いなら仕方がないだろう。


そして以前に購入した四国のガイドブックを広げて順番と位置を確認する。

ついでなので爺さんに習っておいた気を使った自己負担法で体を鍛える事にした。

これは自身の気を使って筋肉や内臓に負荷をかける事で日頃から体を鍛える方法だ。

普通は何年もかけて行うらしいけどそれは回復の速度が遅いのが理由なので俺には関係ない。

ユリの事もあって今は少しでも肉体の強化が必要になる。

こんな脆弱な体では次に出会った時に助けるどころか負けてしまうかもしれない。

そして筋肉と関節を軋ませ、血反吐を吐きながら走り続けた。

するとほどなくして目的地が見え始め地上へと降りて行く。


「ここが最初の場所である霊山寺か。」


そこは淡路島から近く、もう少し行けば鳴門の大渦が見える場所だ。

歩きながら体の修復も行っているので到着と同時に気による鍛錬を緩め、軽く食事をしながら入口へと向かって行く。


すると写真で見るよりは綺麗に見える門と建物があり、閉じられた門の前で何者かが扉を引っ掻いていた。

そして更に近付くとそれが何なのかがハッキリと見えてくる。


「小鬼、それとも餓鬼かな。」


そこには細い手足に膨れたお腹をした小さな鬼達が目に涙を浮かべながら扉に爪を立てている。

目的は分からないけど中に入るのが目的なのだろう。

ただ、ゴーグルで確認したところコイツ等の魂自体は穢れてはいない。

初めて見るけどこの世界由来の妖怪や妖と言われる類のようだ。

神が居るのだからこういった奴らが居るのはおかしくないとはいえ、殺すべきか悩んでしまう。

もしコイツ等が邪神の関係者なら容赦なく殺す所なんだけどな。

仕方ないので入る前にノックでもして中の奴に声を掛けて聞いていることにした。


『トントン』

「ごめん下さ~い。」

「こんな時間に何者だ!」


すると中から野太い男の声が聞こえて来たので、扉のすぐ向こうに誰かが居るみたいだ。

きっとこの時代は物騒なので見張りをしている人員だろう。


「この扉を開けてくれないか?」

「それは出来ない。最近この周辺には小鬼が集まり寺の食料を荒らす様になった。今は居ないのかもしれないがすぐにここを立ち去った方が良いぞ。」


どうやら食料を荒らすだけで人的被害は無いみたいだ。

俺の足元に居る鬼たちも俺に縋り付いているだけで危害を加えようとはしてこない。

ただ何かを欲する様に窪んだ大きな瞳で俺を見ているだけだ。

もしかするとただ飢えているだけかもしれない。


しかし餓鬼だとして普通の食事が食べられるだろうか。

確か餓鬼は飢えて死んだ者が鬼に成った者と言われている。

他にも歴史や宗教観で色々言われているけど悪事を働いた物にしては行動が穏やかだ。

でも餓鬼は普通の食事をするとそれが炎に包まれ食べる事が出来ないと読んだ事がある。

もしそれが本当なら試してみる必要が有りそうだ。


「何か食いたいのか?」

『『『コク・・・。』』』

「ならまずはこれから試してみろ。」

『コク。』


すると餓鬼は俺の出したネギへと恐る恐る手を伸ばして来る。

別にこのネギに意味は無いんだけど棒の様な野菜なので何かあっても対処が容易いだけだ。


そして伸ばされた指先が触れた瞬間にネギ本体が炎に包まれこんがりと焼き上がってしまった。

一瞬でこれなら掴んだりすれば炭になってしまうだろう。

俺はネギの焼き加減を確認するとそれを食べて処分する。


「うん、いい焼き具合だな。」

『『『ジ~~~。』』』

「いや、このままだと勿体無いだろう。良くあるじゃないか。後でスタッフが美味しく頂きましたって。」

『『『ジ~~~。』』』


すると周りの餓鬼たちが物欲しそうな思いの中に、何やら呆れを含んだような視線を向けて来る。

しかし、せっかく上手に焼けたので捨てるのも勿体ないだろう。

例え毒や呪いなどの状態異常が出る食材に変容していても俺なら問題なく食べられる。

そして俺は次の野菜を取り出し再び餓鬼へと差し出した。


「今度はこれだな。」


次に出したのは現代から持ち込んだ茄子だ。

これならもし燃えたとしても焼き茄子で食べる事が出来る。


そして今度は恐る恐るではなく、大胆に掴みに来た。

どうやら先程の焼きネギの匂いで食欲が刺激されたらしい。

餓鬼は茄子を強く掴むと俺から奪う様に引き寄せ口へと持って行った。

しかし今回は炎に包まれる事は無く、そのまま喉を通って胃へと吸い込まれていく。

そして全てを食べ終えた餓鬼はそこでようやくその事に気付き不思議そうな顔を向けてきた。


「どうやら与えられる食材が決まったみたいだな。良~し、お前らそこに並べ。食い物を配るぞ。」

「「「キキーー!」」」


なんだかいつか見た戦隊モノに出て来る悪の組織に居るみたいだ。

これで黒服を着せてポーズが一緒なら完璧なものになるだろう。


そして今コイツ等に配っているのは現代でアケミとユウナが浄化を使って汚れを落とし綺麗にしてくれた食材だ。

その中で料理をしなくても生で食べられる、果物類やキャベツやキュウリなどを選んで配っている。

今の俺は火起こしどころか料理も苦手だからこれで勘弁してもらいたい。


そして満腹になった餓鬼たちは腹を擦りその場に座り込んだ。

すると膨れていた腹が逆に引っ込み普通の人と同じ様になだらかになっていく。

それに顔が次第に鬼ではなく人間の子供の様な姿へと変わり、人の姿になって立ち上がるとこちらに笑みを浮かべその姿を消し始めた。


「兄ちゃんありがとう。」

「こんなに満たされたのは初めてだよ。」

「体が軽くなってくみたい。」


彼らは口々に感謝の言葉を口にしてその全てが成仏していく。

きっと、こんなご時世なので飢えて死んだり争いに巻き込まれて死んでいく人間も多いのだろう。

これから先は俺ではなくあの世である黄泉が担当する事なので無事にそこへ辿り着ける事を願うばかりだ。

そして俺は再び振り向き扉をノックして声を掛ける。


「小鬼は居なくなったぞ。扉を開けろ。」

「そんな証拠が何処にある。嘘を言ってもここは開かないぞ!」

「もう一度だけ言う。扉を破壊されたくなかったらここを開けろ。」

「正体を現したな鬼め!どうせお前も鬼の仲間だろう!ここはお釈迦様に護られた神聖な場所だ!鬼には絶対に門は開かれない!」


一応こちらから警告は行ったので問題はないだろう。

あちらもやってみろ的な事を言ってるし遠慮なく扉を開けて入る事が出来る。

俺は拳を握ると後ろに大きく引いて巨大な扉に向かい容赦なく振るう。


「待ちなさい!」


すると急に中から鋭い声が聞こえた為、扉の数センチ手前で拳を止める事になった。

ただ、今の声は俺に向けられたものではないらしく、中から再び声が聞こえてくる。


「和尚様、今は危険です!外に鬼共の頭目が来ております!」


俺は頭目なんて一言も言ってないのに中の奴等は自分達の都合が良いように脳内変換を行ったようだ。

しかし彼らから和尚と呼ばれた者は気配を膨らませると、まるで爆発させるように声を発した。


「カーーーツ!!何を言っているのです!外に満ちていた悲しい気配が穏やかに消えて行った事が分からないのですか!」

「いや、しかし・・・。」

「ここを開けなさい!私はこの客人に会わねばなりません。それが釈迦如来様の思し召しです。」


すると話しが終わった様で中からゴトゴトと音が聞こえ、閂が外された扉がゆっくりと開いていく。

そして開いた扉の先には1人の初老の男性が手を合わせ、柔和な微笑みを浮かべてこちらを見詰めている。

恐らくはこの人がここの和尚で間違いないだろう。

纏う気配はまるで大樹を思わせ、先程の大声を出した人物とは思えない穏やかさな気を放っている。

話しの流れから敵意は持ち合わせていない様なので俺も気分を入れ替えて挨拶から入る事にした。


「こんばんわ。」

「こんばんわ。てっきりもう少し大人の方だと思っていましたが?」

「それが分かるんなら大したもんだ。こう見えても見た目以上に大人なんだ。」

「そうですか。どうりで見た目と気配が合わない訳ですね。その体は借り物と言う事ですか。」


どうやらこの人には俺とは違う何かが見えている様だ。

それに今のところは全てを言い当てているので反論はしない。


「俺としては目的のためにこの地に足を踏み入れたいだけだ。それが済めばすぐに出て行くよ。」

「もしや、彼女の所へ行くのが目的ですか?」

「そのつもりだ。」


そして、俺は門を潜ると寺の敷地に足を着け、そのまま背中を向ける。

すると門の横に居た僧の1人が動き出し、俺の肩に掴みかかった。


「お前、この方になんて口の利き方をしてるんだ!」

「よしなさい。」

「しかし和尚様!」

「止めないとアナタが死にますよ。」

「な!」


どうやら僧はようやく気付いた様で視線が俺の手元へと移動する。

そこには既に刀が抜かれ、僧の喉元へと向けられていた。


「それでなくても急いでるんだ。外の奴等と違って邪魔をするならその首を飛ばして進ませてもらうぞ。」


外に居た小鬼共は時代の被害者だ。

しかし、コイツは自分の意思で俺の行く道を遮る加害者になる。

そんな奴に1秒でも時間を使う必要を俺は感じない。


「ひぃあーーー!!」


すると僧の男は俺の肩から手を除けると腰を抜かしてその場に倒れ込んだ。

まあ、邪魔をしないなら命を奪うまではないだろう。

俺は刀を手にしたまま外に出ると闇に満ちた夜の森へと鋭い視線を向けた。

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