152 ゲンの新たな弟子
海岸が見えて来たので俺は再び動力部を移動し、今度はスクリューを回し始めた。
そして着水と同時に海を斬り裂き、船としての速度へと減速して行く。
やはり障壁に囲まれているのでこの程度の衝撃では振動すら感じない。
そうでなければ着水の瞬間に訓練をしていないミズメは脳が揺さぶられて脳震盪を起こすか、何度も行ったアップダウンで今頃は船酔いを起こしているだろう。
これについては実験がまだ行われていなかったので良い結果に終わって良かった。
「大丈夫かミズメ。」
「ええ、思っていたよりも乗り心地が良かったわ。揺れないから来る時よりも快適だったくらい。いっそこれからはこれで移動したいわね。」
来る時は爺さんのアクロバティックな操船に少し酔ってたので、それなら帰りは突撃船タイプで帰るのが良いかもしれない。
あれもこの船と同じ構造なので揺れは感じないはずだ。
そして港に近付くにつれてそこがどんな状況になっているかが見えて来た。
どうやら魔物との戦闘で所々に火事が起きているようだ。
黄昏の空に朱の光と煙が上がり、人々が駆け回っているのがここからでも確認できる。
まずは結界で護られている寺の方は後回しにして、こちらを片付けた方が良さそうだな。
「爺さんとモモカさんはどうする?」
「儂は古い知り合いを助けに行くわい。」
「私も久しぶりに顔が見たくなったわ。」
爺さんは組織では最上位へと上り詰めた事のある人物なので天皇家とも顔を合わせた事がある筈だ
きっと何度か会う内に仲良くなっているだろうからあちらを優先させることにしたようだ。
それなら寺の方は2人に任せて俺は町に残っている魔物を殲滅する事にする事にした。
「3人とも行くぞ!」
「うん!」
「お供します!」
「え!私もなの!?」
「魔物ホイホイがここで役に立たなくてどうするんだ。」
そして陸に到着するとミズメはガックリと肩を落として船から降りると俺達と共に炎が渦巻く方向へと向かって行った。
すると存在を感じ取った魔物が次々にこちらへと向きを変えて接近してくる。
他の人を襲おうとしていてもこちらを優先しているので効果の高さに頷きたいほどだ。
「アイツも何気に町を優先するようじゃな。」
「普段がアレでも困っている人を見捨てない子ですからね。」
2人は俺達とは別の方向へ向かうと町を一直線に突っ切り、邪魔をする魔物を瞬殺しながら寺へと向かって行った。
その頃の寺では・・・。
「陰陽師殿、あとどれくらい持ち堪えられそうかな?」
「これは後奈良様ではありませんか。この様な所へ来られますと危のうございます。」
陰陽師が寺の一室で印を組み、結界を維持している所へと現れたのはこの地へと湯治に来ていた後奈良天皇だ。
彼は柔らかい笑みを浮かべながら横へと腰を下ろし、焚かれている炎へと視線を向ける。
「そなたの名を何と言ったかな?」
「私は晴明と申します。恥ずかしながら先祖である晴明様と同じ当て字を頂きました。どうかアキラとだけお呼びください。」
「そうですか。しかし、それ程までに自身を貶める必要はありませんよ。アナタのおかげでこうして時間が稼げているのですから。」
天皇の顔には一片の不安もなく、まるで助けが来る事が分かりきっている様子だ。
しかし結界の維持が出来るのもあと1時間が限界で、それを越えれば外に居る数百の魔物が押し寄せて来る。
そうなればやんごと無き方々だとしてもその爪や牙で蹂躙され、女性は凌辱の限りを尽くされることになる。
アキラは日本を周る旅の中でそういった場面に何度も遭遇し、自分の弱さに苦悩して来た1人だ。
「しかし私にもっと力が有れば・・・。せめて十二神将の1人にでも認められていればここに居る全員を守れたかもしれないのに!」
しかしアキラの顔は悔しさと後悔に歪み印を結ぶ手も震えている。
すると部屋の外から慌ただしい足音が聞こえ、こちらへと近づいて来た。
「大変です。結界の中に魔物が現れました!」
「何だと!もしや既にこの中に潜んでいたのか!?」
「フフフ・・・その通りですよ。」
するとやって来た男はその姿を変化させ、二足歩行する巨大な鼠へと変わる。
その口からは鋭くも黄ばんだ前歯が突き出し、黄緑色の唾液を滴らせて床を汚している。
「貴様は確か組織から派遣された!」
「へへへ!残念だったな。俺達はとっくに人間じゃねーんだよ!」
「クソ!誰か居ないのか!ここに魔物が居るぞ!」
アキラは結界の維持のためにこの場を動けない。
もし大きく動いて印が崩れれば結界が維持できなくなってしまう。
そうなれば外の魔物も押し寄せ、瞬く間に殺されてしまうだろう。
しかし魔物は口角を吊り上げると高らかと笑い始めた。
「ゲハハハハ!まだ気づかねーのかよ!他の奴は誰も残ってねー事によう。それと早く結界を解除してくれねーか!そうしねーと目的の奴等と女が食えねーだろう!俺達は早く早く早く早くそいつらを喰いたくて堪らねえんだからよー!」
アキラは念の為に皇族の居る部屋とここに逃げて来た女性達が居る部屋には簡易式ではあるが自立型の結界を設置している。
それを解く方法は3つあり術者であるアキラが術を解除するか、中に設置した要を破壊するか、または結界を直接破壊する以外に方法はない。
しかし最後の手段を取らないという事は結界内に侵入した魔物はそんなに強い相手ではないと言う事になる。
ならばどうやって他の護衛を黙らせたのかが疑問に感じるところである。
しかも自分達に気付かせず、音すら立てずに・・・。
「貴様は毒を持っているのか!?」
「なんだよ、もう気付いたのかよ。そうよ!俺達は毒持ちの魔物なのよ。坊主共が準備した料理にちょいと触れて毒を着けてやれば体が痺れて動けなくなるって寸法よ!アイツ等は後で生きながら手足の先から順番に食ってやるからよ。」
そう言って鼠の魔物と化した男は恍惚の表情を浮かべ怪しく手を蠢かせる。
それを見てアキラは怒りの表情で魔物を睨みつけた。
「何と非道な事を!貴様はそれでも元人間か!」
「ゲハハハハ!それが楽しくて仕方ねーんだよ!ここで死ぬテメー等には永遠に分からねーだろうけどな。」
そして魔物はいきなり走り出すとアキラへと襲い掛かった。
しかし目前に天皇が立ちはだかり、大きく手を広げてアキラを庇うように立ちはだかる。
「まずはテメーからだ!」
「後奈良様!」
「どうやら私の命もここで終わりか?」
魔物の手にある刀が大きく振り上げられ、目前へと迫っている。
しかし次の瞬間、寺全体を覆っていた結界が破壊され、外から何者かが目にも止まらない速度で飛び込んで来た。
そして迫る刀をまるで流水の様に受け流し、反対の拳で魔物へと攻撃を加える。
「儂の友に汚い手で触れるでないわ!」
「ゴベラー!!」
その一撃はまさに雷の様な衝撃と威力を備え、魔物を跡形もなく粉砕する。
その光景にアキラは驚愕に目を見開き、天皇は口元に笑みを浮かべた。
そしてギリギリで間に合わせたのは幻殺拳の使い手であるゲンである。
彼は拳を引き戻すと大きく息を吐き出し、落ち着いた動きで後ろへと振り向いた。
「間に合わないかと思ったぞ。」
「お前はいつも諦めるのが早いんじゃ。それにしても急いで駆け付けて正解じゃったな。」
諦めが早いと言っても間にあったのは1秒以下の際どいタイミングである。
普通の人間がそんな瞬間に見るとすれば相手の剣先ではなく、死の直前に見ると言われる走馬灯だろう。
そして天皇はそんなゲンに溜息と苦笑を浮かべて見せた。
「そうだな。しかし流石のお前もこの短時間では来られないと思っていたがな。」
「ふむ。それに関しては変わり者の連れに感謝せい。アイツが旅行に行こうなどと言い出さなければ間に合わなかったじゃろう。」
「そうか。それは面白い奴が居る様だ。今度紹介してくれ。」
「そんな事を言わんでも後で会わせてやるわい。丁度そこの町に残っておる魔物を殲滅しておるからな。」
すると魔物と聞いてアキラは焦りを浮かべた表情でゲンに声を掛けた。
「そ、そう言えば外の魔物はどうしたのですか!?結界が無ければここに押し寄せてきますよ!」
「何を言っておるんじゃ。そんなのはもう始末が終わっておるに決まっておろう。どうやってここまで来たと思っておるんじゃ。」
「た、確かに先程から魔物が1匹も入って来ない。」
ちなみに外の魔物の半分以上がモモカの包丁の餌食となっている。
やはりハルヤが予想したように彼女も唯者ではなかった様だ。
そして彼女の愛刀・・・愛包丁の鬼喰丸は魔物の血が大好きな困ったちゃんな包丁なので封印されている間に腹を空かせてご機嫌斜めだった。
それを解消するために今日の事は彼女にとって都合の良い状況だったのだ。
そしてモモカも満足した鬼喰丸を腰に下げてその場へとやって来た。
「久しぶりね。」
「モモカか、10年ぶりくらいだな。死んだと聞いていたが誤報だったのか。」
「フフフ、嘘か誠か先日まで死んでたのよ。まあ、それよりも大変だったわね。」
「そうでも無いさ。優秀な陰陽師が護ってくれていたからな。」
そう言ってその視線は横に居るアキラへと向けられる。
そして、その肩を掴むと笑みを浮かべてゲンへと視線を戻した。
「どうだゲン。コイツを弟子にしてみないか?」
「な、お待ちください!私は格闘家ではなく陰陽師です。ある程度は鍛えてますが接近戦は無理ですよ。」
するとゲンは顎に手を当てながらアキラの外見を観察する。
確かに本人が言う様に術師にしては鍛えているだろう。
術を使う者はそれに頼りがちで肉体を鍛えない者が多い。
ただ、ゲンから見ればそれでもまだまだ足りていないと言うしかない。
それに彼の考えは心技体を揃えてこそ1人前である。
それからすれば3つの内の心と体が欠けているアキラは才能以前の問題だった。
なのでゲンはそんなアキラに容赦のないダメ出しを始める。
「ふむ、確かに才能は無さそうじゃな。」
「・・・。」
「最近は幼い子供にも出来る様に教えておるがコイツはそれ以下の様じゃし。」
「・・・。」
「それにあの程度の結界で満足しておるようでは誰も助けられんじゃろう。」
「・・・。」
「じゃから早く家に帰って未熟者でも歓迎してくれる所にでも婿に入れ。お前の様な中途半端な奴が前線に出ると死人が増えるだけじゃ。」
するとアキラの肩が震え始め、俯いていた顔が勢いよく上げられる。
そして強い意志の籠った瞳でゲンを睨みつけた。
「ああーそこまで言うなら弟子でもなんでもなってやるよ。言っとくが俺も伊達に各地を回って修行して無いからな。」
「良し、ならば帰って熊との組手からじゃな。心配せんでもウチには良い子熊が居ってな。お前程度なら手に余るくらいじゃろう。」
するとゲンの顔にいつもの様な悪い笑みが浮かび上がる。
そして突然の無茶振りにアキラは呆気に取られて先程聞いた内容を聞き返す。
「は?今さっき子供にも出来るって・・・。」
「その子供は熊よりも強いからな。ちなみにそこの町で戦っておるのは全員が成人前じゃ。まあ、男に二言はないじゃろうから徹底的に鍛えてやるから覚悟せい。」
「あらあら、楽しみねえ。死なない様に気を付けてね。」
その時点でアキラは見事に乗せられた事に気が付いた。
しかし既に天皇の推薦の許に大見えを切ったので撤回も出来ない。
アキラは大きな後悔と絶望感をこの後に嫌というほど思い知るのだった。
そして町で魔物と戦っているハルヤたちは・・・。
「どの魔物もこちらにまっしぐらだな。」
「そんな事言ってないでちゃんと護ってよ!私は戦闘能力が皆無なんだからね!」
何故こんな状況なのかというと俺が挑発と漢探知のスキルを使用して無いからだ。
これから一緒に色々な所へ行く事を考えればミズメの能力がどの程度なのか把握する必要が有る。
そして、この町で暴れている奴ら程度なら実験に使用しても遅れをとる事は無いので丁度良い。
それにこの辺に居るのは碌に知性の残っていない雑魚ばかりなのでミズメに魅かれて一直線に向かって来る。
まるで俺達が目に入っていないかの様な動きなので対処も簡単だ。
なのでアケとユウも落ち着いて対処が出来ている。
ただ、これだと経験値の足しにするのは諦めた方が良さそうだ。
それでも2人は魔物を始めて倒した事でスキルを2つ取得できるようになり鉄壁と回復魔法を覚えている。
これで回復関係のアイテムが節約できるし、鉄壁で体力の強化も出来た。
恐らくは幼い2人なら体力が倍近くまで上がった感じだろう。
俺達にダメージを与えうる魔物の攻撃にもこれで少しは安心できる。
「でも少し変かもしれないな。」
「どうしたのお兄ちゃん?」
「いやな。さっきから死体も襲って来てるだろ。」
「そうですね。まるで人が死んですぐに魔物になったみたいです。」
さっきから2割~3割くらいはゾンビが襲ってきている。
そいつ等はどう見ても殺されたばかりの死にたてホヤホヤで何かがおかしい。
それにゾンビ共には細い糸が付いていて1カ所に向かって伸びて行っている。
これは明らかにこのドサクサに紛れて魔物を生み出している奴が居ると言う事だ。
「このままだと死体の数だけ相手しないといけなくなるな。」
「え!そんなに相手できるの!?」
「やるのは簡単だけどもしかしたら時間稼ぎかもしれないだろ。」
本命は寺の方でそちらに強力な魔物が向かっているのかもしれない。
相手の目的が天皇の命ならこのまま俺達を行かせなければ達成できる。
でもあちらには爺さんが向かっているので心配はしていない。
ここに来て二手に分かれた事が正解だった判明した。
「それならどうするの!?」
「ちょっと本気を出して一気に魔物を殲滅する。少し離れるから2人はその間だけミズメを頼んだぞ。」
「分かった!」
「任せてください!」
「ちょ、何処に行く気よ!」
するとアケとユウからは力強い返事が返され、ミズメからは不安そうな非難の声が飛んでくる。
俺はゾーンに入ると一気に加速し気配を頼りに螺旋を描きながら魔物を討伐して行く。
既に上下の区別も無くなり空中を足場にしてジグザグに飛び回る姿はまさに雷の様に見えるかもしれない。
速度はまだまだ全然及ばないけどもっと鍛えて以前に近づけて行かないと苦戦する相手が現れる可能性が高い。
アマテラスは目からビームを出して口から怪音波を出すらしいから対応できる様にならないといけない。
(ん~・・・怪音波はなかったかな?)
そして魔物の数が急激に減少する事で町を動き回る異様な気配を感じ取れるようになった。
ただ異様と言うと少し違う。
確かに変わった気配ではあるけど、その中に馴染み深い様な知っている様な感じが混ざっている。
しかし、この時代でそんな事があるはずがない。
なので、もしかすると現代からまた誰かが送り込まれたとも考えられる。
でも、それにしては気配が邪悪で、これでは明らかに邪神側に組しているような気配だ。
俺は確認のためにスキルを全開にすると、その気配の許へと向かって行った。




