150 アンドウさんは知識チーター
俺は良い匂いのする方へ歩いているとある事を思い出した。
「この町ではこんなに料理が盛んだったんだな。」
俺の中で料理が発達していったのは江戸時代から先の事だと思っていた。
それまでは戦が絶えないために誰もが生活に余裕がなく、食べ物は口に入れば良いくらいのイメージがある。
あの織田信長や伊達政宗だって料理と言えば現代の料理からすれば質素で単純な物だったはずだ。
例えば味噌や塩を使っていても調味料を掛け合わせて味を調えると言った感じではなく、素材の味を生かした様な料理だった気がする。
信長に至ってはともかく味の濃い物を好んで食べていたというイメージが強い。
もしかすると地方でそれぞれに独自進化した隠し味的な何かがあるかもしれないけど、何度か食べた食事には少し違和感が有った。
そして、その違和感のヒントは不意に出て来たミズメの一言に潜んでいた。
「それにしても、この辺は醤油が普及してるのね。」
「醤油?」
「ええ、昨日の料理にも使っていたでしょ。」
そう言えば、刺身は塩ではなく醤油で食べたし、煮魚もダシの効いた醤油味だった。
たしかこの時代は醤油の原型になった物はあるけど、現代と違って大豆が原料では無かった様な。
そして匂いの元に到着するとそこには幾つかの飯屋が軒を連ねていた。
しかも1店舗だけ少し周りから浮いているけど、この通りを歩く人たちは必ず一度は入り何かを買って外に出ている。
ちょっとあそこは後回しにして近くの飯屋に入ってみようと思う。
そして暖簾を潜り中に入るとそこには満席に近い光景が広がっていた。
しかし店員が見当たらないので奥の厨房と思われる音のする方へ向かって声を掛ける。
「席は空いてるかな?」
「あ、お客さん?ちょっと待っててね~。」
すると奥から手を拭きながら中年女性が姿を現した。
恐らく先程まで料理でも作っていたんだろうけど、額には汗を浮かべとても健康な笑みを浮かべている。
この光景や表情からも繁盛しているのが簡単に分かると言うものだ。
「忙しそうなのにすみません。」
「ははは!子供がそんなこと気にしなくても良いのよ。それよりもどうしようかねえ。」
そう言って周りを見回しても開いてる席は殆どないので詰めてもらったとしても4席には足りないだろう。
「ここは何の店なんだ?」
「そりゃあ色々だよ。それに最近は醤油っていう料理の味を格段に良くしてくれる物が簡単に手に入る様になってね。それを売ってるお店と協力して安く買える代わりに1品は必ずそれを使った料理を出してるのよ。まあ、ここは殆どに使ってるけどね。」
それで馴染み深い匂いがするんだな。
「でも俺の思い違いだと思うんだけど少し前まではもう少し癖の強いのを使ってなかったかな?」
「それはきっと魚を使った奴だね。最近はあれはあれで別のに使ってるんだよ。何でも醤油を売ってる店が改良してらうめんとか言うのを売り出してね。海賊が出なければこの辺は商人でごった返してるよ。」
・・・きっとそれってらーめんの事だよね。
それにやっぱり醤油が一般的になるのはもっと先の時代だったんじゃないだろうか。
そう言えばあの人は手を洗いたいだけで養蜂を始めて石鹸を作った人だ。
もしかするとラーメンが食べたくなったから醤油を作ったとか?
そう言えばこの付近の看板には醤油の文字以外にも味噌と書かれた看板もあった。
もしかしてあの人って、この時代で知識チートをしてるのではなかろうか。
俺には絶対に不可能だけどあの男なら可能性はある。
すると外から1人の人物が顔を覗かせこちらへとやって来た。
その人は俺達を普段から監視している忍びの人でこうして接触してきたという事は何か用事があるのだろう。
それにたった1日でここまで追いつくのだから大したものだ。
「すまないが統領がお呼びだ。そこの店まで来て貰いたい。」
「やっぱり、これらの原因って・・・。」
「想像の通りだ。あの人は何処で知ったのか色々な知識を使って里を潤している。そのおかげで誰も飢える事なく、無駄に死ぬ事も無くなった。それじゃあ付いて来てくれ。」
付いて行くとは言っていないけど目的地は少し先の目視できる距離にある。
最後にしようと思っていたので順番が変わるくらいは良いだろう。
「すみませんけど用事が出来たのでそちらに向かいます。次に来た時はここでご馳走になりますね。」
「仕方ないよ。それよりもまた来て下さいね。」
「はい。」
そして俺達は飯屋を後にすると少し離れたお店へとやって来た。
そこは醤油と味噌の旗をなびかせ、横には饅頭を蒸している様な大きな蒸篭がある。
きっと匂いからすると餅か何かを使った物を作っているのだろう。
横に値段が書いてあるけど、物価が分からないので後で店員に聞いてえみようと思う。
「ミズメ、後で買ってやるから涎を垂らすな。」
「『ジュルジュル!』垂らしてないわよ。」
それならさっきの効果音は何の音だったのやら。
俺達は男に先導されて中に入ると客の邪魔にならない様に端を通って奥へと向かって行く。
それにしても大繁盛らしく半数以上が商人の様で醤油や味噌を樽で買い付けている。
それ以外はこの店に食べに来た人で横に区切られているスペースでは『らうめん』なる丼物を啜っている。
あれってやっぱりラーメンで間違いなさそうだ
何やら昨日の晩に見た顔が庶民風の服を着て2人くらい混ざっている気がするけどきっと気のせいだろう。
神様がこんな所でラーメンを食べている訳がない。
「ヘイ、御代わりお待ち!」
「来た来た。あと、コイツには替え玉を頼む。」
「喜んで~。それにしても開店から頻繁にありがとうございます。」
「気にしなくても良いのよ。あなた方に幸多からんことを。」
「へへ、この店に来る客でナンバーワンに美人なツクヨミさんに言われると本当に福が来たみたいですぜ。今日の替え玉はサービスしときますね。」
「おい、俺には無しかよ。」
「ヘイ、それではスサノオさんには半額サービスで。」
気のせいで通り過ぎようとしていたのに流石にここは黙って通り過ぎる訳にはいかないだろう。
きっとアイツ等とは違うツッコミの神が降臨しているのだ。
「お前ら常連かよ!」
「お前らもらうめんを食べに来たのか?」
「違う!呼び出されたんだよ。」
「なんだ、そうなのか?席も空いてるから相席でもしようと思ってたのによ。」
しかもまだ食うらしい。
でもアケとユウはともかく、そろそろミズメが限界みたいだ。
涎を飲み込む音を連発していて視線がラーメンに釘付けになっている。
さっきの茶屋でオヤツを食べたばかりなのにあれでは足りなかったようだ。
「それなら勘定は持つから3人と飯でも食ってってくれないか。俺は少し奥で話をしてくるから。」
「がーはっは。そりゃすまねーな。それじゃあ言葉に甘えさせてもらうぜ。お前らもそんな所に立ってねーで座りな。この店の裏メニューを食わせてやるよ。」
さすが開店当初からの常連は伊達ではないらしく、そんな物まで知っているようだ。
しかし、そんな物まで設定しているとは流石はアンドウさんだな。
それにこの2人なら昨日の晩にゲームをして仲良くなったのでミズメも任せられる。
アケとユウは人見知りは無いけどミズメは相手を選ぶからのである意味では丁度良かった。
「そろそろ良いか?」
「悪い、すぐに行く。それじゃあ好きなだけ食べても良いからな。」
「うん。でも早く戻って来てね。」
「分かった。」
俺は3人をツクヨミとスサノオに任せて奥へと入って行った。
そして少しすると地下に下りる階段があり、そこを下って行く。
更に幾つかの隠し扉を潜ると目的の場所へと到着したので、なんだか本当に忍者屋敷みたいな所だ。
そしてそこには椅子に座って俺を待つアンドウさんの姿が有った。
「お待たせ。」
「いや、突然すまないな。実は見てもらいたい物がある。」
そう言ってアンドウさんは手紙の様な物を取り出した。
俺はそれを受け取り広げると「ああ」と声を上げる。
「実は里に送られてくる依頼の手紙にそれが混じっていてな。どうも意味が分からないのだ。しかし、筆跡がツバサに似ていると思ってな。一応、何かの暗号かもしれないからこうしてお前の知恵を借りに来た訳だ。」
確かにこれはあるネタを知っていないと簡単には分からないだろうな。
これは確実に俺達の様な現代人に当てられたものだ。
「それで、これの差出人は誰なんだ?」
「それが織田家のとある姫らしくてな。情報では最近になって気を病んだと言われている。」
「それって派手な服を着たり変な事を言ってるとかか?」
「よく分かったな。」
いえ、それはそのままツバサさんでしょ。
それともアンドウさんにはあの人が普通に見えているんだろうか。
そうなるとこの人の恋人補正って凄い事になってそうだ。
「いや、きっとそれって結婚させられない様にしてるんじゃないですか?ほら、この時代って武勲や信頼に応じて血縁者と結婚させたりとかするでしょ。」
さすがに俺も「それがツバサさんの素です」とは言う事が出来ないので、それらしい事を付けて説明をしておく。
例え真実が1つだとしても、これに関しては他人に教えられるのではなく自分で気付くべき事だ。
それで死ぬまで気付かないのであれば、それはそれで幸せな事だろう。
きっとそんな事があるとすればアンドウさんが知らない内にツバサ色に染められていると言う事でもあるだろうけど。
「うむ、そう言う事か。それで、これの意味は何なのだ?」
「それは『ボス、助けて』て書いてあるんだ。」
手紙にはカタカナでボスケテとしか書いてない。
ちょっとしたアニメネタだけど、少し古いのでアンドウさんもそこまでは知らなかったみたいだ。
「そうなると、これは現代から迷い込んだ奴のSOSと言う事か。」
ちなみに俺達はツバサさんが消えた理由を何も知らない。
もし、何かの理由でツバサさんもこちらに来ているとすればこれは明らかにアンドウさんへのSOSだろう。
なにせ忍びの里の名前が美しき翼の里だからな。
でもそれだけだと本人も確証が持てないのでこんな事をしている可能性がある。
でもこれって俺が居ないと完全にスルーされてるんじゃないか。
ネタとは相手が理解できないと意味が無い物へと早変わりしてしまう。
「それなら確認で行ってみたら良いんじゃないか?もしかしたらツバサさん本人かも知れないぞ。」
「そうだな。アイツが消えた理由も不明なままだし、お前が持っている現代の知識からそう言うなら可能性はある。ちょと行ってみるか。」
思っていたよりも冷静だな。
てっきりツバサさんと聞いて飛び出して行くかと思ってたけど。
そして、アンドウさんは壁に向かって歩き出すとそこにある隠し扉を開けて中へと入って行った。
その先はどうやら地上への直通通路になっているらしく、上に向かって真っすぐに通路が掘ってある。
そして、そこからアンドウさんは飛び立つと塞ぐように取り付けられている何層もの木板の壁を尽く粉砕し消えて行った。
どうやら落ち着いているのは表面だけで、内心では全く違ったみたいだ。
きっと数日中には戻って来て元気な顔を見せてくれるだろうけど、どれだけ浮かれているのかとても楽しみだ。
「よし、それじゃあ戻ろうか。」
「はい。それにしても統領があそこまで動揺しているのを始めて見ましたよ。」
「もしかしたら嫁を連れて帰って来るかも知れないぞ。」
「それは大変ですね。そうなれば里を上げて歓迎しないと。そろそろ後継者についても考えないといけませんからね。」
そして俺は再び案内されて店へと上がって行った。
するとそこではいつかの旅館で見た様な光景が広がっている。
どうやら俺が幾らでも食べても良いと言ったからスサノオとミズメが大食い対決を始めてしまったようだ。
机の上には既に40を超える丼が積み重なっており周囲の観客を熱狂させている。
どうやら誰かがこの状況を利用して賭けまで始めている様だ。
それにしても2人とも本当によく食べる。
もはや食べるというよりもスープの様に飲んでいると言った方が正しいかもしれない。
良い子のアケとユウには真似をさせられない食べ方だ。
俺はその光景に溜息を吐くと別のテーブルに移っているツクヨミたちの所へと行って席に座った。
「馬鹿やってるな。」
「まあ、神って元々がお祭り好きだから。こういった状況になるとどうしても乗っかってしまうのよ。」
そう言ってツクヨミも溜息を吐くと傍に来た店員に言って裏メニューを注文する。
「ハルも食べるでしょ。」
「頂こうかな。この時代のラーメンがどんな物なのか気になってるんだ。」
「フッフッフ!私達の意見も盛り込まれてるからきっと驚くわよ。」
「それは楽しみだな。」
そして、やって来た丼は見事にラーメンだった。
ただし昔ながらの簡単なラーメンではなく、モヤシが大量に乗っているまさに容赦のない大盛りで店員が1人ずつ両手で持って来る程に大きい。
きっと重量を計れば丼を抜きにしても3キロはあるだろうから、ハッキリ言って10歳の子供が食べるには多すぎる。
確かにこれは猛者しか食べる事の出来ない裏メニューだ。
「ツクヨミはこれを食べ切れるのか?」
「もちろんでしょ。」
そして俺がラーメンに圧倒されている間にツクヨミは既に山盛りのモヤシを完食していた。
いったい何時の間にと思うけど、よく考えればこいつは人間じゃなかった。
「まあ、頼んだものは仕方がない。限界まで食べてみるか。」
そして食べ始めると意外と食べれる事が判明した。
味は味噌豚骨でこってりだけどモヤシが上手に抑えてくれている。
さらに紅ショウガを使えば味がサッパリになって幾らでも食べられそうだ。
「どうです?紅ショウガがよく合うでしょう。」
「ああ、これをトッピングした奴は天才だな。」
「フフ、そうですか。」
どうやら、この紅ショウガはツクヨミのアイデアの様だ。
俺が知らずに誉めた後に嬉しそうに笑っている。
でも見た目や声は綺麗なんだけどやっぱり表情の動きが少し乏しい。
これでもう少し感情表現が上手ければこの時代ならアケとユウの次くらいには美人だろうに。
ん~・・・でもミズメとは同列くらいか。
そして流石に汁までは飲めなかったけど具は完食できた。
するとあちらの方もようやく決着が着くみたいだ。
「お~~~~!!」
「勝者が決まったぞ!」
「何であの体であの大男に勝てるんだ!?」
見るとスサノオは胃の限界に達したのか白目を剥いて机に倒れ込んでいる。
鼻と口から麺が飛び出ているのでハッキリ言って絵面が酷い。
そして、その向かいでは見事に神を正面から打倒したミズメが勝ち誇るでもなく次のラーメンを注文している。
それには流石に周りの観戦者と店員もドン引きだ。
しかも裏メニューでされに大盛りと追加注文しているのでいったいアイツの体はどうなってるんだ。
「そう言えば、ここの店頭で何か蒸してたな。」
「あ、私あれ食べてみたい。」
「私もお願いします。」
「あ、なら私も。」
「あ!みんな狡い。私も食べたいのに!」
そう言ってアケとユウに続きツクヨミも手を上げ、それを見てミズメも手を上げた。
ただミズメの場合はさっき注文した裏メニュー、麺大盛り、モヤシマシマシ、チャーシュー煮卵追加を食べ終えてからだ。
そして俺達も追加で注文すると蒸篭から丸い餅が取り出され、俺達の前にお茶と一緒に並べられる。
そして、それはどう見ても俺の地元で良く売られているいが餅と同じ物だった。
ただ、イガだと忍者の伊賀と被るからか名前が翼饅頭に変えられている。
もしかすると、アンドウさんにとっても何か思い出のある物なのかもしれない。
そう言えば正月の夜に2人で何やらムフフな事をしていたと言っていた。
あの時にツバサさんはいが餅を買っていたので、その時の事でも懐かしく感じているのかもしれない。
俺は皿に乗せられた翼饅頭を手にするとあの時の事を思い出しながら口へと運ぶ。
「悪くない味だな。」
「でも、さっき食べた方が美味しかったよね~。」
「そうですね。でもあれを頻繁に食べるのは贅沢です。少し自重しないと。」
「え、さっき何を食べたの?私も食べてみたいわ!」
すると突然ツクヨミが2人の言葉に喰らい付いた。
まさに今までのイメージが壊れるんじゃないかと言う程で、顔には子供の様な笑みを浮かべている。
そして椅子から立ち上がってテーブル越しに顔を突き出し真っ直ぐに見詰めて来た。
「もしかして甘い物が好きなのか?」
「え・・ええ、そうですね。頭を使うと甘い物が欲しくなりますから。」
すると自身の行動に気付いた様で言い訳の様なセリフで取り繕うと元の席へと腰を落ち着けた。
しかし所々で視線がチラチラと向いているのでそれが上手くいっているとはとても言えないだろう。
「仕方ない。でも2人はさっき食べたから・・・。」
『『シュン・・・。』』
すると2人の顔が明らかに曇り今にも泣きそうな感じで俯いてしまう。
でもあまり食べ過ぎると飽きてしまうので別のを出す事にした。
それに別に食べさせないとは一言も言ってないからな。
「今回はこれだ~。」
そして俺は子供が大好きで牛乳・卵・砂糖が主原料であるデザートを取り出した。




