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141 ちょっと休憩 ①

俺は町に戻るとまずは玄武の支部へと足を向ける。

するとそこには用のあった人間が全員揃っていてさっそく依頼を出すことにした。


「ハナさん。悪いけど仕事をお願いできるかな。もう店は戻って来たんだろ。」

「はい。皆さんのおかげです。ただ、従業員の半数以上がゼンの雇った者達なので解雇してしまいました。何処かで良い人を雇わないといけませんね。」

「それなら良い人達が居るから聞いてみれば良い。」


俺はそう言って外に出るとそこに居る1人の男に声を掛けた。

コイツは俺を見張る役目をしている様で町に入ってからずっと尾行している。

なので伝えておけば近い内に会いに来てくれるあろう。


「ちょっとアンドウさんに話があるから近い内に来てもらえないか。内容は商家で働く人間を募集中と伝えて欲しい。」

「分かった。それにしても子供が本当に俺の居場所を把握しているとは驚きだ。尾行には自信があったんだがな。」

「こっちは気配で分かるからな。ちなみにあの中の爺さんにも気を付けろよ。あれはちょっと規格外かもしれないからな。」

「それについては俺達も把握している。かつては幻鬼と言われ裏表問わずに恐れられた達人だ。こんな所で隠居しているとは知らなかったが忠告通り気を付けるとしよう。」


これで翼・・・美しい翼の里にも新しい雇用が生まれる事だろう。

もしかすると商人として各地域を渡り歩いて情報収拾も可能かもしれない。

それに島津には海がある。

上手くすれば船による貿易も可能になるからその辺は営業マンのアンドウさんに期待しよう。

そして戻るとそこには何故かアンドウさんが既に待ち構えていた。

もしかして飛翔の次に転移かテレポートでも習得したのか!?


「ちょうどそこに居た監視に頼んで呼んでもらおうと思ってたんだ。それよりもどうしてここに居るんだ?確か反対方向に飛んで行っただろ。」

「実は伝え忘れた事があって戻って来た。連れて来た奴らも残したままだったしな。」


そう言えばそうだな。

てっきりこの町に残しておく人員なんだと思っていたけど違ったみたいだ。

するとアンドウさんは何故かスマホを取り出すとそれを俺に見せる様に向けて来た。

確かアイテムボックスに入れっぱなしだけど電波の基地局が無いからアンテナは立っていないはずだ。

そう思って画面を見ると何故かアンテナが立っていて、しかも電池の残量を示す場所には無限のマークが付いている。

もしかしてこれは例のアレなのだろうか。


「これはハクレイが特別に準備してくれたスマホ型無線機だ。性能は俺達に合わせてグレードダウンしてある。」

「確かにこのゴーグル1つでも俺達にはオーバーテクノロジーだからな。・・・そうか。そのスマホとこのゴーグルは互いに受信が可能なんだな。」

「そういう事だ。」


アンドウさんが正解だと頷くので俺は早速ゴーグルでアンドウさんに連絡を入れてみる。

すると思っただけで回線が繋がりアンドウさんの前に俺の姿が半透明な板として映し出された。


「これで俺達に合わせてグレードダウンしてるのか?」

「その筈だが・・・。」


明らかに基準が間違っているだろうとはこの事だ。

そして試すとアンドウさんもスマホを持っていれば思うだけで連絡が取りあえた。

しかし性能が低い訳では無いのでこれは善意だと思って深く考えないようにする。

確かに戦いながらだとスマホが鳴ってても出られないからな。


「それで話は戻るけど実はそこのハナが今回の事で店を取り戻したから従業員を探してるんだ。誰か良い人は居ないのか?」

「人をハローワークみたいに言うな。まあ、確かにその手の奴らならいくらでも居るぞ。訓練に脱落したからと言って最低限の実力はあるからな。」


この人の最低限ってどれくらいなんだろうな。

きっと合格した人は誰もが素手で熊が倒せるとか鮫よりも速く泳げるとか厳しい基準をクリアした人たちに違いない。


「それで細かい事はそこの人達と話してくれ。石鹸に関しても必要な物はここを通して買うつもりだから。」

「そうか。なら少し話をしていくか。それで、お前はこれからどうするんだ?」


そういえば戻ってアケとユウの様子を確認する事ばかり考えていて何をするのか何も考えてなかった。

この辺の地理は空から見て分かってるけど何をして遊べば良いのだろうか。

現代ならカード、ゲーム、テレビと色々あるけどこの時代にそう言った類は何もない。

思い付くとすれば将棋、遊ぶための玩具の作製、または野山に繰り出すくらいだ。

丁度近くに川もあったのでそこに行っても良いかもしれない。

すると俺が決めるよりも先に爺さんが立ち上がり声を上げた。


「やる事が無いなら修行に行くぞ。」

「え、修行!?」

「わーいしゅぎょうだ~。」

「兄さんと一緒です~。」


するとアケとユウが笑いながら飛び付いてきたので俺の予定は決定したみたいだ。

それに予想通り2人は以前までの服ではなく、綺麗な服を着せてもらっている。

恐らくはハナの御下がりだろうけど花の柄も付いていてとても女の子らしい。

伸びていた髪は綺麗に切りそろえられているし、少し長めの髪を背中で結って纏めてもらっている。

中々に可愛らしくてこれを見ているだけで1日が終わってしまいそうだ。

しかし、それで満足するのは俺だけなので、アンドウさんにシュタッと片手を上げると今日の予定を告げた。


「と言う事で修業に行って来ます。」

「お前のシスコンも顕在か・・・。」


何故か溜息を吐くアンドウさんを他所に俺達は釣りの準備を始めた。

そして、この中で最大の暇人である人物も誘う事にする。


「ミズメも行くぞ。」

「え、だって私は・・・。」

「囮なら囮らしく狩人の傍を離れるな。俺の傍が一番安全だからな。」

「・・・うん!」


するとミズメはキョトンとした表情を浮かべた後に大きく頷くと立ち上がった。

それに向かってアケとユウも駆け出すとその手を取ってグイグイと引っ張り始める。


「お姉ちゃん行こう。」

「誰が一番魚を釣るか勝負です。」

「ちょ、ちょっと待って。せめて草鞋を履かせて~。」


そして3人は外へと飛び出すとそのまま走り出してしまった。

それを追う様に爺さんも草鞋を履いて外に出ると竹竿を手にして追いかけて行く。

残された俺はというと、もう一人の事を思い出して迎えに行く事にした。

気紛れだから断られたらそのまま爺さんたちを追いかけて行けば良いだろう。

ミズメも一緒なのでそんなには早くは走れないはずだ。


そして目的の場所に到着すると中に入りユリの部屋へと向かう。

この辺はスキルで透視すれば一発なので襖の前に立つと何も言わずに中へと入った。

するとベットにうつ伏せになり布団に顔を埋めた状態から僅かに声が上がる。


「私・・今は気分が良くないの。昼ご飯は要らないわ。」


どうやら、お昼に誰かが呼びに来たものと勘違いしているようだ。

しかしトイレに行った後に体調を崩すとは下級ポーションでは解消できない程の疲労が蓄積していたと言う事か。

ここは仕方ないので謝って次の機会にしておこう。


「体調が悪いのに釣りに誘いに来てしまってすまない。次の機会にまた来るよ。」

「え!もしかしてハル!!」


すると体調が悪いと言っていたのは聞き間違いだったのか、ユリはベットから飛び起きる様に顔を上げた。

しかし、すぐにその表情は曇り、再びベットへと顔からダイブする。


「何しに来たのよ!?」


一瞬前と違いなんだか言い方に棘がある気がするので、やっぱり体調が悪いのは本当の事だったみたいだ。

きっといきなり動いたから更に体調が悪化してしまったのだろう。


「いや、釣りに誘いに来たんだけど体調が悪いなら今日は諦めるよ。薬は置いとくからお大事に・・・。」

「待って!」


すると傍に寄って床にポーションを置くとユリの手が伸びてきて俺の手首を強く握り締めた。

別に痛くは無いのだけど震えるその手と指先の色でどれだけ強く握っているかが分かる。

もしかして、体調が悪いと落ち込み易くなるって言うあれか?


「分かった。待つから手を緩めろ。そんなに強く握ると手を痛めるぞ。」

「イヤ!」


俺は仕方ないなと溜息と吐くとユリの横へと腰を下ろす。

すると手の力が少し緩み、横目で俺の顔を見上げて来た。


「ねえ、私ここでけっこう人気あったのよ。」

「そうなのか?」

「・・・なのにどうしてアナタはそんなに平気な顔なのよ。そんなに幼馴染が大事なの?」

「当然だろ。アイツにはいろいろな借りがある。だからそれを一生かけてでも返さないといけない。」

「でもそれだけじゃないでしょ。アナタの目にはその子が大好きですって書いてあるわ。」

「そうだな。いつ会えるかも分からないけど必ず目的を果たして俺はあいつの所に戻る。でも、こうして深く関わった相手が困ってれば少しは助けてやらないとな。」

「も~どうしてよ。なら私はどうやってアナタに返せば良いの!?借金も無くなってこうして皆で毎日ご飯も食べれてる。それに新しい真面な仕事まで。皆だってアナタに感謝してるのよ!」


こうして本音で話をするのは現代では殆ど無かった事で、誰だろうと相手に遠慮し合って言葉を選んで話す事が多い。

それに今の俺はこうして思いをぶつけられたとしても特定の誰か以外だとあまり感情が動かない。

だから、以前の俺になったつもりでユリへとアドバイスを送る。


「それならその気持ちを周りに返してやると良い。今のこの国には沢山の悲しみとそれを生み出す存在が蔓延してる。そういった人にお前の優しさを向けてやってくれ。そうすればいつか皆が幸せになれる。」

「・・・馬鹿。」


そしてユリは俺の手を握ったまま泣き出してしまった。

きっと俺の返した答えはユリの求めているものではなかったのだろう。

しかし彼女を旅に同行させる訳にもいかない。

これからの旅は恐らく今までに無い程に過酷で長いものになりそうだからだ。

きっと魔物だけではなく多くの人間からも付け狙われ襲われる事になる。


普通ならアケとユウもこの町に残して行きたい程だ。

しかし、あの2人は神からステータスを与えられ、同時にテスターとしても選ばれてしまった。

連れて行かなければきっとあちらからクレームが来るので一緒に行くしかない。

だからこの旅に同行させて魔物を倒し、力を付けさせ安全に生きられるようにするつもりだ。

俺もいつまでここに居られるか分からないので危険のない範囲でなるべく急ぐつもりではある。


そして泣いていたユリはしばらくするといつの間に眠ってしまった。

俺は力の緩んだ指を優しく解いて手を外すと代わりの物を握らせて静かに立ち上がりユリを見下ろすと小声で呟く。


「俺はお前を幸せに出来ないんだ。出来るのは幸せになるための手伝いくらいだよ。」


そして泣きながら寝ているユリの前から俺は立ち去る事にした。

今日の事を心の中で整理するにも時間が必要だと思ったからだ。

俺がここに居ても力にはなれないし、逆に邪魔にしかならない。


しかし、この時の俺は人の心をあまりにも理解していなかった。

本当の幸せは心から湧き起るものなのにせめてこの時だけはその場に留まるか爺さんに理由を話してすぐに戻れば良かった。

そして俺の行動はユリに最悪の決断を下させるきっかけとなってしまっていた。




そして、その頃のユリは夢の中で泣きながら彷徨っていた。


「ハル、置いて行かないで!ハル・・・。」


追えども声を掛けた相手は背中を向けたまま歩き続け距離は離れて行くばかりだ。

すると顔の無い女が現れハルを奪う様に連れ去ってしまう。

それを見てユリは地面に倒れ込むと声を上げて涙を流した。


「ハル、どうして・・・。私の方がこんなに好きなのに!」


相手は10歳の子供に過ぎないがユリの年齢は14歳だ。

少し離れてはいてもこの時代ならあと2年もすればハルも結婚が可能な年齢である。

そして次第に夢は闇に覆われると聞いた事のない声が聞こえて来た。


「女が憎いか?」

「・・・ええ、憎い。私からハルを奪ったあの女が憎い!」

「ならば女を殺せば良い。そして愛しの男を手に入れるのだ。」

「・・・そうね。私はハルが好き。誰よりも好き。あの柔らかい肌も、あの真っ直ぐな眼球も・・・とても美味しそう。」


するとユリの姿が次第に変わり始める。

黒かった髪は暗い緑へと代わり、手足は木の枝か根の様に焦げ茶色へと変わっていく。

そして、声は一際大きくなり、命令する様に叫んだ。


「そうだ!あの男を殺して食べれば全てはお前の物だ!」

「ええ、その通りだわ。何を悩んでいたのかしら。」


そしてユリという人間の少女は完全に消え去り、永遠に後戻りの出来ない道へと足を踏み入れる。

その後、その場に居た仲間も子供も、そして忍び達までもがその行方を捜したが一向に見つかる気配はなく最終的には諦める事になった。

そしてユリは邪神へと取り込まれてから再び姿を見せた時には彼女は全ての記憶を無くし、憎しみ以外は何も持たない人形となり果ててハルヤの前に立つ事となる。

それはこれから400年以上先の未来。

ドライアドとなったユリは新たにオウカと名付けられて再会を果たす。

だがもしかすると彼女に関してはこの事件が良い方向に作用するかもしれない。

しかし今はまだ先の話であり、これがこの先どうなるかは神すら知らない事であった。

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