138 別の使者
地震を起こして・・・。
地震が起きてしばらくすると再び表から声が聞こえて来た。
どうやらようやく待ち人が現れたみたいなので念の為に皆を1カ所に集めてから表に出ると、そこに居る奴を確認するためにスキルを使って覗いてみる。
「まだ冬でもないのに黒いマントなんて被って暑くないのか?」
その格好はまるで何処かのアサシンか特殊部隊のようだ。
足には革のブーツを履き、靴底には何か反発性のある素材を使用しているようで、あれなら足音は立たないだろう。
それにしても周りに居る奴らもいい動きをしており、建物は既に包囲されて突入の準備が完了している。
(それにしても誰がこんな訓練を行ったんだ。)
「仕方ない。少し下がるか。」
このままだと人質を取られる可能性があり、ここの全員を護るとなると大変なので場所を移動させる事にした。
そして俺は戻ってすぐに彼女たちを近くの物置へと移動させる。
ここなら周りは無駄に厚い壁で作ってあるのでしばらくは大丈夫だろう。
おそらくあの女が作った非常用の避難所なのだろうけど、俺は部屋から出る前に心配そうな彼女らへと声を掛けた。
「少し待ってろ。」
「うん。その、気を付けてね。」
「大丈夫だ。お前らは自分の安全だけを考えろ。俺がここに居る間はしっかり守ってやるから。」
そして部屋に戻って数秒もしない内に外の奴らが突入をしてきた。
持っているのは細い筒なので吹矢で武装しているようだ。
全員が一糸乱れぬ動きで背後を守り合い、周囲を確認しながらこちらへとやって来る。
「A地点クリア。」
「B地点クリア。」
「C地点、意識不明の集団在り。」
(・・・なんだか本当に特殊部隊みたいな事を言ってるぞ?それにこの時代にアルファベットって日本でも一般的に知られてるのか?)
そして疑問を感じていると外に居た男が此方へとやって来る。
その迷いのない足取りから俺の位置を掴んでいるのだろうけど、そいつが来るまで待っていると背後から他の奴が姿を現した。
「お前は何者だ?」
「ようやく表れたか。こちらは10年も待ってたんだぞ。」
「10年・・・まさかお前は!」
すると男はマントをバサリと大きくなびかせ顔を隠しているフードに手を掛ける。
「そう、ある時は謎の公務員。そしてある時は愛する者を護るスナイパー。そしてある時は日本の裏に潜む最強の忍び。果たしてその正体は!」
「いいから早く正体を明かせよ。俺のツッコミ待ちにも限度があるぞ。」
それになんだか周りの奴らもウンザリしてるし、もしかして毎回これをやってるのか。
10年とか言ってたけど人って変われば変わるもんなんだな。
すると男はようやくマントを脱ぎ捨て顔を晒すと正体を告げる
「ゴホン。ちょっとアイツの癖が移っていたか。・・・果たしてその正体は、お前と同じ時代から来た安藤 マサトだー!」
(ちゃんとそこからやり直すんだな。それに俺に対しては明らかに隠す気が無いよな、オイ。)
しかしここは相手に合わせて驚いておかないといけないシーンだろう。
それに後に居る人たちが付き合ってやってくれって手を合わせて拝んでいるので何だか可哀想になって来た。
「なにー!どうやってここにーーー!。」
「フフフ、実は既に放火魔を確保した時に俺は覚醒していたのだ!」
「それは本気で驚きだ!じゃあ、今まで隠れて自分を鍛えてたのか!?」
「その通り。なので今の俺のレベルは40を超えているぞ。」
「それは素直に凄いな。それよりも、どうやって来たんだ?あの時は俺とあの神くらいしかいなかったぞ。」
それにアンドウさんのレベルで追いつけるような速度で移動はしていなかった。
ならどうしてアソコとコノ場所が分かったのだろうか?
「実はお前が家を出て少しすると大きな問題が起きてな。」
「もしかして日本の人口が激減したとか誰か消えたのか!?」
「そうではない!そうではないが・・・ツバサが居なくなったんだ!!」
すると言葉と共にアンドウさんは拳の握り締めて表情を歪める。
まさか俺がこの時代に来た事での影響かもしれない。
しかし、アンドウさんが俺のどれくらい後にこちらに来たのかを知らないので、もしかして俺の方も誰か消えたんじゃあ・・・。
「俺の方はどうなんだ!」
「お前の方は問題なかった。俺があの穴に飛び込んだのはお前が出かけて3日後だ。その時間が10年のズレに繋がっているみたいだ。」
「でも、アンドウさんの年齢って見るからに二十歳ぐらいだよな。」
「まあ、原理はお前と一緒だからな。俺の前世は忍びの里の子供だったみたいだ。そして、この体は俺が中に入った事で急激に能力が強化されて今では里を率いる最強の忍びだ。」
まさか伊賀か甲賀のどちらかなのか。
そうなると1人の姫を巡って巻き起こる泥沼の恋愛戦争も・・・。
もしやそのヒロインがツバサさんの先祖!?
「先に言っておくが俺は伊賀と甲賀ではないからな。忍びの里があそこだけだと思うなよ。俺の里は歴史にも残されてない弱小な所だったよ。」
「そ、そんな・・・。」
しかし妄想と夢は現実の前には敵わず呆気なく崩れ去った。
でも、なんだかアンドウさんはおかしな事を口にしたな。
・・・そう、「だったよ」って過去形だった。
なら今はどうなんだ?
「もしかしてアンドウさん・・・。」
「フ、今では甲賀・伊賀に並ぶ強力な忍びの宝庫になってるな。最近はやけにスパイ活動が激しいから、気付けば2つ名持ちの忍びを何人か始末してしまったぞ。」
(ぎゃーーー、歴史を変えてやがるーーー!)
・・・いや、その分は歴史の修正力が働いて上手く調整されるとすれば歴史に問題が起き易いのは邪神関連かもしれない。
と言う事は何か。
ツバサさんも邪神関係に巻き込まれて死んだって事になりアイツの力が時代を歪めてる?
それともユカリの巻き込まれた何らかの事件の結果、未来に大きな影響を与えてしまったのか。
あの時の老神も次第に影響が出るとは言ってたからな。
「そう言えば次元の穴の場所が良く分かったな。」
「まあな。お前の靴には超強力な特殊発信機が取り付けてある。それを衛星解析してやればお前の消えたあの場所の特定は可能だ。この場所に関してここに来る前の晩にツクヨミとかいう女が夢に出て来て恨みタラタラに教えてくれたんだ。」
「そうか。・・・一応気を付けておこう。」
「まあ、お前がやらかすのはいつもの事だ。それよりも・・・。」
そう言ってアンドウさんが横に視線を向けるとそこに居た仲間の忍が気を失っている3人の男を連れて来た。
どうやら、既に捕獲は完了しているようで待っていても来なかったのはそれが原因らしい。
「それなら話を聞く前にここの住人を自由にさせて来る。部屋に押し込めたままだからな。」
「分かった。まあ、尋問は既に終えているから問題ない。それにしても、お前は相変わらず面倒見が良いな。」
「巻き込まれてるだけだよ。見捨てた歴史が残ったらアズサに怒られるだろ。」
「まあ、そういう事にしておいてやろう。」
俺はそう言って移動すると声を掛けてから扉を開けた。
「お待たせ。どうやら来たのは敵じゃなく見方だったみたいだ。」
「もう、それならもっと早く来てよね。心配した・・・。心配なんてしてないわよ!それより早く出ましょ。この部屋狭くて敵わないわ。」
確かにかなりの人数で子供は棚の上に座らせたりして無理やり押し込んでいる。
酸欠の心配もあるので早く出てもらった方が良さそうだ。
「でも仲間と言っても男ばかりだからダメな奴はそのまま部屋にでも戻ってくれ。統制は取れてるから危なくないはずだけどな。」
そして子供たちは奥へと逃げ去り、それの世話で数人の少女も付いて行った。
ついでにさっき見つけた価値の分からない小銭を持たせて子供たちの服を買う様にも言っておく。
量だけはあるので少し重たいだろうけど古着くらいは買えるだろう。
そして20人程が元の部屋に戻ってのんびり寛ぎ、お茶を片手に話を聞く事になった。
「お前の周りにはいつも女だらけだな。」
「え!そうなの!?」
すると横に座っていたユリが驚いた顔を向けて来る。
でも10歳の子供に女の影があっても普通は気にならないと思うけどな。
「まあ、妹みたいなのが2人と幼馴染が2人だな。今は故郷に残してるけどやる事が終わったら帰らないといけない。」
「そうなんだ。帰っちゃうんだね・・・。」
「どうせ俺は遠くない内にここから旅立つからな。そうしたらもう戻って来れないだろう。色々命懸けだし、都の方にも行かないといけないからな。」
するとユリは突然立ち上がるとそのまま走って何処かへ行ってしまった。
もしかすると今日は朝から色々あったのでトイレにでも行きたくなったのかもしれない。
「お前の鈍感も顕在か。」
「何か言ったか?」
「いや、時々お前のそれが羨ましいよ。」
何の事を言ってるのか分からないけど、まだまだやる事も残っているのでまずは近場の支部を周って様子を確認しないといけない。
まずはここで彼女達が生きて行くための仕事を確立させる必要がある。
「ところでアンドウさん。もしかして養蜂なんてしてないよね。」
「養蜂か残念だが安定した供給が出来るには至っていないな。」
「そうですよね。流石のアンドウさんでも無理で・・・てしてるのかよ!」
「もちろんだ。俺が里で意識を得た時には既に金欠で崩壊寸前だった。これも全ては伊賀と甲賀の奴が全ての仕事を奪っていたからだ。」
「まあ、歴史に残らない程度の里とその2つじゃあ知名度も段違いでしょうね。」
「だから蜂蜜を餌にして知名度を上げる作戦に出た。今の時代は小さな一瓶の蜂蜜で覚えが良くなるからな。それに俺は綺麗好きなんだ。石鹸が無いと落ち着かないから10年かけて研究と改良をしてある程度は取れるようになった。」
もしかするとアンドウさんも俺の見たサイトと似た情報を持っているのかもしれない。
あの時に見たのは菜種油と灰を混ぜながら加熱し、そこに蜜蝋を加えて石鹸にする方法だった。
まさか俺と同じ事を考えているとは流石だけど、この時代で石鹸はあまり一般的ではない。
でも、上流階級の人間には受けが良いかもしれないと思っていたのだけど、これはちょっと相談して権利を譲ってもらえないか頼んでみるしかないだろう。
アンドウさんでも10年かけて養蜂技術の安定が出来ていないと言っているのでこれはチャンスかもしれない。
「アンドウさん。少し頼みがあるんだけど良いか?」
「なんだ?」
「実は俺はここで石鹸を作らせようと思ってたんだけど、どうしても蜜蝋が欲しいんだ。良ければ譲ってくれないかな。」
するとアンドウさんは口に手を当てて悩み始めた。
しかし答えはすぐに出た様でその口がニヤリと形を変える。
ただし、これは悪い事を思い付いた時の顔で子供が見たら裸足で逃げ出すだろう。
「まあ、問題ないだろう。ここでなら色々なメリットもあるからな。」
「メリット?」
どうやら悪い方ではなく良い方に頭が回転したみたいだけど、この人って元から悪役顔だから分かり難いんだよな。
「そうだ。まずは石鹸を作るがこの辺は蜜柑が豊富に取れる。その皮を石鹸に混ぜて匂いを良くするんだ。元々戦闘に向かない連中の仕事としてやらせてたんだがアイツ等は雑だからな。」
「でも、こっちの彼女らもあまり変わらないぞ。」
「そんな事は無い。これぐらいの年齢なら仕事の覚えも良いし、何よりも女性の方がその辺は向いている事が多い。それに他の有力者に売り込む時に男が作っていますと言うよりも女性が丹精込めて作りましたと言った方が受けが良いのだ。時代は変わっても男なんてそう大した違いは無いからな。」
「確かに奥さんに使わせるにも男よりも女性が作った品ですって言った方が気分も良いかなら。」
「その通りだ。それに実は忍びの里製ですって言うと大抵の奴は不信がるからな。それならしっかりとした出所からと言える物の方が良い。」
なんだか俺と違って色々考えてるんだな。
この会わなかった10年の間に立派な営業マンになってしまって・・・。
「それなら悪いけど手配する物があれば言ってくれ。お金は出すし商人にも伝手が出来た。組織を使えば信用も得られ易いぞ。」
しかし何故かアンドウさんの表情が微妙に歪んで俺を見て来る。
俺は何か変な事を言っただろうか。
「時々思うんだがな・・・。」
「何をだ?」
「お前って何も狙って動いてないよな。」
「毎回巻き込まれてばかりだな。」
「ならどうして数日程度でそこまで用意周到なんだ!俺はそこまで行くのに何年かけたと思ってる!」
そんな事言われても知らない内にこうなってるんだから仕方ないだろう。
まあ、称号のラッキー男が効果を発揮してるんだろうけどそこまでは言えない。
「まあ、人は運命には逆らえないって言うだろ。」
「お前は何処かの下級貴族の腹心か!」
(ワオ!今のネタに一瞬で答えたよ。)
アンドウさんはどれだけツバサさんに染められてるのだろうか。
これは10年で禁断症状が出始めてるのかもしれない。
ただし、これを未来にも起こりうる自分の姿と思って頑張ってユカリを探そう。
「それじゃあ、養蜂はそっちに任せるとして、石鹸はこっちだな。さっそく助けた商人の所に行って色々手配してもらうか。」
「それなら俺はその間に蜜蝋をこちらに運び込んでおく。必要な物はここに書いてあるから職人に頼んで作って貰え。」
「分かった。これでここも目途が立ちそうだ。」
「ちょっと待ったーーー!」
すると話も終わり別れようとした所で後ろで聞いていたポチ、じゃなかったアユジが吠えた。
せっかく計画が動き出そうとする所で出鼻を挫くとは躾けのなってない奴だな。
「どうしたんだポ・・・アユジ?用件があれば早く言え。俺は忙しいんだ。」
「なら言わせてもらおう。お前ら、そいつらの事を完全に忘れてるだろ。」
「「あ!」」
言われた通り完全に忘れていた。
アンドウさんも忍モードから営業モードになってたから完全に忘れていたみたいだ。
他の忍び達も頭を抱えて完全に呆れているので良くあるのかもな。
出来る男も心のオアシスであるツバサさんが居ないと締まらないみたいだ。
「よし!それじゃあアンドウさん。ちょっと行って終わらせて来ようか。」
「そうだな。場所も既に掴んでいる。奴らが言うにはここから少し離れた場所で少女たちの命を捧げて邪神から力を借りているようだ。そこを全滅させればここの問題も解決だな。」
流石アンドウさんは仕事の出来る男は違うぜ。
「おい待て。そこは近日中に戦が行われる場所じゃないのか!?それにもしかして敵の兵が最近になって精強になってるのはその邪神とか言う奴が原因なのか?」
どうやらある程度の事情は知っていても深くまでは知らされていないみたいだな。
それともこの国の当主も真実は知らないのかもしれない。
「一応言っておくけどお前らもそいつに力を借りようなんて考えるなよ。」
「どうしてだ?人以外の何かで交渉すれば問題ないだろ!」
「力を借りるって事はそいつの力を体に注がれるって意味だ。それが一定を超すとそいつらは人間ではない怪物に変わる。そうなると、もう命を助かる術はないし俺たち組織が戦っている理由もそこにあるんだ。それに生贄を捧げてる奴がそんなの試してないと思うか?」
「それもそうか・・・。」
するとアユジはがっくりと肩を落として項垂れると残念そうに溜息を零した。
確かに仲間の犠牲を減らして相手を倒せるなら邪神に縋りたい時もあるだろう。
でもそれは自分が魔物になれば清算する事になる。
魔物は人を苦しめて殺す事を自分達の使命の様に感じており命がある限り虐殺を続ける。
そうなれば助けた仲間を殺し、いつかは自分も滅びるだろう。
そうなった時に喜ぶのは邪神ただ一人だけだ。
「行こうかアンドウさん。もしかしてもう飛翔を覚えてたりする?」
「フ、もちろんだ。それにこの10年の修行の成果を見せてやろう。この時代は俺の独壇場だからな。」
そしてアンドウさんは仲間にこの場での待機を命じると空へと浮かび上がった。
俺とは違い足を動かさなくても上昇しているので空歩よりも一つ上のスキルになる飛翔であるのは明らかだ。
それならさっそく10年の研鑽を見せてもらいましょうか。
「いくぞ、ハルヤ!」
「おう!」
そして行き先を知るアンドウさんに続いて俺もそれに続きその場から飛び立って行った。
「アイツ等すごいな。」
「あの人の本気はあんなモノじゃありませんよ。まあ、俺達はここで気楽に待ってましょう。今日中には帰ってきますから。」
「おいおいマジかよ。往復で何日掛ると思ってるんだ!?」
「そういう人たちなんですよ。驚くだけ無駄ですし挑むのは無謀を通り越して愚かです。アナタも仲間が犠牲にならない様に祈っていた方が良いですよ。あの人は怒ると見境ないから。」
そして最後に危険な事を言い残すと忍びは少女たちと楽しく会話を始めた。
どうやら彼らは潜入もこなす為に話術にも長けているようだ。
そんな中で部下を置いても行けず、アユジも仕方なく彼らの帰りを待つ事にするのだった。




