136 店の権利
ミズメとダイゴを連れて歩き出すと横の座敷から声が掛った。
どうやら声を掛けて来たのは遊女の1人らしく、木で出来た格子を掴みまるで縋る様な目を向けてくる。
「私達はこれからどうすれば良いの!」
そう言えば借金をしている相手が死んだらどうなるのだろうか?
コイツ等の事はどうでも良いけど問題を作ったのは俺なので少しだけ気にはなる。
「お前ら何か特技とかあるのか?」
「私達はみんなこの1年の間に集められたんだよ。商家の子女でもない私達に出来る事なんて体を開いて男を喜ばせるくらいさ。」
すると奥から来た他の遊女が何でもない風な口調で質問に答えてくれる。
それに俺の体が小さくなって相手が大きく見えるから気付かなかったけど、化粧をしていて大人っぽく見えるだけでどの子も未成年に見える。
この時代たと現代よりは結婚年齢が低くて10代半ばくらいだった気がするけど、そこから考えても体を売る年齢にしては若過ぎる気がする。
きっと化粧を落とせば幼さも出て来るだろうから、殺した連中にロリコンが多かった事にも納得ができる。
「ただ言わせてもらえばロリが悪いのではない。ロリに手を出す奴が悪いのだ。」
「ハルはそんな真剣な顔で何を言っているの?」
「いや、何でもない。気にしないでくれ。」
(危ない危ない。また心の声が出てしまっていたから危ない奴に思われない様に気を付けないとな。)
そして俺達3人の中でこういう時の対応を一番知っていそうなダイゴへと声を掛けた。
もしかすると大きな声では言えないような方法でこの状況を解決する手段を知っているかもしれない。
「ダイゴはこういう場合にコイツ等の権利はどうなるか知ってるか?」
「俺も下っ端で分かりやせんが青龍や朱雀の上の奴らは自分のモンにしてやしたぜ。あの屋敷にいたゼンとかいう商人も邪魔な奴は始末したり追い出したりして無理やり権利を手にした口です。証文でもありゃ誰も文句なんて言いやせんよ。良くも悪くも強い奴が何でも手に入れられやすから。」
知っていそうなので聞いてみたけど本当に知っているとは思わなかった。
しかし証文なんてあるはずないし、また生き返らせて書かせるのも色々と問題がありそうだ。
ただし問題があるのは俺ではなく黄泉側にだけど。
「でも証文なんて都合良く作ってないだろ。あっても家族とか同類の奴で碌な奴に権利が渡りそうにないよな。」
「そんなのは字が書ける奴が代筆して死体に血判を押させれば終わりですよ。後はそこに自分の血判と名前を書きゃ完成です。俺の居た組織だとよくやってやしたよ。」
コイツは青龍に所属していた奴だけど思っていた以上に組織全体が腐敗していそうなので早い段階で調べた方が良いのかもしれない。
とは言っても俺の出来るのは旅先で出会った奴らを締め上げて情報を聞き出したり、支部に乗り込んでお話を聞く位だ。
何処かで情報に長けていて金で簡単に動く奴は居ないのだろうか。。
「でも俺は見ての通り子供だから字は書けないぞ。」
現代風には書けるけど、この時代だと文章にするならあのミミズが這った様な字が一般的だろう。
証文と言うなら字もある程度は似せる必要があるだろうから書けたとしても俺ではダメだ。
それにダイゴも見るからに流暢な字が書けるとは思えないし、さっきの遊女もその辺は否定してたので頼みの綱は残り1人だけか。
「ミズメは字が書けるか?」
「書けるけど私に偽の証文を作れと?」
「話が早くて助かる。それじゃあ早速頼むな。おい、そこのお前。路頭に迷いたくなかったらすぐに紙と筆を用意しろ。」
「任せなさい!」
やっぱり路頭に迷いたくないのか彼女らは急いで棚を漁り、筆と紙を発見して持って来た。
それ以外にも名前の書かれた紙なども持って来ているのであれがさっきの女の名前なのだろう。
俺はそれらを受け取ると満面の笑みでミズメへと差し出した。
「それじゃあ頼むな。」
「こうなったら仕方ないわね。名前はアナタで良いの?」
「そこは空欄で頼む。譲る相手は決めてるから後で頼んでおくよ。」
「まあ、もう私には関係ないけどね。」
そう言ってミズメはあの女の死後に権利を全て受け渡す内容の証文を作ってくれた。
後はこれを渡した相手がここをどうするのかで彼女達の運命が決まる。
このままここの経営を続けるのか、それとも別の施設へと変えるのか、それとも証文を売って金に替えるのか。
でも、ここの遊女たちは既に自分で他人に運命を委ねたのだから、その結果がどうなっても俺には関係ない。
もし1人でも生きて行く覚悟があるなら俺が居ない間に中にある金を探し出して奪って逃げるだろう。
それが分かったからと言って追うつもりは無いので好きにすれば良い事だ。
「よし、それじゃあ俺達は行くけど、これからどうなるかは分からないからな。だから今日は店を閉めて休んでろ。」
「あ、でも・・・ここには殆ど食べ物が無いの。お金もないしどうすれば・・・。」
見ると中には腹を空かせていそうな奴らが20人は居るので溜息と共に米と塩を取り出すと床へと積んで行く。
そして、この時代に来る前に海底で大量にゲットした魚を取り出して近くの奴に渡すと後は保存の効く干し肉があれば問題ないだろう。
しかし未来から持って来た物が手元に残っていたのは良いけど、本当に食べさせても大丈夫なのかが疑問に感じるところだ。
俺達は既に幾らか食べているので問題が無いことは分かってるけど、次に来た時に融合して魚や稲になっていない事を祈る。
「料理は出来るな。刃物はあるのか?」
「それは大丈夫だけど・・・、良いのこんなに?このお米だって見た事ないくらい白くて綺麗だけど。」
「腹を空かせてる奴が細かい事を気にするな。その代わり俺が助けるのは今回だけだ。俺は足長オジサンじゃないんだからな。」
すると彼女らは意味が分からずに揃って首を傾げて来るので、やはりこの時代だと足長オジサンの事は理解が出来ないようだ。
現代だとアニメや募金とかでそれなりに有名なのだけど、説明も出来ないのでそろそろ戻る事にする。
そのため証文を収納して背中を向けると歩き出し、横に居るミズメの手を取ると支部へと戻って行った。
すると後ろを歩いているダイゴが声を押さえて話しかけて来た。
「実は、事前に伝えておきた事が。」
「なんだ?」
「実はもうじきあの店には迎えが来る事になってやす。相手は主が変わっているのを知らないんで問題が起きるかもしれやせんぜ。」
「迎え?詳しい事は知ってるのか?」
「いえ、その辺の事は支部長くらいしか知りやせん。それがあるからゼンの奴はこの周辺から人を買ってあそこに集めてたんです。そのおかげで俺らはあの店を安く利用できてたんですが他の奴が言うには金払いは良い奴等らしいですぜ。」
そうなるとこの辺でも力のある奴が何かの目的で女を集めてるって事になる。
支部長の奴らが関わっているって時点であまり良いイメージは湧かないので、これは譲る前に目的を御伺いする必要がありそうだ。
俺は玄武の支部に戻るとそこで一人残っていた爺さんに声を掛けた。
「連れ帰ったぞ。」
「そうか。それで問題は起こさなかったか?」
「問題ない。」
すると背後から2人分の冷ややかな視線を感じので、どうやら答え方が間違っていたみたいだ。
「問題は制圧済みだ。別件で問題があるから、それはこれから相談しようとしてたところだ。」
「それなら良かろう。」
「良いのかよ!」
「良いのですか!」
「うむ。心配しておったが思っていたよりも元気そうじゃな。迎えが遅くなってすまんかった。ここを自分の家と思って使うと良いぞ。台所はそこの馬鹿がちょっと壊してもうたが明日には直すでの。」
「はい。それと何か仕事があれば言ってください。何もしないで保護だけしてもらおうとは思っていませんので。」
「うむ。じゃがしばらくは休んで心と体を癒しなさい。代わりにそこの小僧を馬車馬の様に働かせるからの。」
「はい!」
「おい、爺さん。なんだ今のは。それとミズメもそこで元気に返事を返すな。」
「フォッフォッフォ。」
「フフフ。」
(これは駄目だな。)
2人ともこちらの話なんて聞く気が無いようで揃って笑ってばかりだ。
俺は溜息を吐いて諦めると後ろで待機しているもう1人を前に押し出した。
すると爺さんの目は瞬時に青い刺繍のされた肩へと向けられ、研ぎ澄まされた細く針の様に鋭い殺気がダイゴへと襲い掛かる。
「おっと、爺さん少し待て。」
「なんじゃ、何故止める。その肩の刺繍からして青龍の者じゃろ。この場で殺して何が悪い。」
恐らくは俺が前に立って遮らなければダイゴの心臓は殺気に耐えられずに止まっていただろう。
しかし、コイツにはこれからいろいろと働いてもらわないといけない。
「コイツは今日から青龍を止めて玄武で働いてもらう。ただし、表向きは青龍としてな。」
「うむ、奴らを内側から監視するという訳じゃな。」
「その通りだ。最大勢力である青龍なら色々な情報も抱えていそうだ。以前と違って先手を取れる。」
すると爺さんは殺気を消して意外なほど素直に首を縦に振った。
どうやら2度と後手に回らない様に今のところは納得してくれたみたいだ。
「それとダイゴ。裏切ったら死ぬよりも怖い事が待ってるから気を付けろ。」
「へ、へい!」
「だからお前はしばらく爺さんの指示に従って動け。他の支部や本部への報告も忘れるなよ。」
「分かってやす。その辺の事はそこの支部長に相談しておきやす。」
これで2人は大丈夫だろうからさっそく本題に入ることにした。
俺はさっきダイゴから聞いた話を爺さんへと話て何か知らないかを聞いてみた。
「あまり詳しくは知らんが、最近は隣の国との間に緊張が高まっていると聞く。もしかすると兵にあてがう女を準備しておるのかもしれんぞ。」
「この件にあの支部長3人が関わってないなら俺も放置するんだけどな。背後に魔物の気配がある気がするんだ。」
「それなら数日中に現れるという者達に聞いてみるかの。」
「ああ、そっちは俺の方でどうにかしとくから爺さんはあそこに居る女たちを頼む。権利に関してはこっちで証文をでっち上げておいたから後はサインするだけだ。」
「そうじゃな。こちらで少し考えておこう。」
これで明日からあそこで待ってれば相手が勝手に食い付いてくる。
餌も十分に居るから大丈夫だろうけど、来るタイミングは分からないので数日は町から出られそうにない。
「それとアケとユウは何処に居るんだ?熊たちの姿も見えないけど。」
「それならお前を待っている間に寝てしまったからの。熊たちと一緒にハナの屋敷に連れて帰ったぞ。ここには人数分の寝台も無いからの。」
「ならミズメの護衛は爺さんだけでするのか?」
「もう少しすれば討伐に出ている奴らも帰ってくる。それに儂も老いたとはいえまだまだ若い者には負けんから大丈夫じゃ。」
「それならもしもの時の為にこれを何本か持っといてくれ。眠気も一発で吹っ飛ぶからな。」
俺は下級ポーションを5本ほど取り出すとそれを爺さんへと放り投げる。
爺さんはそれを空中で素早く受け取ると大きな溜息を零した。
「疑問に思っておるんじゃがお前はこれの価値を知っておるのか?これは気付け薬では無いのじゃぞ。」
「売った事がないからな。それにどうせ怪我や骨折が直るくらいだろ。もしかしてこっちの強力な方が良いか。まあ、念のためにこっちも渡しとくか。」
俺は中級ポーションも5本取り出すと爺さんへと放り投げると、あちらも同じように受け取った。
「似てるから印を付けといた方が良いぞ。」
「うむ、・・・これ1本で100両にはなるんじゃがな。金を出せば手に入る物でもないが・・・。」
「何か言ったか?」
「いや、何でもない。」
「俺は屋敷で寝るから後は頼んだぞ。」
そして俺は屋敷に到着するとアケとユウを見つけ、布団で大人しく寝ているのを確認する。
熊たちは庭で寝ているので長居するなら後で何か考えないといけないだろう。
出来れば犬小屋みたいなのでも良いから雨風が防げる所を作って貰おう。
アイツらが居るだけでもこの屋敷の安全性が急上昇すると思えばお金を惜しんだりはしないはずだ。
聞いた話では店も取り戻す算段が付いていると言ってたけど、きっと俺と似た様は事でもするのだと思う。
俺は2人の眠る部屋に入るとその横で毛布に包まり眠りについた。
そして次の日の朝になって目を覚ますと俺の横にはアケとユウが身を寄せる様に眠っていた。
深く眠っていた訳では無いのに気付けないとはまだまだ修行が足りないようだ。
俺は2人を起こさない様に起き上がると毛布を掛け直してやり、部屋を出て遊郭へと向かって行った。
するとそこからはお米の炊ける匂いと香ばしい焼き魚の匂いが漂っている。
どうやらちゃんと言った通りに自分達で料理を行い朝食を食べているようだ。
俺は中に入り奥へと進んで行くとそこには30人程の人間がテーブルを囲んで食事を食べている。
それにやっぱり化粧を落とせば少女と言っても良い見た目に変わっており、服も浴衣の様な簡単な服に着替え腰紐を使って止めているだけだ。
そして昨日よりも増えているのは俺が見たのは店先だけで、奥に居た幼い子供たちを見落としていたからだろう。
見た目がアケとユウに近いのでまだ客を取らせられずに店の奥に居た様だ。
しかし、この人数だと渡した食料を1週間もせずに使い切りそうだな。
「おはよう。昨日はよく眠れたか。」
すると幼い子供たちは俺を見るなり声も上げず奥へと逃げて行ってしまった。
きっとここに来る男が基本的にどんな奴なのかを身をもって知っているのだろ。
ただ、子供が居なくても彼女らが居れば問題は無いので俺は空いている上座に座ると話を始めた。
「まず、この中で体調が悪い者は?」
「あの実は病気の娘も多くて。あの人は医者にも診せてくれなかったから。」
まあ、昨日少し話しただけでもそんな感じだったので働けるだけ働かして捨てるタイプだろう。
俺は必要ならゴミにも利用価値を見出すタイプなので無駄にはしないけど。
特に科学のないこの時代で人材とはまさに究極の労働力で育てるのにだって金と時間が必要なんだから無駄には出来ない。
「それで、さっきの逃げた奴らに問題は無いのか?」
「あの子達は大丈夫だと思います。その・・・昨日の子が特別なだけで。」
特別とは悪い意味で言っているのだろう。
こんな店で働いていれば助ける事も出来ないだろうからそれを連れ帰った俺に言い難いのは理解できる。
それに見回してもこの中にあれほどの仕打ちを受けた者は見当たらないので問題があるとすれば目に見えない病気だけだ。
それを治すためには解毒ポーションを使う必要があるのでこうして確認している。
この調子だと気付いてない人もいそうなので客を取った事なある奴には全員に飲ませておいた方が良さそうだ。
「なら男と性的な接触のあった奴は子供も含めて全員集めろ。」
「少し待ってて。」
そして、しばらくすると俺の前には総勢30人の人間が並んだ。
当然その中には15歳前後の者も増えているけど明らかに10歳以下の少女も含まれている。
どうやら俺の言葉に素直に従い全員を集めてくれたみたいだ。
「さっそくだけど、お前らにこれをやるから飲んでくれ。毒で無いのは保証する。」
しかし昨日の今日で俺の言葉を信用できるはずはない。
そのため彼女達はそれぞれに顔を向き合わせるだけでなかなか飲もうとはしない
そんな中で昨日から率先して話しかけてくる少女が覚悟を決めて解毒ポーションを飲み干した。
「・・・なんともない・・かな。」
「当然だ。それは病気を治す薬だからな。体調が悪い奴が飲めばもっとはっきり分かる。気分が悪かったり腹部に変な感覚があるならそれが消えるはずだ。」
そして身に覚えのある者達が薬を飲むとお腹や胸の辺りを撫でて変化を確認して行く。
後は下級ポーションでも飲ませておけば体調も整うだろう。
「後はこれを飲んでおけよ。俺は少し店内を回ってるから。」
俺は全員分のポーションを置いて立ち上がると望遠で建物全体をくまなく確認して行く。
すると奥の部屋の中に隠し部屋を発見し、そこにある大量の金を見つけることが出来た。
その量は小判が数千枚にその他の銭貨なども大量にある。
ハッキリ言って物価が分からないので小判は収納し、小銭っぽい奴は袋に入れたまま手に持って元の部屋に戻って行く。
「少し聞きたい事があるんだけど。」
しかし俺が部屋に戻って声を掛けると幼い少女たちが押し寄せて来た。
その顔にはさっきみたいな怯えは無く、笑顔で感謝の言葉を向けて来る。
「あ・りが・・とう。」
「みんな・・元気に・・・なったよ。」
言葉がタドタドしいのは言葉が覚えきれていないからだろ。
家に居た時のアケとユウもこんな感じだったから現代風に言えば訳アリの子という事だ。
俺はそんな子供たちの頭を撫で返してやりながらなんとか少女達の許へと向かって行く。
「人気が出て何よりね。それで何が聞きたいの?」
「ちょっと試したい事があるんだけど・・・。そういえば名前ってなんだっけ?」
「私も言うのを忘れてたけど名前はユリよ。」
「そうか。ならユリ、この店に油はあるか?灯りの燃料とかに使ってると思うんだけどな。」
「それなら沢山あるわよ。何に使うか知らないけど、ここで使ってるのは菜種からとった高級品だから匂いも良いのよ。」
「ん~。」
「な、何してるの!?」
確かに性的なサービスを提供しているだけあって風呂にもしっかり入れてもらってるみたいだな。
あの女がもう少し食事面でも気を使えばもっと肉付きも良くなって美人度も上がるだろうに。
それに何か他にも匂うな。
「これは柑橘系の匂いか。」
「ちょ、ちょっと何するの!恥ずかしいでしょ!」
「別に気にする事ないだろ。これも大事な仕事なんだ。」
「フフ、初心だね~。」
「いつも強気なのに顔が赤いよ。」
何やら周りが騒がしいけど、せっかく良いアイデアが浮かびそうなので静かにしてもらいたい。
しかし俺の頭に計画の道筋が出来た所で外から男の声が聞こえて来た。




