128 神の置き土産
どうやらスサノオは邪神との戦場とここを繋ぎ魔物の一部を押し付けたみたいだ。
そうなると今のこの時代では邪神が封印されておらず、神々が激しい戦いを繰り広げている最中と言う事になる。
ハルアキさんに聞いた話ではその時代は世界中にも多くの魔物が現れ、混沌の時代とも言われていたそうだ。
戦も絶えず、その裏には魔物の影も多くあったと言っていた。
確か、400年~500年くらい前だと記憶しているのでそれくらいの時代だろう。
残念だけど万年赤点の俺には何時代かは分からないけど、この時代でも上手く生活が出来るかもしれない。
何故ならこの時代の特徴は人と魔物の距離が近い事だ。
なので魔物狩りというのが盛んで、ハルアキさんの所属しているのと同じ組織が存在する。
そこに接触できれば魔物を狩る仕事を受け、それを成し遂げれば大金が手に入る。
それに、もしかするとそこにはユカリの情報もあるかもしれない。
ただ簡単に知る事は出来ないだろうから次々に仕事をこなして信頼を得る必要がある。
なんだか小説で良く出て来る冒険者ギルドみたいだ。
確か本部は天皇が住んでいるという京都にあるので、今のところ最終目的地はそこで良いだろう。
でもその前に目の前の問題を片付けてしまわないといけない。
そして目の前の裂け目が広がると、そこから次々に魔物が姿を現した。
しかも、どの魔物も3メートルを超えており、まるで地獄の釜が開いたようだ。
スサノオはいったいどれだけの魔物を押し付けて行ったのだろうか。
俺はまず最初に現れた鬼の集団に駆け寄ると刀を振って容赦なく解体して行く。
どれだけ出て来るかは分からないので、こちらに出てきてすぐで悪いけど待ってやれる余裕はない。
さっきアケとユウのステータスを確認したところ、レベルが1だったのでコイツ等が行ってしまうと瞬殺されてしまう。
それにさっきのツクヨミの反応からなるべく蘇生薬は使わない方が良さそうだ。
いざとなれば使う気でいるけど、そんな状況にしないのが一番望ましい。
「さあ、次々行こうか。」
「頑張ってお兄ちゃ~ん。」
「ハル兄さん、こっちは終わりました。」
どうやら無事に熊の親子もパーティへ加われたようだ。
普通のクマに話しかけても出来るとは考えられないので無事に知能も上がっているのだろう。
これで同行させるのも楽になり最初は野生の熊だから蚤とかマダニなどの寄生虫も気にしていたけどその心配も無くなている。
病気などを媒介して幼い2人には危険な存在なので気にはしていたけど、偶然でも解決できて助かった。
そして鬼が片付くと次はお馴染みの大蛇が現れ、長さは20メートル程で口には鋭い牙がある。
胴回りは俺よりも太く、明らかに毒を持っているだろう。
「数は9と言った所か。」
この程度なら問題はない。
しかし、コイツは見た目と大きさの割に危機感知が先程よりも遥かに大きいので警戒して戦う必要がある。
それに、この時代の魔物は殺しても消えずにその場に残り続けているため今も鬼たちの死体は足元に転がっていて微妙に邪魔をしている。
てっきり消えると思っていたけど出て来る魔物の数が多い様ならこまめに回収しないといけない。
それについては蛇を倒してから考えよう。
そして俺は牙を剥いて襲い来る蛇の首を飛ばし、巻き付こうとする奴の胴を斬り裂き、飲み込もうとして大口を開けて向かって来る頭を縦に両断する。
しかし、思っていたよりも呆気なく始末した所で変化が生まれた。
「そう言う趣向か。」
すると死んだ蛇達はいつもの様に黒い霞に変わると周りの死体を巻き込んで巨大化して行く。
そして1匹の巨大な蛇へと姿を変えると再び襲い掛かって来た。
「コイツはかなり経験値が高そうだ。」
俺は向かって来る大蛇の首を一刀で切り捨てるとそのまま胴体も輪切りにしていく。
これで再生するようなら更に細切れにしてミンチにするだけだ。
しかし、その心配は杞憂に終わり、大蛇は動かなくなると魔石を残して消えて行った。
どうやら、この時代でも魔石は落とすようで現代と同じ赤い石が転がっている。
それに消えて行くのも変わらず、さっきの死体が残ったのはこれの布石だったみたいだ。
どうやって魔物を倒した証明をするのかと考えていたけど、これがあればきっと大丈夫なのだろう。
そうでなければ現代でも魔物の標本や骨格がいたる所から出てきそうだ。
しかし、これでも魔物は尽きる事なく現れ、俺に襲い掛かってくる。
「次は・・・おいおいマジかよ。」
出て来たのはゲイザーの第二形態だ。
まるでハイハイするような速度で姿を現すと、一斉に呪文を唱え始める。
このままでは俺はともかく後ろに居る2人に流れ弾が飛んで行くかも知れない。
「させるか!」
「「「ゲギャーーー!」」」
俺はすかさずナイフを投擲して目を潰すと間合いを詰める。
コイツ等は接近戦には弱いので一撃で全てのゲイザーを消滅させて勝負を決めた。
すると裂け目が再び大きく広がり、そこから巨大な猪が数十頭現れた。
そいつ等は飛び出して来た勢いそのままに走り出し、俺に真っ向から突撃してくる。
まさに数と重量を生かした面攻撃だけど、この程度の壁なら対処は難しくない。
「どっせ~い!」
俺は刀を仕舞うと拳を握り目の前に来た魔物を次々と上空へと殴り飛ばしていく。
そして、全てが空高くに飛び上った所で再び刀を握り、落ちて来る順に始末していった。
「あ・・・お肉・・・。」
「お腹が空いて来ました。」
すると背後から空腹を訴える声と、お腹の鳴る音が聞こえてくる。
そう言えば今日はまだ何も食べてなかったことを思い出した。
力を手に入れた事で体も丈夫になっているだろうから後でお肉をお腹いっぱい食べさせたあげよう。
今まで飢えに耐え忍んで生きて来たんだから、それくらいの贅沢は許されて当然!
それ以前に文句を言う奴は誰であろうと俺が許さん!!
そして2人の腹の虫が終了の合図となったのか空間の裂け目は消え去り、周囲に平穏が戻ってきた。
俺は剣を収めて魔石を回収すると2人と3匹の待つ場所へと向かって行く。
するとアケとユウは熊から飛び降りるとまるで太陽を思わせる笑顔で駆け寄って来た。
「カッコ良かった。」
「私はハル兄さんのお嫁さんになります。」
「ハハハ、そうかそうか。そう言われると俺も嬉しいよ。」
そう言って俺は2人を抱き上げると肩に座らせ互いに笑い合いながら歩いて行く。
そして熊の親子も俺に従う様に後ろに付くと森を抜けてゼンの待つ野営地へと戻って来た。
しかし、そこには既にゼンの姿はなく、テントだけが残されている。
荒らされた形跡も無いので、さっきの戦闘音で怖くなり逃げ出したのだろう。
ただ居ないと不便だけど、絶対に必要という訳では無い。
逃げたのなら追うつもりは無いのでこのまま放置で良いと思っている。
また何かをするようならアケとユウが庇ったとしても容赦なく斬り殺す事にして、今はそんな事よりも重要なのは2人の食事だ。
俺は燃えやすい小枝や葉を重ね、その上に細い順番に薪を重ねて行く。
そして、ライターと新聞紙を取り出すと火を点けて薪の下へと差し込んだ。
「それって何?」
「兄ちゃんの秘密道具だ。」
「火打石とかは使わないのですか?」
「この方が簡単だからね。それに兄ちゃんは火打石が使えないんだ。今度教えてくれないかな?」
「いいよ。私が教えてあげる。」
「狡いよ。私が最初に言ったのに~。」
するとアケに向かってユウが怒って頬を膨らませてしまう。
このままだと喧嘩になってしまうかもしれないのでいつもの様に声を掛ける。
「それなら2人にお願いしようかな。兄ちゃんは一回で覚える自信が無いし、日に一度は火を点ける必要があるしね。」
「それなら代わり番子だね。」
「うん!」
そして2人に笑顔が戻ったので俺は次の作業へと移る。
しかし、そこで母熊が起き上がり森へと向かって行き、肉を焼き始めて少しすると茂みを揺らして戻ってきた。
「ああ、そう言う事か。自分らの食い分は自分らで賄うって事か。」
見ると母熊は立派な角の生えた雄鹿を仕留めて戻って来た。
そう言えば鹿は年に一度角が生え変わり、春が生え初めで秋に立派な角になるはずだ。
そうなると今の季節は秋ぐらいと言う事になる。
母熊は鹿を咥えて腰を下ろすと目の前でバリバリと食べ始めた。
それを物欲しそうに2人も見ているので焼けた肉を皿に入れて渡してやる。
「わーい、お肉なんて初めて。」
「いつもはお肉の味がするご飯だけだったもんね。」
そう言えばこの2人はいつも肉を食べさせてもらっていおらず俺でも数度しかないので当然だろう。
2人が生まれてからは両親が怠けるのも一段と酷くなっていたので、2人を育てたのは俺だと言っても過言ではない。
最初は背負って仕事をしたりしていたので大変だったけど周りの村人の協力もあって何とか耐える事が出来た。
それに大事な妹をアイツ等の許へと置いて仕事をする方が心配だったので後悔は何もしていない。
その後、話せるようになって普通に動けるようになる頃には家事を全て押し付けられ別々に働く事になってしまった。
その結果が2人の顔の傷となり周りの目もあるので目立った傷は無いけど、売られなければいずれ殺されていたかもしれない。
このタイミングで俺が来たのはある意味でベストタイミングだったのだろう。
それに今は手で食べているけど明日からは箸やナイフの使い方を教えてやらないといけない。
それ以外にも読み書きや算数も教えてやって、大きくなるまで俺が傍に居るか分からないから生活基盤も確立してやらないと落ち着いて現代に戻れない。
そして先程までとは違い笑みの絶えない食事を終えると再び2人がウトウトとし始めた。
「そろそろ寝た方が良いぞ。」
「うん・・・。」
「兄さんは・・・?」
「俺はもう少ししてから寝るよ。2人は先に寝ておきなさい。」
「「は~い。」」
そしてアケとユウは素直に頷くとテントへと入って行った。
すると中から2人の眠たそうだけど幸せそうな声が聞こえてくる。
「こんなに柔らかいの初めて。」
「気持ちいいね~。」
それきり声が止んだので眠ってしまったのだろう。
さっきも途中で起こしてしまったのでこのまま騒がなければ朝まで起きないはずだ。
そして俺は焚火に太めの薪を追加すると立ち上がって母熊に声を掛けた。
「俺の言っている事が理解できるな。」
『コク。』
「ならお前はあの2人と自分の子供を守ってろ。俺はもう1つの問題を片付けて来る。」
『・・・コク。』
「お前も子熊の仇は撃ちたいだろうが今回は状況的に諦めろ。まだお前の敵う相手じゃない。」
最近この辺を荒らしまわる獣の正体は恐らく魔物で間違いない。
さっきゼンを薪拾いに行かせたのも魔物が釣れるかと期待しての事だったけど、餌に飛び付いたのは子供を守る母熊だった。
しかし、さっきの空間の裂け目から漏れた邪神の気配のおかげで、あちらが俺の探知範囲内へと来てくれたみたいだ。
それにあちらも俺達の存在に気付いたらしく、人が歩く程の速度でゆっくりと向かって来ている。
ただ、こんな日が暮れた時間だと言うのに誰かが此方へと向かって来ているようだ。
ゼンなら気配で分かるけど逃げ出した奴が戻っては来ないだろう。
このままだとこの場所で鉢合わせになるので面倒になる前に魔物の方を始末しておきたい。
しかし2人を置いて行けないので誰かを残す必要がある。
その安全のために母熊にはここに残ってもらわなければならない。
「すぐに戻る。」
俺はそう言って森に入ると魔物の許へと向かって行った。
するとあちらの移動速度が増し始めたのでどうやらこちらの動きにも気付いたようだ。
状況からすると相手は鼻が良い獣タイプなので俺が風上に居るのだろう。
そして森が騒めき始め、地を揺るがす足音を立てながらそいつは姿を現した。
「熊タイプか。サイズは5メートル。小物だな。」
どうやら、さっきの空間の裂け目から出て来た魔物たちは別格の強さを持っていたようだ。
あちらが階層的に25階層程度の魔物だとするとコイツは10階層に届かない程度になる。
そうなるとこの時代で戦っている人間の程度が心配になって来る。
まあレベルで強くなるシステムがある訳では無いのでしょうがないと思うしかない。
ツクヨミが何のためにアケとユウに力を与えたのか知らないけど思惑が無いとは思えない。
最悪はそちらの事にも対応しないと2人が危ないだろう。
本当に俺の称号にあるラッキー男は効果を発揮しているのだろうか。
そして、ここで一つの誤算が生まれた。
さっき野営地へと近付いていた何者かが道を外れてこちらへと向かって来る。
常識で考えればそれなりに速い速度なのでもうじき到着してしまいそうだ。
そして、その予想は当たり木の間を駆け抜ける様にして俺達の前に一人の男が姿を現した。
「コイツがこの辺を騒がしていた魔物か!・・・な、こんな所になぜ子供が居る!?」
どうやらコイツの狙いは俺と同じくこの魔物みたいだ。
そうなるとこの男がこの時代の魔物ハンターである可能性が高い。
いくらこの時代の魔物が物理攻撃が通用すると言っても普通の人間が魔物に向かって行くのは自殺行為だ。
恐らくは俺の持っているエントの木刀と同じ様に腰にある刀には何らかの細工がされているだろう。
「何をしているんだ!?早く逃げなさい!」
「いや、逃げろと言っても・・・。」
「ガアーーー!」
「足が竦んで動けないのか!仕方ない、すぐに助けるから待っていなさい。」
すると男は駆け出し腰の刀を抜くと俺と魔物の間に割って入った。
どうやらこいつはこの時代で見た人間の中ではかなり真面と言うか、お人好しのようだけどこういう奴には好感が持てる。
こうして相手が巨大な魔物だと分かっていても子供を守ってくれるのだからな。
「お前は組織の人間か?」
「そうだが、もしかしてお前もか!?何処の組織の者だ。」
まさか組織が複数あるとは予想外だけど俺の知っているのは京都を本部とする一つだけだ。
もしかしてそれも複数あって例えば未来では魔物が減って縮小され合併して一つになったとか。
なんだかその可能性が一番高そうだけど、よく分からないから上手く誤魔化すことにした。
「話に聞いた事が有るだけだ。それよりもお前はこの魔物に勝てるのか?」
「こうして飛び込んでしまったが少し・・・イヤかなり厳しそうだ。これならもっとまともな武器を準備して来るんだった!」
どうやら武器にもランクがあるらしいけど、これでコイツが組織の者である事が確定した。
せっかく掴んだ重要な情報源なのでここで死なせると次に何処で新しい手掛かりに巡り合えるか分からない。
なのでここは助けておく事にして、ついでに恩も売っておく事にする
どうやら称号のラッキー男はしっかりと仕事をしてくれていたみたいなのでこれからもこういった偶然に期待しよう。
「それならお前は少し下がってろ。」
「し、しかし、この強力な魔物を子供のお前が・・・。」
『ザシュっ!』
俺は前に出ると同時に刀を抜き放ち、魔刃で延長した間合いを使い熊の魔物を真っ二つにした。
更にそこから1秒の間に10回は剣を振るい魔物の体が霞になる前にバラバラにする。
「終わったな。それじゃあ、あっちで仲間が待ってる。そこで話を聞かせてもらおう。」
「わ、分かった。」
そして俺はその日の内に新しい案内人を確保し、同時にこの時代の情報源を手に入れる事に成功した




