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127 熊と蘇生

俺達が旅に出たのは日が落ちてからだった。

あの村で俺達が泊まれる所はなく、今は碌に整備もされていない山道を歩いている。

案内役はさっき雇った男で名前をゼンと言うらしく、ここから離れた町に帰りそこで店を構えているそうだ。

そして、その町には大きな遊郭がありそこに2人を売るつもりでいたらしい。

まあ、それだけでも始末する理由には十分なんだけど、当の本人であるアケとユウが許すと言うのだから今のところは殺さずに置いてある。


ちなみに幼いアケとユウは1日の労働の疲れからか既に俺の背中で眠り、規則正しい寝息が聞こえてくる。

それが何故か俺の精神を落ち着かせ平静が保てている状態だ。

もちろん今の俺からすれば唯の他人のはずなのに不思議なものだな。

するとゼンがビクビクしながら周囲を見回し声を掛けて来た。


「それで何処まで歩くんですかい。この道は最近になって獣の被害が多くて危険なんですぜ。」


どうやらそういう理由があって震えながら周囲を気にしていたようだ。

てっきり灯りの無い夜の闇にお化けが出るんじゃないかと想像して怯えているのかと思っていた。

なら夜も遅いし、そろそろ2人を横にして寝かせるとしよう。


「それならこの辺で野営にするか。」

「話を聞いていたのか!?ここは危険な場所なんだよ!村に戻って明日の朝から出直すべきだ!」

「いいから野営の準備をするぞ。お前は薪でも拾って来い。」

「クソ!まさかこんな奴と旅をする事になるなんて思わなかったぜ!」


そう言ってゼンは渋々と言った感じで薪を拾いに森へと入って行った。

その間に俺はなるべく平らな地面にテントを取り出すと2人を中へと入れて毛布を掛けてやる。

これだけしても目を覚まさないので余程疲れているのだろう。

明日からの事も考えればこのままゆっくり寝かせてやりたい。


すると森の中からゼンの悲鳴が上がり、こちらへと藪を突き破って戻ってくる。

そして、そのまま俺の背後に隠れると飛び出して来た方向を指差した。


「で、出ました!逃げましょう!今ならそこの2人を囮にすれば逃げられます。」

「何か言ったか?」

「すみません!ごめんなさい!!冗談です!!!」


ゼンが馬鹿な事を言うので少し睨んでやるとすぐに意見を変えて地面へと頭を擦り付けた。

そして藪の方からガサガサと音が聞こえ始め、顔を向けるとそこから大きな影が姿を現した。


「なんだ。ただのクマか。」

「何を言ってるんだ!コイツがこの辺で人を襲っては食ている巨熊に決まってる!このままだと俺達はコイツの飯にされちまうぞ!」


すると熊はノシノシとゆっくりと近づき俺達の前に来ると威嚇する様に立ち上がった。


「グオアーーー!」

「ヒィーーー!こんな所に来るんじゃなかったー!」

「良いから見てろ。コイツには肉体言語の方が良さそうだ。」


そして俺は威嚇する熊に正面から近寄ると身長的に2倍の高さはある相手の顔を見上げた。

すると熊は腕を振り上げると重心を前に傾け両腕を叩きつけるように振り下ろして来る。

恐らくは俺の体をその鋭い爪で斬り裂き、押し倒すと同時に鋭い牙の並ぶ口で噛み付こうと言うのだろう。

野生の獣のクセになかなか良いコンビネーションを持っており、この体格から繰り出される威力なら普通は一溜りもない。


「『ガシ!』でも、やっぱりこの程度か。」


俺は押し倒される事なく熊の攻撃を受け止めるとその腕を握り締めた。

子供の俺の手では熊の腕をそんなに掴む事は出来ないけど、そのまま力を加えて逆に押し返してやる。

更に肉を握りつぶし、その下の骨も粉砕しておいた。


「ギャオアーー!!!」

「おい、俺に従えば生かしておいてやるぞ。」

「ゴアーーー!!」

(どうやら、まだ屈服して無いみたいだな。これはもう少し時間が掛かりそうだ。)


俺は熊から手を離すとそのまま飛び上って横腹に蹴りを入れ、傍にあった木へと熊を叩きつける。

更に間合いを詰め腹部を殴り付け、頭が下がった所で顎を殴り上げた。


「ゴッフ!」

「これでノックアウトか。意外とタフだったな。」

「ほ、本物のバケモンだ!」


しかし一応ノックアウトはしたけど服従しているかは分からない。

ここはポーションが効果を出すかを確認するために実験に使ってみることにした。

これで問題なければアケとユウの傷も治してやる事が出来るのでまさに一石二鳥だ。

そして俺がポーションを使おうとするとテントがガサガサと鳴り始め、中に寝ていた2人が起き出して来た。


「どうしたの?」

「誰かいるの?」


2人ともまだ眠いようで瞼を擦りながらテントから出て来た。

そして、そのまま俺の傍に来ると倒れている熊へとゆっくり近付いて行く。


「どうしたの?」

「怪我してるの?」


2人はそう言って熊を擦すると優しい声音で話し掛ける。

すると熊はゆっくりと目を開けて2人に視線を向け苦しそうな声を上げる。

そしてアケとユウは俺に振り向き、泣きそうな顔で見詰めてきた。


「お兄ちゃん・・・。」

「助けてあげないの。」

「大丈夫だよ。今から治してあげようと思ってたところなんだ。」


俺は熊に近寄るとポーションを取り出し、中身を熊の口へと流し込んだ。

これくらいならなら下級でもギリギリ治るだろう。

すると熊は体の痛みが消えると起き上がり、アケとユウの顔を優しく舐めた。

どうやら俺よりも先に2人に懐いてしまったようだ。

そして俺の傍に顔を寄せると服を咥えて引っ張り歩き始めるので、まるで付いて来て欲しいと言っているようだ。


「ゼン、お前はそこに居てくれ。俺はちょっと行って来る。」

「分かりやした。」

「逃げるなよ。」

「・・・はい。」


戻って来たら居なくなってるかもしれないので念のために釘を刺しておく。

最低でも町までは案内してもらわないと森の中で迷ってしまうかもしれない。

そして熊の後を追いかけようとするとアケとユウが俺の服を掴んだままこちらを見上げて来た。


「私達も行く。」

「連れて行ってください。」


俺は少し悩んだけど、ここに置いて行くのも危険なので同行させる事にする。

ただ2人は草鞋すら履いていない素足なので危険な山中を歩かせる訳にはいかない。

一応スキルで毒蛇などの危険な攻撃は俺に向けられるようにしてあるけど、毒草に鋭い枝の先端など怪我をする原因はいくらでもある。


「よし、それならこっちにおいで。」

「「うん!」」


俺はしゃがむと2人を左右の腕で1人ずつ抱き上げると熊を追って藪へと入って行った。

するとしばらく歩いた先に山の斜面を掘った様な洞窟があり、その中で小さな毛玉が2つ蹲っている。

熊はそれに近付くと鼻で触れて体を揺すり、こちらへと顔を向けて来る。

どうやら、この熊は母熊でこの2つの毛玉は子熊のようだけど触れても反応を見せず動く様子もない。

そして近くで見るとその理由はすぐに分かり、子熊は息をしていないのが見て取れる。

しかもその体には大きな傷があるので何者かに殺されてしまったようだ。

そうなるとこの周辺にはそれを行った何かが潜んでいるという事だろう。


そして考え事をしているといつの間にか3つの視線が俺に向けられている事に気が付いた。

恐らくはこの状況を俺にどうにかしてもらいたいという事だろう。

まあ、蘇生させるのに口の軽い人間で試すよりかは良いかもしれない。

アケとユウはまだ幼いので生死の判断は出来ないだろうし上手く言って誤魔化しておけば情報が漏れる事もなさそうだ。

俺は傷の状態を確認し、その状態から死んでそんなに時間が経過していない事を確認する。

恐らく、この気温なら季節は春か秋なので何日も経過していれば腐り始めているか虫が湧いているはずだ。

蘇生薬が普通に動物へ効果があるのは初期の頃にペットである犬達で確認が済んでいる。

後は無事に蘇生するかどうかだけど、そうすることで事で何が起きるかが問題だ。


「悪いけど2人は親熊と一緒に離れていてくれ。」

「うん。」

「分かりました。」


俺は親熊の背に2人を乗せると少し離れた所へと下がらせる。

そして蘇生薬の瓶を開けると同時に2匹の子熊へと振り掛けると、その体にあった傷は綺麗に消え去り呼吸が再開される。

これで、この時代でも蘇生は可能である事が実証されたけど、やっぱりと言うか問題があったみたいだ。


「何者ですか!世界の理を乱した者は!?」

「やっぱり来たか。」


俺達の時代ではユカリが理を歪め、それが世界中でも連鎖的に起きた事で蘇生という行為が済し崩し的に認められる事になった。

しかし、ここが何年前の世界かは分からないけど明らかに俺の居た時代からかけ離れている。

そのため死者を蘇らせる蘇生は明らかなルール違反だ。

そうなれば蘇生という現象を引き起こした俺の許へは確実に神が現れる事になる。

下手をすれば厳しい罰が下されるかもしれない。


「どうやらアナタは普通の人間ではないようですね。」

「分かるならこちらとしても助かるな。さて、どうやって説明するか。」


現れたのは煌びやかで豪華な巫女服を着た黒い長髪の女性だ。

綺麗な顔をしているけど表情は無く瞳は星空の様に光の粒が瞬いているように見える。


「どうやら訳有の様ですね。少し失礼しますよ。」


そう言って女性は無造作に俺へと近寄ると右手を頭に乗せた。

すると痛みは無いけど頭の中に手を突っ込んで弄られているような感覚がする。


「こうしないと記憶が読めないのか?」

「ええ、それよりも驚きですね。記憶もそうですがこの状態で意識を保ち、会話までできるとは。あなたがここに送られて来た理由も理解できます。」

「それで、そろそろ分かったか?」

「はい。アナタの頭の中にはこういう時の為に我々に当てた手紙が保存されていました。未来の神々は余程アナタに期待しているようですね。・・・しかし、これは・・・。」


恐らくは俺の脳内に保存されていたという手紙に目を通しているのだろう。

俺には何が書いてあるのかは分からないけど、あの老神が準備が必要と言っていたのでその一つなのは想像できる。

しかし、いったい何が書いてあると言うのだろうか。


「この案件については持ち帰りって検討する必要がありそうですね。」

「それで今回の件はどうなるんだ?」

「そうですね・・・。今の時点では蘇生薬については保留とします。それとそこの5つの魂に関しては丁度良いので実験台になってもらいましょう。」


そう言って女性は手を打つとアケとユウだけでなく熊の親子にも力が注ぎ込まれた。

しかし、何かする前に一言でも良いから言ってもらいたい。

警戒して刀で首を飛ばす所だったぞ。

それも止められなければ現実になっていただろう。


「いきなり斬り掛かるたあ威勢のいいガキだな。しかも見た目以上にスゲー太刀筋だ。俺じゃなかったら簡単には止められなかったぞ。」


俺の攻撃は女性の首を飛ばす直前で何も無い空間から突き出された剣によって止められている。

そして声が聞こえたかと思うと剣の周りの空間が広がり、俺の前に一人の男が現れた。

男は俺を片手で弾き飛ばすと女性へと笑いながら声を掛ける。


月読ツクヨミ。テメーは戦闘向きじゃねーんだから気を付けやがれ。俺が止めねーと確実に死んでたぞ。」

素戔嗚スサノオですか。あなたは邪神との戦闘で前線に居たはず。抜けて来ても問題ないのですか?」

「ああ、すぐに戻るから大丈夫だ。それについでと言っちゃなんだが、そのガキにも責任を取ってもらうさ。」

「仕方ありませんね。それではやる事も終わりましたので急いで帰りましょう。それとハルヤ。そこの者達にアナタの記憶にあるステータスと言うのを試験的に植え付けました。すぐにパーティを組む事をお勧めしますよ。それでは頑張りなさい。」


そう言って2人は消えて行くけどツクヨミはともかく、スサノオが消えて行った空間の穴は塞がっていない。

俺はそれに危機感知が警鐘を鳴らし即座に2人の許へと下がった。


「2人ともステータスって言ってみろ!」

「う、うんステ~タス。」

「ステータス?」


発音は怪しかったけど本当にステータスが現れた。

実験的と言っていたので何処まで俺のと一緒か分からないけど見た目に違いはない。

どうやら俺の脳内の手紙にはこれらの情報も含まれていたみたいだ。


「よし、それなら2人ともすぐにここに触れてくれ。」

「うん!」

「えい!」


パーティの申請はこちらから素早く出しておいたのですぐに表示が出た。

2人にはそれを選んでもらい無事にパーティの結成が完了したので後は魔物を倒して経験値が入るかが問題となる。

どうせアイツ等の事だから俺達の目を通して様子を見ているに違いない。

俺達に伝えて立ち去ったという事はこれからの事を検証に役立てるのだろう。


「2人は熊と一緒に居てくれ。出来ればあの熊の親子にも同じ事をさせてくれると助かる。」

「うん。頑張ってみる。」

「任せてハル兄さん!」


なんだか力を得たからか元気が出て来たみたいだ。

返事もハキハキして来たのでなんだかマキちゃんを思い出してしまう。

これから2人には出来るだけ子供らしい生活が送れるように心がけよう。


そして2人は子熊を抱き上げると母熊の背中に乗って頑張ってステータスを表示させようと奮闘し始めた。

恐らくは力を得たなら知能が高まるので2人の言っている事が理解できるはずだ。

もし無理だとしてもツクヨミがこの光景を見て勝手に修正を加えるだろう。

俺はそれを確認してから次第に大きくなる気配に武器を構えて戦闘態勢へと移った。

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