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126 過去へ

家に入って話を聞くと、どうやら俺がこの家から出発した夜。

すなわち自分の過去を知った夜からユカリの様子がおかしかったらしい。


「ユカリちゃん、プリン残ってるわよ。」

「・・・今日は食欲が無いのじゃ。」


そう言って、毎日楽しみにしていた食後のデザートも残して会話も少なく自分の社に戻ったそうだ。

ハッキリ言ってそれだけでも異常事態だというのに今日になっても姿を見せず、夕方になって一緒に住まう神が飛び出していたらしい。


「大変だ!ユカリが消えた。」

「消えたとはどういう事ですか?」

「そのままの意味だ。存在ごと消えてしまったのだ!」


その時に出て来たのはオメガを守護獣にした老いた神で今では少し力を取り戻したらしく傷も癒えかけている。

そして対応した父さんは非常事態だと考えて皆を招集したという訳だ。

なのでここには皆が揃ってテーブルを囲んでいる。


「それで、どうしてユカリが消えたのかは分かったの?」

「それについてアンドウさんが調査したところ問題点が2つ見つかった。現在も調査中だがまずユカリが最初から住んでいた社が消えているそうだ。」

「それは何かの手違いで完全に撤去されたとか?」


今はこの家の神棚に家族と同じ様に暮らしているけど、もしもの時の避難所などを確保するために綺麗に作り変えている最中だったはずだ。

しかし道の脇にある小さな社だったので業者が作業内容を間違えたのかもしれない。


「それが違うそうだ。ユカリがここに来る原因となった放火だけでなく、そこに社があったと言う事実そのものが消えてしまっているそうだ。」

「それは確かに一大事だね。それが一つ目だとするともう1つあるんだよね。」

「その通りだ。資料に無く記録に無いという事は人々の記憶にもその存在が残っていないということになる。だから現在ユカリの事を覚えているのは俺達覚醒者と神様方だけだ。」

「それについては私から説明しよう。」


そう言って声を掛けて来たのはユカリが消えた事を教えてくれた老神で今は新しい足も生えて歩くのも楽になっている。

そして神の事情は俺達には分からないんでここはお任せするしか手は無いだろう。


「我ら神は時の影響を受けにくい性質がある。なので今も記憶を保持していると言う事だ。当然、神の力を取り込んで自身の力としている覚醒者も同じと言えるな。」

「なら、俺達の記憶もいつかは消えると言う事か。」


老神は俺の言葉に肯定を示すように大きく一度頷いた。


「その通りだな。儂らも時の流れには逆らえん。そして、本題だが恐らくユカリが消えたのは過去に問題があると思っとる。」

「もしかして邪神の影響が過去にも及んでるって事か?」

「いや、恐らく邪神の影響ではなかろう。ユカリ自身が過去に行き、そこで何かをしてしまったのだ。アイツは生贄としてこの地に祀られる事で神になったとアマテラス様から聞いとる。だからそれまでに本人が別の理由で死んでしまったのかもしれん。」

「ちょっと待てってくれ。その説明だと神は過去に行けるのか!?」

「正確には過去に行くための道を知っておるだけじゃ。ただ知らん者もおるのだが何の準備もせずにその者が生まれた時代よりも前に行くと消滅するかその時代の自分と融合してしまうのだ。」

「それで、ユカリはそのどちらかという事か。」

「恐らくはユカリは自分の起源を知りたくて過去に行ったとするなら融合しておる方じゃろう。そのせいで時代の流れが狂い何かが起きたに違いない。」


確かアマテラスはユカリも邪神との戦いに参加して重症を負い、それで記憶を失ったと言っていた。

行ったとすればそれよりも前の時代だと思うけど、そうなると現代の俺達に出来る事は無さそうだ。

手の届く所にいる敵ならともかく、人間にとっては1秒過去の事だろうとこの宇宙の何処よりも遠い場所となる。

「諦めろ」と言われて「はい、そうですね」とは答えたくは無いけど、ここは苦渋の決断をするべきかもしれない。

しかし、老神の話はここで別の方向へと進み始めた。


「それでだ。このままでは下手をするとお前達にも大きな影響が出かねない。下手をするとこの国が亡びる危険性もある。」


そう言えばあの夜に日本で最後に残った覚醒者は俺だけだ。

それだけでなくユカリのあの時の行動が繋ぎ止めてくれたから俺はここまでやる事が出来た。

下手をすれば逆恨みだと分かっていても神を呪い、邪神サイドに取り込まれていたかもしれない。

そうなれば俺は嬉々としてこの国の人間を邪神に捧げていただろうから、その辺を危惧しているものと考えられる。


「その為にお前らの中から1人だけ過去に送りユカリの救出をしてもらいたい。」

「そこで何で1人なんだ?皆で言った方が確実だろ。」

「準備をする時間が無い。それにそれ以外の覚醒者はそこの社に入り少しでも影響が広がらない為の楔となってもらう。なに、中で少しの間だけ普通に生活してもらうだけじゃから心配ない。」


すると皆の視線が迷わず俺へと向けられた。

きっとお前が行けと言う事なんだろう。


「全会一致でハルヤが行くようじゃな。皆を社に入れたらすぐに向かうぞ。細かい注意点は移動しながら話してやる。」

「分かった。戻って来てすぐに何だけど行って来るよ。」

「行ってらっしゃいお兄ちゃん。ユカリをお願いね。」

「ユカリちゃんを絶対に連れ戻してください。」


アケミとユウナはそう言って俺に抱き着くと頭を擦り付けて来る。

ただ、ニオイを嗅ぐのは恥ずかしいので止めてもらいたい。

さっきまで戦闘をしていたし風呂にも入ってないのでいくら俺でも気になってしまう。

だからと言って数日ぶりに再会した2人を振り解く気が全く起きないので好きな様にさせてやるんだけど。


「そろそろお前達も社に入るのだ。時は一刻を争うぞ。」

「だってさ。それじゃあ行って来るからな。」

「うん。それとこれ御守りだから持って行って。」

「私のも持って行ってください。」

「ありがとう。大事に持っておくよ。」


すると2人はなんだか古い御守りを取り出して俺に渡して来た。

巾着型で手作りみたいだけど何時から使っているのだろうか。

中には丸い何かが入っているのでこれは壊さない様にアイテムボックスに入れてしっかり保管しておこう。


俺はアケミとユウナが社に入るのを確認すると家から出て老神と共に空へと向かった。


「別れは済んだ様だな。しばらく会えないかもしれんが時間が無いのも事実だから許せ。」

「どういう事だ?」

「お前は今から過去に行き、お前の前世の体に入ってもらう。しかし、それがユカリの傍とは限らん。ユカリを探して過去の世界で生き抜かなければならんのだ。」

「もし、見つけられなかったらどうなる。」

「チャンスは一度だけだ。お前はそのまま一生を終えてこちらに帰って来る事になる。その時には歴史は完全に修正が不可能になる。言っておくが、お前を過去に送る事でも歴史が変わる。ただ、歴史にはそれを正そうとする修正力がある。今回の様に大きく変わる事は滅多にないが気を付けろ。」


気を付けろと言われても俺の歴史の成績は毎回赤点だ。

送られた先の時代背景も歴史も覚えているはずがない。

まあ、歴史の修正力と言う奴に期待するしかないだろう。


その後、俺達は移動を続け周囲に山と森しかない場所へと到着した。

そして老神が高度を落とし始めたので付いて行くと森の一角に石が積まれ、その下には洞窟が続いている。

しかし、その先は俺でも見通す事が出来ず、まるでダンジョンの入り口みたいだ。


「ここがユカリが使用した時空の裂け目だ。ただ不安定でいつ消えるか分からん。急いで飛び込め。」

「ここを通ればしばらく戻って来れないんだな。」

「怖くなったか?」

「いや、皆が危険だと聞いて俺に躊躇する理由はない。お前も皆の事を頼んだからな。」

「任せておけ。」


そして俺は闇へと飛び込むとまるで無重力の様な空間に出た。

周囲は極彩色に包まれ、次第に自分という存在が希薄になって行くみたいだ。

しかし、こんな状態がいったい何時まで続くのかと思っていると周囲が白い光に包まれ気が付けばそこは何処かの家の前だった。

そして目の前には見覚えのない男が立ち、何やら大声で喚き散らしている。


「ここは何処だ?」

「何を呆けた事を言ってやがるんだハル。お前は早く畑に言って働きやがれ!」


そういって目の前の男は俺の腹に蹴りを入れて突き飛ばして来る。


(そうだ、俺はハル。今年で10歳くらいになるこの村の人間だ。)


コイツは俺の父親で日頃から仕事もせず、こちらにばかり重労働を押し付けてる奴だ。

そのくせこちらには碌な飯も与えず、体は痩せているを通り越してゴブリンの様にガリガリになっている。

ん?ゴブリンってなんだ。


俺はふと頭に浮かんだ言葉に首を傾げながら言われた通り畑へと向かって行く。

そして今日も日が落ちる前まで仕事を行い、家へと帰って来た。

するとそこでは俺の母と呼べる奴が美味そうに飯を食っている。

その横ではさっき俺を蹴飛ばした父親が同じよう飯を食い、部屋の端では妹である2人が腹を抑えて座り込んでいた。

その顔には昨日までなかった痣があり、恐らくは今日も暴力を振るわれたのだろう。

この家では日常茶飯事で、あちらは恐らくは母親からだと予想される。

しかし、何だろうかこの気持ちは・・・。

いつもの事なのに俺の中で何かが沸き上がってくる。


「帰ったよ。」

「「・・・。」」


頑張って仕事をして帰って来た息子に対しても言葉はない。

それに鍋に残っている飯も殆どなくなっていて3人前には遠く及ばないだろう。

俺は椀を手にすると鍋の残りを入れて妹の許へと向かっていく。


「今日はアケとユウが食べると良い。」

「でもお兄ちゃんは仕事大変でしょ。」

「私達そんなに仕事してないからハル兄さんが食べてください。」


そう言って2人は椀を俺に押し返して来るけど、こちらは両親と違って他者への思いやりを持って育ってくれているみたいだ。

コイツ等が居るから俺は今の生活にも耐えられていると言っても間違いではない。

もう少し俺が大きくなったら絶対にここから連れ出してやるからな。

するとその直後に俺の襟が強く引かれ後ろへと放り投げられた。


「コイツ等に飯を食わす必要はねえ。どうせもうじき居なくなるんだからな!」


俺は壁に叩き付けられ、頭を打ったのか目の前が赤く染まっていく。

受けた痛みで体が上手く動かず、何とか顔を拭きながら声を荒げた。


「それはどう言う事だ!?」


すると母親の方が笑みで口元を歪め俺に視線を向けて答えてくれる。

こういう時のコイツは何時も俺に苦しい現実を押し付けてくるので注意が必要だ。


「コイツ等が居ると生活が苦しいから売る事にしたのさ。さっき、仲介人が村に到着したみたいでね。もうじきこの家に来るそうだよ。」

「そんな事は聞いてないぞ!」


そんな事は初耳だ。

それに生活が苦しいのはお前らが毎日働きもせずに好きに腹を満たしているからだろう。

少しでも頭を使い畑を耕して広げればこんな苦しい生活を送る必要はないはずだ。


「黙りやがれ!テメーがもうじきコイツ等を連れて逃げる算段をしてるのはバレてるんだよ!でも、そんな事させる筈ねえだろ!お前は一生ここで俺達の為に働くんだよ!」


それで妹を他人に売るっていうのか!

この時代の人買いがどんな奴か知らないけど売られた人間がどんな扱いを受けるかは想像しやすい。


(・・・なんだこの時代って。やっぱり朝から何かおかしい。)

『トントン。』

「こんばんわ。受け取りに来やした。」

「待ってたぜ。」


しかし俺が混乱していると来客があり、父親が妹たちの手を掴み無理やりに外へと連れて行った。

そして家の外に来た男へと突き飛ばし、代わりに小さな袋を受け取って笑みを浮かべている。

それを見た途端に理解が追いつき俺の中で何かが崩れるとマグマの様な怒りが湧いくる。

しかし10歳程度の俺に何が出来るんだ。

力も無い、金も無い俺にこの状況を覆す事が出来る筈がない。

そして最後にアケとユウは俺に顔を向けると泣きながら苦笑いを浮かべて手を振った。

その瞬間に俺の中で全ての思いと記憶が噴き出して歯車が噛み合うと体は自然と動き出していた。


「お前らの血は何色だーーー!」


俺は立ち上がると拳を握って怒りの表情で奴らを睨みつけた。

すると外の男は後ろへと後退りながら父親に声を掛ける


「な、何だこのガキは!?」

「すまねえ。すぐに黙らせる。」


そう言って父親が俺に向かい拳を握ると躊躇なく振り下ろして来た。

しかし、それはとても遅く、これでは高校の時にやり合った奴らの方がずっとマシだ。


「お前はそれでも人の親か!恥を知れ!!」

「受け止めやがっただと!」


別にコイツがクズでもなんでも構う必要はない。

しかし家族を、妹を売り払おうとしたことだけは許す事は出来ない。


「予定変更だ。ユカリの事も気になるけど、コイツ等は俺が面倒を見る。お前らとはここで縁切りだ!」


俺は掴んだ腕を振り払うと顔面に1撃を入れて男を昏倒させた。

コイツの事はこの時点で親でも何でもない。


「さあ、お前も2人を離せ。それともコイツと同じ末路を辿りたいか?」

「ケッ!ガキが素人を倒したからって粋がってんじゃねえ。こちらからすりゃあこういうトラブルは日常茶飯事なんだよ。護衛も付けずに来るはずねえだろう。」


すると少し離れた藪の中から3人の男が姿を現し、その腰にある刀を引き抜いた。

どうやらここは武器の所持が平然と認められている時代のようだ


「丸腰で勝てると思うなよ!死にたくないなら素直に諦めな!」

「そうか。なら残念だけど実験台になってもらおうか。」

「何言ってやがる!テメー等やっちまいな!」

「おう、任せろや。」


すると1人の男が俺に向かい間合いを詰めると首筋に向かって刀を振り下ろして来る。

俺はそれをギリギリで躱すと刀の側面に拳を叩きつけた。


『キンッ!』

「馬鹿な!こんなガキが素手で得物を折りやがっただと!」

「ご苦労さん。お前は十分に実験に貢献してくれた。」


俺は足を払って男の体を宙に浮かせると、顔面を殴打して意識を奪った。


「次はどいつだ。」

「舐めやがって!」


すると次は残った2人が同時に襲い掛かって来る。

しかし俺は手を出さずに今度はその攻撃を生身で受け止めた。


「この時代の奴らは躊躇が無くて良いな。実験が捗って助かるよ。」


今度は体の防御について確認したけど、さっき刀を折った時の感触から以前と同様に通常の物理攻撃が通用しない事は分かっていた。

それがどの程度かの試験だったけどこれなら問題はなさそうだ。

しかし俺に攻撃を加えた男達はまるで化物を見るような目を向けて来る。


「お、鬼だ!」

「妖の類か!」


失礼な事を言う奴らだな。

こう見えても俺は生身の人間だ。


「お前らも十分に貢献してくれた。死にたくないなら今すぐに逃げろ。そうすれば命は助けてやる。」

「ヒ、ヒィーーー!」

「助けてくれーーー!」


これで残りは人買いの男だけだ。

俺は刀を取り出すと鞘から引き抜いて男へと迫って行く。

どうやらアイテムボックスの中身も問題ないみたいなので、これなら色々と楽が出来そうだ。


「お、お前は何者だ!」

「お前に答える必要はない。それで、お前は何の実験に使おうか・・・そうだ。俺が人を殺しても心が動かないか試してみるか。」


すると男は顔に大量の汗を張り付けるとその場で両手を地面に着いた。

そして、そのまま頭を下げて命乞いをしてくる。


「た、頼む。何でもするから助けてくれ!」

「人を殺そうとしておいてそんな都合の良い事が通用すると思ってるのか?」


すると俺の許に解放されたアケとユウがやって来て服を掴んでくる。

どうやらこいつは優しい2人によって命拾いしたみたいだ。

しかし、そんな事は理解していないのか後ろの家から元母親が声を上げた。


「お前にそんな勝手が許されると思ってるのかい!」


するとアケとユウは俺の服を強く握り顔が見えない様に隠れてしまった。

そう言えばこの2人を殴った礼をまだ返してなかったな。


「お前・・・いっぺん死んでみるか?」

「ヒィイイーーー・・・。」


すると元母親はその場で意識を失い泡を吐きながら白目を剥いた。

もしかするとちょっと強めに威圧しすぎたかもしれないけど、息はしている様なので放置しておく。

これで少しは心を入れ替えて真面目に働くようになれば良いけどな。

まあ、数年前までは真面目だっただろうし、これからは自分達で働かないと生きて行けない。

それに村の人達は今のあの2人の状況は良く思っていない様なので、これで治らなければ何らかの制裁が加えられるだろう。


「さて、静かになったところでお前をこれからどうするか決めるか。・・・そうだな。お前には俺達の為にしばらく働いてもらうか。」


俺はここが何処かも知らないし地理にも詳しくない。

それに妹の年齢はアケが7歳でユウが6歳だ。

俺はともかく、この2人が無事に旅を続けるには案内人が不可欠だろう。


「それが嫌ならここでお前にだけは死んでもらう。」

「わ、分かった!何でもするから命だけは助けてくれ!」


これで、ここでの案内役も確保できた。

それに裏切ればコイツなら殺しても気にならないだろうからいざとなれば処分し易い。

そして俺達は碌な思い出の無い家に背を向けると振り返る事なく旅へと出発した。

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