123 フルメルト国ダンジョン ④
「おかえりなさい。」
「ただいま。」
俺がアズサの傍に下りると先程と変わらない笑顔で出迎えてくれるので、やっぱり俺が負けるとは考えていなかったみたいだ。
それに最初は強大な敵に不安と心配でいっぱいだったけど、今はこの笑顔が何よりも愛おしく感じる。
そして戦闘が終了すると同時に勇者の効果が消えて能力が低下するのを感じる。
しかし、この称号がアズサに負担を掛ける可能性を考慮して、まずは体調の確認から始める事にした。
それで大丈夫なようなら次はダンジョンの制圧に入る。
「疲れてないか?」
「大丈夫だよ。でもそろそろお腹は空いてきたかも。」
するといつもと変わらないアズサが腹具合を教えてくれるけど、この状態でお腹が空くとはさすがだなと思ってしまう。
「それなら今からダンジョンに入って間引きと救出を行おうと思う。悪いけど適当に摘まみながら付き合ってくれないか。」
「うん、大丈夫だよ。早く助け出してあげないとね。」
アズサも一度はダンジョンに囚われた事があるので思う所があるのだろう。
笑顔を消して真剣な表情を浮かべるとダンジョンへと歩き始める。
「オメガも付いて来てくれ。ドロップ品の回収は後から手伝えば良いから。まずはダンジョン内の覚醒者を回収しに向かうぞ。」
「ワン!」
そして俺達は揃ってダンジョンへの入口へと向かい突入して行った。
もちろん魔物は多いだろうけど地上での様子から俺達の敵に成り得る魔物は居ないと予想している。
それでも1階層ずつを確実に攻略し魔物を狩り尽くして進む事にした。
それにオメガが居れば時間を掛けずにこの中の何処かに居る覚醒者を見つけ出すことが出来る。
「まずは各階層の魔物を殲滅するぞ。俺達は近場を片付けるからオメガは残ってる奴らを見つけて始末してくれ。俺達は階段を発見できたら先に進むから終わりしだい後から追いかけて来い。」
「ワン!」
「終わったらご褒美をあげるからね。」
「ワン!ワン!ワン!」
するとアズサのご褒美が効いたのかオメガはダンジョン内を凄い勢いで走り出した。
アイツもそれなりにレベルが高いので遅れは取らないだろう。
そして俺とアズサは2人並んで階段を探しながら進み、魔物を見つけては始末して行った。
「さすがにこの辺は敵にならないな。」
「そうだね。それにダンジョン内だと魔法が当てやすくて楽かな。広いって言っても回避できる場所が限られてるし。」
とは言ってもアズサの魔法はかなり命中率が高い。
恐らくは30階層付近までは敵なしだろう。
それに今回の戦闘で俺のレベルは一気に10も上がった。
しかも職業による強化によって力が4、防御が4上がる様になっている。
魔力に関しては未だに1なので諦めるとして今回のレベルアップはかなりの強化になった。
強さから考えると少ない気もするけど、おそらくはその殆どの力が蘇生薬へと還元されてしまったのだろう。
それと今回の巨大な魔石は既に誰が使うかは決めている。
やはりレベルは高くても魔石を殆ど吸収していないアズサが使うべきだろう。
「アズサ、これを吸収しておいてくれ。」
「大きな魔石だね。でも良いの?」
「お前が一番魔石による強化は少ないからな。」
「ありがとう。それじゃあ、お願いします。」
そう言ってアズサはステータスを開き俺に向けて来る。
今回の魔石は俺と同じくらい大きいのでアズサには少し重たいだろう。
その為、俺が持ち上げてアズサのステータスに触れさせるとまるでスポンジが水を吸い取る様に消えて行った。
「どれくらい溜まったんだ?」
「う~んと、200くらいかな。」
「やっぱり大きいだけあって凄いポイントが溜まったな。」
「そうだね。これだけあったらかなり強化が出来そうだよ。」
そして、これで更に一つ分かった事がある。
魔石を吸収していくだけでも次第にポイントが得られなくなるのは分かっていたけど、どうやらレベルが上がっても得難くなっていくみたいだ。
そうでなければ殆ど魔石を吸収ししていないアズサならもっとポイントが溜まっていてもおかしくない。
今まで魔石は手に入れたらなるべく早く吸収してポイントにしてたけど、これからもやり方を変える必要は無さそうだ。
もし今回の吸収で条件が吸収した回数とかなら生徒たちの魔石吸収はしばらく控えなければならなくなる所だったけど、これについてはアズサのおかげ方法は固まったと言える。
そして5階層に到着した所で森のあるフィールドへと到着した。
そこは緑が溢れており、もしかするとこの国も昔はこんな感じだったのかもしれない。
しかし、ただ1つ問題を上げるとすれば、立ち並ぶ杉のような木の頂上がまるで杭の様に尖り、そこに人の死体が突き刺さっている事だろうか。
まるでモズの早贄を連想させるような光景で、どの死体も背中から貫かれる形で天井を見上げている。
ただ、このダンジョンに入ってからは人型の魔物を見ていないのであのようにするしかなかったのかもしれない。
見る限りボロボロではあるけど焼かれていたり腐っている訳ではなさそうなので下ろすのは簡単だろう。
「素早く回収して次に行くか。」
「何階層までやっておくつもりなの?」
「そうだな。10階層くらいかな。そうすれば5日は入らなくても問題ないだろう。いざとなればハバルとラウドもいるからしばらく任せても問題ないしな。」
すると後ろからオメガの声が聞こえて来たのでダンジョンを駆け回り魔物を倒し切って追いついて来たみたいだ。
それにアイツに関しては道に迷うという心配が無いので当然だろう。
「お帰りオメガ。」
「ワン!ハッハッハッハ!」
するとオメガはその場でお座りをするとアズサを見上げて目を輝かせた。
どうやら頑張ったご褒美を催促しているらしい。
「少し早いけど良いかな。オメガも頑張ったもんね。」
「ワン!」
アズサは笑みを浮かべるとオメガは嬉しそうにその場でグルグルと周り始める。
それにアズサは本当にオメガに甘く、自分がそうだからか良くオヤツを与えている所を見掛ける。
だから時々、食べ過ぎと運動不足でボールに頭と足が生えている様なチワワを見るけど今まで太らなかったのが不思議なくらいだ。
そしてアズサは取り出した肉を魔法の火で軽く炙り始め、オメガは口から涎を垂らしながらその光景を見上げている。
しかし残念な事にこの階層は魔物の殲滅が終わっていないため周りから匂いに引かれて敵が集まり始めた。
どうやらこの階層の敵は見た目は普通の狼のようでアズサを狙って忍び寄っているのだろうけどオメガには別の目的に見えた様だ。
「ウウウウ・・・ゴアーーーー!!!」
するとオメガは今まで聞いた事のない怒りに満ちた声を上げ、歯を剥き出しにして毛を逆立てながら体を巨大化させた。
どうやら魔物は肉を奪いに来た敵だと認識されたようでアズサを護るのではなく、食べ物を守るために能力を発揮したようだ。
しかし突然の事で周囲は驚き一色になって動きを止めているけどペットは飼い主に似るというのは本当の事らしい。
そして立ち並ぶ木々すらものともしない力と速度で魔物たちを数秒で蹂躙すると再びアズサの許へと戻って来た。
しかし巨大化してもチワワである事に変わりはなく、絵面からするとかなりシュールな光景に見えるのは間違いないだろう。
そしてアズサはその姿を見て首を傾げると手元にある肉へと視線を向けた。
すると、どういう思考が働いたのか肉はアズサの口の中へと消え去ってしまい哀れにも永遠に届かない所へと行ってしまう。。
「・・・。」
さすがにこれではオメガも言葉が出ないだろう。
既に先程まで流していた涎はピタリと止まり、口を開けたまま固まっている。
しかし、そんな姿を見てアズサは微笑みを返すだけだ。
「ワ、ワン・・・。」
人の言葉にすれば「ど、どうして・・・。」と言った感じだろうか。
一瞬前まで振られていた尻尾は完全に垂れ下がり耳さえも萎れてしまっているので、その姿を見ているとなんだか哀れに思えてきてしまう。
しかし、さすがの仕打ちに俺が声を掛けようとすると、その前にアズサは次の行動へと移った。
「あのお肉じゃ小さいよね。」
「ワン?」
そして出て来たのは事前に渡しておいた霜降りがふんだんに入った肉塊だ。
かなりの高級肉だけどさっきの肉はこれを切った時の切れ端に過ぎない。
するとオメガは再びバケツをひっくり返したような涎を流すと尻尾が暴風を生み出した。
「コラ、大人しくしないと私が食べちゃうよ。」
「ウ~ワン!」
するとオメガは暴れる尻尾を小刻みに降るに留め、体を伏せると大人しく待ての体勢に変わる。
そして、それを見てアズサは腰のナイフに肉をそのまま突き刺すと再び魔法で炙り始めた。
まさに武器と魔法の無駄使いがここに極まっている光景だ。
しかし、それでも今のオメガだと一口にもならないだろう。
そのためオメガは自身のサイズを密かに小さくして存分に食べられるサイズへと変わっていく。
「あれ、少し小さくなってない?」
『フルフルフル!』
そしてオメガはアズサの指摘に首を横に振り、焼けて油の滴る肉塊を見事にゲットして見せた。
すると、とても美味しそうに嚙り付くと狂喜乱舞して食べ始めた。
ちなみに俺はその間に木の上の死体の回収を続けているところだ。
見える範囲で10人くらいは居るのでゆっくり回収していれば食べ終わるだろう。
ただし生き返らせるのは後にして、回収と間引きを優先させる。
そして俺がアズサの元へ戻ると口元を油でキラキラさせたオメガとそれを抱きかかえたアズサが待っていた。
「お前、何処にあれだけの肉が入ったんだ?」
「ワウ?」
食べたのはオメガよりも大きな肉なのに普通サイズに戻ってもお腹は膨らんでいないようだ。
そこまで飼い主に似たのかもしれないけど守護獣となった時点で普通の犬という生物の枠からは外れているだろうからツッコミは入れない事にする。
アズサも既に人の枠を超えて四次元胃袋を持っているので大した問題ではないだろう。
「それよりもこの階層に残った魔物と回収者はいないか?」
「ワウ。『コクリ』」
どうやらこれでここの階層は終わりみたいだ。
それなら下の階層へと移動して10階層まで殲滅してしまおう。
「俺達は10階層まで下りるから見つけたら回収は任せたからな。」
「ワン!」
そして抱きかかえられていたオメガは地面へと飛び降りると、そのまま階段があるであろう方向へと駆け出して行った。
俺達はその後を追って進み階段を発見すると下へと降りて魔物を積極的に探しながら進んで行く。
それに恐らくはダンジョンが1つならそれほど多くの覚醒者は居ないだろう。
人数までは知らないけど居たとしても10人くらいだろうから、そちらはオメガが回収してくれるので任せれば良いだろう。
俺達は10階層まで進みそこに居るボス的な魔物を葬ってから転移陣を使って地上へと帰還した。
するとそこでは多くの人達が瓦礫をどける作業をしていた
どうやら地下に避難していた人が地上へと出て来たようで、思っていたよりも生き残りが居たようだ。
ただ、この国の家は木造もあれば土を塗り固めたよな家もある。
主に町の中心に行くほど木造が多く離れて行くほど土壁の家が多いので昔は木材が豊富で主に木造の家が多かったのだろう。
そして瓦礫の撤去を終えて平地となっている所には多くの遺体が並べられ、その横にはそれに涙を流す人も要るけど誰も蘇生薬を使おうとはしない。
きっと誰も知らないか、日頃は全てを国王が独占しているので使う事が出来ないのだろう。
すると人々の間を歩きエリスがその場へと現れた。
服装は既に着替えているようでシャツとズボンに革ジャンを着用している。
どうやら俺達がダンジョンには行っている間に丘から町へと到着しここまで歩いて来たようだ。
そしてエリスは泣いている人々の間を通り中央付近まで移動すると手にある蘇生薬を躊躇なく使用した。
それによって目の前で横たわる遺体の傷が消え去り、まるで何も無かったかのような姿へと変わっていく。
そして呼吸も再開されると、それを見た人々がその場で息を呑んだ。
するとエリスは周りに聞こえる様に声を張り上げて人々へと指示を飛ばした。
「皆さん、瓦礫の下から発見した人は埋葬せずにここに連れてきて下さい。ただし、子供やその両親など一部を優先します。既に齢を経て寿命が短い方は蘇生させない場合もありますので理解してください。」
「さあ急げ。時と薬は有限だぞ。」
「それと怪我をしている者はここに集まれ。治療も受け付けている。」
「子供はこちらに集まってください。あなた方には別の作業があります。」
そして3つのグループに分かれると町の人々は動き始めた。
体は疲れているだろうにそれを感じさせない程の奮闘ぶりなので、ここは彼らに任せれば問題はなさそうだ。
それにしっかりと事前に注意事項も口にしているし、今なら余程の事が起きても対処は容易い。
俺はエリスの許に行くと足元へと追加で覚醒者の遺体を10人取り出しておいた。
「これで、仕事の半分は終了かな。」
「ありがとうございます。その方々がこの国の覚醒者のなのですか?」
「さっきダンジョンで回収して来た奴らだ。残りはオメガが回収してくるだろうから出て来たら受け取ってくれ。」
「分かりました。今日は色々大変でしたので良ければお休みください。こちらは私達でどうにかしておきます。」
「それなら任せるよ。」
俺はそれだけ言ってアズサの元へと戻ると一緒にその場を離れて行った。
これで北の問題とダンジョンは片付いたので後は王都と西の海が残っている。
すると、俺の考えを見透かしたかのようにアズサが小声で問いかけて来た。
「本当にこのまま休んじゃうの?」
「そんな訳ないだろ。これから西に行って海を確認してくる。悪いけどアズサも同行してくれ。」
こんなダンジョンの近くにアズサを残して行けるほど俺は肝が大きくない。
邪神の野郎がアズサ欲しさに何をしでかすか分からないし称号の効果の事もある。
再びダンジョンから魔物が溢れてそれが強敵だった場合にオメガとアズサだけでは危険すぎる。
ここは少し我慢してもらってでも一緒に行動してもらう。
「それじゃあ~はい。」
「・・・そう言う事か。」
アズサが首に手を回してくれたのでドキリとしたけど、背負うのではなく前で抱えろと言う事のようだ。
これは文句の付けようのないサプライズなので背中と膝の裏に手を回して抱き上げると空へと飛び上った。
これこそまさに天にも昇る心地とでも言えば良いのか、この瞬間は俺にとって至福と言って良い時間だ。
アケミやユウナでも似たような気持にはなるだろうけど、やっぱり想いの強さではアズサに軍配が上がってしまう。
それにアズサには昔から遠慮がちな所があったからこうやって触れ合う事が殆ど無かった。
だからこうしているだけでも気持ちが高まり幸せを感じられる。
そして、しばらく移動し日が沈む前に俺達は空の散歩を終えて海へと到着した。
すると沖には大きな積乱雲が立ち上り、雷を伴って日差しを覆い隠している。
こちらは雲一つなく日差しが輝いているのにあちらは大荒れのようだ。
「俺だけで行って来るからここで少し待っててくれ。」
「それならご飯でも作りながら待ってるね。何か食べたい物はある?」
「アズサが作ってくれる物なら何でもいいよ。・・て言うのは良くないのかな。出来れば温かいスープを頼む。」
「フフ、なら辛~いのを用意してるね。」
「楽しみにしてるよ。」
そして俺は写真に映っていた何かの影がいた場所へと移動して行った。
そこは嵐の中心付近の様で風と雨が入り乱れ、波が大津波の様に海面を踊り狂っている。
まるで全ての現象が怒りによって引き起こされているような荒れ方だ。
「潜水道具は碌な物を用意できてないんだけどな。」
持っているのは酸素ではなく空気を充填して使用する潜水用空気ボンベだ。
ダイバーなどが使う背負い式も考えたけど攻撃を受けてチューブが破損すると使えなくなる可能性があるのでこちらを採用した。
既に同じ物を幾つも購入し、いざとなれば使い捨てにする事も考えている。
これが1つで10分は潜れるので俺なら辿り着けるだろう。
そしてボンベを咥えて荒れ狂う海へ向かい躊躇なく飛び込むと海底を目指して潜って行った。




