120 フルメルト国ダンジョン ①
町を出てしばらくすると目的のポイントへと到着した。
そこには何処まで続くのか分からない様な長い谷が横断している。
この下に昔は地下水脈が流れていたらしいけど今は水が無くなり地盤沈下をした跡らしい。
この国にはこういう所が何カ所もあり今でも増え続けているそうだ。
そして、ここは対岸までの距離が20メートルと比較的に陥没の範囲が狭いところになる。
それでも谷際は乾いて脆くなっているので油断していると簡単に崩れて転落してしまいそうだ。
そして、遠くからは予定通りに土埃が舞い上がり、魔物の群れが此方へと迫ってくる。
しかし、魔物の種類によって速度が違うため、まず来たのは一つ目をした狼だ。
大きさは2メートル程と小さいけどコイツ等には石化の魔眼があるので耐性が無ければ注意しないといけない相手だ。
「さて、それじゃあ適当に飛ばすからしっかりやれよ。」
「お任せください。」
「エリス様の事は任せろ。」
「毛筋ほどの傷も付けさせん。」
それはそれで訓練にならないのだけど初戦ならそれもしょうがない。
「過保護過ぎない様にな。」
「ハルヤが言うと説得力無いよね。」
俺は教官としては厳しく指導しているのにアズサからツッコミを入れられてしまった。
ダンジョン内でも戦闘時に関してはあまり甘やかしてないはずだけどそれでも甘すぎるのだろうか。
「アズサも油断するなよ。まだ耐性が揃ってないんだからな。」
「りょうか~い。」
俺は笑顔で見送ってくれるアズサに軽く手を上げて返すと谷を越えて反対側へと移動する。
そして今回はナイフを両手に構えると向かって来る魔物を待ち構えた。
「ガウ!ガウ!」
すると俺の存在に気付いた魔物たちが勢いを抑える事なく襲い掛かってくる。
そして、その瞳が俺を映し込むと赤い光を放ち石化の魔眼を発動した。
「残念だけど、それは通用しないんでね。」
俺はこの魔物に備わっている唯一の目玉を一突きして潰すと後ろへと殴り飛ばして谷を越えさせる。
もちろん全てをそうしていると手数が足りないので半数は首を斬り裂いたり横腹から剣を差し込んで致命傷を与えて後ろに流す。
そうすれば勝手に谷に落ちて行くし、一部の軽傷で抜けられた敵に関してはアズサが始末してくれる。
そしてエリスを見ると昨日とは違って力強い動きで魔物に攻撃を行い止めを刺していた。
そんな中でエリス達の戦う対岸では・・・。
「先程ハルヤから過保護が過ぎると言われた気がするのだが。」
「このように目が見えない魔物を寄こされても訓練にならないぞ。」
こちらに流れているのは視界を完全に潰された上に強打されて瀕死に近い魔物ばかりが転がっている。
既に地面に倒れて動けなくなっているものが大半で傍に行って剣を振り下ろすだけで倒せてしまう。
恐らく昨夜に行った人への浄化の方が力加減を考えなければならなかった分、作業としては難しかっただろう。
「それにしてもハルヤの戦闘はまるで舞っている様ですね。」
「恐らくは無駄を削ぎ落した結果でしょう。」
「エリス様が習い収めた舞の中には戦闘に転用できるものもありますので見るのも良い訓練になるでしょうな。」
「分かりました。真剣に観察してみます。」
エリスはそう言って熱い視線を送り、飛んできた敵を手にあるナイフで切り裂いていく。
その動きは次第に洗練されていくと流れる様に滑らかな動作へと変化していった。
そして一定の所で急激に動きが変化すると足運びや体の動かし方が別人のようになり、一連の動作に明確な流れが生まれる。
「もしや何かスキルを覚えたのでは?」
「その様ですね。・・・どうやら剣舞と言うスキルを覚えた様です。」
エリスは言われてステータスを確認し、そこにあるスキルを口にする。
「その調子で頑張りましょう。それとそろそろ違う魔物が到着したようです。油断しない様にお気を付けください。」
「分かりました。」
そしてハルヤの方では狼が片付き、次の魔物へと移ろうとしていた。
「今度はダチョウか?」
見た目は少し大きなダチョウに見え体高は3メートル位ある。
それに太く強靭な足には鋭い爪を持ち、嘴も鋭く尖りまるで金属の様に黒光りしている。
ただコイツ等に関しては対応が簡単で間合いを詰めると同時に膝よりも上を切断し数匹を谷の向こうへと蹴り飛ばした。
しかし足と嘴だけが武器なのかと思えば羽をダーツの様に飛ばして来た。
「アズサ、コイツ等の羽は処理しておいてくれ。」
「任せておいて!」
するとアズサは手加減された火の魔法でダチョウを丸裸にすると後ろへと飛ばしていく。
その途中に数匹ローストしすぎて丸焼きになってしまったので追加で後ろに蹴り飛ばしておく。
さすがに料理の得意なアズサでも覚えたての魔法で火加減を調整するのは難しいみたいだ。
ただ、消えていくダチョウを見ているアズサの腹が『グルル~~~!!』と獰猛に鳴り響いた気がするけどきっと幻聴だろう。
そしてダチョウに関してはエリスも少しは苦戦しているようだ。
「嘴がまるで縦横無尽に放たれる槍の様です。」
「エリス様は身体能力が劣っているのですから受け止めてはなりません。相手の動きを先読みして受け流し隙を作るのです。」
「やってみます。」
あちらはかなりハードな事を言っているな。
俺も見切りのスキルは持ってるけどゲイザー戦の時に覚えたからかなりギリギリの戦いの時だった。
ただ弱っていると言ってもこのダチョウの強さはエリスにはギリギリの相手だろう。
もしかすると見切りでなくても何か別のスキルを覚えられるかもしれないな。
それにさっき習得した剣舞の効果が出ているのか動きが直線的な物から曲線的なものに変化して受け流せるようになってきている。
コイツも神に選ばれるだけあって俺とは違い高い才能を秘めているのかもしれない。
そして、ダチョウが終わると次に来たのはデカい虎だ。
大きさは5メートルはあり、黒と灰色のまだら模様をしているけどコイツを後ろに回すのは少し危険だろう。
「得物を持ち変えるか。」
まずは両手に持ったナイフを収納するといつもの刀を手にした。
今回は後ろに回すつもりは無いのでこの場で全て死んでもらう。
「ガアーーー!」
魔物は餌に群がる様に壁となって押し寄せてくる。
そして近くで見ると口には鋭い牙が立ち並び、その間に細い糸が挟まっているのが見える。
恐らくはダンジョンの傍で生活していたために犠牲者となった人間の髪の毛が絡まっているのだろう。
しかし、それは今も解放を求める様に風に揺れ、次の犠牲者を求めて手招きをしているようにも見える。
「俺はまだまだ終われないから別のを代わりに送ってやるよ。」
俺は向かって来る魔物に斬撃を放ち容赦なく滅多斬りにしていく。
そして魔物が消え去ると同時にその髪達も解放され、風に流されて遠くへと消えて行った。
これできっとのんびりと眠りに付けるだろう。
そして次に来たのは額に角を生やした厳つい黒馬だ。
まるで何処かの世紀末覇者が乗っていそうな大きさで大地を抉る様にしながら向かって来る。
手なずける事が出来れば移動に使えそうだけど、今のところテイムの職業を持っている者は居ない。
それに見た目が馬と言うよりもバイコーンに似ていて俺を含めてアズサが乗れなさそうだ
「コイツ等なら適当に前足を斬り飛ばせば大丈夫そうだな。」
さすがに四肢を切断するにはこの馬は大き過ぎる。
そのため、後ろ脚は残して腹部を蹴り飛ばし、エリス達の許へと送り込む。
それにアズサも既に魔法に慣れて来たのか、狙撃の様に頭を撃ち抜き魔物の数を間引いてくれるのでやりやすくなった。
それにパーティを組んでいれば経験値は自動分配されるのでエリス達も勝手にレベルが上がっているはずだ。
それにこちらに向かっている魔物は雑魚ばかりのようで手応えがない。
人間を殺して幾らかは強化されていそうだけど、強力な奴らは来ていない様なので素早く終わらせて本命の居るダンジョンへ向かうことにした。
そして、ようやく最後になる魔物のグループが此方へとやって来た。
「最後はタイヤか?」
その姿は燃えるタイヤに人の顔が付いている様な魔物だ。
外周部は炎を纏い、地面を焦がしながら向かって来る。
そして中央部には怒りの表情を浮かべる顔が浮いており、ブツブツと何かを言い続けている。
まるで日本でも妖怪として知られている火車のような魔物だ。
「ハルヤ狙ってみる!」
「頼む。なるべく全属性で試してくれ。」
「分かった。」
そして向かって来る魔物に向かいアズサの魔法が放たれた。
しかし、火と風は表面で弾かれ、土も傷を付けるに留めている。
パンクでもして倒れないかと期待したけど、その様子は無さそうだ。
そして水に関して言えば表面の炎を消してくれたけど目立ったダメージは受けていない。
ただし炎が消えると同時に減速し始めたので燃えてなければ自由に動けないらしい。
今は惰性で転がりこちらへと向かって来ている状態だけど、魔法によるダメージ量からするとタイヤの部分には高い魔法抵抗があるみたいだ。
顔の部分はと言えば火以外の属性には弱い様で十分なダメージを与えているので狙うなら燃え盛っている外周ではなく中心部の顔の部分だろう。
「アズサ、魔法を水のみに限定してくれ。」
「任せて!」
アズサの魔法は的確に魔物へと直撃させており、俺の所に到着するまでに炎は消え去り自由を奪ってくれる。
そして俺は側面に回り込むと顔に刃を突き刺して順に始末していった。
こういう口を使う奴は魔法を使うかもしれないので容赦していると足元をすくわれるかもしれない。
そして魔物が居なくなったので武器を収納すると谷を渡って皆の許へと戻った。
「前哨戦は終わりだ。次が本番だから気を付けろよ。」
「任せてください。早く町を解放しましょう。」
「あまり意気込むと無駄に疲れるから程々にな。」
恐らくは町の解放は難しくないだろうけど生きている人間は殆ど居ないと見るべきだ。
それに何割かは生き返らせることが可能だとしても今回は犠牲者が多過ぎるので国全体で見ても助けられるのは1割には満たないだろう。
今起きているのが本当に邪神の仕業だとするなら飢餓と渇きで死んだ人間も大量に居るはずだ。
オーストラリアに関しても何百万と死者が出ているので、きっとこの国に関しても変わらない事が起きるはのは間違いない。
世界的に見ても蘇生薬に限りがあるので仕方のない事と分かっていても当事者たちからすると勝利を手にしても諸手を上げては喜べないだろう。
そして俺達は車に乗り込むとダンジョンに向かい再び進み始め、3時間ほどで目的地の近くにある小高い丘の上へと到着した。
草木が無いと丘にも車で登れるので便利だけど、昔はここには森があったそうだ。
枯れてしまった木は焚火などに使われ跡形も無いけど問題が片付けば俺達が寿命で死ぬまでには元に戻るだろう。
そして丘の上で車から降りるとそこから町を見下ろして様子を確認する。
すると予想していた通りに町は破壊されており無事な建物は殆ど残されていない。
この様子だと生きている人間が居るかも疑わしいところで残っていても魔物化が進んでいるかもしれない。
それにここから見える範囲でも多くの魔物が町中を徘徊し、ニオイを頼りに何かを探しているようだ。
そして魔物の隙を縫う様にして人の影が目に入りまさかの生存者を発見した。
「驚いたな。こんな状態で生き残りが居るのか。」
「恐らくは地下に潜伏していたのだろう。この町には遥かな昔から地下に通路が張り巡らされている。そこならしばらくは隠れていられるはずだ。」
「ただ、突然の事で食料までは持ち込めなかったのだろうな。」
そして俺達男性陣は丘の上からのんびりと状況を確認し、どんな魔物が居るのかを確認を進める。
しかし何やら背後からチリチリと燃える様な気配が伝わってくるので3人揃って背後へと振り返った。
するとそこには怒ってますよと一目でわかる顔のアズサとエリスが腕を組んで仁王立ちし、背後に鬼の幻影を従えている。
いつの間に2人がおかしな能力に目覚めてしまったんだろうかと額に汗を浮かべて首を傾げているとと、足元のオメガが我関せずと背中を向けて遠くの空を見詰め始めた。
どうやら、コイツに男の友情は存在しないようで1匹だけ罪を免れようとしているようだ。
共にハルアキさんの頭を落ち武者にした同士だというのに犬とはやはり薄情な生き物なのだろうか。
(イヤ・・・オメガはそんなに薄情な奴じゃない!)
アズサが怒るのは俺だって怖いのに、今朝怒られたばかりのオメガならなおさら怖いに違いない。
あれは見捨てているのではなく恐怖に現実逃避してしまっているだけだ。
その証拠に尻尾を完全に股に挟み、震えるのも忘れて微動だにしなくなっている。
「すまんオメガ。俺はお前を誤解していたぞ。」
「何を言ってるのかな?かな!?そんな事よりも早く町の人を助けに行きなさい!!」
「りょ、了解であります!」
俺はビシッと敬礼をするとそのまま逃げる様に町へと向かって走り出した。
おかげでお叱りは回避され、代わりに背中から悲痛な叫びが聞こえてくる。
「お、おい。裏切るつもりか!?」
「狡いぞお前だけ!」
「2人ともそこに座りなさい!アナタ達にはお話があります。」
「「はい・・・。」」
そして2人は大人しくその場に座り込むとエリスから長い長いお説教をくらう事になった。
どうやら神に選ばれた者とは覚えが早い代わりに説教の時間も長いみたいなので、あの調子なら今回の戦闘は不参加とみても良いだろう。
ただ町に居る魔物はあの3人からすれば1対3で勝てるかどうかと言った感じだ。
どちらにしても町には近寄らせられないし、護衛を残すならアズサとオメガしか居ない。
何が出て来るか分からない場所にはあまり連れて行きたくなかったのである意味では丁度良い時間潰しになるだろう。
なので俺は置き去りにしたハバルとラウドに手を合わせると魔物の蔓延る町へと突撃して行った。




