118 情報整理 ②
家に入り周りを見回すとあるのはボロボロのベットが一つとテーブルが一つ。
後はしばらく使った形跡の無い竈と鍋が有るだけだった。
恐らくは床に物があった痕跡が幾つか残されれているので誰かが持ち去ったのだろう。
整理していないと言う事は逆に言えば管理されていないと言う事だけど、きっと盗んだと言うよりも必要に思う者が再利用しているのだろう。
見るからに貧しい町なので替えの家具も買えず、作るにも材料が無いので仕方がない。
残っているベットはアズサに使ってもらい、俺は床に毛布でも敷いて寝れば良い。
そして家には窓もなく、あるのは表口と裏口の2つだけだ。
「裏はどうなってるんだ?」
一応は出入り口として簡素な木の扉が取り付けられている。
それを開けて裏に出るとそこには小さな庭の様になっており、1カ所だけ土が盛り上がっていた。
そしてその上には墓標と呼ぶには簡素な作りの字の書かれた拳ほどの石が3つ置いてある。
どうやら覆面の言っていた、この家に住んでいた前の持ち主のようだ。
俺は侵入経路が無い事を確認するとそのまま扉を閉めた。
「どうだった?」
「裏は小さな庭になってる。でも家の屋根を越えれば侵入できそうだ。」
「なら簡単に塞いじゃおうか。」
「そうしてくれ。」
恐らくは誰も手を合わせる事のない墓標なので塞いでも問題はないだろう。
今は安全を確保するためにも不要な道は塞いでしまうべきだ。
そして、アズサの魔法によって石の壁が作り出され、裏庭への扉がある壁ごと覆い隠された。
後は表の入り口に関しては中が見られない様に布で覆い、キャンプで使われるライト式のランタンを置いて足りない家具を追加する。
「こんなもんだな。」
「便利だよね。私もアイテムボックスを取得しておこうかな。」
「それが良いな。もしもの時の為に食料を持たせておきたいから取ってくれるか。」
「うん、分かったよ。」
今回に限っては分かれて行動する事は考えていない。
でも不慮の事故が起きる可能性もあるので必要な物は持たせておきたい。
そして、アズサがアイテムボックスを取得したので俺はテーブルに食料と水を次々に出していく。
「凄い持ってるんだね。」
「今回みたいに急な遠征もあるかもしれないからな。店の迷惑にならない様に少しずつ買い足してるんだ。それに輸送機の中で回収した荷物の殆どは食料品だったからな。」
殆どが缶詰やドライフルーツだったけど、中には保存に強い野菜類や冷凍保存された高級肉も含まれていた。
それでもトン単位の食料が手に入ったので食べて腹を満たすだけなら十分な量がある。
肉や野菜の一部は料理の出来るアズサに渡しておけば美味しくなって出て来るだろう。
俺は適当に保存食を持っていれば適当な時にでも口にできる。
それとアズサにもドライフルーツは渡しておけば小腹が空いた時にでも自分で摘まむだろう。
「こんなもんかな。」
「ありがとハルヤ。それじゃあ、今日は簡単な物を作るね。」
「匂いの無い物で頼むな。」
「そのつもりだよ。パンもあるからサンドイッチにでもしちゃうね。」
本格的な料理を作るとどうしても匂いが家から漏れ出てしまう。
そうなれば俺達だけが良い物を食べていると周りに分かってしまうので問題に発生する恐れがある。
なので今日のところは我慢して簡素な食事にしてもらわないといけない。
そしてアズサは手際良く、覚醒した今では良すぎる程の速度で大量のハムサンドにベーコンサンド。
マヨネーズと一緒に挟んだ野菜サンドなどを山のように作ってお皿に盛ってテーブルに並べた。
「パンが沢山あってよかったよ。」
「そうだな。次の時には今日の10倍は準備しておくよ。」
アズサに懸かれば数日分の食パンも一度で完食してしまう。
元々が普通・一般・標準的な食事量である俺を基準にしているので少なすぎたみたいだ。
この調子だと1週間は持たないから町に滞在するのは次回からなるべく遠慮しよう。
缶詰もあるし釜と米は大量にストックがあるのでパンが無ければ米を食べれば良いだろう。
そして食べているとどうやらお客が現れた様だ。
でも、相手は別に気にする相手ではないので俺達は食事を継続させた。
「疲れました~。」
「お疲れエリス。何をしに来たんだ?」
やって来たのはさっきまで頑張って浄化をしていたエリスだ。
護衛のハバルとラウドが見当たらないので何処かに行っているのだろう。
確かにエリスも見た目は良いので1人にしておくのは危険だろうからここに来させたのは良い判断だ。
「何をしにと言われても、それよりも何を食べているのですか?」
「夕飯だけどエリスも食べる?」
そう言ってアズサはいつもの様に口にサンドイッチを頬張りながら普通の声で問いかける。
本当にどうやって口に食べ物を頬張りながら声を出してるんだろうな?
スキルに無いって事はあれって単純に身に付けてる技術なんだろうけど俺には一生できる気がしない。
「食べるなら早くしないと無くなるぞ。」
「は・・はい。それではお言葉に甘えまして頂きます。」
エリスはテーブルに歩み寄ると俺が出した追加の椅子に座り、サンドイッチへと手を伸ばす。
しかし、その首は傾げられ、不思議そうに俺へと向けられた。
「なんだかさっきまで沢山あった気がするのですけど・・・。」
見ると先程まで山となっていたサンドイッチは最期の一段に減っている。
そして、それは今も急速に減り続け、このままだと後20秒持たないだろう。
アズサは食べている時には無意識でスキルを使って食事以外の事が見えなくなることがある。
きっとエリスがまだ食べていない事が目に入っていない状況だ。
このままだと完全に食い尽くすまで止まる事は無いだろうな。
なんで、のんびりとしているエリスの代わりに俺がサンドイッチを素早く3つ確保しておく。
この速度だと下手に手を出した結果、アズサに手を掴まれて食べられるかもしれないからな。
今となっては一般人が一緒に食事をするのも命懸けだ。
「ほら、これでも食べて今日は早く寝ろよ。」
「あ、ありがとうございます。」
エリスは俺からサンドイッチを受け取ると少し頬を赤くしながら端から少しずつ齧って食べ始める。
なんだかその視線も俺に向いている気がするけど何か言いたい事でもあるのだろうか。
「言いたい事は言葉にしないと相手には伝わらないぞ。」
「は、はい。・・・あの、どうしてこの国を助けてくれるのですか?恐らく魔物の事が無くてもこの国が亡びるのは時間の問題です。返す対価も、差し上げる物も何もありません。どうすればアナタに報いる事が出来るのでしょうか。」
エリスは視線を手元に落とすと持っているサンドイッチをお皿へと置いた。
考えてみれば今では色々な理由が出来ているけど最初の理由はとてもシンプルなものだった。
人によっては憐れみと受け取る者も居るかもしれないが、エリスは受け取るべき物を生まれた時から受け取っていなかったのが最大の理由だ。
「そうだな。簡単に言えばお前が家族から愛されていなかったからだ。」
「え?」
「俺達は家族を自分の命と同じくらいに大事に思っている。だから、お前が受けている扱いを見て腹が立っただけだ。それに先に言っておくけどお前の父親も手遅れだから殺す事になるだろう。過程としては単純で結果はお前から見れば散々なものだ。恨みたいなら恨んでも構わないぞ。」
言い方はあまり良くないけど嘘は言っていないし、エリスが今の様な境遇でなければここには来なかっただろう。
そうなった場合でも他の国が勝手に動いてダンジョンを鎮圧し、覚醒者を助け出してくれたと思う。
何処も自分の所に居る覚醒者を強化したいはずだから何らかの条件は付くだろうけど、反乱軍辺りに接触があってもおかしくはない。
特にここの大陸は複数の国が陸続きで存在するので1ヵ所でも鎮圧できていないと周辺の国が確実に影響を受ける事になる。
だからこうしている間にも情報を手に入れたどこぞの国が動き出しているかもしれない。
「だから返すとか返せないとか考えるよりも先に、お前が何をしたいのかを考えろ。周りに流されずに自分の意志で行動しないと悪い奴等に付け込まれるぞ。」
「・・・でも、私にはそんな資格は・・・。」
「資格なんて唯の後付けの肩書だ。そんな物が必要なら俺は元々この国に関わる資格はない。だから踏み出す為に必要なのは資格じゃなく自分の中にある意志だけだ。」
「それなら・・・私は我儘を言っても良いのでしょうか?」
1日ほど一緒に居て分かったけどエリスはかなり消極的で日本風に言えば非常に慎ましいと言えば良いのだろうか。
これまでの人生がどういった物だったかは知らないけど、これからは我儘の1つや2つは言えるくらいが丁度良いはずだ。
「そうだな。それくらいなら問題ないんじゃないか。」
するとエリスはパッと笑顔の花を咲かせて顔を上げると、嬉しそうにこちらを見詰めて来る。
しかし、その視線はすぐにアズサへと向けられ、目には強い意志が宿った。
視線だけで何を語り合っているのかちょっと気になる所だけど、そろそろお迎えが来たみたいだ。
「エリス様、お迎えに上がりました。」
「分かりました。」
どうやらハバルとラウドが迎えに来たみたいだ。
エリスは外からの声に返事を返すと椅子から立ち上がり微笑みを浮かべる。
そして手にしていたサンドイッチを豪快に食べきるとそのまま背中を向けて家を出て行った。
それにしても数分前までは自信無さげに話をしていたのに今は威厳さえ感じられる。
いったいどんな我儘を思い付いたのか気にはなるけど、そんなエリスを横で見送ったアズサがポツリと言葉を零した。
「エリスは頭を下げるのを止めたみたいだね。」
「良いんじゃないか。これからは下を向いて歩くよりも前を向いて歩く事にしたんだろ。」
「そうなのかな?」
そして俺とアズサはテーブルの片付けを終わらせてから寝床を整え就寝の準備を終える。
これでようやくゆっくりと休む事が出来そうだ。
「アズサは先に休んでいてくれ。俺はもう少しやる事があるから。」
「あまり無理をしないでね。」
「分かってるよ。」
「おやすみハルヤ。」
「おやすみ。」
アズサは俺の頬に軽いキスをするとベットに横になり、俺が出しておいた薄い毛布を体に掛けて寝始めた。
俺は先程のキスの感触に笑みを浮かべながら椅子に座り直し、ゴーグルを操作してハクレイへと交信を試みる。
そして、少し待っていると無事に回線が繋がり、ハクレイの顔がゴーグルに映し出された。
「さっきは情報をありがとな。」
『役に立ちそうな物を送っただけです。それにしても教えていない通話機能に良く気付きましたね。』
「何処かの女神が勝手に通話して来たからな。」
それでハクレイには連絡が可能なんじゃないかと思っただけだ。
ただ別にアドレス先が入力してあった訳では無く、通話をしたい意志を持って相手の事を思い浮かべただけなので上手くいく確証は無かった。
「それよりも少し頼みがあるんだけど大丈夫か?」
『構いませんが内容によりますよ。』
「ああ、お前が俺達に技術的な事を提供してくれる話に関してだ。」
『それが出て来るという事はアマテラスとの会話も記憶させられた内容に含まれていたみたいですね。そこから考えてもしやテラフォーミング技術のことですか。』
「話が早くて助かる。」
ハクレイがこの世界に滞在するのに関して、その代償となる物が既に提示されている。
すなわち壊れている体の修復に使われる素材や住むための生活費。
それ以外にも同じ精神生命体として神にも幾つか要求をされている。
その中で無理な物としては兵器や軍事利用されてしまう物は知っていても供与は不可能との事だ。
逆に可能なのが自然環境を整えるテラフォーミング技術。
世界規模で問題になっている核廃棄物の無害化技術。
ハクレイが備えている、無尽蔵にエネルギーを作り出すエネルギー技術。
それ以外にも宇宙航行技術なんてのもあるけどこれはしばらく先の話だろう。
それらをどう使うかと言えば恩寵や祝福として、一部は神から人間にもたらす事で信仰を高めようと言う事らしい。
悪く言えば俗物的な考えだけど誰も不幸にならない所が重要だ。
一部の石油産出国からすれば大打撃かもしれないけど、いつかは石油も出なくなる。
それを考えれば世界のパワーバランスも崩れそうな気がするけど、それに関しては神が上手くやってくれる。
それにダンジョンの件で世界的には戦争をする余力はあまりないだろう。
戦力面でも考え直さないといけないとなるとしばらく人間同士においては平和が続きそうだ。
変な方面で話が脱線してしまったけどテラフォーミングにはナノマシンという極小のロボットの様な物が使われる。
もちろんこの世界では未知の技術なので検証をする必要も出て来る。
しかし、そんなものを試したがる国があるとすれば今にも自然環境の悪化で滅びそうな場所くらいだ。
それからすればこの国は色々な意味で都合がいい。
「後は弁才天と話し合って対応を頼む。」
『分かりました。しかしそちらに限って言えば送った場所の問題を解決しなければ根本的な解決は不可能です。良くて一定範囲に限定的な効果をもたらせるくらいでしょう。』
「そこに関してはこちらでどうにかする。だから準備だけは終わらせておいてくれ。」
『了解です。今夜中には準備を終わらせ散布しておきましょう。』
「助かる。」
これで後はこちら次第と言う事だな。
俺はアズサが眠るベットの横へ毛布を敷くと、そこに体を横たえて眠りについた。
そして1時間後。
ハルヤは前日の徹夜もあり、深い眠りに落ちていた。
それでも何か危険が近づけばスキルの危機感知が警報を鳴らし即座に目を覚ますだろう。
しかし、それはあくまで危険であればという前提が付属していた。
「フッフッフッ!寝たみたいだね~。ハルヤは一度寝るとなかなか起きないから久しぶりのチャ~ンス。」
そう言って怪しい笑みを浮かべたアズサは、気配を殺してベットからそっと起き上がるとハルヤの傍へと移動して行く。
「アケミだって時々忍び込んでるって自慢してたし、こんな時くらいは良いよね。」
しかし、こんな時だからこそいけない事もあるはずだろうにアズサにはその辺の事が完全に吹き飛んでいるようだ。
「それではお邪魔しま~す。」
そしてハルヤの横に寝転がると器用に少しずつ体を動かし慎重に体を近づけて行く。
恐らくはこれを傍から見れば獲物に忍び寄る狼の様に見えた事だろう。
そして獲物に飛び掛かろうとした瞬間にハルヤの持つ秘密の称号が逆に牙を剥いた。
「ムニャムニャ・・・アズサ~。」
「ハ、ハルヤ!」
しかしハルヤに軽く手を添えようとしていた狼は逆に獲物の右手に抱き着かれ完全にホールドされてしまう。
しかも左手が胸に添えられ絶妙な力加減で刺激され始めた。
「あ・・ちょ、待って。今刺激しちゃダメ!」
更にハルヤの足が股に滑り込んでこちらも絶妙な力加減で刺激される。
「もしかして起きてるのハルヤ!?」
「・・・。」
「アッ、待って。そこを擦っちゃダメ!」
既にアズサは顔が紅潮しリンゴの様に真赤に熟れている。
それに振り解こうにも能力差がそれを不可能とし、期待と興奮が体の自由を奪って行く。
「このままじゃ駄目なのに・・・。体に力が・・・。心が拒みきれない。」
「アズサ~帰ったら2人で・・・。」
しかし次の瞬間、ハルヤから零れた一言がアズサに力を取り戻させた。
「そうよ。飛行機で約束したもんね。こう言う事は帰ってから体力の限界までやれば良いって。」
酷い感じに脳内変換されているが本人がそれに気付く事はニ度とないだろう。
ハルヤもアズサが言うならと自分の記憶力の悪さから納得してしまう未来しか存在しない。
そして火の点きかけた体に鞭を打つ様に力を込め、一時の快感に勝利を収めると同時にハルヤが起きるのも気にせずに体を動かした。
そのおかげで拘束から何とか脱出を果たし荒く熱い吐息を吐き出してベットに腰を下ろしハルヤへと視線を戻す。
「危なかったわ。あのままだと最後まで達してたかもしれないもんね。」
股に手を当てると先程の余韻と体の昂った証が今も残っている。
アズサはそれを魔法で綺麗にすると今度は深呼吸をしてベットに横になった。
「アケミはこれを耐えきるなんて凄い精神力だよね。帰ったら秘訣を教えてもらおうかな。」
ここで名誉の為に言っておけば普段のハルヤは寝相は良いし、アケミはこんな状況に陥った事は一度もない。
この話をしたとすれば波乱は免れないだろう。
「明日も早いから早く寝よっと。夜更かしはお肌の大敵よね。」
そしてアズサは1人で高揚した精神を落ち着かせてから眠りについた。
まさにハルヤが懸念した通り恐るべし称号である。
しかし、そのおかげで今日のところは互いの貞操は守られたのだった。




