109 とある国への招待 ②
再びデトルを生き返らせて叩き起こし、椅子に座らせて話が聞けることになった。
しかし今回は俺が手荒に起こしたのだけど、男達は何も言ってこない。
それどころか逆に姫の方を庇う位置取りをして様子を見ているだけだった。
どうやら彼らはデトルの護衛ではなく、元々あちらの姫を護るのが仕事のようだ。
それとも邪神の影響から解放されてこちらへの忠誠心を失ってしまったのか。
まあ、それは置いておくとしてまずは話を聞いてみることにした。
周りも一度発散したことで話が出来るくらいいは威圧が収まっているから問題は無いだろう。
我が家で家族や妹に手を出す愚かな奴でも言葉くらいは交わす余裕はある。
そして話をするのは俺ではなく父さんと母さんだ。
2人ともいつもの朗らかな表情が消え去り、射殺さんばかりの鋭い視線で睨みつけている。
威圧こそ抑えていても怒り自体が収まった訳では無いのでこの塩対応も当然だろう。
「それで、今日は何を死に来た。」
父さん、もしかして話をするつもりが無いのかな。
既に死にに来たのかと言っている様に聞こえているのは俺だけだろうか。
確かに玄関からここまで10メートルも無いのに3回も死んでるけど。
「用が無いなら早く帰りなさい。私達が優しい内にね。」
母さんもさっきまで話を聞くつもりでいたのに今では話す気が失せてしまったようだ。
俺としてはどちらでも良いのだけど用件ぐらいは聞いておきたい。
するとデトルは額から汗を滝の様に流しながらこの状況でもなんとか口を開いた。
「待つのだ。この話はお前達にも利益になる話だぞ!」
「それなら話してみろ。ただし、つまらない話をするならそれなりの覚悟を持っておくんだな。」
デトルの話し方も最初の傲慢な態度がすこしだけ軟化している様に聞こえる。
しかしコイツにまともな話を持って来れるとは誰も思ってはいない。
どうせ禄でもない事を言い出すのだろう。
「まずは我が国の窮状について伝えよう。実は我が国で魔物が大量発生し戦闘を任せていた奴隷共が全滅してしまったのだ。それを解決する手段としてこの国に居ると言う最強の覚醒者を呼ぶ事となった。それで・・・」
「少し待ちなさい。あなた達の国には奴隷が居るの?」
「そうだ。奴隷は全て父にして王の所有物で覚醒者は奴隷からのみ生まれている。それにダンジョンが出来た日より誰も覚醒者に成れた者が居ない。父も覚醒者の部隊を作ろうと色々行ったが我が国に関して言えば成功した前例はない。」
何やらちょっと面倒なお国柄でダンジョン以外にも問題が幾つも起きているようだ。
この時点で例え国賓として招待を受けたとしても行きたいとは思わない。
「それでだ。成功すればコイツを褒美に取らせよと王は仰せだ。」
そう言ってその視線は後ろに居る姫へと向けられる。
しかし本人は視線を斜め下へと向け、悲しそうな表情を浮かべていた。
その顔から分かる様に彼女からすれば明らかに不本意な事なのだろう。
それでもさっきのデトルの行動を見ると口答えなど出来る筈もない。
しかも父親からの指示となればなおの事だ。
すると、その直後にアケミが立ち上がり姫の許へと向かって行った。
そして何をするのかと思えば護衛の男と一緒に部屋の外へと押し出していく。
「な、何をするのだ!」
「あ、その、困ります。まだ話の途中です。」
「ハイハイ、ちょっと部屋から出ましょうね~。」
しかし、アケミは一切取り合わずに彼らを部屋から追い出して扉を閉めた。
その途端に机の上に置かれていたグラスが一斉に粉砕され部屋は一瞬で殺気に包まれる。
そうなれば残されたデトルの運命は明白で、失神どころか再び心臓を止めてしまいその場で白目を剥いて床に倒れ込んだ。
それを見て父さんはその体を壁際に押しやると扉を開けて外に居た3人を招き入れ声を掛けた。
「クズは黙らせた。今度はそちらの言い分を聞こう。」
すると3人はまるでブリキの玩具の様に首を上下にカクカク動かし言われるままに椅子へと腰を下ろす。
どうやら先程の殺気が部屋の外まで漏れてビビってしまったようだ。
そんな3人に母さんは暖かいお茶を差し出して自分の席へと戻って行く。
しかし、さっきのデトルには水も出さなかったので対応の違いが分かるというものだ。
「それで、お名前は?」
「あの・・・。」
名前を聞いただけなのに何故か彼女は困り顔だ。
すると横に居る男が理由を説明してくれた。
「我らの国では女性の地位はとても低く、自分で名乗る事を禁じられているのです。国王もこの方に名前すら付けずにいたので我々は姫とだけ呼んでおります。」
すると、そのあまりの事実にリクさんとナギさんの顔が般若の様に変わる。
どうやら一人娘のユウナがいる2人にとっては逆鱗に触れる内容だったみたいだ。
しかし、その表情は僅かな時間で消え去り、鬼は心の部屋へと一時的に姿を消した。
「なら私達で良い名前を考えましょうか。」
「俺は綺麗な姫さんだから美姫が良いと思うぞ。」
「私は彩姫が良いと思うよ。」
「なら私は舞姫と書いて(エリス)でどう。」
すると進藤家の3人が本人の了承も取らずに名前を決め始める。
しかし彼女も目を瞬かせながらもその顔が次第に笑顔に変わり表情を緩め始めたので、どうやら不快感は感じていないようだ。
「それなら私は舞が得意なので舞姫で良いでしょうか?」
「良いわよ。それなら、私達はアナタの事をエリスと呼ぶわね。」
「はい。よろしくお願いします。」
そう言って彼女は軽く頭を下げて挨拶をするとその顔に笑みを浮かべた。
玄関でも思ったけど兄のデトルと違い、こちらは日本の文化をしっかり学んでいるようだ。
ただ頭を下げると言う文化自体は他国に無い訳ではないけど、それは身分が低い者が高い者に行う事が多い。
エリスは女性なので姫であっても身分が低いと言うなら自然と頭を下げる事にも慣れてしまっているのかもしれない。
「それで本題に入るがエリスは物の様に扱われる事に納得しているのか?もし仕事を完遂すればお前はこの国に残る事になるかもしれないぞ。」
「いえ恐らく父はそれを理由にその方を国に引き留めようとするでしょう。それだけではなく既にご存知と思いますが、他人を信用していない父は人質を取る事を常套手段としています。先程も外で兄が騒いでいたのはそう言う事です。」
この段階でその王は俺達全員から確実に敵と認識された。
それに今の俺達なら国すらも亡ぼす事が可能だと断言できる。
しかし、この様子だとデトルを事前に黙らせておいて正解で、アイツが生きていれば確実に聞く事の出来なかった情報だろう。
「それでアナタはこれからどうするの?」
「私は・・・私は国をこのままにはしておけません。一度帰り、父に言って正式な方法で救援を依頼してもらえるように進言してみます。」
「しかし、そんな事をして大丈夫なのか?」
デトルは先程エリスが少し声を掛けただけでも顔を殴りつける程の暴虐ぶりを発揮した。
もしそれが父親による教育から来たものだとすれば、どれ程の事が起きるのかは明白だろう。
最悪を想定するなら殺される可能性も捨て切れない。
するとエリスはそんな事を感じさせない笑顔を浮かべると心配ないと言い切った。
「きっと父も分かってくれます。それに誰かが言わなければならない事ですから。」
しかし、そこに自分の安全は含まれておらず体も小刻みに震えている。
口では上手く誤魔化そうとしているのだろうけど、自分がどうなるかは本人が一番知っているようだ。
すると周りの視線が俺に集まり無言でどうするのかを問いかけて来た。
俺としてはエリスが死んでも別に何も困らず、それどころかここで動けば得る物は何もないだろう。
エリスが貰えるという条件はあるけど俺からすれば有難迷惑だ。
それでなくても既に両手の数よりも多い婚約者が居るのにエリスが来ても全く嬉しくない。
しかし俺の細胞には某有名ゲームの『命をだいじに』と言った感じで『妹をだいじに』とインプット済みだ。
もしコイツが唯の一般人なら一瞬で見捨てていただろうけど、そこが俺の中でせめぎ合い切り捨てる事を妨げている。
そして俺が悩んでいると頭の中にアマテラスの声が響いて来た。
(もし報酬が気に入らないなら私が代わりの物を準備しましょう。)
(何が目的だ?いや、何を企んでいる?)
コイツがタダで報酬を出すはずがなく、それは今日1日で十分に理解させられている。
(簡単な事ですよ。君は相手の依頼を受けたフリをして幾つかある事をして欲しいのです。それについては後ほど説明しましょう。)
(事後説明は信頼がある者同士がするものだ。今すぐに何をさせるのかを言え。そうしないと今回の話は断るぞ。)
(仕方ありませんね。時間が掛かるので君の脳へ内容を直接刻み付けておきましょう。忘れられると困りますからね。)
すると言葉の通り俺の頭に大量の情報が流れ込んで来た。
やるべき事の他にも重要人物の顔と名前にどんな国であるのか。
その他にも俺達が知らない間にハクレイと話をしていた内容まで入って来る
そしてまさに脳が煮立って溶けてしまいそうな程の痛みが俺の頭に襲い掛かる。
ただ今の俺にとってはそれでも耐えられない程ではないので表情を変える事も無く表には出していない。
それにこれらの事は3秒程で終わらせているのでエリスは気付いていないだろう。
そしてその依頼内容よりも先払いされる報酬によってこの仕事を受ける事に決めた。
「なら、俺がその依頼を受けてやるよ。」
「よろしいのですか!?あの・・・でも報酬は私ですよ。」
「それについては後回しだ。後で国のトップと交渉して別の何かと変えてもらう。」
「しかし父は・・・分かりました。その時は責任を持って私もお手伝いします。」
「そうしてくれ。それで何時から出発するんだ?」
「それが元々人質を取って無理やり従える予定でしたので既に飛行機は準備してあるのです。ここから少し離れた荒れた空港ですがご存知でしょうか?」
そこは以前にオーストラリアへ行く時に使った西飛行場の事だろう。
確かにあそこなら夜の内なら目立たずに飛び立てそうだが、いつもと言うか少しはゆっくりと旅立ちたいものだ。
準備は出来ているけど挨拶くらいはしていきたかった。
アズサもまだ意識を取り戻しては居ないだろうからしばらく会えないのに残念だ。
「それじゃあ行って来るよ。」
「お兄ちゃん頑張ってね。」
「アケミちゃんの誕生日を忘れちゃだめですよ。」
「もちろんだ。他の事を忘れてもそれだけは覚えてるからな。」
アケミの誕生日は4月24日で今からなら2週間はあるので大丈夫だろう。
出来れば何人かで行きたいけど今回向かう国は聞いた感じだとあまり良い国とは言えないようだ。
なので女性陣は連れて行けないし、父さん達にも仕事がある。
俺の生徒たちに関しては皆で上手く受け持ってくれるそうだ。
ツクモ老にはハルアキさんが話しておいてくれるそうなので心配はないだろう。
そして全ての話が終わると俺達は立ち上がりエリスが俺を促す様に軽く頭を下げると片手を横へと軽く広げる。
「それでは出発しましょう。」
「そうだな。それとこれも持って行かないとな。」
今も壁際で眠る様に死んでいるデトルを回収すると何食わぬ顔で靴を履き、外に止めてある車へと乗り込む。
そしてその横にエリスも乗り込み護衛の2人が前の座席へと乗り込んだ。
それにしてもデトルがちょうど死んでいて俺のアイテムボックスに入れられてよかった。
そうでなければこの車にアイツと2人で並んで座る事になっていただろう。
デトルは必要になるまでアイテムボックスの中で大人しくしていてもらい、必要なら生き返らせれば良いだろう。
もちろん不要な時は蘇生はさせずに永遠に死んだままだ。
そして車が走り始め俺は皆に見送られながら空港へと向かっていく。
するとしばらく走り高速に乗ったあたりでエリスが表情を曇らせながら話しかけて来た
「この度は本当にすみませんでした。」
「何の事だ?」
俺から見て今回の事で謝る様な事は何もない。
それにこちらとしては今回の事は好都合と言っても良いだろう。
なにせ俺達に手を出すとどうなるかを世界的に知らしめる事ができる絶好の機会だ。
今回に関しては最初は乗り気でなかったとは言え、依頼の事もあるので徹底的にやるつもりだ。
そして俺がエリスの言葉の意味が分からず首を傾げていると、どういう解釈がされたのか彼女の顔に笑みが浮かんだ。
「聞いていたよりもあなたはずっとお優しいのですね。」
「どんな話を聞いていたのか知らないけど俺はそんなに優しくないぞ。きっと調べた奴が言う様に人でなしだ。その内、分かる時が来るだろうけどな。」
しかし俺の言葉を否定する様にエリスは首を横に振ると笑みを深めた。
「いえ、私には分かります。あなたは家族を大事にされる優しい方です。きっとあなたなら国の窮地も救ってくれると信じています。」
確かに見るべき所は見ていて、言っている事にも間違いはない。
しかし俺が優しいのは今言われた事に限定されているので、これから俺の事を知ればエリスの誤解も解消されるだろう。
その時になってコイツがどういう反応を示すのか知らないけど、もしかすると他の奴らと同様に狂っていると驚きと恐怖の目を向けて来るかも知れないな。
まあ、それは俺にとってはどうでも良い事なので即座に思考を切り替える。
そして移動の間に護衛をしている2人の紹介もしてもらえた。
2人は何処となく似てると思っていたけど、どうやら間違いではなかったようだ。
今運転しているのが双子の兄でハバルで助手席に座っているのは弟でラウドと言うらしい。
ハバルはまだ喋った所を見た事は無いけどラウドはさっきツッコミを良くしていた男だ。
今はこうしてハバルの代わりに自分を含めた自己紹介をしているので普段からよく喋る性格なのだろう。
車の運転以外にも多くの技術を習得しているそうなのでかなり優秀な人材のようだ。
その後、夜と言う事で道路が空いており、空港には1時間ほどで到着した。
そして飛行機に近寄ると中から6人の男達が姿を現し俺達を取り囲んでくる。
しかも、ここはまだ日本のはずなのに戦争映画などで見る様な大きな銃で武装していた。
我が家に来た連中は全員が銃など持っていなかったので、乗って来た飛行機と一緒に持ち込んだのだろう。
なので俺は頭を掻くフリをしてゴーグルのスイッチを入れ、奴らが人類にとっての敵なのかを確認する。
するとその魂は星の無い夜空の様に真黒で既に手の施しようがない事が分かった。
先程アマテラスに刻み込まれた情報によれば救えるのは灰色までなので諦めてもらうしかなさそうだ。
どの道このまま放置していても邪神に完全に取り込まれて魔物と化してしまうそうなのでここで始末しておく事にする。
「一応確認だけどお前らあの飛行機を操縦する事は可能か?」
「問題ない。あの輸送機はフルメルト国では軍が使う一般的な物だからな。」
さすが王族の護衛を任されるだけあって見た目が怖いだけでは無いようなのでコイツ等が居ればあちらでの移動に困る事は無さそうだ。
そうなると目の前のアイツ等は用済みなので、日本に存在する心配の芽を1つでも消し去るために死んでもらう事に決めた。




