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108 とある国への招待 ①

家に到着したのは運転手の付いた高級そうな車に乗った人物だった。

助手席から降りた男が後部ドアを開き、中から身形の良い服に身を包んだ褐色肌の男が姿を現している。

そして、その反対側からは自分で扉を開けて同じく褐色肌の女性が姿を現し、男の後ろに付いて家の玄関前にやって来た。

しかし呼び鈴も鳴らさず扉に手を掛けるとそのまま開こうと力を込めている。


『ガチャ・・・ガチャガチャ!』


しかし、先程の様な事があった直後に施錠しない人はこの日本には居ないだろう。

もちろん扉には鍵を掛けているので簡単に開くはずがない。

俺達なら関係なく扉を引き千切ってでも開けられるだろうけど、どうやら外に来た男には不可能のようだ。

ただし、もし扉を破壊して入ってきた場合、それ相応の対応をさせてもらうけどな。


「おのれー!どうなってるんだ!ここ既に制圧が出来ているはずではないのか!」


それと、どうやら外に来ているのはさっき来た奴らの仲間か親玉のようだ。

扉が開かずに周りの者を怒鳴り散らし、怒りに顔を赤らめている

しかし確かに制圧はされているけどそれは俺達ではなく相手側の話で、そいつ等も既に何処かへと連れて行かれてしまった。

そして周りの皆も今の声は聞こえているだろうから外の奴をどうするかだな。


「どうしようか?」

「ちょっとオ・ハ・ナ・シを聞いてあげましょ。」

「そうだな、人の言語が通じなくても肉体言語なら通じるかもしれないからな。」


確かに俺達に理解可能な言葉を話せても相手が言葉の意味を理解できないかもしれない。

その場合はどんな形でも速やかにお帰り願おうと思う。


「それじゃあ、玄関を壊されない内に入ってもらうよ。」

「私は浄化の準備をしてるね。家を汚されたくないし。」


そして俺達が玄関に向かうと今も無理やり扉を開けようとしている音が響いている。

すぐ横に呼び鈴があるのに意地でも使わないつもりなのだろうか。

それともそういった文化の無い所から来た奴らなのかもしれない。

俺は鍵を開錠するとすぐ外に居た男に向かい勢いよく扉を押し開けた。


「おあーーー!」


するとそこに居た男はそのまま押される様に後ろに転がり背中から倒れ込んでおり、まさに無様と言う言葉が相応しい哀れな格好だ。


「あ、悪い。」


ちなみにワザとではあるけど一応は謝罪を口にしておく。

それと開けようとしていたのは先程の身形の良い男ではなくボディーガードの様だ。

見た目は黒いスーツを着た男で何処かのマフィアみたいに黒いハットに黒いサングラスをしている。

顔は見えないけど体はかなり鍛えられているので見た目の威圧感だけはある。

普通なら扉が勢いよく開いた程度で押し退けられたりはしないのだろう。

きっと今の事は本人にとって良い経験となったはずだ。


すると倒れた男は無言で立ち上がるとサングラスを乱暴に外して俺の前に立ち、見下ろす様に睨みつけて来た。

中々の眼力だけど最近のリリーに比べれば大した事は無い。

この程度では覚醒者でないアズサですら怯ますことが出来ないだろう。


「それで何か御用ですか?無いなら我が家はセールスお断りなので帰ってください。」

「貴様!我々を誰だと思っている!?」

「セールスですね。それではさようなら。」


俺はそう言って男の事を無視して扉を閉め始めた。

すると男はそれを阻止しようと扉に手を伸ばして止めようとするけど、一向に止める事が出来ずゆっくりと閉まって行く。

ちなみに今のこの扉は俺にとっての装備品の様な扱いになっているので普通の奴が何をやったとしても破壊する事は出来なくなっている。


「クソ、どうなってやがる!こんな小さなガキに俺が力負けするだと。」

「早く名乗らないと扉が閉まるぞ~。」


すると観念したのか、表情を歪めながらもようやく名乗り始めた。


「こ、こちらの方はフルメルト国の正統継承者であられるデトル・ダウナス様だ!」


すなわち全く知らない国の全く知らない王子様と言う事か。

女性の方の紹介は無いけど重要なのはデトルとかいう男だけと言う事かもしれない。

それにしても最初からそうやって素直に名乗れば手間もかからないのにな。

どうせ俺達の事は既に知っているのだろうから、どちらから名乗っても変わらないだろうに。

そうでなければこの周辺にある家で俺達の家だけを襲うなんて出来るはずがない。


「それで、そのディルドが家に何の用だ?」

「ディルドじゃねえ!なに大人の玩具みたいな名前に変えてやがる!それに様を付けろ!それと許可も無く名を呼んでんじゃねえ!ダウナス様と呼ばねえか!常識を知らねえガキだな!」


家の呼び鈴も知らない奴に常識を説かれるとは思わなかった。

ただ、言ってる事は一部だけでも正しいので今はそれに従っておこう。


「それで、ダウナスは何しに日本へ?」

「あ~~~!この馬鹿に付ける薬は無いのか!」


残念だが馬鹿に付ける薬は古今東西に存在しない。

そんな物があるならとっくに通販で注文している。

日本の大手通販サイトを舐めるなよ。

それにもし俺を教育できるとすれば、それはアズサ唯一人だけだ。


「それじゃあ異国の薬売りの王子に用は無いから帰ってくれ。」

「おい!名乗ったのに何勝手に話を終わらせてやがる!」


家に入れてやるとは一言も言ってないのにあつかましい奴だ。

俺は溜息を零すと仕方なく扉を大きく開けた。


「なら冗談はそろそろ終わりにするか。まずは靴を脱いで家に上がれ。」

「貴様はさっきから何でそんなに偉そうなんだ。この方は次期国王なんだぞ!」


でも今はまだ王ではなく、ここはフルメルト国なんて何処にあるとも知れない場所でもない。

それに我が家の敷地に入った以上はここのルールに従ってもらう。

すなわち一番偉いのは父さんでその次が母さん。

まあ、このランキングはしばしば変わるけど・・・。

その次がアケミで次が俺。

そしてリリーが次に来てコイツ等はその下だ。

ププ~、リリーより下な奴らに偉そうにはされたくないな。


ちなみにアズサやユウナ達は別枠なので少し違う。

リリーもそれは分かっているのでむしろ俺に対してよりも対応は丁寧で優しい。

あれ?何かおかしい様な・・・。


すると待ちくたびれたのか後ろに居るデトルとかいう王子から声が掛かった。


「我々が愚民に合わせる必要はない。お前も遊んでないで道を開けよ。」

「は!申し訳ございません。」


すると男は簡単に引き下がり横に避けて跪いて見せた。

慕われているかは別にして身分が高いのは確かなようだ。

でもこっちは偉そうに言ってるけど、さっきは扉が開かなくて暴れてたよな。

それをスキルによって見ていた俺としてはツッコミを入れたいところだ。

でも確かにこのまま揶揄っても話が進まないのでそろそろ家に上げる事にした。

俺は家に上がる前に手本として靴を脱ぐと相手にも靴を脱ぐように伝えてみる。


「日本では・・・靴・・・脱ぐ・・・家・・・上がる。」

「どうして片言で話しているのだ。もしかして俺を舐めているのか。それに俺が貴様の命令に従う理由は何一つない!」

「そう言うと思ったよ。」


そういう訳で即座にスキルの不動の魔眼を発動しデトルの足をその場に縫い付ける。

やっぱり言葉は通じても理解が得られるかは別の話のようだ。

ここはさっそく肉体言語の出番かな?

そう思っていると後ろに居た女性が率先して靴を脱ぎ玄関の隅に並べる。

どうやらこちらは話が分かる人間のようだ。


「ここは我々が礼儀を合わせるべきです。父の御意向もありますので今は穏便に。」


しかし落ち着いている女性とは裏腹にデトルは熱した油に水を入れた様に一気に爆発した。


『バシンッ!』

「女が出しゃばるな!お前の価値などコップ一杯の水にも劣る事を忘れたか!これは帰ったら再び調教が必要な様だな!」


どうやら付いて来ていた女性はコイツの妹のようだ。

しかし、その妹に対してデトルは激昂し、容赦なく顔を平手で殴り付ける。

そして、もし動ければ追い打ちを掛けそうな勢いで捲し立てると鋭い視線で睨みつけた。

だが、この家で・・・いや、俺の前で妹を殴るとはどれだけ愚かな男なのだろうか。

俺は瞬時にデトルの傍に移動するとその頭を鷲掴みにして無理やり俺の方へと向かせた。


「おい。」

「何だ貴様、何か文句があるのか・・イダダダダ。や、やめろ!頭が潰れる!!」


俺は別に文句がある訳では無い。

家族同士の事ならば変に口を出すと後で拗れるだけだ。

なので放置をするのが一番なんだけどちょっとだけイラっとしただけだ。

だから今回に限て言えば口は出さない。


「イタタタ!お、お前達!俺を助けと!」

「は、はい!」


そして男が俺からデトルを引き離そうと奮闘するけど体どころか指1つ動かす事は出来ない。

するとデトルは次第に白目を剥き始め、まるでトマトが潰れる様に頭部が形を変えた。


「おっと、力を入れ過ぎたか。」


そうなれば人間が生きているはずもなく、その場でデトルは倒れると締めた魚の様に痙攣を始めた。

それを見て男達は驚きに動きが止まり言葉も無く足元の死体を見詰めている。

俺は手に付いた血を振り払うと溜息を付いて蘇生薬を取り出しデトルへと振り掛けた。

流石に死んだままだとここに来た理由も聞けないからだ。

そして蘇生が終わると男達へと視線を向け起こす様に促した。


「地面に落ちたままで良いのか?」

「この方を物みたいに言うんじゃねえ!」


コイツは中々に良いツッコミ役になれそうだ。

俺の言葉の意味を理解してしっかりとした返しをしてくれている。

それにしても何やら俺の耳元でアマテラスの笑い声が聞こえてくるのでこの光景を覗き見しているようだ。

しかし、これを笑うとはどれだけブラック冗句が好きなのだろうか。

俺も巻き込まれない様に気を付けた方が良さそうだけど、今はそれよりも起こさないと話も出来ないな。


「オイ起きろ。」


俺は倒れているデトルを足で軽く蹴ると容赦なく起こしにかかる。

すると当然ように周りの男達から慌てた様に止められるけど邪魔をすると力の加減を間違えるぞ。


『バキッ!』

「言わんこっちゃない。力加減を間違えて首が折れたぞ。仕方ないからもう一回蘇生させるか。」

「貴様!さっきから何をしてるのか分かってるのか!?」

「DVをしていた兄貴が不運な事故で死んだだけだろ。何か問題があるのか?」


すると何故か驚愕した顔で俺を見ると最近は聞き慣れてしまった言葉を零した。


「く、狂ってやがる!」

「覚醒してからはよく言われるな。」


しかし今の俺には関係のない人間の死は心を動かす要因にはならず、それが妹を虐めるダメ兄貴ならなおさらだ。

妹とは褒めて甘やかして愛でるもので断じて暴力を振るう対象にして良い存在ではない。


「しかもシスコンの変態野郎か!」

「なに!心を読めるのか!?」

「声に出てるんだよ!」


まさか無意識に声に出していたとは気付かなかった。

もしかすると高校時代に妹の話題で変な目で見られる事があったけど、今みたいに声に出していたのかもしれない。

それにしてもコイツにはツッコミの才能はあるけど妹の良さを理解する心は無いということか。。

あのアーロンですら妹を大事にしているというのにフルメルト国とは碌な国では無さそうだ。


「それじゃあ、もう一度起こしてやるか。」

「ま、まて!お前は手を出すな。」


どうやら俺の代わりにこの男が起こしてくれるようだが俺がさっき出していたのは手ではなく足だ。。

それに、こちらが起こす手間が省けるので今回だけは任せる事にしよう。

しかし後ろで待ってるアケミの機嫌が何だか良さそうだ。

さっきの女性も殴られた直後は痣になっていたけど今は綺麗に治っているのでアケミが治してくれたのだろう。

これなら起きても死んだ事には気付かないはずだ。

それにしても玄関で出迎えるだけでかなり無駄な時間を使ってしまった。

早く話を終わらせて帰ってくれないだろうか。

そろそろご飯の準備もしないと遅くなってしまいそうだ。


するとようやく目を覚ました様で意識を取り戻したデトルは男の助けを借りて立ち上がった。


「何が起きたのだ?」

「貧血で倒れただけだ。靴を脱いで早く上がれ。」

「俺に命令・・・。」


しかし今度も指示を無視しようとしたけど言葉を飲み込み嫌そうに靴を脱いで家に上がった。

どうやら記憶は無くても先程の痛みと苦しみを体が覚えていたようだ。

そして靴を脱ぐとアケミが今度はその体に浄化を掛ける。


「浄化をするよ。」

「フン、俺の何処に汚れなど・・・。」

「浄化。」

「グオアーーーー!」


すると浄化を受けたデトルはその場で叫び声を上げ、まるで陸に上がった魚の様にバタバタと転げ回る。

しかもその顔は頭を潰された時の様に苦しみの表情を浮かべていて今にも発狂しそうな感じだ。

もしかするとユカリたちが姿を隠したのはこれが理由なのかもしれない。


俺はハクレイから借りたままになっていた魂を見る事の出来るゴーグルを起動させデトルを視界に入れる。

すると胸には黒い炎が燃え盛り糸の様な物が何処かへと伸びている。

しかしダンジョンの方向ではないのでいったい何処へ向かっているのかは分からない。

それに俺には見えるだけで触る事も出来ないので実体は無いみたいだ

もしかするとハクレイやアマテラスなら分かるかもしれないので後で聞いてみれば良いだろう。


しかし、さっき聞いた話だと初期の段階ならアケミの浄化でも元に戻せるはずだ。

なのに変化が見られないという事はコイツは既に手遅れという事だろう。

今は情報が行き渡っていないので手を出さないけど、念のために周りの奴らも確認しておこう。


その結果、男達に関しては灰色と言った感じで白と黒の中間と言った感じなので、これが初期という事なのかもしれない。

それにこちらには糸の様な物は付いていないようだ。

アケミが浄化すると白く変わり、まるで衝撃でも受けた様に頭を左右へと振っている。

そして女性の方に関しては少し眩しい程の白い輝きを放っている様に見える。

もしかすると神から何かの役割を受けた人間の輝きは強く輝いているのかもしれない。


そう考えると今回の事は再び何かの意思が働いていると言う事になる。

他人の掌で動いている様で気分はあまり良くないけど、また面倒な事に巻き込まれるのは確定のようだ。

そして確認と考察をしているとデトルが荒い息を吐きながらようやく立ち上がって来た。

しかし今回は2人の男達は誰も手を伸ばさずに様子を窺っている。

もしかすると先程までの献身的な行動は邪神の影響を受けていたからかもしれない。


「はあ、はあ。な、何が起きたのだ?」

「貧血だろ。それよりも部屋に入るぞ。」

「おのれ・・・この家は俺を不快にさせる事ばかりだ!」


そう吐き捨てる様に言いながらも俺の後に続いて部屋へと入ってくる。

しかし、そんな事を言うなら最初から来なければ良いのにと思ってしまう。

そうすれば俺も面倒な事をせずに今日の事を話ながら美味しい夕食が食べられたことだろう。


そして最初に比べて素直に動くのはさっきのお仕置が効いているからだ。

無意識なのか無駄に勘ぐられないので楽で良い。

しかし部屋に入るとそこには無言の威圧が周囲を満たし、まるで水に腹から飛び込んだ時の様な衝撃が押し寄せて来た。

どうやらさっきのやり取りを何らかの手段で知っているみたいだ。

そして、そんな殺気にも似た威圧を普通の人間が正面から受けるとどうなるかは言うまでもない。


「ヒャーーー!『バタッ』」


結果、それを正面からピンポイントで向けられたデトルはその場で倒れ、心臓はその活動を停止させた。


「ヤレヤレ、そろそろ蘇生薬が勿体なくなってきたな。」


そして本日3本目の蘇生薬を使いデトルを生き返らせる事になった。

ちなみに、護衛の男達と妹はアケミが直前で止めたので何とか生きている。

もう1歩でも踏み込んでいれば一緒に蘇生薬のお世話になっていただろう。

そして、ようやく部屋へと到着し話が聞ける事となった。

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