106 とある国での事件の始まり
その国にも魔物が割り振られ、大発生を起こしていた。
しかし担当する神によって事前に伝えられる事は無く、起きてはいけない状況を引き起こしている。
それを伝えるために国に仕える兵士の1人は傷だらけの姿で王の前に膝を付いて頭を垂れた。
「報告を述べよ。」
そう言ったのは王の横に居る身形の良い男だ。
兵士と違い怪我どころか汚れ一つない服を着ており見下す様な視線を向けている。
しかし、それは何時もの事なのか兵士は顔を上げる事なく苦し気に報告を始めた。
「現在、我が国に居る覚醒者は全滅のもよう・・・。魔物を・・・魔物を抑えきれません!」
「なんじゃと!奴らは何をやっておったのだ!」
ここでようやく口を閉ざしていた王が声を上げた。
しかし、その声と顔には怒りの表情が浮かび、傍に置いてあった酒瓶を兵士へと投げつける。
そして、それを受けた兵士はようやく顔を上げると赤い液体を滴らせながら言葉を続けた。
「お言葉ですが王よ。彼らは命を懸けて家族の為に戦い死にました。碌な褒賞も与えず、家族を人質として戦わせていたのは王自身です。」
「たかが兵士の分際で王である儂に口答えするか!それに奴らは元々奴隷ではないか!この国の奴隷は全て王である儂の所有物である!どう使おうと儂の自由じゃ!」
この国には奴隷制度があり覚醒した者の全てがその奴隷階級の者だった。
しかし何故そのような選定が行われたかと言えば単純な事で、この国の神からすれば人は全て平等であるべきと考えていたからだ。
なので奴隷である者に力を与える事でそれを覆す一助となって欲しかった。
しかし、この国の信仰の衰えにより力が上手く発揮できず、目的を成就する事が出来なかった。
その為、一部の者にしか覚醒した者が現れず、その家族や友人を人質に取られ今まで以上の労働を強いられている。
覚醒者と言えど、レベルが低ければ攻撃が通用しないだけで一般人とそれほど変わらない。
そのせいで家族を人質に取られると言う最大のミスを犯してしまったのだ。
「しかし、彼らは命懸けで国の為に戦いました!」
「ええい、黙れ!宣言通り家族に関しては殺して城の前に晒して置け!」
「王よ、御再考ください!」
「五月蠅い!近衛よ、この者も殺して一緒に晒して置け!儂への口答えは誰であろうと許さん!」
「ク・・・これほどまでに愚かな王だったとは。」
そして、その兵士は周りから集まって来た近衛兵によって取り押さえられ、その場から引き摺られるように連れていかれた。
そして兵士を抱える近衛兵の1人が表情は変えず哀れみの籠った声を掛ける。
「お前もバカな事をしたな。報告だけしておけば死なずに済んだのに。・・・おい、聞いてるのか?」
「無駄だ。こいつはもう死んでるよ。」
隣の者が言う通り、その兵士は出血が酷く、その顔からは精気が感じられなくなっていた。
どうやら、彼の行動は死期を悟った為の最後の行動だった様だ。
「しかし、王の命令に逆らえば俺達に咎が及ぶ。言われた通り城の前に晒すしかない。」
「蘇生は・・・されないよな。」
「その為のアイテムは全て王の手の中にある。俺達ですら死ねばそれまでだ。」
そして近衛は嫌々ながらも王の命令に従い、兵士の死体を城の外へと運び出した。
更にその場で丸太に括ると罪人を示す烙印を顔に焼きつけ放置して去って行く。
彼らとて命令に背けば明日は我が身であると分かっているのだ。
そして、それは周りので見ている者も同じで誰一人近づく者は見られない。
しかも、そういった死体が幾つも存在し、まるで処刑場の様な光景を作り出している。
するとしばらくすると数十人の人間が連れて来られ、同じように丸太に固定されると頭に銃弾を撃ち込まれて殺されていった。
だが、既にこうなると分かっていたかのように誰もが悲鳴の1つすら上げない。
しかも周りにいる人々もそれをあえて見ようとする事なく平静を装っていた。
しかし、その手は強く握り締められ、口は真一文字に硬く閉じられている。
それがこの国の国民に許された唯一の自由だからだ。
その後、子供から老人までの全ての者を殺し終わると近衛兵たちはその場から立ち去って行った。
そして、その頃の謁見の間では・・・。
「そう言えば息子のデトルは日本での使命を果たしているのか?」
「はい。姫の教育にも成功しているようです。それと物資の調達も順調と報告が来ております。」
「何が姫だ。女なんぞ子孫を残す道具にすぎん。それよりも日本には強い覚醒者が居るそうだな。」
王は姫に付いては名も呼ばず不機嫌に吐き捨てるとすぐに話を変えた。
それについて側近の男は合わせる様に王の質問へと素早く答えるの実だ。
「はい。集めた情報によれば世界最強という事です。」
「うむ。・・・手段は問わんからこの国に連れてこい。そして、この問題を解決させるのだ。金は・・・出すでない。そうじゃな、その姫を交渉材料にしろ。男ならそれでホイホイやって来るじゃろ。」
「よろしいのですか?実の娘ですが。」
「儂の決定に異論でもあるのか?」
どうやらこの王にとって娘とは本当に唯の道具であるらしい。
まるでゴミをリサイクルに出すかの様に興味なさげに言い放っている。
それよりも側近が意見を述べた事の方がこの王にとっては問題のようだ。
それを感じ取った男はその場に深く頭を垂れて言葉を返す。
「申し訳ございません。それとその者の近辺に関してはある程度の調べは付いております。いつもの様に家族を攫うのがよろしいかと。」
「全てお前に一任する。くれぐれも失敗をするでないぞ。」
「王の仰せのままに。」
そして日本に居る王子にその事がその日の内に伝えられ、即座に行動を起こすのであった。
その頃のハルヤはダンジョンから出ると周囲を見回しツキミヤを探していた。
しかし、その姿は何処にもなく、仕方なく情報整理の為に聞き取りをしていた警官へと声を掛ける。
「ツキミヤさんは何処に行ったか分かりますか?」
「あの人なら後ろに誰かを乗せた状態で走り去っていきましたよ。珍しく楽しそうな顔で話してましたがあの人は誰なんですかね?」
どうやら、話が弾んでそのまま何処かに行ってしまったようだ。
ハクレイの面倒を頼まれていたけどそれならしばらく放置でも良いだろう。
困った事があれば向こうから現れるか連絡を入れて来るはずだ。
そして、その方向で皆の意見も一致してその日は帰宅する事となった。
その後、家に帰ってアズサへと声を掛けて無事に終わたことを報告しておく。
「みんなが無事で良かったよ。」
「その代わり変なお客も引き受ける事になったけどな。」
「その人って機械なんだよね。ご飯とかどうしてるんだろ。まさか核融合炉とかじゃないよね。」
アズサは冗談混じりに言っているけど実物を見ているのでそれを否定できない。
しかし、その辺の事は戻りながら聞く予定が、ツキミヤさんに連れていかれたから聞く暇も無かった。
俺達は大丈夫だろうけど放射能とかになるとアズサやアイコさんを始めとして一般の人が被曝してしまう。
放置しておけば良いと思っていたけど、俺達の考えは早計だったみたいなのでこれは確認の必要がありそうだ。
しかし、そう考えていると家の外から聞き覚えのあるエンジン音が近付いて来た。
どうやら少し遅かった様でツキミヤさんと問題の人物がご登場のようだ。
でも、まだこの場に来た訳では無いので早めに対処しておくことにする。
「アズサはここに居てくれ。一応確認してくるからな。」
「うん。気を付けてね。」
そしてアズサの心配そうな顔を背にして俺は玄関から外へと出る。
すると上機嫌のツキミヤさんとハクレイが並んで家の敷地へと足を踏み入れる所だった。
「ハクレイ、先に聞きたい事があるけど良いか?」
「答えられる事なら構いませんよ。」
「それなら、この世界の人間はプルトニウムなどの放射性物質から放たれる放射能を浴びると健康を大きく害したり死んでしまうんだ。そう言った有害な物は出してないよな?」
「それに関しては心配ありません。この体のエネルギー炉は完全に無害です。それに永久機関となっているので壊れない限りは補給の必要もありません。」
どうやらハクレイは俺の予想以上にハイテクな様だ。
もしこれでアズサの体調が悪くなったらアマテラスに借りを返してもらうか、今後の安全を考慮して覚醒者にするしかない。
ただし今は本人の申告を信じて家に上がってもらう事にした。
「そうか。それを聞いて安心した。それならもしかしたら後日に細かい検査があるかもしれないけど今は家で寛いでくれ。」
「それではしばらくお世話になります。」
そう言って俺が開けた入り口から2人は入って行った。
するとその前にリリーが現れジ~とハクレイを見詰めている。
「体を綺麗にしないと上がれないわよ。」
「そうだったな。アケミーちょっと頼む。」
「は~い。」
ハクレイは機械の体なので靴なんて履いていない。
それに激しい戦いで破損し、それと合わせて汚れも酷い。
廊下や室内には絨毯が敷いてあるので床に傷は付きずらいだろうけど、家の中にこの姿で入れる訳にはいかない。
そしてアケミは返事と共にやって来るとハクレイを浄化し汚れを落としてくれた。
「綺麗になったね。何か問題は無いですか?」
「大丈夫なようですね。まるで心が洗われる様な心地でした。」
体に関しては洗うよりも綺麗になっているだろうけど、浄化によって異常がないなら有害な物も発していないのだろう。
疑っていた訳では無いけど本人が知らないだけと言う事も考えられる。
そしてリビングへと入るとハクレイは真っ先にアズサへと視線を向けた。
「始めまして。アズサと言います。」
そして視線を交わしたアズサはすぐに名を告げて軽く頭を下げる。
するとハクレイもそれに返し自己紹介をすると準備された席へと座った。
重さで潰れないかと心配はあったけど椅子は軋みすらなくその体重を受け止めているので、もしかすると見た目は金属でも意外と軽いのかもしれない。
そして、再びアズサに視線を向けるとハクレイは会話を続けた。
「あの、失礼ですが貴方は・・・その、人でしょうか?」
「うん。人だけど何かありましたか?」
ハクレイの言葉にアズサは首を傾げながら頭に疑問符を浮かべている。
周りと違い覚醒もしていないはずのアズサは俺達よりも人間と言えるはずだ。
いったい何をどう見れば人でない者に見えるのだろうか。
「いえ、ごめんなさい。私には精神生命体としての目もあるかので驚いてしまって。アナタの放つ光はとても大きいようですから。」
「異界の客人よ。それ以上、余計な事を言わないで貰えないかな。」
すると話の途中で誰かの声がハクレイの言葉を遮った。
そして声のした方に視線を向けるとそこにはスマホの画面に映し出されていたアマテラスがユカリを従える様にして立っている。
家に呼んだ覚えは無いけど、そう言えば報酬をユカリに渡しておくと言っていた。
そのついでに顔でも見せに来たのはわかるけど、どうしてハクレイの言葉を途中で遮ったのかは分からない。
もしかするとアズサとアイコさんの体質には神が関わっているのだろうか?
そしてハクレイは何かに気が付いたのか声のトーンを下げて言葉を返した。
「やはりアナタ達の仕業ですか。彼女の状態は普通ではありえません。囮にしているのですね。」
「だから彼女らの前でそれ以上は明かさないでくれないか。『パチン』」
そう言ってアマテラスが指を鳴らすとアズサとアイコさんは椅子にもたれ掛かる様に意識を失った。
しかし、どうやら聞かせたくないのはこの2人だけのようで俺達には変化は無いようだ。
「あまり記憶を弄りたくないんだよ。それとそろそろハルヤには本当の事を伝える頃合いかなと思ってね。君も色々と気になっていただろう。」
「そうだな。アズサに関して言えば特にな。」
ハルアキさんは既に事情を知っていそうだけど、それでも話せないと言う事は誰かに口止めでもされているのだろう。
それに今の会話からしてその理由は神に関係していると言う事になる。
ハルアキさんが何処まで知っているのかは知らなくても、それよりも詳しそうな者が話すと言うなら聞かせてもらおう。
そして、ようやくあの2人の体質について知る時が来たようだ。
今までは漠然とした過程で運が無いと思っていたけど、理由があるならこれで今後の行動も決めやすくなる。
どんな事がアズサに起きていようとも愛して守ると決めた以上は俺の選択肢は少ない。
決めるのも今まで以上に守るのか、もっと自由に活動してもらうのかの違いくらいだ。
今のところ学園内以外だと誰かが傍に居るので出来れば自由にしてやりたいとは考えている。
でも不明な点が多いのでそれが出来ていないだけだ。
アイコさんは意外と上手く躱しているので大丈夫だけど、アズサはまだまだ今の状況に慣れていないので心配が尽きない。
そのためアマテラスからいったいどんな話が聞けるのかが気掛かりだ。




