104 大漁 ②
巨大蜥蜴達は陸に上がると我先にと俺へと向かって来る。
水面を泳いでいる時はゆったりと優雅な動きなのに変わり身の早い奴らだ。
俺なんて獲物として見れば物足りないだろうにな。
そんな事を考えながら向かって来る巨大蜥蜴の首を斬り飛ばし、空中を縦横無尽に駆け抜ける。
斬った感じも固いと言える程の感触は無く、包丁で大根を切っている位の手応えしかない。
強化はかなりされているのだろうけど大きさが倍になっても強さまではそこまで上がっている訳ではなさそうだ。
それにこちらの動きに目が追いついて来ていないので何匹いたとしても俺の敵ではない。
どちらかと言えばドロップ品の事を考えればもっと居て欲しいくらいだ。
そして全ての巨大蜥蜴を倒した結果、半数が皮をドロップしてくれた。
「大収穫だね。」
「そうだな。これで生徒の装備も充実させられるな。」
「それなら校章を入れてマントにしてはどうですか?」
確かに物語だと小さめなマントに自分達の所属するマークを入れて羽織るのは良くあることだ。
少しオタクっぽいけどツバサさんなら喜んで作ってくれるだろう。
「そうだな。皆でお揃いのマントでも作るか。」
「ギャオーーー!」
「お、アイツもちゃんと居たみたいだな。」
湖に視線を向けるとこの階層のボスである巨大鰐が咆哮と共に登場した。
例にもれずこちらも巨大化しており、30メートル以上ありそうだ。
「ここは私達に任せて!」
「以前よりも成長した所を見せつけてやります。」
そう言ってアケミとユウナは大きく胸を逸らし巨大鰐に向かって宣言を行う。
それによってアケミの胸は少し揺れ、ユウナの胸は大きく揺れる。
本当に2人とも(特にユウナが)最近は成長が著しいな。
「お兄ちゃ!何処を見てるのかな!?」
「2人とも背が伸びたなと・・・。」
「フフ、我慢せずに言えばいつでも見せてあげますよ。あ、でも他に人が居ない所でお願いしますね。」
「私だっていつでも言ってくれたら見せてあげるんだからね。」
なんだか話が変な方向に進んでいるけど既に魔法の準備を終えているようだ。
ハッキリとは見えないけど空中に風刃が準備され、そこを中心に風と振動が伝わってくる。
そして巨大鰐は湖岸に到着して真赤な口を開けると絶叫の様な声を上げて向かって来た。
「ギャーーー!」
「「行ッけーーー!!」」
2人が手を振り降ろすと掛け声を合わせて魔法を放った。
その途端に周囲には暴風が吹き荒れ、風刃の触れている地面をも斬り裂いて進んで行く。
そして衝突と同時に巨大鰐は鼻先から縦に両断され、肉も骨も関係なく左右へと広がって行った。
しかし、その威力は巨大鰐に止まらず、その背後の湖すら対岸まで斬り裂いてしまった。
そして巨大鰐は先程の叫びが最後の絶叫となり、霞となって消えていく。
「ちょっと力を入れ過ぎたかな?」
「でも手加減して通用しなかったらお兄さんに笑われますよ。」
「それもそうね。あ、鰐皮が落ちてる!」
「やりましたね。どうですかお兄さん。私達が着てるジャケットよりも素材としては良いんじゃないですか?」
俺は鰐皮を手に取って鑑定すると確かに防御力500と出ている。
今着ているのが300なので確かに良い物と言って間違いない。
「そうだな。500だから6割増しって所か。これだけあればスキルによる制作の検証も出来そうだな。」
そしてドロップ品を回収すると俺達は周囲を見回して魔物が居ないのを確認する。
すると下りる階段の方から次第に足音が聞こえ始め、大量の猿たちが現れた。
しかも既にかなり興奮しているのか、女の子である2人には明らかに見せたくない状態で向かって来る。
「ウホウホウホ!」
「キキキーーー!」
すると興奮しながら向かって来る猿たちに対してアケミとユウナは落ち着いた感じにアフレコを入れ始めた。
「オンナダオンナ!」
「ヤッチマオウゼ!」
「こら!そんな下品な事を言わない様に。」
「「は~い。」」
それにしても、いったい何処でそんなセリフを覚えたんだろうな?
俺のエロ本は見つからない所に隠してあるし・・・。
ま、まさかツバサさんからいかがわしい薄い本でも見せられたのか!?
可能性があるとすればその一択なので帰ったら早速あの人とは色々と話をする必要がありそうだな。
そして、その背後ではアケミとユウナが小声でヒソヒソ話を行っていた。
「お兄ちゃんが隠す所って簡単だよね。」
「見つかってないと思っている所が可愛いです。」
「あんなの使わなくても私達はいつでもウエルカムなのに。」
「これはアズサ姉さんには頑張ってもらわないといけませんね。」
しかし俺は既にその場から離れ、向かって来る奴らに教育的指導を行っていた。
こんな卑猥な奴らを2人の目に触れさせておく事は許される事ではない。
それにしてもコイツ等の強化はアソコが元気になるだけとは毎度ながら不快な奴らだ。
次に生まれて来る時には腰蓑くらいは装備させてもらって来いと言いたい。
そうすればもう数秒は生かしておいてやるかもしれない。
俺は向かって来る猿の群れを蹂躙し、丁寧に刀を振って2撃目で始末して行く。
1撃目が何処にどういう結果をもたらすかは言わないでも分かるだろう。
その後も続々と魔物が押し寄せて来るので俺達にドロップ品を献上してくれる。
すると下に降りる階段の入り口が突然大きく膨らみそこから次の魔物が姿を現した。
以前に第二ダンジョンでも起きた現象だけど、魔物が通るためにダンジョン自身がその姿を変化させたみたいだ。
そして姿を現したのは何時もよりも巨大なエントと裸のドライアド達だ。
しかし幼かった姿のドライアド達はその見た目を成熟させ、美少女から美女へと姿を変えている。
「これは目の毒だよね(お兄ちゃんの)」
「そうだよね。(お兄さんが)状態異常になる前に焼き尽くそうよ。」
何やら2人が凄くやる気を見せ初め、眼前に炎の塊が数十と姿を現す。
俺は状態異常に対しては無効となっていると既に伝えてあるのできっと強化された相手の能力を警戒しているのだろう。
それにしてはアケミは相手の胸の辺りを強く睨んでいる気がする。
確かに標準がメロンサイズで個体によってはスイカ並みのもあるけどやっぱり気にしてるんだろうか。
「やっぱり焼き尽くさないとダメみたいだね!」
「ええ、あの視線は私達に向けられるべきものです!」
少し個体差を確認していただけなのにどうやら勘違いを生んでしまったみたいだ。
2人は更に魔力を注いで火力を上げていくと鋭い視線で魔物を睨みつける。
ただ、その視線が一瞬俺に向いた時にはドキリと危機感を感じたのは黙っておこう。
「猛ろ業火。眼前の敵を灰燼に帰せ。」
「我が怒りを受けし業火よ。如何なる敵をも飲み込み無へと還せ。」
「「ダブル・ロスト・インフェルノ!」」
すると周囲に浮かぶ全ての炎が一斉に動き出し、相手に向かいながら一点に収束していく。
そして、次第に炎の色が赤から白へと変わって行き、魔物に触れた瞬間に激しい光を放った。
そして光が収まった後には何も残っておらず、まさにロストと命名されるに相応しい魔法であるのを感じる。
しかし・・・しかし、本当に何も残っていないのが問題だ。
「見たか。私達の本気を!」
「想いの勝利です!」
「コラ、2人とも。そういう事は視線を逸らさずに言いなさい。ドロップ品が何も残ってないぞ。」
現れた敵の数は200近く居たのにポーションすら残っておらず、着弾点には溶岩と化した大地とクレーターが残るだけだ。
エントからドロップするはずの木材すら既に燃え尽きて残ってはいない。
どうやら、あまりの火力にドロップ品すらロストさせてしまったようだ。
「ねえ、お兄ちゃん。これも妹の愛の強さだと思って。ね!」
「お兄さんはこれだけ愛されてるって事ですよ。ね!」
まあ、2人が暴走するのは今に始まった事ではない。
でも貴重な素材を無駄にしてしまった事は俺自身も辛いけど叱らなければならない。
「仕方ないな~。次回は気を付けるんだぞ。」
「「は~い。」」
あれ?叱らないといけないはずなんだけどこれで良いのだろうか。
・・・まあ、注意はしたから今日はこれでも良いかな。
次の時に気を付けてくれれば問題ないだろう。
「それにしても、魔物が勝手に落ちて死んでいってるな~。」
奴らはエントと歩調を合わせていたため、魔法で出来たクレーターが下へ降りる通路の手前まで出来ている。
その為、勢いよく出て来た奴らが勝手にクレーターに落ちてそこに溜まっている溶岩で焼け死んでいる状態だ。
ちなみに今来ているのは猪と猪男で弱点属性が火であるのは言うまでもないだろう。
獣系は火に弱いので落ちれば一貫の終わりだ。
しかも後ろから押される様に次々に落ちているのでしばらくは放置で良いだろう。
大量のドロップが散乱しているけど後で回収できることを願いたい。
そして、1階層では生徒達も激しい戦闘に突入していた。
「次々に湧いてくるぞ。」
「後衛はポーションを切らすなよ。」
彼らは激しい戦闘の中でも声を掛け合い、互いに連携を取ってゴブリンの群れを押し止めている。
しかし、それを可能にしているのは更にその先の前線で戦う犬達だ。
彼らがゴブリンを間引き適度な数を送っているからこそ、昨日の今日でレベルの低い学生たちでもなんとか対応が出来ている。
裏を返せばその辺を上手く調整されているのだが、そこに気付ける程の余裕は生徒たちにはない。
「今度はミドルが来たぞ。こっちはホブだ。」
「ミドルに2人、ホブには5人で当たれ。周りはノーマルを近づけさせるな。」
「任せろ!」
そう言って盾を装備した前衛がホブへと突撃して行く。
しかし攻撃を受けたりはせず、牽制のみに努めている。
すると背後から支援の魔法攻撃が放たれホブの顔を炎が覆った。
「今だ!手足を狙え。」
まだ彼らではホブを一刀で切り捨てる程の力は無い。
しかし、その巨体から放たれる突進や、手に持つ武器は厄介だ。
最初の頃にそれで仲間が大怪我をして立て直すのにかなりの苦労をしていた。
「武器を落としたぞ!」
「後ろを取れ!油断するなよ!」
生徒たちは的確にホブを囲い、数の利を生かして危なげなく止めまで持って行く。
既に実戦の中で連携が生まれて役割分担も出来つつあり、この姿を見ればハルヤも関心と共に賞賛の言葉を贈っただろう。
「それにしても先生の付けてくれた犬達は凄いな。」
「あれを忍犬と呼ぶのか?壁とか走ってるし。」
「それどころか空中を走ってる時もあったぞ。」
「俺達もあんな事が出来る様になるのかな。」
戦いながら彼らは犬達へと羨望の眼差しを向ける。
そして、自分達もいつかはあの様に強くなりたいと希望と共に願うのだった。
するとそんな彼らに後方からこの場には似つかわしくない穏やかな声が掛かる。
「そこの子達、あまり余所見をしてると危ないですよ。」
その瞬間、彼らの横を鞭の様な鋭い攻撃が通過し、襲い掛かろうとしていたゴブリンを破裂させ地面を抉る。
どうやら威力が有り過ぎて吹き飛ぶ前に相手が砕けてしまったようだ。
そして視線を向けた先には腕を鞭の様にして振り下ろしているオウカの姿がある。
それを見て無駄口を叩いていた彼らの額からドッと汗が吹き出した。
「「「・・・。」」」
「気を付けてね。」
「「「はい。」」」
いったいどちらに気を付けろという意味なんだと言いたい気持ちを押し込め、恐怖の中で素直に返事と頷きを返した。
恐らくは自分達が今の攻撃を受けてもゴブリンと大して変わらない未来が待っていただろう。
それを思い周りも更に危機感を持って戦い始めた。
どうやら美人な彼女に鞭で打たれてみたいと言う猛者はいないらしく、オウカは周りを見渡しながら他にサボっている者が居ないかを確認する。
「この程度の相手なら私が手を出さなくても大丈夫そうですね。でもハルヤ様から任された大役ですから彼らには死なない程度に頑張ってもらいましょう。いざとなったら私の香りで精神を高ぶらせれば死をも恐れない戦士にできますしね。」
そして恐ろしい独り言をぼやきながらオウカは生徒たちを見守り順調な事に笑みを浮かべる。
しかしテイムされたばかりの頃の内気な彼女は何処へ行ったのか?
オウカも明らかにハルヤたちの影響を受けているのは明らかだろう。
この日から生徒たちはオウカに恐怖を、犬達には希望を抱くのだった。
そして3階層でも激しい戦いが繰り広げられていた。
しかし既に学園からの援軍も到着しているため殲滅速度はハルヤたちの比ではない。
「はー!」
そこにはもちろん元気100倍のツクモ老も加わっている。
彼の1撃は空気を震わせ、眼前の敵を間合いの遥か先まで霧散させる。
「ハハハ!雑魚共が湧いてきよるわ!」
「師匠、あまり突出すると生徒たちの分が居なくなってしまいますよ。」
「おお、そうであったな。しかし、このダンジョンをもっと早くに使っておくんじゃったな。そうすればもっと力を早くに取り戻せておったのじゃが。」
ツクモ老は悔しそうに魔物の方へと視線を向ける。
敵が弱いので無双状態で戦えるのでそれはそれで楽しいが、やはり強い相手と血沸き肉躍る戦いには敵わない。
恐らくは日本人の覚醒者の中で最も戦闘狂なのはこの老人で間違いないだろう。
その姿に横から話しかけたハルアキも溜息を吐いた。
「それにしても、精霊魔法とは便利ですね。私の式神とはまた違った感じがします。」
視線を前線に向けるとそこでは炎の巨人が魔物を片っ端から焼き払っていた。
リアムが呼んだ火の精霊はオーガ以外の魔物との相性が良く、こちらも無双と言っても良いだろう。
しかも火の精霊はお調子者なのでテンションが上がって飛んだり跳ねたりとアクロバティックに動き回っている。
その為、適度に取りこぼしが生まれ、他のメンバーはそれを刈り取るだけの簡単なお仕事となっていた。
そんな中で特に頑張っているのはアメリカ組だろう。
彼らは抜けて来た魔物へと率先して向かい、危なげなく殲滅している。
そこには以前の様な無謀な遊び心は無く、冷静で的確な動きが見て取れる。
「彼らはハルヤ君に何度か指導された様ですが動きは悪くないですね。」
「ウム、最近は弟子も居らんし、儂がダンジョンに入る時には連れて行っても良いかもしれんな。」
ツクモ老も衰えが激しくなるまでは日本中を移動しては魔物との戦いに明け暮れていた。
しかし、どんな人間にも限界があり、前線を退いてからはこれまでの人脈を利用して学園を創立し、同時に後進の育成にも力を入れていた。
そして、そんな中でハルアキは彼の最後の弟子であった。
しかし、そのまま老いて死ぬ人生を歩んでいた彼も覚醒者となった事で人生が急変する事になる。
今では戦士として全盛期を越える肉体を手に入れ、同時に弟子を育成する喜びを知る彼は新たなターゲットを見つけた様だ。
いや・・・犠牲者と言った方が正確かもしれない。
どうやら彼らの真の受難はハルヤが始まりではなく、ただの切っ掛けだった様だ。
そしてハルアキは新たな犠牲者となる彼らと自分を重ね僅かながらでも助け舟を出しておく事にした。
「お手柔らかにお願いしますよ。昔の様なスパルタだと今の子供たちは着いて来ないかもしれませんからね。」
「何を言っておる。たかが熊を生け捕りにしろと言うのがスパルタなはずが無かろう。」
「それ以外にも色々あったでしょ。師匠は基準がおかしいのですから気を付けてくださいね。」
しかし助け舟は瞬く間に沈没し、彼らの知らない間に新たな地獄が背後から忍び寄るのだった。
そしてその頃、狙われているとも知らない当事者たちは・・・。
「ヤベー・・・今までに感じた事のない悪寒を感じる。」
「不吉な事を言うなよ。」
「でもみんな感じてるんだろ。顔色が悪いぜ。」
「こんな時こそ、体の温まるこのスープを!」
「「「「「いらねーよ!」」」」
そんなやり取りが行われおりドロシーは差し出した激辛スープを自分で飲み干していた。
そして微妙に平和な3階層では次の行動に移り数人が動き始めている。
「それではこちらを任せましたよ。」
「儂らに任せておけ。お前達は10階層に行ってハルヤたちを手伝ってやるのじゃ。」
そしてハルヤとユウナの家族はその場をツクモ老に任せて下層へと向かうために地上へと向かって行った。
そして彼らを追ってツキミヤもバイクを走らせ始め、それを見送るツクモ老はその顔にニヤリと笑みを浮かべる。
「よし、これからは儂が奴らを教えるのに問題は無いな。」
「私は中学生以下の子たちを教えるのでお好きにどうぞ。ただ、もう一度言っておきますがやり過ぎない様に。」
「分かっておるわ。」
そして今回の突然なトラブルも最終局面へと移行していくのだった。




