103 大漁 ①
「それじゃあ、中の奴らは頼んだからな。」
「ワン!」
俺はもしもの時の為に残しておいた犬をダンジョンの中へと向かわせた。
アイツ等なら遠吠えと鋭い聴覚ですぐに生徒たちを見つけて戻って来るだろう。
そして次に事務所に待機している警官へと声を掛ける。
「すみません。非常事態の通達をお願いします。」
「あ~ハイハイ、非常事態ですね・・・。ひ、非常事態ですか!?」
非常事態の通達はこの周囲にいる覚醒者の強制召集を意味する。
主に魔物が溢れ出したり何かのトラブルや救助が必要な時に出され、周辺の住民にも強制非難が行われるので冗談では済まない事態になる。
場合によっては自衛隊の出動も有りうるので彼が目を剥いて驚くのも当然だろう。
「・・・分かりました。すぐに発令します。」
この警官の人との付き合いもかなり長いので悩む様な表情を一瞬浮かべた後にすぐに了承してくれた。
そして俺の携帯を含めてアラートが鳴り響き伝達がされた事を知らせてくれる。
すると30秒もしない内に家の方から母さんたちがやって来たので、まさにあの名作アニメの空族も驚きの速度だろう。
既に完全武装なのですぐにでもダンジョンへと突入できそうだ。
「早かったね。」
「ユカリちゃんが教えてくれてたから急いで準備して来たの。」
「魔物が大発生するって聞いたけど!」
「俺が聞いた話だと5000は湧くらしいよ。それにかなり深い魔物も出て来るって言ってた。」
「それは久しぶりにやりがいがありそうね。」
「何処で迎え撃つの?」
「地上だと不味いから3階層が良いと思うんだけど。」
「そうね。ハルヤの生徒たちは使えそうなの?」
「まだまだ無理だろうけどミドルとノーマルゴブリン位ならどうにかなると思うよ。出来れば装備を揃えてから参加させたかったけどね。」
「常に相手が待ってくれるとは限らないわ。私達の時もそうだったようにね。」
「そうだね。」
そして、しばらくすると犬達も集まり始めてオウカやハクもやって来た。
「ユカリ様よりこちらに来るように言われて来ました。」
「助かる。オウカには俺の生徒たちを任せようと思うけど大丈夫か?」
「お任せください!」
オウカは各地を回る事が多いので最近はダンジョンへあまり足を踏み入れていない。
それでも20階層までの魔物には負けない強さを持っているので生徒たちのサポートをしてもらう。
あれでもイレギュラーで強い魔物が湧いたら困るからな。
「ハクは俺達に付いて3階層だ。範囲攻撃は任せたからな。」
「クー!」
そして次にやって来たのは病院理事長であるオオサワさんだ。
この人の病院もここからそれ程には離れていないので短時間で駆けつけてくれたようだ。
「どうやら厄介事が起きた様じゃな。」
「そうなんです。いつもながらに神様の伝達が遅くて。」
「毎度困ったものじゃな。あちらの事務はどうなっておるんじゃ?」
「全くです。」
こんなギリギリで言われても準備も碌に出来ない。
せめて朝にでも言ってくれていればダンジョンの中に既に発生している魔物くらいはかなりの数を狩る事が出来たのに。
今のところ軽く見積もっても30階層までの魔物が出て来るとしても1500匹は居るだろう。
今回現れる魔物の数と合わせると6500匹にもなる。
下手をするともっと下からも上がって来るとすれば7000匹を越えるかもしれない。
本当に神様と言っても困った方々だよ。
以前にユカリが言っていた上の為に頭を下げると言うのもなんだか苦労が分かる気がしてきた。
すると今度はバイクのエンジン音を響かせてツキミヤさんがやって来た。
そしてエンジンを停止させてスタンドを立てるとこちらへとやって来る。
「まさかアラートが本当に鳴るとはな。」
「まだ魔物は出て来てないけどあと1時間もしない内に魔物が大量に発生する。ツキミヤさんは先行して3階層を制圧しておいてくれ。」
「任せておけ。」
そう言ってゲートを開けるとバイクに乗ってダンジョンへと入って行った。
そのタイミングで生徒たちもダンジョンから出て来た様でゲートを潜ってこちらへとやって来る。
「なにかトラブルですか?」
「なんだかみんな集まってるみたいですけどもしかして全員が覚醒者ですか?」
俺は先程の話を生徒たちに話し、メンバーを紹介しながらこれからの指示を出す。
「皆にはオウカと犬たちをサポートに付けるから2階層までの魔物を任せる。どれくらい湧いてくるか分からないから気を付けろよ。それとスキルが選べる奴はすぐに鉄壁を覚えろ。生産系は後回しにしてまずは戦えるようにするんだ。」
彼らには既にそれぞれに選ぶスキルは決めさせてある。
前衛は身体強化を選び、後衛は魔法を選ぶように言ってある。
今回は回復をポーションに頼るので回復魔法は後回しだ。
「それと俺の家族であるオウカを紹介しておく。しっかりと言う事を聞くようにな。」
「「「はい。」」」
「あの・・・綺麗な人ですけど身内には見えませんよね。もしかして彼女さんですか?」
すると女性の1人が勘違いをしたのかオウカにそんな事を問いかける。
入学式の時に俺にはアズサが居るとツクモ老が宣言していたのを忘れているのだろうか。
ただ、今はアケミとユウナも居るのであの時とは状況は違うけど。
しかしオウカは人と話すのにあまり慣れていない為か顔を真赤にしてしまった。
そして両手を左右に振りながら必死になって言葉を返す。
「あ、その、まだと言うか、あの、違います。私はそう言うのではなくて。目指しているというか・・・。」
すると女性陣の目が確かに一瞬輝いて見えた。
そして、いまだに相手が居ない6人の男連中からは何故か黒いオーラが立ち上っている。
しかもその視線の先に居るのは何故か俺なので生徒たちは何か勘違いをしてしまったみたいだ。
しかし訂正しようにもそろそろ俺達も向かわないといけないので、これについては後ほどちゃんと説明しておくことにする。
ただ女性陣とは打ち解けている様なので問題なく彼らを任せられそうだ。
「オウカ。」
「は、ひゃい!」
「俺はそろそろ行くけど、そいつ等は任せたからな。」
「だ、大丈夫です!」
するとオウカからは元気な返事が返って来た。
俺はそれに手を振って返すと他のメンバーと一緒にダンジョンへと突入していく。
「他の皆は間に合うと思う?」
「ギリギリか少し遅れるくらいだと思うよ。でも魔法を使えるメンバーが少ないのが少しキツイかな。リリーはどうしたの?」
「犬達に指示を出してから後で来るそうよ。以前にユカリちゃんのお家の件もあるから周囲の警戒もさせてるみたい。」
アンドウさんの話によれば邪神の影響を受けている人間がこういうタイミングで動く可能性があると言っていた。
警察官も周囲を警戒してくれているけど場合によっては覚醒者の力が必要になる様な事態も起きるかもしれない。
そう言った時は犬達が対応する様にしているようだ。
「アズサたちは大丈夫かな?」
「あの2人はユカリちゃんが自分の所で匿ってくれてるわ。最近は他の神様も少しは力を取り戻してるみたいだから守るくらいは出来るそうよ。それにオメガも付けてるから大丈夫。」
しかしオメガは守護獣となったらしいけど、その詳細は未だに不明なままだ。
何でもクラタ家の誰かに危機が訪れないと発動しない称号らしい。
与えた神様自身も守護獣の能力は個体差が大きいのでその時までは分からないそうだ。
ただし、その時はアズサが危ない瞬間かもしれないので出来ればいつまでも発動しない事を望んでいる。
「今回は邪神がちょっかいを掛けて来てる訳じゃないから大丈夫よ。先日の旅行の時には逸れのオーガがホテル前に現れたって話だけど。」
「その為にアズサとついでにアイコさんの守りを固めてるんだよね。」
あの時はハルアキさんが事前にホテルの周辺に結界を張る事で対処していたそうで、さすがアイコさんを何年も守り続けてきた実績は伊達ではない。
そして出会う魔物を倒しながら俺達は3階層へと到着した。
「俺は先行して時間まで魔物の数を減らしてくるよ。」
「私達はここで皆を待って待機しているわ。」
「オオサワさんもお願いしますね。」
「ここは大丈夫じゃから行って来い。」
今のメンバーで魔法使いはオオサワさんだけだけど、この人も日頃からダンジョンに潜って階層を伸ばしているので大丈夫だろう。
なので俺はここに3人を残してダンジョンの奥へと進んで行った。
そして20分ほどダンジョンを走り回り魔物を減らしてから母さんたちの待つ3階層へと戻って行く。
するとそこには既に学園からのメンバーも揃って準備を整えていた。
「お兄ちゃんお待たせ~。」
「話は聞きましたけど今回は大変そうですね。」
その中にはアケミやユウナも来ていて俺が戻るとすぐに気が付いてやって来た。
他にもリアムやアメリカ組のドロシー達も居るので人数的には10人を越えている。
「意外と早かったんだな。」
「パトカーがすぐに来てここまでの道を全部封鎖して送ってくれたの。」
「既に即席で装備も変更済みですから何時でも戦えます。」
どうやら、ここに居るメンバーには予備の装備を配り終えているようなので、あれならステータスの底上げには十分だろう。
「なら、ここは任せたから俺は更に下に降りる。しばらく戦って余裕がありそうなら、ウチのメンバーは10階層に降りてきてくれ。」
「そうか、あそこからは状態異常を持った魔物が沢山出るもんね。」
「耐性が無いとかなり大変そうです。」
1種類の魔物だけなら慣らしながらでも何とか対処できる。
しかし、それが何種類も入り乱れて来ると耐性が無い覚醒者では脅威になるだろう。
俺達の経験だとこの戦闘の間に獲得できるであろう耐性は毒くらいだ。
それでも体力の消耗を加速させるので厄介な状態異常になる。
すると俺達の会話を聞いていた父さん達もやって来た。
「それならアケミとユウナも連れて行け。ここはリリーが居れば問題ない。」
「そうです。ここは私が居れば大丈夫!」
そう言って小さな体で大きな杖を何度も振り下ろす姿は可愛いと思うけど、その方向が俺なので少し角度を変えてもらいたい。
なんだか「ここは任せて先に行け」ではなく「ここは任せてあっちへ行け」と追いやられているようだ。
しかし、それにアケミとユウナの明るい声が返された。
「さすがリリー。後でご褒美をあげるからね。」
「帰ったら楽しみにしていてください。」
「アナタ達も僕を任せたわよ。」
なんだか変なワードが聞こえたけど聞き流しておいてやろう。
今は肉体言語で会話する余裕はないからな。
そして俺は傍まで来ていたリアムとドロシーにも声を掛けた。
「リアムは問題ないか?」
「大丈夫だよ。ここでみんなと頑張るからね。」
そう言ってリアムは胸の前で両手を握り元気な声を上げた。
こういった群れとの戦闘では炎の精霊魔法は効果的なのでしっかりと活躍できるだろう。
出来ればこいつも下の階層に連れて行ってやりたいけど耐性が無いので今回はお預けだ。
本人もそれがが分かっているのか以前の様に我儘を言う気配はない。
「それとドロシーは久しぶりのまともな戦闘だから気を付けろよ。」
「はい先生。これが終わったら何処かに食べに連れて行ってください。」
そう言えばアメリカ組の奴らでコイツだけ辛党なんだよな。
きっと周りとあまり味覚が合わなくて苦労しているのだろう。
「それなら終わったら皆で焼き肉を食いに行くか。あそこなら頼めば裏メニューに激辛薬味を出してくれるらしいからな。」
「はい!楽しみにしていますね!」
しかし話の途中で左右にアケミとユウナがやって来て両脇から腕を絡めて来る。
そして、そのまま引き摺る様にして移動を始めてしまった。
「そろそろ行かないと間に合わないよ。」
「あの子の事に関しては後程ゆっくり聞かせてくださいね。」
そして連れて行かれながら2人からは肌を刺す様な威圧が伝わってくる。
今の俺でこれなのだからゴブリンなら睨むだけで死んでしまいそうなので、もしかすると強力な新たなスキルを手に入れたのかもしれない。
俺は首を傾げているドロシーに見送られながらその場を離されていった。
そして、どうにか2人に腕を離してもらって猛スピードで地上へと上がる。
2人のスピードだと足りないので俺が腕に座らせるように抱えて移動中だ。
すると先程の不機嫌は何処へ行ったのか今はとても楽しそうに俺の頭に抱き着いている。
別にスキルの遠見で視界を塞がれても前は見えるのだけど視線を横に向けると2人の裸まで見えてしまう。
結婚を約束した仲とは言ってもそちらに視線を向ける訳にはいかず、今は真直ぐに前を見て走り続けているところだ。
「2人ともあまり視界を塞ぐなよ。」
「良いじゃん。見えてるでしょ。」
「見えちゃいけない物まで見えるから言ってるの。」
「ならこの辺でしょうか。」
するとユウナが何故か位置を移動して俺の視界に入る様に腰を動かす。
それだけでもお尻の柔らかさが感じられてハッキリ言って精神力をガリガリと削られている。
「あの・・・ユウナさん?」
「サービスタイムです。」
「あ!なら私も~。」
口は災いの元と言うけどこれを不幸と言うのは明らかに違う気がする。
でもこの事がアズサに知られるとまた何かを言われてしまいそうだ。
普段は仲が良いのに時々競う様に何かをしてくるのでアズサへの埋め合わせを考えながら更に速度を速めた。
その後、俺は何とか精神力のケージが尽きる前に外に飛び出して転移陣へと飛び込み2人を地面に降ろす。
そして少しすると転移陣のある部屋に風景が変わり2人へと声を掛けた。
「急いで向かうぞ!」
「「は~い。」」
先程の事で2人は十分にリフレッシュできたみたいで俺とは違いリラックスした返事が返って来る。
でもこういう悩みがある時点で恵まれているのかもしれないとあの6人を思い出して考えを改める。
そして部屋を出て階段を下り、フィールドに到着するとダンジョンに変化が現れた。
周囲に気配が充満し黒い霞が立ち込め、それらは次第に形を形成していく。
「時間が来たみたいだな。」
「今の内に準備しちゃうね。」
「先制攻撃で少しは余裕が出来るかな。」
今までの検証でこの状態では実体がまだないので攻撃が通用しない事が判明している。
そして実体を持っても数秒は意識が覚醒しておらず、動きが止まる事も判明しているのでその瞬間を狙って数を減らそうと言うのだろう。
見るからにここだけで100を超える魔物が生まれようとしている。
元からいた魔物と合わせれば150以上の数になるだろう。
そして、アケミとユウナも片手にポーションを握り、限界まで魔法を発動して待機状態で待っている。
そのため頭上には大量の石槍が浮遊し、その瞬間を待ち構えて標的へとその研ぎ澄まされた先端を向けていた。
そして魔物が実体を持ち、ザラザラな肌が姿を現したその瞬間にアケミとユウナは一斉に石槍を発射した。
「行っけー!」
「滅びなさい!」
そして2人の魔法は近くに居る魔物の頭部を順番に粉砕して行く。
最初にこの魔物と遭遇した時には一撃で仕留められなかったので2人もあれからかなり強くなったものだ。
そして容赦のない先制攻撃によって新しく発生した魔物の大半は消え去り、その場にアイテムを残して消えて行った。
魔法はこういう時の殲滅力が高いけどドロップ品を拾うのが大変だ。
俺が湖を掃除している間に2人にはそれらを拾っておいてもらえば良いだろう。
「俺は湖に残ってる魔物を倒して来るから2人ともアイテムの回収は任せたからな。」
「了解。」
「分かりました。」
そして既に湖の中の魔物たちもこちらへと向かって来ている。
今日は余計な事を考える必要はないのでとっとと始末してしまおう。
そして湖に向かっているとなんだか以前との違いに気が付いた。
「なんだか影が大きい気がするな。」
こちらに向かって来る波紋がいつもと違ってかなり大きい。
まるでこの階層のボスである巨大鰐が何匹も居るようだ。
そして最初の1匹目が陸へと上がると、大蜥蜴は長い舌を出し入れしながら俺と見事に目が合った。
しかし、いつもは少し見上げる程度の場所にある顔が大きく見上げないといけない程に高い。
「もしかして最初から居た魔物に関しては強化されてるのか?・・・聞いてねーよ、そんな事!」
「キシャーーー!」
すると俺の叫びをかき消すように2倍ほどの15メートル級となった大蜥蜴が健康そうな真っ白い歯を剥き出しにして襲ってくる。
そして俺を丸呑みに出来る程の大口を開けるとそのままジャンプして飛び掛かって来た。
「でもこの程度なら許容範囲内だな。」
俺は噛みつかれる直前に横へと移動し、通り過ぎる瞬間を狙って首を切断して更に横へと飛びのいた。
それによって巨大蜥蜴の首は宙を舞い、体は俺の居た場所をそのままの勢いで駆け抜けていく。
そして少し進んで致命傷を受けた事に気が付いた大蜥蜴は黒い霞となって消えて行った。
「もしかすると他の階層も驚いてるかもしれないな。」
そして地面を見ると意外な事に大蜥蜴はドロップとして皮を残してくれている。
俺はそれを素早く拾って鑑定すると防御力200と出た。
「鰐皮が300だったから少し低いな。まあ、生徒用にでもしてもらえば良いか。」
せっかく手に入れたドロップ品で今後は手に入らないかもしれないので無駄なく使わせてもらう。
しかし、そうなると俄然やる気が湧いて来た。
もしかすると今回の事で不足がちな素材類が手に入るかもしれないので、なんだか向かって来る蜥蜴たちが装備品に見えてくる。
あれだけ居れば全員分を作っても十分に余るだろう。
俺は先程までの不満を完全に忘れて巨大蜥蜴が岸に上がって来るのを待ち構えた。




