101 生徒とダンジョン ②
この第一ダンジョンは今日からの訓練に合わせて魔物の数を調整している。
どんな調整かと言うと1~10階層の魔物はその階層の最大値である50匹に調整して初心者が狩る事の出来る魔物を増やしてある。
ただ、1日に各階層に発生する魔物の数が10で、ダンジョン全体での発生数は100となる。
なので全体で調整を行い、経験値を無駄にしない為に全体的には1日で100匹の魔物を倒す事にしてある。
それと数に関してはダンジョン前にある警察官の出張所で毎日データとして残してくれているので聞けば分かる様になっている。
そして外に残して来た生徒は先程の警官から細かな説明は受けており、連れている10人に関しては手元の紙を見ながら俺が説明しているところだ。
「それと力を手に入れたらその人にはIDカードが支給されるから無くさない様にな。失くしたらすぐに外の受付に連絡してくれ。使用を止めて新しいカードを発行してくれる。」
「注意とかはされないのですか?」
「頻繁にだと小言くらいは言われるだろうけどな。でも皆には早い段階でアイテムボックスを取得してもらうから落とす心配はない。」
俺達と違い彼らには急いで強くなる理由はない。
そういった状況にはしないつもりなので早くても1年で1人前になってもらえれば良いと思っている。
それに日本は戦争をしないし他国への侵略もしないので覚醒者が戦争に参加する心配もない。
他国ではアメリカの様に覚醒者を軍に所属させている所もあるようだけど、俺達の扱いは事実上の一般人だ。
特に日本の覚醒者は相手が攻めて来ればともかく、こちらから好き好んで攻めたりはしない。
もし人質を取って俺達を戦わせようとするなら、相手国よりも先にこの国の政府が滅びる事になるだろう。
そしてダンジョンを進んでいると通路の先にゴブリンを発見した。
久しぶりに見るノーマルゴブリンは少し前の事なのに懐かしくさえ思える。
しかし生徒には違う様で力を得ていない彼らからすれば、この地球上のどんな生物よりも危険な存在と言える。
攻撃は毛ほどの傷も付けられず最後には蹂躙されるのがオチだ。
特に女性陣に関して言えば悲惨な未来しか待っていない。
ただ、それは何も準備をしないで1人で対峙すればの話となる。
「説明するから聞いてくれ。さっき配った木刀はある組織が準備した特別製だ。それを使えば弱い魔物は倒せるから頑張って殴り殺してもらいたい。」
「あの?どうして木刀なんですか?」
「製作の関係で木刀の方が加工しやすかったからだ。その木刀の素材も15階層にいる巨木の魔物であるエントからドロップした特殊な素材を使ってある。」
「てっきり普通の木刀だと思ってました。」
「これもダンジョンから手に入れた素材なんだな。どうやって作ってるんだろう?」
見た目は確かに唯の木刀で、製法に関しては秘密と言う事で教えてもらえなかった。
ただし俺の頭だと教えてもらえたとしても理解が出来なかっただろう。
それに材料さえ準備できれば1本を10万円程で作ってくれるので壊れても簡単に買い直せる。
どうせこの時にしか使用しないので壊れる事も稀だろう。
次以降は魔物から奪った剣やナイフでも倒せるようになるので、それを使って戦ってもらう予定だ。
「それなら俺から行っても良いですか?」
「おう、頑張れ。」
「はい。加藤 慎吾行かせてもらいます。」
そう言って名乗りを上げるとゴブリンへと向かって行った。
彼は身長が2メートル近くあり、体も鍛えている様で筋肉質だ。
そんな彼に対してゴブリンも敵意を剥き出しにして駆け出し、手にある棍棒を振り上げた。
「やーーーー!」
「ギェギャギャーーー!」
ゴブリンは体格の違いを気にする事なく棍棒を振り下ろして木刀を正面から防ごうとする。
しかし、身長だけでも2倍に近い体格をもつカトウの攻撃は防ぎきれず、呆気なく後方へと弾き飛ばされた。
それを追って即座に間合いを詰めるとボールを蹴る様にゴブリンへと攻撃を放つ。
「オラー!」
「ギャギャ!」
しかし、その1撃は腹部へとヒットしても有効打にはならずゴブリンを更に弾き飛ばすだけに留まった。
「今は木刀じゃないとダメージにならないぞ。」
「了解ッス!」
これが覚醒者なら今ので決まっていたかもしれない程の豪快な一撃だった。
それにカトウの返事には戦闘に対する手応えからか、既に勝利を確信しているようで余裕が感じられる。
そして再び間合いを詰めて木刀を上段に構えると倒れているゴブリンへと容赦なく振り下ろした。
ゴブリンは持っていた武器を1撃目の衝突で手放しているため攻撃はそのまま頭部を捉え、まるで粘土を殴ったかのように大きく変形させる。
その直後にゴブリンは霞の様に消えていき、その場には勝利した加藤だけが残された。
しかし初めて命を奪い合う戦闘をした為か、短時間だったのにも関わらず息が荒くなっている。
俺はそんな加藤に歩み寄ると呼吸が落ち着くのを待って声を掛けた。
「よくやったな。選択は出たか?」
「あ、はい。Yes/Noの選択肢が出てます。」
「それを選択すると激痛が起きて意識を失う可能性があるからダンジョンから出てからYesを選んでくれ。それと視界は確保されているか?」
「はい。大丈夫です。」
ちなみに以前の様な説明文や、視界を妨げる様な状態はユカリに言って改善してもらっている。
今では視界の端に選択肢が出る位なのでしばらくはそのままでも大丈夫なはずだ。
ただし、あの痛みだけは改善される事が無いらしく、この後は病院に行ってそこで選択を行ってもらう事になっている。
実のところ、あの痛みは肉体的な痛みではなく、もっと根幹の部分である魂から上がる痛みらしい。
何でも経験値=邪神の力を取り込めるようにするために魂を作り変えているそうだ。
そうしないと以前に第三ダンジョンを埋めた自衛隊の様に邪神に取り込まれてしまうのだとユカリが言っていた。
細かい所は良く分からないけど、覚醒者となれば邪神の影響を受け難くなると言う事だろう。
「なら次に向かおう。人数分は既に見つけてるから終わりしだい地上に戻って今日の戦闘は終わりだ。」
「意外と呆気なかったですね。」
「言っただろ。お前らなら問題ないって。魔物を倒すのに一番の問題は攻撃が通るかどうかなんだ。それさえクリアできればインドア派の高校生でも倒す事が出来る。」
その例えの高校生は以前の俺自身なのは言わないでおこう。
今ではその当時の面影も無いほどに体が引き締まってるから言っても信じてもらえそうにない。
それにしても木刀と視界の件は無事に成功していて良かった。
どちらも試すのが初めてでぶっつけ本番だったので、彼が最初に志願してくれて本当に助かった。
そして男性陣は続々と魔物を倒していき、次は女性陣が戦う事になった。
この班では男性が6人に、女性が4人だ。
元々全体の比率が男性の方が多いので他の2つの班も同じような比率になっている。
「よ~し男共。さっそく見せ場が来たぞ。」
「「「お~~~!」」」
綺麗な女性の前では良い格好がしたいのは人としては当たり前として、ここは自主性を尊重し任せる事にした。
精神面でも俺と同じにならないように少し緩和してもらっているので、力を手に入れる前に上手く刷り込み・・・ゴホン!好意を持たせることにも成功しているようだ。
こうやって仲間意識があればパーティも組み易いし、これから恋愛にも発展するかもしれない。
「俺は後ろで見てるからしっかりアピールして来い。」
「「「アザーす!」」」
魔物を倒せて更に力を手に入れる事で心に余裕が生まれたのか、かなりテンションが高くなっている。
それに男性はスポーツ系の部活から引き抜いているそうなので元々がこういったノリなのかもしれない。
女性陣もそんな彼らを見て少し笑みが零れているけど、さっきまでは魔物を殴り殺すスプラッタ系の光景が続いていたので仕方がないだろう。
そして進んでいるとゴブリンの方からこちらへと向かって来るので先程の声でこちらの位置が伝わってしまったみたいだ。
「そろそろ気を引き締めろよ。今は後ろに居るのは女性だけど、パーティを組めば後ろには魔法主体の後衛が控えてるんだ。絶対に敵を通さないつもりで相手しろ。」
初期の段階だと魔法使いなどは力が弱く、多くの敵に襲われれば押し倒される恐れもある。
前衛は常に命を懸けて敵を押し止めるのが仕事なので漢の見せ所だ。
「よし、それなら俺が一匹の攻撃を受け止める。そうしたらそっちで武器を弾いて足を攻撃してくれ。」
「それじゃあ俺達の方でもう1匹を担当するぜ。」
そして男性陣は2組に分かれてそれぞれの役割を素早く決めると襲い来るゴブリンへと向かって行った。
「オラーーー!」
「ナイス。手の武器は弾いたぞ!」
「足は任せろ。」
そして、2組とも即席にしては良い感じに連携を行いゴブリンを行動不能にした。
もしかすると個人プレーの多い俺よりも連携が上手いかもしれないな。
「初めてなのに上手いなお前ら。」
「それ程でもないっすよ。それよりも誰から倒してもらいますか?」
「わ、私が行きます!」
「それなら・・、もう片方は私が!」
そう言って後方で待機していた2人が前に出て来た。
そして震える手で木刀を握りゴブリンへと近づいていく。
「こいつら隙を狙ってるぞ!」
「了解!」
すると傍に居た一人が木刀を振り下ろして無事だった腕を殴打する。
それによって飛び掛かろうとしていた動きを阻害され、地面へと倒れ込み呻き声を上げた。
「魔物でも特に人型は知恵が回るから気を付けろよ。死んでも生き返らせるけどゴブリンに殺されたら後で笑い話にされかねないからな。」
あの夜に父さんも殺されてしまったけど、あれは寝込みを襲われたのが原因と言える。
もし対峙したのが昼間なら、倒す事は出来なくても殺される事も無かったはずだ。
俺はコイツ等さえも倒すのに苦労したけど、それだけあの時の俺が弱かっただけだ。
そして女性の1人が怯えながらも木刀が届く範囲まで行って力一杯に振り下ろした。
「や、やー!」
「ギャッーー・・・。」
すると既にボロボロになっていたゴブリンはその1撃で力尽きて霞になって消えていった。
そして、その様子を見てその場に木刀を持ったまま座り込んでしまう。
どうやら、肉体的には疲れていなくても、今ので精神的な負荷が大き過ぎたみたいだ。
少し呆然としているのでこのままだと危ないかもしれない。
そして、その横でも同じように魔物を倒し終え、そちらの女性は木刀を手放して体を震わせている。
やっぱり人型だと少し精神的な負担が大きいのかもしれない。
でも日本にあるダンジョンだと1階層に居る魔物ではゴブリンは楽な相手だ。
第二ダンジョンはオークでここよりもタフで倒し難く、第三ダンジョンはスケルトンであちらは完全に人骨のホラー系だ。
ここでダメなら少し考えないといけないかもしれないけど俺は一旦思考を切り上げて2人へと歩み寄った。
「2人ともダンジョンに入る前にトイレは済ませたか?」
「え、は、はい。」
「私も・・・大丈夫です。」
「なら今すぐに選択肢でYesを選べ。出来れば落ち着いた所でと思ってたんだけどな。」
「あ、あの・・・大丈夫なんですか?」
「気にするな。迷惑を掛けて欲しそうな奴らが揃ってるからな。」
そう言って男性陣に視線を向けると全員が笑顔でサムズアップしている。
何とも空気が読める奴で頼みごとがし易くて助かる。
「じゃ、じゃあ・・・あの。カトウ君お願いしますね。」
「私は・・その・・近衛君で。」
すると恥ずかしそうにしながらも2人は見事に相手を指名して見せた。
そして残りの4人は落胆の表情を浮かべ選ばれた2人は彼女達へと近寄り声を掛ける。
「何が起きても地上まで運んでみせます。」
「命に代えてもこの大役を果たしてみせるよ。」
選ばれた2人はやる気に満ちた言葉を掛けると2人の女性もそれに頷いて返した。
「いきなりだけどお願いします。」
「後でお礼はしますね。」
そう言って2人とも選択を行い、しばらく激痛に身を震わせた後に意識を失った。
そして加藤たちは彼女らを両手で抱え上げると俺へと視線を向けた。
「帰り道に魔物は居ないからそのまま外まで連れて行っても良いぞ。道は覚えてるか?」
「大丈夫です。」
「脳内マッピングは万全です。」
さすが選ばれた奴らは頭の出来も違うな。
このダンジョンの1階層はそれ程には複雑でないと言っても俺なら初めてだったら確実に迷う。
まあ帰りに迷ってたら途中で回収してやれば良いだろう。
そして彼らを見送り俺達は次の魔物の許へと向かって行った。
その後は順調に魔物を倒し、俺の前には先程の光景が再現されている。
しかし選ばれなかった2人の落胆は先程の比ではなく、まさに地面へと倒れるのを何とか耐えている様な状況だ。
「そう言えば班分けの時に女性陣は集まってコソコソ打ち合わせみたいに話してたな。」
「そ、そう言えば・・・。」
「もしかして、他の班でもこれと似た様な光景が繰り広げられるのか・・・。」
「まさか、ダンジョンでの最初のダメージがこんな風に準備されているとは。」
「おのれリア充共め~~~!」
そして、この予想は的中し、他の2班でも同じような光景が繰り返される事になった。
ただ吊り橋効果もあるのでこの即席カップルみたいなのがどうなるかは俺にも分からない。
覚醒した時にどうでも良くなるかもしれないし、逆に愛情が深まるかもしれないのでこの後の事は本人たちの運と努力次第だろう。
そして俺は彼らが病院へ行くのを見送ると今日の仕事を終えてそのまま歩いて自宅へと帰って行った。




