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非常線Ⅱ

内閣危機管理監 大平憲明

直通電話を職員が手に取る。電話の相手だけじゃなくその内容も耳を疑うようなものだったが、実際に千葉県警と第3管区海上保安本部がそういった事態に直面しているとの情報は詳細不明なるも入って来ていた。話を横で聞いていた何人かが走り出して帰り支度を始めていた内閣危機管理監を寸前の所で捉まえ電話口まで引っ張って来る。

「内閣危機管理監の大平と申します、申し訳ありませんが再度ご説明願えますか」

「袖ヶ浦漁港に正体不明の生物群が上陸し県民を虐殺しています。これ以上の事態になる前に自衛隊の出動をお願いしたい。」

「それは……災害派遣の要請と言う事で宜しいんでしょうか」

「映像を見た所、人間を執拗に狙って攻撃しており明確な殺意が見受けられます。何かしらの火器の使用は必要になるでしょう。再度申し上げます。自衛隊の治安出動の要請をお願いしたい。」

大平は言葉に詰まった。誰だってそうなるだろう。それに構わず沼津は続けた。

「県警の見解では武力侵攻に順ずる事態と考えています。私も映像を見てそう判断しました。相手は野生動物でも人間でもなく未知の生物です。」

「待って下さい!それだけではどうにも!」

「県公安委員会との協議については後ほど場を設けようと思っています。この時間帯では捉まらない人間も居るでしょう。手遅れになる前に何かしらの対応をお願いしたい。」

職員たちの視線が大平に集まる。頭の中はどうしていいかで渦を巻いていた。

「…………直ちにお伝えします。決定事項等の連絡については後ほど折り返し致します。」

「感謝します」

受話器を置いた。頭の中が何も纏まらないが、大平を包む視線が次の指示への決断を急がせる。

「官房長官へ至急連絡、それと今ここに居ない人間を全員呼び戻せ。休みの者も可能な限り速やかに集まるよう伝達。」

職員達が一斉に動き出す。県警と海保から情報の吸い上げが始まった。


千葉県警本部 田ノ浦警備部長

さっきから電話が引っ切り無しに鳴り出した。どうやら上の方で何か動きがあったようである。

(あとはこっちの受け持ちが何時まで続くかだな……)

そう思った矢先、現場から良くない情報が舞い込んだ。逃げ遅れた住民の捜索に向かった警官2名が住民宅で救助者と共に孤立。家の周囲には人型が増え始めているらしい。航空隊からの映像ではよく確認出来ないがポツポツと侵攻が始まっているようだ。

「ヘリをもう1機向かわせろ、現場からの要請と言う形で構わん。県機はどうだ?」

「当番隊が出動許可を求めています。1機はほぼ人員が揃いつつありますが3機はまだ時間が掛かると。」

難しい所だ。相手は暴徒でもテロリストでもない。人間を敵対種族として見ている連中である。殺すか殺されるかの二つに一つだ。やるなら纏まった戦力が必要になる。

「阻止線を下げよう。銃対とSATは直ちに出動、直接的な阻止火力とする。本部長へその旨を。」

「了解」

「おおわしから緊急報告、別集団の上陸を2箇所に確認」

その言葉を理解する事を脳が一瞬拒んだがそうもいかない。明らかに事態は良くない方向へ傾き出していた。一体どれだけの数が海の中に居るのだろう。

「何所に現れた」

「漁港の東側に川が海へ流れ出る溜池がありますが、そこから人型が目視で20体近く上陸。ヒトデ型も3体を確認、上陸と同時にガスの噴霧を開始したそうです。」

「もう1つは漁港の西側に上陸、人型が10体前後と少数です。近くには大型家電量販店の他に避難の済んでない住宅が無数にあります。」

何をするにしても時間と戦力がなさ過ぎる上に、気に掛けないといけない範囲が広すぎる。このまま多重的に上陸され続けるともはや綺麗事では済まない状況になるだろう。そこへ更に凶報が飛び込む。

「おおわしから報告、漁港を制圧した集団が移動を開始したと」

大型画面におおわしからの映像が映し出された。無数の人型がワラワラと周囲に散っていくのが見える。2~3体の纏まった集団は地べたをノロノロと這うヒトデを取り囲んで守るように進んだ。こうなって来るとヒトデの存在がより厄介になって来る。

「あのガスがある環境なら奴らは好き勝手に動けるという事か…」

拙い事態である。あのヒトデを引き連れていれば、かなり遠くにでも行かない限り随時ガスの補給が受けられるだろう。そうすれば連中の地上での行動範囲は飛躍的に大きくなる。

「まさかヒトデの餌を求めて動き出したんじゃあるまいな」

思わず口走ったその言葉に自ら戦慄を覚えた。だとしたら恐ろしい話である。職員たちも苦い顔をし出した。凄惨な状況になる事だけは絶対に阻止しなければならない。

「阻止線に展開する各所は直ちに後退、少なくとも500mは下がるよう伝えろ。それと木更津署署長に緊急連絡、用件は直に話す。」

阻止線はおおわしからの報告を受けた時点で後退の準備を始めていた。後退の旨が伝達されると同時にパトカーがサイレンを鳴らしながら列を成して走り去って行く。時刻は既に19時を回ろうとしていた。周囲は薄暗くなり見通しが悪くなり始めている。そして更なる報告が田ノ浦の決断を迫った。

「漁港に更なる増援を確認、数は現在漁港を占拠している数とほぼ同数」

それを言った職員の顔は青ざめていた。これで上陸している人型の数は200を軽く越した事になる。

「……当番隊である第2機動隊の出動を許可する。1機も現状の人員で直ちに出動、3機においては充足9割に達した時点で出動、まだ集まらない人員に関しては可能な限り速やかに集結し後から現場に急行せよ。」

「伝えます」

悪手を選んだかと思ったがこれ以上は待てなかった。取りあえずでもまともな阻止線を作らなければ連中の行動を妨害出来ない。


木更津署交通課 川井巡査部長

静かだ。しかし外を闊歩する連中の足音だけは嫌でも耳に入る。こちらも声を潜めて様子を窺うが、どうも奴らは声でコミュニケーションをとっているようではないと言う事に気付いた。鳴き声や話し声のような物が全く聴こえないのである。1階に転がっている死体を見て思ったが、確かに口のような物はなかった。あるのは2つの目と鼻かどうかも怪しい小さな穴が3つ。全身はブヨブヨした皮に覆われておりエラのような物もある。両手はというと、3本指があるが左手だけは掌に穴が空いていてそこから例の毒針を飛ばすようだ。穴の中はまだ覗いてすらいない。今は止めて置いた方がいいだろう。ふと、サイレンの音が鳴り出して遠ざかっていくのに気付いた。どうやら良くない状況になりつつあるらしい。

「……侵攻が始まったのか」

「置き去りって訳だ。多勢に無勢過ぎるな。」

窓を少しだけ開けて外を窺う同僚が苦い顔をしていた。外を3人で突っ切るのは無理な話である。囲まれて全身串刺しになってお終いだ。一旦下がった連中が戦力を整えて助けてに来る事を信じるしかない。ここに居る事は分かっているから無下に見捨てられる事もないだろう。

「あの……そろそろ状況ぐらい教えて頂いても」

男性がそう申し出た。教えても良いがパニックになるのだけは避けたい。しかしそろそろ頃合でもある。

「悪い冗談に聴こえるでしょうが、それが今起きている事実です。覚悟はいいですか?」

「は、はぁ」

全てを話す。漁港の襲撃・無差別虐殺・更なる増援・周辺への侵攻、そして…

「今この家の周りも奴らがウロウロしています。下手すれば容赦のない結果になるでしょう。」

目が点になった。無理もないが、1階にある死体でも見せれば受け入れられるだろう。だがそれで大声でも出されたらお終いだ。代わりに携帯で撮った写真を見せる。

「今これが1階に転がっています。家の周りはこいつの仲間が取り囲んでいて出るに出れません。」

男性の顔から血の気が引いて挙動が怪しくなる。アワアワし出すのを落ち着けた。

「我々に何があってもあなただけはどうにかして助かるようにします。だから落ち着いて。」

「俺は出来れば全員で助かりたいけどな」

「おい」

「お前だってそうだろ。だから3人で生き残る方法を考えよう。」

映画かドラマ見たいな事を言うなと声を上げそうになったが抑えた。確かにそうである。家の中に入らせなければ戦いようはあるのだ。問題はどれだけ静かに準備を出来るかと言う事だ。

「ぶしつけですが、食料はどれぐらい」

「2日ぐらいなら何とかなるかと」

「電気も点けない方がいいだろうな、暗闇になるが仕方ないか」

取りあえず、1階に下りて死体をゆっくり玄関に押し付けた。もし入って来たら少しは足止めになるだろう。男性の靴と他に色々な物を2階へ上げた。ついでに署へ連絡を入れると、警備部長直々の命令で現地対策本部を作る事になり署内は大騒ぎらしい。だがここに3人が居る事は上から下まで知られているので態勢が整い次第救出に向かう方針であると言われ少し安堵出来た。

「いいか、無茶な事だけは絶対にするな。刺し違えてもなんて思いは捨てろ。自分たちの生存が最優先だ。」

「分かりました、成りを潜めて静かに待ってます」

通話を終える。普段砕けている課長にしては珍しく厳格な口調だった。今起きている事がどれだけ拙い事態なのかを改めて認識させられる。

「課長、何だって」

「そこから動くな、命を捨てるな、生きろってさ」

「……精々頑張るか」

居間の畳を引っぺがして玄関と階段の間にバリケードを作った。あの細さの針である事と、人間より少し大きいとは言え仮にプロレスラーが同じ針を投げたとしても、畳のように厚さのある物なら防げるのではと思ったからである。ちょっとずつ生きる可能性を上げていくこの作業が3人の結束を強くしていった。


巡視船「かずさ」 門脇三等海上保安正

よく分からないが、大きな事件に遭遇しているのは何となく分かって来た。本庁の方からも現場海域の監視体制を強化せよとの命令が下っている。そして現在、警察が上陸した人型生物の侵攻を食い止めるべく阻止線を形成しようとしている情報も回って来ていた。

「移送の方はどうかね」

「全員の収容が完了、後は医師の手に委ねるしか」

「そうだろうな。さて、我々の次の任務を遂行しよう。」

篠崎船長が海図を広げる。ブリッジの各要員が集まった。

「現状、本船のみでこの東京湾を見守るのは無理だ。増援も準備を進めているが到着時刻は未定。僚船の「かつうら」到着までは実質本船がこの場を仕切る事になる。」

相手の行動は全く予測出来ない上に上陸予想地点も分からない。何所に現れるかでこちらの行動は決まって来るだろう。未然に防げないのであれば、即応の態勢を整えるしかない。

「海上警備行動の発令も時間の問題であるとする本庁の見解を考え、小型巡視艇は船舶の避難誘導をメインに行い、本船を含めた中型船が沿岸の監視を担う事になった。それと警察からの情報を鑑み、武器庫の開放と各乗員の武装を許可する。」

全員の視線が篠崎船長に集中する。それだけの事態であると言う認識が全員に染み込んで行った。

「海だけじゃなく船体の監視も怠らないで欲しい。もし得体の知れない物が上がって来たら迷わずに撃ってくれ。最も、その時点で手遅れになっている可能性もある。相応の覚悟を持って望んで貰いたい。」

武器庫が開放され、拳銃と小銃が配られる。普段は余り着る事のない防弾ベストも装着した。投光機の細長い光が海を照らし出し「かずさ」が沖合いからゆっくりと沿岸部に向かって進み始める。船首に備わる機関砲が動作テストを行い、実包が装填された。張り詰めた空気が全員を包み込んでいく。

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