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巡視船「かずさ」Ⅰ

千葉市:幕張海浜公園

複数の人型と投射型が、溶解液で蒸発する砂浜とガスで包まれた空間を意に介さず上陸。市街地の方向へ向け前進を始めた。そこに横槍を入れる事を目的に接近する一隻の船がある。事態の最初期より現場海域に展開し、状況に合わせた行動をして来た海上保安庁の巡視船「かずさ」だ。

「よーい!発射!!」

幕張海浜公園に上陸した生物群へ向けて20mm機関砲が放たれた。弧を描く曳光弾が砂浜を歩く人型を引き裂く。その後ろでのそのそと前進する投射型も撃ち抜いてその体を弾けさせ、肉片が砂浜に飛び散った。絶え間なく降り注ぐ20mm砲弾の射撃を受け、上陸したばかりの生物群は次々に絶命していく。その様子は機関砲の射撃システムだけでなく、ブリッジに居る乗員の目にも幽かに見えていた。

「状況報告」

「人型3体、投射型も1体を撃破。内陸部へ入り込んでしまった群への対処はどうしますか。」

「そっちは警察と陸自に任せる、本船はここから手の届く範囲での敵を叩く事に集中せよ」

公園へゆっくり接近し、左舷甲板に展開した警戒班が64式小銃を構えた。「かずさ」のブリッジから伸びるサーチライトの光が砂浜を照らし出す。10体近い人型の姿がその光の中に現れた。

「1班射撃開始!2班は警戒しつつ交替の用意!」

小銃での攻撃が始まる。弱装弾とは言えそれなりに足の長い30口径弾だ。届かない距離ではない。その頃、幕張海浜公園前に生物上陸の報を受けた千葉県警SATと銃器対策部隊が再び出動していた。市街地へと入ろうとする生物集団の前に立ちはだかり阻止線を構築。県警本部で休息を取り、弾薬も補給しているので戦力は整っている。袖ヶ浦の時よりも遮蔽物があるので戦いやすい筈だが、投射型の存在が厄介だった。

「周辺の部隊へ投射型が居る事を伝えろ。あれが居るだけで陸上部隊への危険度は段違いになる。」

たった一隻で遅滞攻撃を行うその光景は「かつうら」からも見えている。上陸した巨大生物自体には何かしらの攻撃を行う機能は備わっていないらしい。時たまモゾモゾと動くだけでそれ以上の前進や後退はしなかった。「かつうら」船長の笠木三等海上保安監は自分達だけでは非力すぎる事を感じ、周辺に来援が可能な部隊が居ないか呼び掛けを始めていた。その呼び掛けに一番最初に応えたのが治安出動のため木更津駐屯地に進出していた第1師団の第1飛行隊である。M2重機関銃をドアガンとして搭載した2機のUH-1が、幕張海浜公園へ向けて飛び立った。


幕張海浜公園入り口 千葉県警銃器対策部隊長 小野沢警部

市原市で活動中の小林率いる第3分隊が遭遇したと言われる投射型生物。情報では溶解液の塊を撃ち出して来るらしく、人型と行動を共にし自身に危害が及んだ場合は人型が取り囲んで守ると言う戦術を採ると聞いた。袖ヶ浦で正面から撃ち合った人間の感想としては、こちらに戦力と装備が整っていて且つ距離を取れれば人型はそこまで怖い敵ではないと思える。しかしこれから我々が対峙しようとしているのは未知の敵を引き連れた集団だ。向こうがどう出るかで全てが決まるだろう。おまけに今度は投光車も居ない。乗って来た車両のヘッドライトと公園内に林立する外灯だけが頼りだ。

「2両は正面に向けて停車、3両は横付けだ。暗いから足元に注意しろ。」

県警本部で受領した特型遊撃車2両と常駐警備車3両が我々の築いた阻止線だった。第1機動隊車庫の奥で薄埃を被り、昨今見る機会も滅多にない【カマボコ】と言われる灰色の旧型常駐警備車。運用するのは1機内においても特車関連でベテランとされる隊員たちだった。ただ廃車を待つだけならば、その役目を全うさせて欲しいとの上申を許可した結果である。移動する盾の役目を文字通り最後のご奉公として選んだのだ。

「視界が悪いからまかり間違ってもSATを撃つんじゃないぞ。もう少しで連絡がある。」

公園の入り口に3両の常駐警備車を横付けし、その間に特型遊撃車が入り込んでヘッドライトを照明代わりにする。千葉中央署の人員も加勢してくれたが、正面からやり合う能力を有していないため監視と警戒をメインに我々を支援してくれる事になった。暗視ゴーグルを持つSATは別方向から進行。敵集団を陽動して公園の入り口まで誘い出し、我々と共同で叩く作戦だ。彼らは公園内に伸びる歩道橋より園内へ入っていくらしい。丁度良くSAT隊長の楠本警視から連絡が入った。

「こちらSAT楠本、敵集団を確認した。そちらの展開状況を報告願いたい。」

「小野沢です。こちらは公園の正面入り口に展開を完了しました。」

「了解、作戦を再度確認する」

まずSAT狙撃チームが至近のマンション屋上から園内に入り込んだ投射型へ攻撃を実施。所轄署の警備課や刑事課で、スナイパーライフルの射撃経験がある人員を引き抜いて構成されたサポートチームもこれを支援。これらの援護を受けつつ、SAT攻撃チームは園内の敵集団へ射撃を加えながら公園入り口まで誘導。銃対が車内より攻撃しこれらを叩く。

「上手くいくかは俺にも分からん。今は足止めを最優先に考えろ。」

「では準備に入ります」

海の方から重苦しい銃声が聞こえて来る。海保の巡視船が上陸する生物群に機関砲で攻撃しているのだ。近場に陸自の部隊が居ないため、またしても警察力での阻止行動となった。空挺部隊はまだ避難作戦の最中ですぐには動けない。習志野の本隊を動かそうにもヘリが出払っている上に今から車両で来ようとするとそれなりに時間も必要だ。その間だけでも、我々がここに居る意味はあるだろう。


幕張海浜公園至近:ベイレジデンス屋上

SAT狙撃チームリーダー 生駒警部

眼下に広がる夜の東京湾。その闇に、洋上から放たれる曳光弾が異様に煌いて見えた。砂浜にはふんぞり返るように横たわる芋虫のような巨大生物。ポッカリ空いた前面の大口から溶解液とガスを垂れ流し、また1体の投射型を上陸させた。それに降り注ぐ洋上からの攻撃で投射型が弾け飛ぶ。どうやら沿岸部は海保に任せて問題ないように思えた。ならば我々は方針通り、最初期に上陸した集団を叩く。

「準備が出来た者から射撃開始。俺たちだけで平らげるつもりで事に当たれ。」

マンションの屋上から公園に向けて何丁ものM1500が銃口を睨ませる。暗視ゴーグルから見るスコープの世界はどうにも見辛い。何人かは裸眼のままでスコープを覗き込んでいた。腕前にそれなりの自信を持つ隊員たちが先に射撃を開始。そんな中、どうにも要領を得ず唸る人間が隣に居た。

「あ~……これじゃあ何も見えませんよ」

「落ち着け、それなりに経験があるからここへ来たんだろう?」

「動かない的でいいならアメリカに行った時に何回でも撃ちましたよ!ちょっと知ってるってだけで署から蹴り出された方の身にもなって下さい!」

ライフルを構える所轄の刑事が愚痴を零す。選抜と言うべきか徴用と言うべきか微妙だが、彼のように仕事ではなくプライベートでこの類の銃器を扱った経験のある人間が掻き集められていた。海外での射撃体験、学生時代にクレー射撃やエアーライフル部だったOB、果ては祖父の狩猟等で経験があると言う理由で様々な所轄の警官が集結。中には元県機の所轄警備課長で、現役時代に狙撃を担当していたと言う者まで居た。

「下手な鉄砲も何とやらって言うだろ。サポートの人間は人型の何所かに当てる事をまず念頭に置いてくれ。必ずしも射殺する必要はない。」

海からの風が強い。これではサポートの人間に命中率を求めるのは酷な話だ。せめて足止めだけでも果たしてくれれば御の字に思える。そんな事を考えながら、園内を移動する味方をスコープの端に捉えつつ人型に照準を合わせた。送り出された銃弾は人型の左腕に着弾し、肘を中心に一回転して体液を撒き散らした。これで毒針の攻撃は出来ないだろう。


巡視船「あきつしま」船長 柿沼二等海上保安監

本船以下、3隻の中型巡視船を従えた船隊は東京湾アクアラインを越えて時計回りに千葉県の沿岸へ接近。まだかなり距離はあるが、洋上から機関砲を撃ち込んでいる巡視船「かずさ」が僅かながら確認出来た。

「中々に盛大だな、例の巨大生物が上陸したのは2箇所だったか」

「はっ、現在我が方の巡視船が対応中の幕張海浜公園と葛西臨海公園になります。後者は警視庁が対応中との事です。」

見る限り、撃ち込んでいる弾丸の殆どが曳光弾のようだ。そもそもが威嚇や警告での運用が前提で、相手を殺傷する事は念頭に置かれていない。しかし現状はそうも言ってられない状態だ。やられる前にやるしかないのである。

「曳光弾メインでの攻撃は辛いだろう。本船の徹甲弾を何割か分けてやる事は出来ないか?」

「それは問題無いかと思われます、どうされますか」

「直ちに実行してくれ。同時に我々は千葉市沿岸で活動する第2管区の増援を迎え入れよう。」

ヘリ格納庫が開き、搭載しているピューマ大型ヘリがその姿を現した。整備士たちが慌しくヘリの周りで作業を始め、他の乗員たちが機関砲の弾薬が収められた箱を持って集合する。作業は手早く行われ、エンジンを始動させたヘリが浮かび上がるまでそれ程の時間は掛からなかった。「かずさ」に向け飛び去って行くヘリを見送った船隊は葛西臨海公園に接近。ここで巡視船「ぶこう」と「しきね」を警視庁支援のため送り出し、残った「あきつしま」と「いず」は前進を再開した。「かずさ」と「かつうら」に代わって空挺団の要請を実行している第2管区の「ざおう」と「まつしま」の元へ向かう。


巡視船「かずさ」 門脇三等海上保安正

通信が舞い込んだ。3管区虎の子、と言うより海保虎の子として「しきしま」と肩を並べる「あきつしま」の搭載ヘリからである。20mm機関砲用の徹甲弾を運んでいるらしく、それを本船に下ろすため誘導を頼むとの事だった。

「ようやく本庁も重い腰を上げたようだな。船長、あきつしまより弾薬の補給が来ます。攻撃の一時中止を。」

「そうか、では一旦距離を取ろう。攻撃中止。」

けたたましい砲声が鳴り止んだ。機関後進によってゆっくりと後退していく「かずさ」を援護するため、今度は「かつうら」が前に出る。別方向から砂浜の生物群へ機関砲を浴びせる「かつうら」を尻目に、「あきつしま」から飛んで来たヘリが「かずさ」の後部甲板へゆっくりと降下していった。しかし、船体全長約100mの「かずさ」に対しピューマヘリはその5分の1に匹敵する大型ヘリである。着船は困難と思われたが、パイロットたちは機体を直角に向け甲板まで1m程度の高度でホバリングして機体を維持。後部甲板に展開していた警戒班の乗員たちはギリギリの高度で飛び続けるヘリから下ろされる弾薬を次々に受領した。様子を見に来た門脇もその光景に思わず感動を覚える。

「下手すりゃ懲罰もんだな、無茶しやがる」

警戒班とのやり取りが終わったヘリは再び上昇し、今度は「かつうら」に補給を開始した。積み上げられた徹甲弾の納まる箱に取り付いた門脇は警戒班の全員に移送を促す。

「船首まで運ぶぞ!足元に注意しろ!」

乗員の半数が動員され、弾薬は迅速に運ばれていった。機関砲に装填されている曳光弾が抜かれそこに徹甲弾が流し込まれていく。装填作業は10分程度で終了し、新しい力を得た「かずさ」は再び海浜幕張公園へ接近を開始。未だ吐き出され続ける人型と投射型の集団に徹甲弾の雨をお見舞いした。さっきまで撃ち込んでいた曳光弾とはまるで違うその感じに、誰もが攻撃力の向上を実感している。そこへ今度は「あきつしま」自身からの通信が入った。

「こちら巡視船あきつしま船長、柿沼です」

「柿沼二等海上保安監殿、来援感謝致します」

あきつしま船長の柿沼は任官時に乗り込んだ巡視船で篠崎の指導を受けていた事がある。年齢の割に出世の遅い篠崎に対して柿沼は海上保安大学校を出たエリートで、数年を置かずして篠崎を追い越して出世の後に異動。その後は何年も会っていなかったが、数々の実績によってあつきしま船長に就任したこの3管区で再会を果たしていた。

「こちらは本船とかつうらで十分に対処しております。笠木船長が周辺部隊へ来援を要請しており、現在陸自ヘリ部隊が急行中です。そちらのお手を煩わせるには及びません。」

「了解、何かあればすぐに要請願います。それでは。」

通信を訊いていた何人かが腑に落ちない表情をしている。実を言うと篠崎は任官して3管区から殆ど異動した事のない人間として有名で、ここ5年近くは指導員として諸管区を回った事もあるが多くはこの東京湾で過ごしていた。上にもそれなりに顔が利くが、まさかあきつしまの船長まで顔見知りとは誰も思わなかったようだ。この「かずさ」に乗り込んで長い門脇ですら目を丸くしている。

「何を驚いている。そんな暇があったら状況を掌握する事に努めろ。」

「いえ、身近な人間が雲の上の人とお知り合いだったようで少々驚いてます」

「古い話だ、もう20年近く前の事になるから気にしないでくれ。今は私にとっても上司だ。」

補給の終わった「かつうら」も徹甲弾での攻撃を開始した。上陸する集団は最初期こそ数が分からないものの、既に30体近くを撃破している。にも関わらず巨大生物は未だに人型や投射型を吐き出し続けていた。一体どれだけの数を体内に有しているのか、誰も口にはしないが乗員たちは言い知れぬ不安を覚え始めている。こっちが攻めているのか弾薬の消耗と言う形で攻められているんだかよく分からなくなっていた。

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