それぞれの道
驚いてパチクリしている小雪を睨むように見つめて私は声を荒げた。
「誰も悪くない! 誰が悪いとか、自分が悪いとか関係ないじゃん!」
それはかつて、私が思ったことで。
「反省は必要だよ、でも、自分を責めたってなんも変わらないんだよっ!」
苦しくて逃げだしたくて。
息もできないぐらいの後悔の中で。
社長に救われた時にそう思った。
「でもっ!」
「第一、そんなことしてシロが喜ぶわけないじゃんっ!」
私は見ていた。
シロの痛そうな顔を。
聞いていた。
絶叫を。
そして、願いを。
小雪の頬に新たな雫が転がり落ちていく。
「だって、許されるわけ、ない……、私、私のせいでっ……シロは、私を許してくれない……」
小雪がしゃくりあげながら、私に言う。
誰が許してくれない、ではない。自分が自分で許せないだけだ。
「いいんだよ、もう」
私は言いながら、小雪の頬を撫でる。そして、人差し指でそっと涙をぬぐった。
それから、そっと腕を伸ばした。
「そんなことないから。ね? もう、大丈夫だから。“藤白”としては、もう、休んでいいんだよ」
抱きしめて、小雪の耳元で囁く。
小雪が私を抱きしめ返した。
「いいのかな、私だけ、許されてもっ……久恩を、裏切り者だって言ったのにっ……」
泣きながら私に尋ねてくる。
「いいんだよ」
私は答える。
「反省はしなくちゃだけど、荷物を降ろしても、いいんだよ」
しゃりん。
私の言葉に反応するかのように、鈴が鳴った。
――その間も、私の腕はどんどん“穢れ”に染まり、紫色に変色していった。
社長と乃愛が私のところにたどり着いたのは、丁度その頃だったという話だ。
状況は黒よりの灰色で、大変よろしくない状態だったらしい。
私にはその自覚はない。脳内の警報はとっくに焼き切れていたらしい。何の危機感も抱けなかったのだから、相当だ。
「こいつは何事なんだ?」
部屋に吹き荒れる瘴気に社長が低い声で呟いた。
乃愛も驚いて目を白黒させるしかない。
「社長!」
だが、何かに気が付いたようで、乃愛が社長を呼ぶ。
「久恩さんです!」
乃愛が指をさしたので、社長も釣られて視線を走らせる。
そこには、縛られた久恩が転がっていた。顔色は白く、ところどころ“穢れ”に触れてしまったのか、紫色になっている。
「待て」
走り出そうとした乃愛を社長が押しとどめて、状況を見分ける。
吹き荒れていた瘴気は少しずつ収まっていくようだった。
「乃愛はここで待て」
そう言われて乃愛は静かに頷いた。
「清めの水は持ってるか?」
社長の問いに乃愛は袂を探る。そして、竹の水筒を取り出した。
緑色の隻眼が細められる。
「一人分、だな」
社長の言葉に重々しく、乃愛が頷く。
吹き荒れる瘴気と、久恩を社長が見比べた。
「とりあえず、久恩だな」
社長はそう言って動き出した。
慎重に動いて、社長は倒れている久恩に近づく。
童の姿ではない、久恩をそっと抱きかかえた。ぐったりした久恩の腕が力なく垂れる。
「久恩」
そっと社長が久恩の名を紡いだ。
久恩には何も聞こえなかったらしい。ピクリとも反応しない。
社長は短く舌打ちをして、ゆっくり乃愛のところに戻ってきたらしい。
「久恩さん!」
乃愛が駆けよる。
社長は自分の腰に帯びていた刀を抜き放って、黙って久恩の紐を切っていく。
「今、水を……」
言いながら、水筒をかけた久恩。
紫色の皮膚がだいぶ薄くなっていく。
「ぅう……」
久恩が静かに呻いた。
二人はそっと安心したように、息を吐いたという。
しゃりん。
どこかで鈴が鳴る音が響いた。
社長は静かに瘴気が吹き荒れる方向を見つめたという。




