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泡沫  作者: 若葉 美咲
2.過去からの復讐者
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胸を張って


「お主は仮にも『相談屋』の代表として今ここに立っているのじゃろ?」

 久恩の声が私の脳内に響き渡る。

 ここに来てから、久恩に今の私の話はしていない。だというのに、久恩は私が置かれている状況が分かっているようだった。

 それは長年の知識と経験というものだろうか。

 もしかしたら、私が勝手についてきてしまったことすら、気が付いているのかもしれない。

 小雪によって、徐々に壁際に追い詰められていく私。

 そんな私に向かって、久恩は真っすぐ視線を投げてくれていた。

「良いか、堂々とするのじゃ。胸を張れ」

 久恩の言葉に小雪が動きを止める。

 そして、ゆっくりと久恩の方向を振り返った。

「胸を張れ? よくそんなことが言えるわね?」

 小雪の目にははっきりと憎悪の炎が灯っている。覗き込めば、戻れなくなりそうな印象を抱く。

 私の恐怖とはそっちのけに小雪は久恩にどんどん近づいていく。

「裏切り者のお前がよくそんなことを言えたわね? お前が私たちのことを裏切らなければ、私たちはもっと長く続いたのに! 胸を張れる要素なんてどこにあるのっ!?」

 叫び声は大きくて耳をふさぎたくなる。

 聞いていて耳も心も痛くなる。

 目をそらしかける。

「お願いだ、見ててほしい」

 耳元でシロの声が聞こえた。

 死んでしまって、周りに姿も認知されないシロの声。聞こえるのは私だけ。

 シロの切なる願いを聞き届けられるのは私なのだ。妙な責任感を感じて、私は静かに目を開いた。

 小雪のことを見つめる。


 そして、久恩もまた、小雪をまっすぐ見つめていた。

 縛られていても、しゃんとして背中は曲がることはない。

「胸を張れるとも。妾はやましいことなど何一つしておらんでの」

 凛とした声がその場に響いた。

 小雪の形相が鬼のようになっていく。美しかった顔が怒りと絶望で歪む。

 何だか、とても痛々しく思えた。

「裏切りをやましいことではない、というのか!」

 小雪が叫ぶ。

 それに呼応するかのように、“穢れ”た部分が熱を持つ。崩れ落ちそうな体を賢明に支えながら、私はそれでも、小雪を見つめ続ける。

「妾は裏切ったつもりなど毛頭ないのでの。後悔も懺悔も反省もあるものか。悔いなど一つしてして残っておらんわ」

 久恩はそう言い放った。

 悔いなどない――、その言葉は強くて、同時に私の心の傷をも抉る凶器でもあった。

 私の感情はきっと小雪にとっても変わらないのだろう。

 小雪は目を見開いて、固まってしまった。

 赤い涙がこぼれ出す。

「小雪……。小雪、もう、いいんだ。僕は誰も恨んでいないから。悲しんでなんかいないから。仕方なかったんだ。……しょうがないことだったんだ」

 シロが狐の面の下から必死に小雪に呼びかける。

 でも、死者の言葉じゃ届かない。

 だからと言って私も動くことは出来ず。

「誰が間違ってたとか、そんなのじゃない。いや、僕が間違えたのかもしれない。でも、でもね、……僕は小雪が笑ってればそれで良かったんだ。それだけで、良かったんだよ、“藤白ふじしろ”」

 シロがかすれた声で名を呼んだ。

 藤白――、それはきっと小雪の真名だ。

 百鬼夜行の長が、自分のグループに入れるときに付ける、もう一つの名前。その名前で、組織の仲間の暴走を止めることができる。その名、一つで縛られる。

 そんな大事なもう一つの名前。

 長以外が口にすることは許されない。

 だけど、もし、長が死んでしまったら。

 その名前はどうなるのだろう。

 私には分からない。

 分からないことが多くなって嫌になる。


 不意に小雪が姿を変えた。

 妖格化したのだろう。

 水色の髪と同じで光沢のある、二本の狐の尾。同じ色の耳。そして、真っ赤な瞳。

 やっぱり息をのむほど綺麗なのに、どこかもの悲しさを覚えて胸が締め付けられる。

 悲しい二尾の姿がそこにあった。


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