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泡沫  作者: 若葉 美咲
2.過去からの復讐者
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怨霊の利点


 衝撃音が響いた。

 私が先ほどぶつかってしまったせいで凹んでいた壁に、穴が開いた。

 砂煙が消えて、小雪と目があった。

「な、何で?」

 呆然とした小雪の声が私の耳に届いた。

 それはそうだろう。最もな感想だと思う。

 確実に殺すつもりで放たれた蹴り。しかし、その足が柔らかな肉を捉えることはなく。

 私の体を通り抜けて、壁に突き刺さった足。

 自分の意志では妖格化なんてできないと思っていた。

 だけど、ピンチなれば、体は嫌でも動いてくれるらしい。私は自分の本来の姿である怨霊となって、その場に居た。

 全ての物理法則を無視してそこに存在していた。

「どうしてよ、おかしいでしょ?」

 震える声で小雪が私を睨みつけてくる。

 私はすくっと立ち上がった。

 頭から血が流れたせいか、少し落ち着いてきていた。

「すいません、私、怨霊なもので」

 そう言えば、小雪がギリッと歯を食いしばった。

「そうか。幽霊同士だから、僕の姿が君には見えるんだね」

 シロがぽつりと呟いた言葉が耳に刺さった。

 それは違う。

「波長があっただえですよ」

 ぽつりとつぶやき返せば。

 シロが驚いたようにこちらを見た。

 そして、小雪が私を睨みつけてきた。

「餓鬼のくせに、おかしら様をみてるのね?」

 小雪の吊り上がった瞳に涙が溜まっていく。

「頭領じゃと? 何を寝ぼけているのじゃ、小雪。頭領は死んだのじゃぞ?」

 久恩が不思議な顔をして、小雪を見つめる。

 小雪がキッと久恩を睨む。

「死んだと知ってたのね? 知ってたくせに来なかったのね? やっぱりあんたは裏切り者じゃない!」

 金切声で小雪が叫ぶ。

 久恩がハッとしたかおをして、傷ついたように目を伏せる。長い睫毛が細かに揺れた。

 シロが数歩下がって、首を振る。見ていられないと言いたいのだろう。

 確かに。見てはいられないだろう。

 見苦しいのもある。だけど、それ以上に胸が占められるぐらい苦しいのだろう。

「あんたを恨んでやる!」

 そう叫んだ小雪の体がじわり、と紫色に染まった。

 やっぱりか。頭のどこかでそう思った。

 小雪はすでに“穢れ”を体内に宿している。いや、“闇堕ち”していると書いたほうが正しいかもしれない。


 穢れの大元である闇落ち。

 根源は清めの水でも落とすことは出来ない。根本から腐った部分を切り取らねば治らない。つまりは、根本的な治療が必要になってくるのだ。

 しかも、ただの治療ではない。

 心の治療だ。

 一歩間違えれば、相手をより深く傷つけ状況を悪化させることもある。


 私は小雪と正面から対峙して、ごくりと生唾を飲み込んだのだった。

 背中を冷や汗が流れ落ちていくのを感じていた。

 何をどうしたらいいのだろう。頭が次第に真っ白になっていく。

 やらねばならないことがあるのに、どうしたらいいのか分からない。脳みそはとっくに容量を超えていると叫んでいる。

「落ち着くのじゃ、美姫」

 そんな中、久恩の声だけが不思議とはっきり聞こえた。


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