裏切り者には……
「久恩よ……あいつは、あいつは私を捨てた! 全てを捨てて裏切った! あいつが裏切らなければ私は!」
小雪が言いながら、足を振り上げてきた。
動きはゆっくりに見えるのに。
“穢れ”てしまった私はすぐ動くことができない。これまで、小雪に蹴られてきた痛みも加算されて動きづらい。
「あの人が居なくなることもなかったのに!」
話がつながらない。
言葉の先が見えない。
ただ、痛いくらいの後悔と憎しみが伝わってきた。
どうにかしたくて。でも、どうしようもなくて。
だから苦しくて。
「左だ!」
シロの声に耳を傾けて、言われたままに体を倒す。
私の顔の横を通り過ぎて、小雪の足が壁を蹴破った。
久恩の見開かれた瞳、古ぼけた電気。
斜めになっていく視界、慌てた様子のシロ。
私を蹴るまではと恐ろしい顔で追ってくる、小雪。
変な感じがした。
どんどん下がっていく視界を散っていく木の破片。
「あ」
久恩と目が合った。
瞬間、時間の流れが不通に戻ったような気がした。
体が倒れて、もんどりうって転がっていく。
どれだけの力でのけぞったのだろう。いや、もしかしたら小雪の力だけで転がったのかもしれないが。
ゴン、と音がするまで転がって頭を壁にぶつけた。
これが中々に痛い。
じんわりと涙が浮かんでくる。
手をあてれば、ぬめり、と赤い液体がべったりと着いた。
「美姫? お主、何をやってるんじゃ?」
困惑した顔で久恩が呼びかけてくる。
「えっと、あはは」
苦笑いがこぼれた。
だって、説明できないじゃないか。
私がここにいる状況も、“穢れ”てしまった理由も。
「ほら、来るよっ!」
シロの声に振り向けば、小雪の蹴りが目前まで迫っていた。
咄嗟に腕を上げて、防ぐ。
腕がもげるかと思うぐらいの衝撃。体が吹き飛ぶ感覚。
「美姫!」
久恩の声か、それとも、シロの声なのか。聞き分けることは出来なかった。
それを最後に強い衝撃を受け、私の意識はぼやけた。
ずっと幸せになりたかった。
私だって私自身を見てもらいたかった。
だからこそ、努力をした。努力を惜しまなかった。
だけど、両親は良い子にしていた私よりも姉の方を見続けていた。こっちを見て、という気持ちは日増しに強くなっていた。
なのに。
気持ちは届かなくて。
恨んだ。
姉のことを。両親のことを。クラスメイトを。先生を。
自分を見失うくらいに。
恨んで、恨んで、恨んで……。
だけど、気が付いた。
私は私であることを一番恨んでいた。一番、自分自身のことが嫌いだった。
「美姫っ!!」
悲鳴染みた久恩の声で目が覚めた。
「クソ餓鬼っ!!」
小雪の言葉が聞こえた。
シロの手が伸びてくるが、間に合いそうにない。
だけど、私はおかしくなってしまったのか、笑みを引っ込めることができなかった。




