差し伸べた手
うなり声が聞こえる。
たんこぶを頭に作った夢月が屋上で正座をさせられていた。
「何の用事だよ?」
ふくれっ面で夢月が社長に言う。
その視線の先に社長がいる。右手の甲が赤くなってしまっているが余裕そうに煙管を吹かしている。
社長の袖を引いて、夢月から姿を隠そうとしてる乃愛。
状況はそんな感じだったらしい。
「久恩の場所を探せるな?」
唐突に社長が本題に入る。
「探せるっちゃ探せるけど、お断りだね」
ふん、と短く鼻を鳴らしながら、夢月がそっぽを向く。
社長はただ、夢月をじっと見つめる。
夢月はそっぽを向いたまま、高くなり始めている空を瞳に反射させていた。
「私を面倒ごとに巻き込むんじゃねぇ」
はんっと短く鼻を鳴らして呟く夢月。
社長は何も言わず、夢月を見つめ続ける。
夢月の頬を妙な汗が流れ落ちていく。
「あんだよ、見つめたって無駄だからな」
もっともらしい言葉を投げつけてくる夢月だが、社長はそれに対しても何も言わない。
乃愛が怯えているのを見て、社長は確かに一言言ったらしい。それは乃愛にしか聞こえないものだったと、乃愛自身が私に語ってくれた。
「悪く思うなよ」
と。
低い声だった。風に流されるくらい小さな声で。
乃愛は社長を見上げた。
社長は隻眼の瞳で夢月を見つめていた。真剣な瞳で。
しかし、そこに微塵の哀れみはなかった、と乃愛は私に話してくれた。
「一年ぐらいまえの飛び降り、覚えてるか?」
唐突に社長が夢月に向かって声をかけた。
手伝いたくないと言い張っていた夢月の肩がびくり、とはねた。
飛び降りたのは私で。その時、私を止めようとしてくれたのは夢月で。でも、私には夢月の姿が見えなくて。
だから。
夢月は私のことを救えなかったことを後悔しているのだということは今考えても察することができる。私の死を自分のせいにしてしまっている人がいる。それは申し訳ないことで。
そして、社長は私の話題をふることを本来は絶対にしないだろう。
「あいつは妖になった。とんだド阿保だったがな」
「それじゃあ……!」
夢月の目が乃愛をとらえた。
妖になった私の姿を乃愛の中に求めようとしたのだろう。
「いえ、その私じゃなくて、その……今は会えないというか……」
乃愛が言葉を濁す。
はっきりと乃愛の口から言うことは難しかったのだろう。
「久恩について行っちまった」
社長が冷たく言い放った。
夢月の目が見開かれる。
その機会を待っていたと言わんばかりに社長は言葉を紡ぎつつける。
「救えなかった、で終わらせるのか? 今度は届く手があるのに?」
社長の言葉に夢月が怒りを露わにした。
「貴様ぁぁあっ!」
夢月が叫びながら、社長の胸倉をつかんだ。
社長は顔色一つ変えずに夢月を見つめた。
社長がやったことは許されることではないのかもしれない。
そもそも、私が勝手に動いてしまったからこのようなことになったわけなのだけれど。だけど、私は、今回の社長の話の持っていき方は間違いではないと思う。
社長自ら、話が聞けたわけではないので、これは私の想像で書かせてもらう。
きっと社長は夢月を救うためにもこの話をしたのではないか、と思うのだ。
私のことを救えなかった夢月にチャンスを、と思ったのかもしれない。
真実は闇の中だけれども――。
「探すのか、探さねぇのか? 時間がねぇ。どっちにしろ早くしろ」
社長の言葉にギリッと夢月が歯を食いしばった。
そして、社長の胸倉から乱暴に手を離した。
「あんたのためじゃないからな」
社長に吐き捨てて、夢月が妖界の地図を広げたのだった。
「分かってらぁ。……すまねぇな。俺もあいつらが結構大事なもんでな」
社長が言った言葉に何も言わず、夢月は作業を始めたのだった。
夢月の協力があったからこそ、社長たちは動き出すことができたのだ。




