謎が謎を呼び
廊下を走りつつ、私は横目でシロを盗み見た。
シロはいつの間にか綺麗な狐のお面を付けていた。
「どうして……、どうして、あなたが桜蘭白夜の長だったんですか?」
長い廊下をただ走るだけに疲れて、シロに尋ねた。
シロの表情は見えなかったが、肩がビクッと跳ねたのが見えた。
「あ、すいません……。その、話したくなければ、答えなくていいです」
私は何をやっているのだろう。
てか、私もよっぽど人間じゃないか。
こうして、人の暗いところを探ろうとして、疑って。そもそも、社長の言うことを聞けていない時点で何もかも終わっている気がする。
私は本当に何がしたかったのだろう。
依頼を個人的に引き受けたりして。
その依頼者に励まされて。それでも、こうやって悩んで。
私はなんて中途半端なのだろう。
「そうだね……。最初は大きな目的があったんだよ」
沈黙に耐えかねたときだった。
シロが唐突に口を開いた。進行方向を向いたまま、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「本当はこの世界の格差を無くしたかった。だけど、それを本当の意味で理解してくれる人は居なかった」
シロの声は聞いているだけで胸が締め付けられるくらい痛くて。
きっと、彼の中でも痛いくらいの後悔があるのだろうと思った。あの時、こうしていれば、とか。そんなどうしようもできない望み。
「僕に見る目がなかったんだろうね……。いや、それとも、義賊なんてやり方が悪かったのかもしれない」
あはは、なんてシロはごまかして笑うけど。
そんな姿が過去の私と綺麗に重なった。何もかも自分の中に抱え込んで。そして、全てを自分のせいにした、。
「集まってきたのは暴れたいやつばっかりで。桜蘭白夜の名ばかりが独り歩きしたみたいな感じになってしまったんだよ……」
シロの声がどんどん暗くなっていく。
どんな気持ちでどうしようもない現状を見ていたのだろう。
どうにかしたいと願って。でも、どうしようもなくて。いや、どうすることもできなくて。
どれだけ手を打っても、届かなくて。
「久恩と小雪が中心だった。ぎりぎり境界線を越えなかったのは二人のおかげといっても過言じゃないよ。いや、まぁ、実際は……超えてたんだけど」
シロが言葉を濁して、黙ってしまった。
私はただ足を進めることしかできない。
「だからね」
長い沈黙の後。
足音だけが響く廊下に、シロの声が響いた。
「だからね、久恩が僕の元から離れていってくれた時は安心したよ」
だけど、きっとそれはシロの本音ではない。
もっと、別の何かがある気がする。
「だからこそ、小雪を止めなければならないんだよ」
真面目な人だ。自分が真っ直ぐ進んでいるのは棘の道だときがついているのだろうか。
私は何も言えない。
なんて言ったら、この毛井が通じるかを知らない。
「止まって」
どのぐらい走り続けただろうか。
不意にシロが私に向かっていった。
私の足は自然と止まる。
シロがお面をつけたままの姿で、クイ、と顎を動かした。
釣られて、そちらの方向へと目を向ける。
そこには、穴があった。
「……これは?」
恐る恐る聞く。
シロは軽く頷いた。
覗け、ということだろうか。
そっと、穴に目を近づける。それから、そっと覗き見る。
そこには久恩がいた。童の姿の見慣れた久恩ではない。
流れ落ちる銀髪と、銀色の尾。そして、ふくよかな胸と、色気のある太もも。
大人の姿だ。とても、美しくて息をのむ。
そんな場合ではない。
シロを見上げる。
「とりあえず無事みたいだね」
シロが小さな声で言った。
私も小さく頷いた。小さな穴から、周囲を探ろうとした。
「大丈夫、小雪はいないみたいだ」
シロは幽霊だからだろうか。
壁をすり抜けて中の様子を伺って来てくれたようだ。
「あっちから入れそうだ」
シロが仮面を結んでいる赤い紐を揺らしながら、歩きだした。私も息を整えながらシロの後を付いていく。
廊下がひんやりしている。
床の温度が足の裏に伝わってきた。
早まる心臓を眺めながら、真っ直ぐ前を向いた。
もう少し、もう少しで久恩を助けられる。私はそう思っていた。
「あら、何の用事かしら?」
不意に声を掛けられ、心臓が跳ねた。
ゆっくり後ろを向けば、小雪が微笑んでいた。




