真っ直ぐ進め
私は廊下を走っていた。
見たこともない場所。走り慣れていない、すべすべした廊下。
だけど、私はたった一つの場所を目指していた。
シロの道案内のおかげで迷わずに走れているのだ。
「ふふふ、足が速いね」
宙に浮かんだまま、シロが私を見てそう言う。余裕そうだな、なんて悔しくなるけど、息を整えるのが大変で大したことも言えやしない。
第一、シロを完全に信じっ切っていいのかはまだ悩むところだ。
シロが私に語ってくれたことが本当とは限らないのだから。
「疑っているね、いいことだよ。そうして成長するといい」
楽しそうに笑ってシロが言う。
自分が疑われているのに、なんで笑えるのだろう。きっと強い人なのだ、とその時は思った。
哀しい時に泣けない辛さは私だって体験しているはずなのに。
「さあ、急がないと。小雪が無茶をするとは思えないけど、久恩が無事かは僕にも分からないからね」
シロが真面目な顔つきになって言った。
その手には、先ほど落としたはずの狐のお面が握られていた。
シロは言った。
「小雪を殺してでも止めてほしい」
その言葉は私の心を予想以上に驚いていた。
だって、目の前にいる薄幸美少年風の男は百鬼夜行の長で小雪の仲間だったはずだ。
なのに、ほんの少しだけのためらいはあったけど、いとも簡単に殺してでも止めろ、なんて言うとは思わないだろう。
「うん、君はいい子だね。当たり前のことだ」
シロが悲しそうな顔をした。
「でもね、大切だからこそ超えさせてはいけない線があるんだよ」
シロが俯いた。白銀の髪がシロの表情を隠してしまう。
でも、私には隠れた視線が分かったような気がした。きっと泣きそうな顔で笑っているに違いない、直観のようなものでそう思った。
「分かった」
頭は混乱していた。
でも、心はシロを信じたいと思ってしまっている。
「へ?」
だって、こんな無邪気そうな顔をする人だもの。
あの時の私の判断は間違えではなかったと思いたいし、思わせてほしい。
何がシロを突き動かしているのかは知らない。だけど、協力するに値すると私はそう思った。
廊下を走りながらお面をつけたシロの横顔を伺う。
その時からきっと予感はしていたはずだ。
この話は悲しい話で終わることぐらい。
何が間違っていたのかなんて。
きっと私の行動全てだろうけど。
だけど、私はこの時は久恩を救い出せれば何でもいいと思っていたんだ。浅はかな人間らしい考えで。
「交換条件なら個人的に動いてもいい」
そう言ったのは私で。
シロはその私の言葉にかけていた。
「交換条件?」
彼が不思議そうに尋ねる。
「そう。私は久恩を助けたい。あなたは小雪を止めたい。多分、これは利害の一致じゃないかな?」
そう言ったのは嘘ではない。
本当にその時はそう思っていた。
シロが何度か瞬いた後、頷いた。
「嗚呼、そうだね」
シロは私よりずっと大人だったということだ。
私はきっとこの時の笑顔を忘れない。
シロが案内するままに私は廊下を進む。
「ここから一直線だよ。走るならだいぶ長くなるけどね」
永遠と廊下が続いている。
暗くなってきたのか、先が見えない。端っこを目視することはでき無さそうだ。
「ここ、本当に近道なの?」
思わず漏れた言葉にシロが苦笑いをこぼす。そこまで疑われるとなんだかなって。言葉を濁してくれたけど、傷つけたかもしれない。
私は唇を噛みしめる。
そりゃ、生きてた頃はいい子を演じてきた。だけど、今は変わろうとして、何かを失いかけているんじゃないだろうか。
「そんな顔しなくてもいいんだよ。僕にとっては君が救いなんだから」
シロがそう言って笑った。
「だからね、僕も君を利用しようとしてるんだって思えばいい」
ね、そう言ってシロは綺麗に笑った。




