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泡沫  作者: 若葉 美咲
2.過去からの復讐者
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急転直下


 体中が痛い。蹴られた痛みなのか、“穢れ”のせいなのか。

 分からないけど、関係がない。

 私はこのまま泣き寝入りするつもりはない。ここまで這って来たのだ。ならば、久恩を無事に返すまではやらなければならない。

 だって社長の言いつけを破ってまで行動を起こしたのだから。

 もう、きっと『相談屋』には戻れない。覚悟は決まっている。

 だったら、行動あるのみだ。

「遠慮なく蹴ってくれちゃって……」

 ぼやきながら、体をよじる。

 この縄をどうにかしなければ進めない。

 そんなことは分かっている。分かっているのなら進むしかない。どんな方法を使っても。

 だけど、どんな方法が残っているというのだ。

 考える。必死に考える。

 だけども考えれば考えるほど頭が白くなっていく。

 自分の愚かさがやけに思い知らされるから。思い出したくないことまで思い出してしまうから。

 つらい。心がざわついた。

 嫌な思い出。一人で頑張ってきたものが崩れる絶望。っ手に取るように一つ一つ鮮明に思い出されてしまう。

「本当に嫌になっちゃうなぁ」

 ざわざわと心が喚きだす。

 せっかく乃愛に着せてもらえた綺麗な着物が、真っ白い経帷子きょうかたびらに変わっていく。

 縄がするすると地面に落ちていく。

 妖格化してしまったんだ、と理解すると同時にハッとなった。そうか、私は怨霊だったのだ、と今更のように思い出す。

 怨霊ならば。

 物理が関係なくなる。

 どんな壁も超えていける。

 “闇堕ち”した体がどの程度持つのか分からない。

 だけど。

 動けるうちならば悪あがきしてみたっていいじゃないか。

 伸ばした腕は紫に染まっている。

 痛みをこらえて私は動き出した。

 扉まで足を引きずって進む。そして、怨霊の姿のまま、私は扉をすり抜けた。


 ぬるい風が頬を撫でて通り過ぎていく。

 乱れた黒い髪が揺れる。

 痛みでほてっていた体に風は気持ちよく澄み渡る。

 干渉に浸っている場合ではない。早く久恩を探さなければならない。

 私の体力が残っているうちに。

 足元に視線を向けて、息を吐きだす。

 女性の足に噛み付いたのが功を成したらしい。赤い血の雫が廊下にポタポタと続いている。これをたどっていけば、久恩のところ、いや、彼女においつくだろう。

 進もうとした時だった。

「痛くないかい?」

 不意に声が聞こえた。

 気配のなさにゾッとして振り向く。

 そこには半透明の真っ白な男だと思われる人が立っていた。体が私のように透けている。

「……誰?」

 低い声で尋ねてみる。

 真っ白な人を観察する。白い髪は伸びている。だが、毛の艶はよく、月光にきらきらと反射している。白から青色のグラデーションがかかった着物と、狐のお面。

 見るからに怪しい存在。

「真雪の毒神って言えば分かるかい?」

 凛とした声が私の耳に入ってくる。

 黙って首を振る。

「あー、そうか……。じゃあ、小雪が尊敬して止まない百鬼夜行の長だよ」

 半透明の男は嬉しそうに愉快そうに私に告げた。

 私は息をのみつつ、その人物と距離を置いたのだった。


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