急転直下
体中が痛い。蹴られた痛みなのか、“穢れ”のせいなのか。
分からないけど、関係がない。
私はこのまま泣き寝入りするつもりはない。ここまで這って来たのだ。ならば、久恩を無事に返すまではやらなければならない。
だって社長の言いつけを破ってまで行動を起こしたのだから。
もう、きっと『相談屋』には戻れない。覚悟は決まっている。
だったら、行動あるのみだ。
「遠慮なく蹴ってくれちゃって……」
ぼやきながら、体をよじる。
この縄をどうにかしなければ進めない。
そんなことは分かっている。分かっているのなら進むしかない。どんな方法を使っても。
だけど、どんな方法が残っているというのだ。
考える。必死に考える。
だけども考えれば考えるほど頭が白くなっていく。
自分の愚かさがやけに思い知らされるから。思い出したくないことまで思い出してしまうから。
つらい。心がざわついた。
嫌な思い出。一人で頑張ってきたものが崩れる絶望。っ手に取るように一つ一つ鮮明に思い出されてしまう。
「本当に嫌になっちゃうなぁ」
ざわざわと心が喚きだす。
せっかく乃愛に着せてもらえた綺麗な着物が、真っ白い経帷子に変わっていく。
縄がするすると地面に落ちていく。
妖格化してしまったんだ、と理解すると同時にハッとなった。そうか、私は怨霊だったのだ、と今更のように思い出す。
怨霊ならば。
物理が関係なくなる。
どんな壁も超えていける。
“闇堕ち”した体がどの程度持つのか分からない。
だけど。
動けるうちならば悪あがきしてみたっていいじゃないか。
伸ばした腕は紫に染まっている。
痛みをこらえて私は動き出した。
扉まで足を引きずって進む。そして、怨霊の姿のまま、私は扉をすり抜けた。
ぬるい風が頬を撫でて通り過ぎていく。
乱れた黒い髪が揺れる。
痛みでほてっていた体に風は気持ちよく澄み渡る。
干渉に浸っている場合ではない。早く久恩を探さなければならない。
私の体力が残っているうちに。
足元に視線を向けて、息を吐きだす。
女性の足に噛み付いたのが功を成したらしい。赤い血の雫が廊下にポタポタと続いている。これをたどっていけば、久恩のところ、いや、彼女においつくだろう。
進もうとした時だった。
「痛くないかい?」
不意に声が聞こえた。
気配のなさにゾッとして振り向く。
そこには半透明の真っ白な男だと思われる人が立っていた。体が私のように透けている。
「……誰?」
低い声で尋ねてみる。
真っ白な人を観察する。白い髪は伸びている。だが、毛の艶はよく、月光にきらきらと反射している。白から青色のグラデーションがかかった着物と、狐のお面。
見るからに怪しい存在。
「真雪の毒神って言えば分かるかい?」
凛とした声が私の耳に入ってくる。
黙って首を振る。
「あー、そうか……。じゃあ、小雪が尊敬して止まない百鬼夜行の長だよ」
半透明の男は嬉しそうに愉快そうに私に告げた。
私は息をのみつつ、その人物と距離を置いたのだった。




