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泡沫  作者: 若葉 美咲
2.過去からの復讐者
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美しい花には棘がある


 激しい吐き気で目を覚ました。

 目を閉じても開いても平衡感覚が失われているのか、世界が回っている。胃の方から酸っぱいものが上がってくる。

 気持ち悪さと体中の痛みがひっきりなしに襲い掛かってくる。

 視界が生理的涙でぼやけた。

「ほら、言わんこっちゃないわ。あたしの作り出した闇に入ってくるからよ、この餓鬼」

 部屋で対峙した女性の声が聞こえた。

 女性の姿を視界に入れたくて、首を動かそうとする。そこでようやく自分が縛られて芋虫のように転がされていることに気が付いた。

 状況が少しずつ分かってくると同時に吐き気が収まってくる。

 それと同時に痛みが強くなった。見える範囲で自分の体を見つめてみると、肌はだいぶ紫色に変色してしまっていた。

「どうだい、あたしの生み出す“穢れ”の味は?」

 女性が私の腹を蹴り飛ばして優雅に微笑んだ。

 縛られている私は成す術もなく転がっていく。胃から一気に空気が吐き出される。

 一瞬、呼吸が詰まり、目の前が白くなりかけた。

 必死になって酸素を求めた。

「いい気味ねぇ。まるで犬のよう!」

 女性が高らかに笑う。

 なんて悪趣味なんだ、とにらみつける。

 幸か不幸か、蹴飛ばされたことで女性を視界に捉えることができるようになった。

 しかも、自分がどんな部屋に入れられているのかも何んとなしに理解できた。

「ほら、なんか言うことはないのかしら? ああ! 犬に私たちの言葉なんて通じないわねぇ、ごめん遊ばせ?」

 美しい花には棘があるとはよく言ったものだ。

 綺麗な人には猛毒が仕込まれているらしい。

 ここは6畳ほどの蔵のようなところだろう。久恩の姿は見えない。どうやら隔離されたようだ。

 ここまでついて来ておいて、見失うなんて情けない。

 唇を噛みしめる。

 すると、その表情が気に食わなかったらしい女性が私に近づいてきた。

「この、小生意気な餓鬼が!」

 遠慮なく私に蹴りを繰り出す。

 手加減も何もあったものじゃない。口の中一杯に鉄の味が広がった。

 口内を切ったのか、それとも、内臓を破損してしまったのか。それとも、そのどちらもなのか。

 分からないが、“穢れ”と相まって酷く痛む。

「さぞ、久恩に可愛がってもらったんでしょうねぇ? 餓鬼のくせに!」

 蹴りながら女性が吠える。

「久恩はあなたに何を教えたの? 命を賭して自分を守るようにいいつけたのかしらぁ?」

 馬鹿にした口調で言って、気は済んだらしい。

 女性は私を蹴るのを止めた。

 だけど、私は逆に怒りを感じた。

 お前のような女性に久恩の何が分かるというのだ、と私は言いたかった。実際には言葉にすることもできなかったが。

 息をするだけで痛いのだ。話すことなど無理だった。

「ふふふ、いい気味ね。ここで少しずつ“穢れ”にやられるといいわ。そしたら、久恩も少しは後悔するんでしょうからね」

 清々した、女性はそう言って部屋を出ていこうと向きを変えた。

 私はこの隙を逃すまいと彼女の足首に思い切り噛みついた。

「ぎゃあぁぁあぁぁ!?」

 女性が痛みに声を裏返しながら悲鳴を上げた。

 噛まれていない方の足で何度も私の頬を蹴ってくる。

 それでも、この足を食いちぎるつもりで私は女性の足を噛み続けた。蹴られても蹴られても離すわけにはいかない。

「このっ!!」

 最後に蹴られたことで口が女性の足から離れた。少しばかり、口の中に肉が残る。

 ペッと肉を吐き出し女性を見上げれば、女性は悔し気に顔を歪ませてこちらを見ていた。

「餓鬼の癖に! あたしに傷を付けたわね? 許せない!」

 死ぬかもしれない。

 そんな考えがふと頭を過った。でも、直ぐにおかしくなって笑ってしまう。

「何を笑ってるの?」

 女性が怯えた顔をした。

 だけど、こみ上げてきた笑いは止めることができない。

 だって、私はすでに死んでいる。死んでから怨霊になったのだ。それなのに、もう一度死ぬのが怖いだんて。

 笑える話だ。

 恐れるものなんてもう何もないはずなのに。

「気味の悪い餓鬼だね!」

 吐き捨てるように女性が言う。先程までの威勢はほとんど感じられない。

 私が少し動けば、それだけで肩がびくっとなった。怯えられているのかもしれない。

 確かに気味が悪いやつだと思われるかもしれない。殴られても笑ってるのだから。

 女性が水色の髪を翻して部屋の扉へと向かっていく。足を引きずっている。その足から血が流れ落ちていく。

「そこで“闇落ち”して死ぬといい!」

 捨て台詞とはこのことだろう。

 憎々し気に吐き出された言葉。

 それを最後に扉が閉じられていった。

 あたりは暗い闇に閉ざされた。


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