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泡沫  作者: 若葉 美咲
2.過去からの復讐者
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迷い道


 妖格化とは、普段人間の姿を象っている妖が本来の姿を現してしまうこと。

 妖界には普段、人間の姿の方が動きやすい者が大勢いる。

 大きいものだと、久恩のように実は九尾なんて話もざらにある。

 私は怨霊で本来の姿は半透明で、呪いと傷を振りまく半透明な存在。そのままの姿だと、実は傷つけないように物理に干渉することが難しい。だから、普段は人間の姿でいるように言われている。

 しかし、いつまでたっても感情の波で簡単に妖格化してしまう。

「まあ、要するにコツを掴めばいいのよ」

 乃愛が私に優しく笑いかける。

 私は、自室で待機と言われた。やることがない。

 いや、何もやらせてもらえなかった。

 落ち込んでいる私を見かねたらしい乃愛が私に声をかけてくれたのだ。せっかくだから、妖格化を自分である程度、制御できるように、と。

「コツって……?」

 私が聞き返せば、乃愛はうーん、と唸りながら、天井を見上げてしまう。

 それから、不意に乃愛が妖格化した。

 黒髪がみるみる白髪へと変わっていく。口から牙が生え、耳がとがっていく。茶色だった瞳が赤くなり、その赤は白目にも進出していく。

「そうね、まずは意識したら妖格化できるようにしてみたら?」

 こっちは簡単なことよ、と乃愛が付け足す。

 私は首を振った。妖格化に成功するとは限らない。それに。

「妖格化したら、私は厄災を振りまくだけだよ」

 ポツリと言葉をこぼせば、乃愛は人間の姿に戻った。

 そして、私に手を重ねてくれる。

「確かにそうかもしれない。だって、あなたは怨霊ですもの」

 乃愛が言った言葉に顔を上げる。

 正直、私はそんな風に言われると思っていなかったので、傷ついてしまった。どこかで、乃愛は私を慰めてくれると思ってしまっていたのだ。

「でも、そんなこと詮無いことなのよ。私なんか鬼よ? ちょっとくらい傷ついたって平気よ」

 乃愛が両手で私の顔を挟んだ。

「だから。いい? 自分が怨霊であることを逃げにしないで。自分に誇りをもって、なんて言えないわ。でも、自分を嫌いにならないで」

 乃愛が私のおでこに自分のおでこをくっつけた。

 温度が温かくて、乃愛の心が暖かくて。その体温が溶けて一つになればいいのに、と思った。

 自分が逃げる為に自分の短所を言い訳にしないこと。

 そんな当たり前のことをいつの間に忘れていたんだろう。

「そりゃ、逃げてたら上手くなる訳ないのにねぇ」

 自分から零れた言葉に思わず笑いそうになってしまう。

 それなのに、相反して涙が零れていく。目の奥が熱くて痛い。

「うんうん、大丈夫だよ」

 乃愛が私の頭を優しく撫でてくれる。

 社長にも散々言われてきた。下を向くな、俯くなって。

 だけど、その言葉の真意をとらえ違えていた。そりゃ、この忙しい時にそんな足を引っ張りそうな要因は使わない方が賢明だ。

 社長の顔を傷つけて。

 それでも、乃愛に言われなきゃ気が付けなくて。

 自分が悔しい。今の自分が変われるのか、本気で心配になってくる。

「これからだよ」

 私の心を全て分かっているかのように乃愛が声をかけてくれる。

 その優しさに感謝すべきだ。頭ではそう理解している。だけど、心はついてきてくれない。ただ、乃愛の言葉が痛い。

 どうやったら変われるのだろう。

「私、変われるのかな?」

 不安から零れた言葉に乃愛が私の頭をゆっくり撫でてくれた。

「変われるわよ。変わりたいと願うなら」

 乃愛が少し遠くを見つめる。

 それからくすり、と笑って私を見つめてきた。

「だって、ここは『相談屋』よ? 社員の悩み事ぐらい解決して見せるわ。皆も協力してくれる」

 だからね、と乃愛は言葉を区切った。

「一人で戦わないでね? もどかしい時はあるかもしれない。それでも、一人で何とかしようとするのはやめてね」

 乃愛の話す言葉にどきり、とした。

 心臓がギュッと握りしめられたみたいに。

 真剣に私の話を聞いて、真面目なアドバイスをくれた。きっと、それは正しいことで。

 でも、私は素直に受け取れなかった。

 だって、私はその時、すでに決めてしまっていたのだ。

 一人で何とかしようって。そんなこと無理な話なのに。

 久恩のことをどうにかできるって思っていた。自分だって役に立ちたいって。

 ただ、それだけ。

 何かしなければという気持ちだけが大きく育っていたのかもしれない。

「う、うん」

 怪しまれないように頷くことだけが精いっぱいで。

 罪悪感がない、といえば嘘になる。だけど、それ以上に、見返してやらなければならないという気持ちが大きかった。

 乃愛は安堵したように柔らかい笑顔を見せてくれた。それが余計に私の心を抉った。

 本人は知ってか知らずか、さらに私を抱きしめてくれた。

 もうすぐ、夜がやって来ようとしていた。


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