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泡沫  作者: 若葉 美咲
1・現代に生み出された怨霊
16/43

番外編 付喪神


 カシャーン。

 それは平凡なある朝の出来事。ガラス製の何かが壊れる音が屋敷に響き渡った。何人かがあつまって騒いでいる。

 昼の食器洗いの当番は私と乃愛。ガラスを置いたところが悪かったのかもしれない。だとしたら責任は私たちにあるはずだ。でも、乃愛は絶対に変なミスはしないだろうから、私のせいだろう。

 そんなことを考えつつ台所へ向かう。すると丁度、久恩が台所から走り出てきたところだった。この人が走るなんて珍しい。もしかしたら、ものすごく怒っているのかもしれない。とたんに引き返したい気持ちでいっぱいになった。

 しかし。予想に反して久恩は怒っていなかった。むしろ、慌てているように見えた。

 何事なのか全く分からない。

「良いところに来たな。暇か? いや、暇だな」

 返事も待たずに私を暇だと決めつける久恩。その質問のこたえは元から“はい”しか用意されていなかったようだ。

「すまんが、白い猫を探してくれ。あの猫が社長様のカップを割ってしまったのだ」

 悔しそうに久恩が表情を歪ませる。どうやら、こんな大事にするつもりはなかったらしい。でも、思い通りにならないのが妖界だ。私もここに住み始めてようやく理解した。どんな些細なことも大事になってしまう。いつの間にやら祭り騒ぎになってしまう、なんてこともよくある。

 妖界に馴染んできていることに苦笑しつつも白い猫を探すことにした。

 白い猫が見つからない限り久恩の心は休まることはないだろう。


 庭を探している途中で乃愛を見つけ、訳を話して一緒に探してもらうことにした。『相談屋』の屋敷は必要以上に広い。使われていない部屋もいっぱいあるし、無人の離れだって沢山存在している。その分、庭も広いし、池や川、さらには小さな滝まである。

 そんな広い敷地を数人でくまなく探すことなんてできない。人手はあたほうがいいに決まっている。

 ヒザマの光彩に会ってからはあっという間だった。さらに人手が増えて結局のところは祭り騒ぎのようになってしまった。あっちこっちから猫を探し回る声が聞こえてくる。

 もしかしたら広めたのはまずかったかもしれない。後悔を感じるももう遅い。久恩には後で謝らなければと思いつつも乃愛とともに白い猫を探す。


 何人もの大人数で探したのにも関わらず、全く猫の影も形も見当たらない。久恩に至っては血眼になっている。もはや鬼のような形相だ。怖いを通り越して少しおかしいが、とても言える雰囲気ではないのでここにだけ書いておく。

 けれども結局、一日がかりで探しても見つからなかった。久恩はまだ見つかると息まいていたけれど正直、見つかる気がしない。

 だけど、これ以上夕食の時間を遅らせるのもよくないということで先にご飯を作ることにした。

 社長の部屋にお盆に乗せた食事を運ぶ。白猫のこと、気にならないと言えば嘘になるが、社長の夕飯が遅くなったことのほうがずっと気になっていた。もしかしたら、私はひどい奴なのかもしれない。ふと寂しい気持ちがよぎる。

 でも、これも私だ。私自身のことをまた一つ知るきっかけを持てた。また一歩進めた。知ってその後どうするかが大事なのだ。

 そんなことを思いつつ社長の部屋の前についた。すると何処からか猫の鳴き声が聞こえてきた。喉をゴロゴロとならし、随分懐いているような鳴き声だ。

 でも、近くに猫の姿は見当たらない。もしかしてと思い、うっすらと社長の部屋の障子を開けて中をのぞいた。そして驚いた。息も止まるほどに。

 社長が白い猫を撫でて微笑んでいたからだ。笑わない人だと思っていた。冷静でどこか現実離れしている雰囲気をまとっているものだから笑っているイメージができなかった。勝手な想像だけれど、本当に息が止まるぐらい驚いた。

 そして気が付いた。社長は笑っているほうがずっといい。だけど、きっと社長は立場や期待を背負っていることとかがあってきっと皆の前では笑えないのだ。ならば、せめて猫の前では笑ってくれているほうがいい。

 久恩には申し訳ない気もしたが、黙っていることに決めた。本当は久恩に報告しなければならないところだろう。でも、私は私の意志で黙ることにした。

 ほんの少しでも社長が癒されるのならばそれがいい。


 社長の部屋に夕食を差し入れるのはもう少し後にすることにして私は部屋を後にした。

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