大きな光
足に力がなくなり、膝から崩れ落ちるように体が倒れかけた。
立っていられない。
「目を開けろ」
体に手を回され、引き寄せられる。耳元で低い声が聞こえた。
反射的に目を見開く。眩しい光が私と社長を包んでいた。紫色の毒々しい気が光に押されて何処かへ散り散りになっていくのが見える。
最後に私の体から離れた社長の緑色の隻眼が見えた。それだけで安心感を覚えた。
「汝に歯止めの名を与えよう。その名は力を制御するためとなり、汝の背を押すものになる」
低い声で何かを呟きかけられる。
ずっと周りの人が何かを言っていたはずなのに、社長の声しか聞こえなかった。静かな世界で社長の声だけが反響していく。
「音をまとめて和を成す、和音」
空中に文字が現れた。眩しい光を放つ半透明の文字。それが私の胸の中へと吸い込まれて行った。
社長が素早く私から刀を抜いた。痛みは感じなかった。刺された筈の場所には傷口が無かった。だんだんと光が消えてきて、周りの音が戻って来た。目も光に慣れてきた。
私から紫のオーラはもう出ていなかった。服も経帷子からセーラー服に変わっていた。
社長の腕を見れば穢れを示す痣のようなものは無かった。
心から安堵した途端体から力が抜けた。座り込もうとした私を社長が軽々と持ち上げた。まだ、混乱している天狗警団の前へ連れて行かれる。もしかしたらこのまま引き渡されるのかもしれない。
でも、仕方ないことか。皆に迷惑かけたから。
社長がクスリ、と笑うのが見えた。
天狗警団と『相談屋』が押し合いへし合いしている中へ社長が踏み出した。
社長の姿を確認した『相談屋』の仲間達が後方へと引いて行く。私を抱えている社長が前へ残される形になった。
「こっちへその女を引き渡しな」
鐵が真っ赤な瞳で社長を見つめた。
引き渡されるのだろうか。急に不安になった。鐵のことはまだよく知らない。怖いイメージしか無かった。
社長が怨霊だった私の魂の欠片を私の意識ごと連れ出してくれたから、周りの世界をずっと一緒に見てこれた。事件がどんな風に解決されていくのかも見たいた。でも、鐵のことは今一、理解できないままだ。このまま渡されてしまったら殺されるかもしれないという不安がある。
だけど、そんなことを危惧したことが今では恥ずかしい。
「こいつはもう闇落ちしてねぇ。全部吹き飛ばしちまったからなァ。そんな訳でテメェらはお役御免だぜ」
そんなことも分からねぇのか、と言う意味をたっぷりと含んで社長が言い放った。
すごく憎らしくなる言い方だがどうやらそれが真実らしく、天狗警団は何も言わないままだ。鐵にいたっては歯ぎしりまでしている。真っ赤な瞳に殺気を込められていて私は怖くなった。しかし、社長は変わらず飄々とした表情を崩さない。
鐵の部下らしき天狗が手の上に竜巻を作り出している。社長を狙って攻撃しようとしていたのだ。
教えなければと思った。しかし、私は社長の顔を見て、息を飲んだ。社長は笑っていた。何かを馬鹿にするかのように。それでいて、心底愉快そうに。
「来いよ。何年も病院のベットの上で生活したいならな」
私を抱えたままでそう言い放ったのだ。聞き間違いなどでは無い。
社長はそんなことが出来てしまうのだろうか。私を抱えたまま戦って怪我をしないと言いたいのだろうか。それとも、戦うときは私を下ろしてくれるのだろうか。色んなどうでもいい問いが私の頭の中を駆け巡った。
社長は余裕な態度を崩さないまま。しかし、どこか好戦的な雰囲気だ。
一触即発の空気が私達を包み込んだ。
酷く怖く感じた。社長が怖いわけではない。
私を絶望の底から救ってくれた社長が怪我することが怖かった。
久恩が動かないことからしてこんなことでやられる社長ではないのだろう。でも、万が一怪我でもしたら、私は一生、自分を許せない。救ってくれた人が目の前で怪我したら。そんなの絶対許せない。
こんな戦い無意味だ。私が天狗警団に従えばそれで万事うまく解決する。
「よせ」
誰かが口を開いた。聞いたことのある声だったけど誰なのか咄嗟に判断できなかった。
顔を上げて周囲を見渡せば、険しい顔をしたままの鐵が部下に指示を与えているところだった。どうやら彼が部下を止めたらしい。
「俺たちが何人束になってかかろうとも、こいつを動かすことすら叶わない。本当に入院するぞ。それこそ一瞬だ」
脅しでは無い。本当のことなんだとひしひしと伝わって来る。もしかしたら鐵は社長と本気で戦ったことがあるのかもしれない。
部下は納得のいかなさそうな顔をしていたが、渋々手の上に作り出していた竜巻を引っ込めた。
ようやく話し合いになりそうだ。
社長の強さがどのくらいなのかは今も不明だけど、高い地位にいる鐵が言うぐらいなのだから相当なのだろう。
お蔭で、穏やかに話が進み、私は検診を受けることを条件に『相談屋』お預かりとなった。つまり、社長の判断にすべてを託された、ということだ。
鐵を始め、天狗警団のほとんどがあまりいい顔はしていなかった。危険な者をうろつかせることが不安なのは分かるけど、流石に傷つきそうだった。
ちょっと目を逸らしていると、社長の暖かな手が頭を撫でた。優しい手。その温度に酷く安心する。ここにいていいんだと思えるから。
「さあ、状況終了だ。帰ぇるぞ」
社長が全員に声をかける。みんな疲れていたはずなのに、社長の声を聞いただけで笑顔になった。そこには絶対的な信頼感のようなものがある。
私にもいつかそんな仲間が出来るだろうか。いつか、ちゃんと笑えるようになるだろうか。辛いことから目を逸らさずに生きて行けるようになるだろうか。
まだまだ不安は大きい。でも、真っ直ぐ踏み出せる。
妖界で私は生きて行くのだから。生きていると言う温かさを知れたのだから。もう、大丈夫。




