4. 超心理学研究局能力開発部 その③
医療用カプセルに入っているのだから当然ここは病院だと思っていたけど、病室と云うよりは集中治療室、もしくは研究室研究室って雰囲気で、なにやら様子がおかしい。
(……ここ、……どこよ……?)
本格的に不安になってきた。
カプセルを取り囲むように配置された、様々な医療用の検査機材。ごくごく小さな音だけど、絶え間なく無機質な音を出し続けているのは、稼働中だ――という事よね。
さらにその上に、空間投影スクリーンが三面立ち上がっていて、そこにデータの映像が並べられていた。おそらくは検査結果なんだろうけど、グラフや写真などデータが更新される度に、スクリーンの上では次々と画面が入れ替わる。
(……ええっ、これあたしの個人情報じゃない!)
驚いた!
1枚目のスクリーンにあったのは、あたしのカルテ。
身長、体重、その他各サイズはもちろんのこと、髪や目の色、利き手などなど身体的特徴。
それから過去にどんな病気や怪我をしたかの記録。視力、聴力、脳波に心電図、血液やアレルギーの検査、遺伝性の疾患の有無とか……こんなことまで調べる必要あるのかしらって検査の記録までカルテに平然と並んでいるのは、ちょっと怖いんですけどぉ。
きっと『透明の繭』の中で眠っている間に、データの収集をしたんだわ。
さすが高性能の医療機器は違うわね。患者のケアの合い間にこのくらいのことサラッとやってしまうんだわ……って、そういう問題じゃないわよね。
カルテの最後の項目は「妊娠出産の経験」って――もちろん、無よ、無! そんなこと……まだある訳ないでしょーーー!!
ああ、ダメ。こんなの、読んでいたら赤面してしまう。
隣のスクリーンに目を移すと、こっちはあたしの素行調査!?
『繭』で治療を受けると、生活態度もチェックもされちゃうってことなの!?
受講した大学の講義の内容やバイトのシフトなんかはまだしも、先日のデートで観た映画のタイトルも、食事したレストランのメニューも、立ち寄った場所と所要時間って……。リックの部屋に行ったこともバレてるし。
ふえぇ~ん。ここ2か月ほどのスケジュールが、バッチリと押さえられている。
(やだ、うそでしょ!? なんでこんなことまで調査されてんのよ!!)
三枚目のスクリーンにはあたしの顔写真を中央に、見覚えのある人物たち……そう、家族や友人たちの顔写真が入れ替わり立ち代わり、浮かんでは消えていた。あたしの、交友関係ってこと?
(……なっ、なに、これ! どーなってんの!?)
状況が全くつかめないあたしは、口を半開きにして棒のように突っ立ったまま、仕方なくそれらを眺めていた。
「テリーザ・モーリン・ブロン」
いきなりフルネームを呼ばれた。
普段は「テス」という愛称で、みんな呼んでくれる。フルネームで呼ばれることって、大抵叱られるときだ。
「はぁっ、はいっ!」
反射的に、うわずった大きな声で返事をしてしまった。声の聞こえてきた方を、振り返る。
そこにはかっちりと地味なスーツを着こなした、背の高い男性が立っていた。
その後ろには医療関係者か研究所機関のスタッフといった服装の、さっきカプセルを覗いた(……であろう)あの眼の持ち主を従えている。
あたしは泣きたくなった。
自分がどこにいるかもわからないのに、初対面の人と話さなきゃならないなんて! 警戒心と緊張感がむくむくと増幅して、身体が強張ってしまう。
人見知りって、簡単に解消しない。ちらりとその人の顔色を窺うだけで、精一杯だわ。
正面に立つ男性は、美術館の彫刻コーナーに並んでいそうな程整った細面の顔立ちに、日焼けしたことが無いのではと疑いたくなるような白い肌で、恐ろしく気難しげな表情をしていた。
あたしに向けられたアイスブルーの瞳は、このままあと5秒も見つめられたらフリーズしてしまいそうに冷たい。
スーツ同様、乱れなく7:3にセットされた銀髪に、黒縁眼鏡、絵に描いたようなお堅い職種の人に見えた。
「私は太陽系地球連邦政府法務省公安調査庁連邦安全調査局第2課所属能力者対策委員会より派遣された能力者調査及び取締り委員で、公安調査局第2課第2班班長ニコライ・ベレゾフスキーと云う者だ。
早速だがテリーザ・モーリン。調査の結果、君は能力者と確認された。能力レベルは、上B級もしくはA級に匹敵するかもしれない。実に貴重な人材だというこの調査結果を踏まえて、早急に公安調査局の保護下に身元を移してもらう。今から10分後に惑星レチェルを出発するので、準備をするように。以上だ」
その人は、立て板に水のごとく、さらりと言ってのけた。あたしが目を瞬く間に、だ。あまりにもサクッと言ってくれたので、意味が全く頭の中に入ってこない。
「……あっ、あの……、あのぉ……、もう一度最初から……、その……」
目を合わせないようにしながら、小声で訊き返すと、
「何度言わせる。9分38秒後には出発だと言った」
冷たく切り捨てられてしまった。あたしの訊きたいのはそこじゃなくて、その前の調査結果うんぬん…がなんとかってとこなんですってば!
もちろん、最初の早口言葉みたいな長文の自己紹介と約9分後の出発の理由も、きちんとわかるように説明をして欲しいんだけど……。
(ああん、言い返せないッ! この人、怖い!)
(……ん! 待って、待って! レチェルを出るとか言わなかった、この人!?)
「――――あ……のぉ……」
口を開きかけた時には、すでにベレゾフスキー氏は部下と向き合い、次の指示を出していた。
「ラブーフ君。データの搾取は、終了したのか?」
後ろ姿も、隙がない。
「班長、あと少しで終了です」
ラブーフと呼ばれた部下の人は、『透明の繭』の周囲に並ぶ医療機器の操作パネルと、それらに接続されているハードウェアの操作タッチパネルの前を何度も行き来していた。
さらに自分の腕にはめている腕時計型の小型タブレット端末の画面の上を忙しく指を滑らせ、あたしの個人情報と検査結果のコピーに余念がない。
「少しとは、どのくらいだ?」
「2分程、です。あちこちにブロックがかかっていて、データが取り出せないようになっているものですから。それとデータの転送がスムーズに出来ないようになっているんです。解除ワード無しでそれやったら、データが消える仕組みになってる。今、強制的にチップにコピーしているんですが――――」
「遅い。1分で終了させろ。2分後にはここを出る」
ラブーフさんが、マスクの下でイヤぁな顔をしたのが、なんとなくわかった。
エキスパートである彼が難儀しているのだから、かなり厄介なトラップや複雑なブロックが仕掛けられているのだろう。
そんなこと、素人のあたしでもわかる。それでも否と云えないのが、縦社会の道理。
「了解」
溜め息交じりにそう答え、顔のマスクをかなぐり捨てた。眉間にしわを3割増しにして、彼は捜査ボードに集中する。
この人の得意はハッキングで、服装はここへ入り込むための変装だったのね。
――――って、なんでそんなことがわかるの!?
(なにかが、なんだか、おかしい……おかしいんだけど、なんだかわからない……わからないけど……ぜったい、おかしい……けど……わからない……)
ああ、また疑問の堂々巡りが始まった。
よしんばラブーフさんがコンピュータ機器関連のエキスパートだったとして、よ。
さっきの舌を噛みそうな自己紹介によれば、ベレゾフスキー氏は地球連邦の法務省(だっけ?)の公安ナントカ庁の人間ってことは、公務員で、そのナントカ委員会のナントカ委員がハッキングをしてまであたしのデータを欲しがるって、どーゆうこと。
そも、あたしがなにに確認された、って言っていたかしら。
――――能力者!? そう、そうよ。能力者とか、言ってなかったっけ!!
…………って、なに! なんなのよ~~!! 能力者って、なに?
思考が追い付かない。頭が痛い。完全にあたしはパニック状態に突入した。
「……あっ、あの!」
ベレゾフスキー氏が、うるさそうな顔してこちらを振り返る。
ここは、負けちゃだめよ! がんばれ、あたし。
ところが気持ちが先走るほどに、呼吸が浅くなり、言葉が出てこない。クラクラする。
あたふたとするあたしを尻目に、その人は眼鏡のつるを持ち上げ、軽く息を吐いた。
「用件は簡素に言いたまえ。ああ、そうだった。その恰好ではここから出られないのだったな。失念していた。これを着るように」
そう言って、病院で検査をするときに着るような簡易服を渡された。
(これを着るように……って……)
今の今まで、あたしは直面している状況が理解できず、おたおたしているのが精一杯で、自分がどんな状態なのかなんてまったく頭が回っていなかった。だからベレゾフスキー氏のセリフを咀嚼しながら、まさかと思いながら、視線をゆっくりと下げていくと…………。
まず、血圧がすぅーと音を立てて下がっていくのを感じた。そのせいかフラつき、すこし視界がぼやけたけど、目に映る現状は変わらない。というか、最悪だ!
(――――なっ、なっ、なんで……なんで……)
頭の中を疑問符がぐるぐる回っている。
追い打ちをかけて、恥ずかしさと怒りが、秒速で頂点まで駆け上がってきた。あたしの身体の中のアドレナリンが、一気に沸騰したんじゃないかって思った。
震えが走る。
「班長、終わりました」
ラブーフさんがそう言って、ハードウェアに接続していたメモリチップをポートから抜き取るのと、あたしが悲鳴を上げたのは同時だった。
「いやぁーーーーーーーーーー!!」
絹を引き裂くような声が、部屋中に充満する。
あたしは、何も身に着けていなかった。全裸だった!!
どうして、あたし、裸なの。なぜ全裸で、あの医療用カプセルの中に寝かされていたの? 次から次へと湧いてくる、疑問符たち。
あたしはなにも知らずに、ぬくぬくと夢を見ていたんだ! で、この人たちは、そんな呑気なあたしを観察していたっていうの!!
じょ……冗談じゃ、ないわ。簡易服で前を隠し、両手で肩を抱きうずくまる。
(イヤ! イヤ! 絶対にイヤァァ!!)
サイレンのように尾を引く長い悲鳴が、何度も繰り返し、あたしの口から放たれる。もう止まらない。ヒステリックな金切り声がふたりの男たちを容赦なく攻撃する。
「や、止めるんだ。――止めろ! テリーザ・モーリン!!」
あの時と、同じ。
隅の老人の変わり果てた姿を見た時も、ショックで自分の中のなにかが壊れて自制が効かなくなった。
そうしたら身体の奥底から得体のしれないモノが這い出てきて、制止しきれずに解き放ってしまったのよ。
アレは、なに?
あたしじゃない、あたし。
あたしなのに、あたしじゃないなにか――――。
(なにが起こっているの? あたし、どうなっちゃったの?)
(アタシハ、アタシヨ……)
叫声は、途切れることは無かった。




