29話 エピローグ
「という訳で皆さま! 大変! 大っ変! お疲れ様でした!!!!!!!」
「「「「お疲れ様でした!!!!!!」」」」
後日、今回の自演メンバーを何か適当な部屋に集めて、適当にお菓子とかも用意して、適当に祝賀会を上げていた。
ッあー疲れたー。もうレオと喧嘩なんかしねー。やってらんねー。
「殿下、お疲れ様でした」
サーニャはこの一件で随分態度がほぐれたというか、すっと俺の懐に納まってくつろげるようになった。こうしてデレが前面に出てくれるようになって、俺はとっても嬉しい限りだ。ここまで長かった……。
「いやはや、皆さんお疲れ様でしたね本当。私なんて楽なもんでしたよ。解説も楽しかったですし」
ルーデルの言葉に「そうだぞルーデル。もっと苦労しろ」とサルバドールが文句をつける。
「私も演技と演説くらいでしたから、お二人に比べれば負担は軽かったですね」
「リーナはそのくらいで良いんだ。いつも三面六臂で動いてるんだから、ちょっとくらい休まないとね」
「ありがとうございます、サルバドール様……」
「おお、リーナさんが誰かといちゃついてるの初めて見た」
俺が言うと、「え、そうなんですか?」とサーニャが言う。
「ああ。リーナさんはすごいぞ。逆ハーレムだって説明は受けるんだが、そう言う感じは全然しないんだ。というより、いつも自分だけ抜け駆けさせてもらってないか? みたいな不安があるくらい」
「やっぱり~、殿方はみんな一等賞なので~、その辺りを実感いただけないと愛しているとは言えないと言いますか~」
照れ照れで語るリーナさんに、俺とサーニャは顔を見合わせて、すげぇ……、になる。
「ま、何はともあれ楽しい演目でしたよ。アレから情報収集もしてますけど、要チェックしてた令嬢たちは、一気にサーニャの名前を口にしなくなりましたね」
「そりゃあ王太子殿下があれだけキレるって分かれば、出来ないってもんだよ」
ルーデルの報告に肩を竦めるサルバドールだ。
「実際に演技と分かっていてもキレかけたぞ、お前の演技は」
「あ……。なるほどね?」
俺の一言で、冷や汗を流し始めるサルバドール。いや褒め言葉だよ。良い演技だねっていう。ムカついたけど。
「いや~。でも、改めてみると兄上とサーニャが仲睦まじく並んで座ってるって言うのは、見ていてしっくりきますね。やっとここに落ち着いたかって思います」
「ごめんなさい……私が変な茶々を入れてしまったばっかりに」
「んー、ある意味リーナが加速させたんじゃないですか。だって、サーニャだってリーナへの嫉妬心がなければ、ここまで早くは変われなかったでしょうし」
ルーデルに言われ、サーニャは複雑そうな顔。
「それは、あると思います。またリーナに殿下を奪われたら、と思うと恐ろしくて……」
「でも、質問先は私なんですから、サーニャ様は本当におかわいらしい人ですよね」
ぽっ、と照れたように言うリーナ。サーニャは恐縮しきり、という風に赤面している。
「実際二人はいつ仲良くなったのかな。ボクからすると、気付いたら、というか、何かの間違いなんじゃないかとすら思えるんだけど」
「人目の付かない場所で、コッソリ、お話させていただいていたんですよ」
「はい。リーナは恋敵でしたが、話せば話すほど、信用に足る人物だと確信しましたので」
まぁリーナさんほど信用できる人はいないな……。というより、リーナさんは信用を裏切るような真似をする必要がない、というか。
逆ハーレムを公言して実現してる人が、いまさら何を恐れるのか、と言う感じ。
「信用、でいえば、私からもサーニャに一つ質問があるんですが」
ルーデルの思わせぶりな問いかけに、サーニャは「? はい」とキョトンとして言う。
「一度サーニャを裏切った兄上のこと、正直信用できます?」
「「「ッ!?」」」
俺もうすうす不安だった&他二人も気にして言わないでいてくれたことに、ルーデルは容赦なく切り込んでくる。いや、俺の立場からは文句言えない。言えないが、ぐぅう。
しかし、それに対するサーニャの返答はからっとしたもの。
「はい。ロレンシウス様のことは信用してますし、信頼してます」
何でですか? と言わんばかりのするりとした回答に、ルーデルは気圧される。
「……また浮気されたら、とか不安にならない?」
「そもそも浮気されたら、という発想がおかしいかと。貴族は一夫多妻制が認められている以上、私が正妃であれば問題ありません」
「あ、あれ? そう言う感じですか? 決闘終わりでは、誰にも明け渡さないとか言ってたから、浮気絶対許しません宣言だと思ってたんですけど」
「それは、はい。誰にもロレンシウス様の心は渡しません」
「???」
ルーデルはイマイチかみ合わない会話に、首を傾げて困惑しきりだ。
サーニャはそれに、一つ咳払いをして説明する。
「ロレンシウス様ははっきりされた方です。誰かに心が惹かれたら、見ていればすぐに分かります。そして私は、そんなロレンシウス様の御し方がある程度分かるようになりました」
ですので、その度に私は、ロレンシウス様の心を離さないように手を打つだけです。とサーニャは語る。ほー、と感心する面々だ。
「……自分のことだが、俺は俺の御し方は分からんぞ」
俺が言うと、「簡単ですよ」と言って、サーニャは俺の耳にそっと囁いてきた。
「ロレンシウス様は、根っからの世話焼きでしょう? 手間のかかる女になればいいのですよ」
「―――ッ!」
俺は飛び上がるほど驚く。え、マジかサーニャ。お前もうそこまで俺のこと分かってて、それを受け入れられるほどの度量を身に着けたのか。
「え、何ですか何ですか」
「いつも平然としてるロレンシウスを、そこまで驚かせるようなことを言ったのか……」
「んー……何となく想像がつきますけど、ここは門外不出という事にしておきましょうか」
男二人はどよめき、リーナは一人くすくすと笑っている。心地よい時間だった。気心の知れた面々と過ごすのは、悪くない。
だが楽しい時間はすぐに過ぎ去ってしまうもの。自然と一人、また一人、といなくなっていき、最後には俺とサーニャだけになった。
「さて……そろそろ俺たちも引き上げるとするか」
「……」
しかしサーニャはツンとそっぽを向いている。え、何で? 今まで上機嫌だったじゃん。
「サーニャ?」
「……」
「おい、どうした」
「どうもしていません」
どうもしていない奴が拗ねたような態度はとらないんだよ。
とはいえ、俺もこの手の態度は初めてではない。要するに、不満があるという事だ。引き上げるのに抵抗しているという事は、ああ、そうか、単純な話だ。
「サーニャ」
「……何ですか」
「もう少し、俺たちだけで話すか」
「……はい」
サーニャの表情がほぐれる。そのまま、サーニャは俺に体重を預けてくる。
「レオナルドとの決闘は、本当に肝を冷やしました」
「俺もだ」
マジビビったアレ。何で発明に発明で返せるんだアホかよ。
しかしサーニャはむっと唇を尖らせて、抗議してくる。
「俺もだ、ではありません。いつ大けがをするのでは、と本当に心配したのですよ。本心で言えば、もう降参して欲しいくらいでした」
「そうしたら、お前とは離れ離れになってしまうぞ」
「ロレンシウス様が危険な目に遭うよりかは幾分かマシです」
ツン、とそっぽを向くサーニャ。その気高さと献身的なところが、ただただ愛しくなってくる。
「ですが、あの時ロレンシウス様がお望みの言葉は『もう降参してください』なんて弱気な言葉ではございませんでした。何より、私のために戦っているロレンシウス様の前に、私の心が敗北するなど、あってはならないことです」
「それで、あんなふうに喝を入れてくれたのか」
「ロレンシウス様の心には、優しさよりも喝が響くことがよくあるとわかってきました」
「サーニャは人のことを良く見ているな」
「人のことを良く見ているのではありません。ロレンシウス様のことを良く見ているのです」
俺はその物言いに、何も言えなくなってしまう。サーニャは勝ち誇るように「ふふ、愛らしい人」と微笑する。
それが俺の逆鱗に触れた。
「何を言う。愛らしいのはお前だ。まったく、俺の悪いところばかり真似して」
「きゃっ」
俺がサーニャの腰に触れて引き寄せると、彼女は驚いた風に身を硬直させる。
「殺し文句ばかり言っているとひどい目に遭うぞ。いいや、俺がひどい目に遭わせてやる」
「ろ、ろろ、ロレンシウス様? あ、あの、私」
「油断し過ぎだ、サーニャ」
奪うようにキスをすると、ファーストキスよりもずっと身体を固くして、サーニャは俺を受け入れた。顔も真っ赤で、緊張と期待がないまぜになっていて。
ああ、本当に、サーニャ。俺はお前に夢中なのだと自覚する。
唇を離す。「ロ、ロレンシウス様……」と、サーニャは涙目で俺を見る。
俺は応えず、また口づけを交わした。
次のサーニャは、幾分か身体からこわばりが抜けていた。また離し、もう一度。そうするたびにサーニャはとろけていって、それが堪らなく、堪らなく愛しいのだ。
ひとしきりキスをして、俺たちは抱き合った。サーニャは酸欠寸前なのか、荒く息をしている。それが収まるまで、俺はそっと包み込むように待っていた。
サーニャ、と呼ぶ。
「知っての通り、俺は強引だ。傲慢で、強欲な考え方をする。俺はそれを指摘されるたび、王族だから問題ない、で通してきた」
だがな、と彼女の頬に触れる。
「不安になることもあるのだ。こんな俺が、お前を幸せにできているだろうか、と。お前を幸せにすると言いながら、振り回しているだけではないか、と」
なぁ、サーニャ。
「俺は、お前を幸せにできているか?」
俺の問いかけに、サーニャはじっと俺の顔を見つめていた。それから「ぷふっ」と吹き出す。
「……サーニャ?」
「ふ、ふふ。殿下。本気でそんなことを悩んでいるのですか? だとすれば、お門違いです」
お門違い、とオウム返しにする俺に、サーニャは言う。
「幸せにはするものではなく、なるものです。私は、ロレンシウス様の傍で幸せになっていますよ」
サーニャはそっと俺の胸に頬を当て、目を瞑った。俺はその背中にそっと手を回して、ただ「そうか。ならいい」と抱きしめる。
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