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27話 俺様王子が悪役令嬢を賭けて決闘ってマジですか? 中

 まず、レオナルドがどういう奴なのか、という話をさせて欲しい。


 ご存知の通り奴はバカである。馬鹿野郎である。空気はシンプル読めないし、座学もほとんどが一桁点数。十点満点とかではない。百点満点のテストで、一桁なのだ。


 だが、それでも奴には剣があった。


『次ッ! かかってこい!』


 上級貴族クラス所属の癖に、魔法特進クラスに駆り出されて訓練に付き合っている姿を見たことがある。一言で言えば、すさまじかった。軍人の卵たちを、まるで子供をあやすようにいなし、こかし、実力差を悟らせた。


 天才というのは、奴みたいなのを指して言うのだと思ったものだ。






『最終決戦―――開始ッ!』






 ルーデルの宣言を受けて、レオナルドはゆったりと剣の切っ先をゆらゆらとさせていた。


「……ロレンシウス。いくつか、いいか?」


 まともに打ち合えば、敵う相手ではない。そんな相手が臨戦態勢を取らずにこちらに会話の意志を持っているというのは、少し緊張がほぐれるというもの。


「何だ」


「先ほどの無詠唱だが、アレは『予約』か?」


「……正解だ」


「サルバドールの足場を崩した一撃は、どうだ? アレだけの威力で負担が軽いとも思えないが。魔力は尽きてないか?」


「……回答は、控えさせてもらおう」


「そうか。魔力は余裕があるが、体力的に消耗しているのだな」


 こいつマジかよ、と思う。アルヴァーロの提案が、いかに恐ろしいものだったのかを理解する。連戦形式で各個撃破した方が、レオナルドに情報を渡さずに済んだのでは。


「だが、まぁ、そうだな」


 レオナルドは言った。


「とりあえず、やろうか」


 その、感情の失せた宣告に、俺は思わず指を鳴らしていた。


 俺の姿が消える。光魔法。レオナルドが言った通り、これは『予約』だ。詠唱そのものは簡単で『眼に飛び込む光よ。「我が指が鳴りしときに」我が姿を何者にも映すな』と追加注文するだけ。


 だが、上級貴族クラスの人間が学ぶようなテクニックではない。調べたら、魔法特進クラスの中でも先陣を切るような戦いをするもののみが使うような、マイナーな詠唱方式だった。


 何でこんなこと知ってんだよ、と思いながらも、俺は息をひそめながらレオナルドに近づく。レオナルドは「見事だな……光魔法は何か回復したり力が強くなるイメージしかなかったのだが」とアホなことを言いつつ、剣を握った。


「まぁいい。見えなくとも、知る方法はいくらでもある。―――水よ。蒸気となりて地に満ちよ。満ち満ちて、触れるモノすべてを示せ」


 レオナルドを起点に、蒸気があふれた。それ本当に水かよ! と言うような使い方をされた魔法が、俺に触れ、補足する。


「見つけたぞ、ロレンシウス」


 肉薄。俺は慌てて剣を構える。衝撃。ギリギリと音を立てて、鍔迫り合いが起こっていた。


『おぉ―――っと! 姿を隠していた兄上は、レオ兄さんの魔法でいともたやすく見つかってしまいました! これは兄上に取って非常にまずい展開です! 何せレオ兄さんは剣の道にて負けなしの強者!』


「さぁ、ここからどうする。ロレンシウス……!」


「ぐ、ぅ……!」


 鍔迫り合いは俺が劣勢だ。腕力で劣っているつもりはなかったが、どうも力の入れ方に技術があるらしい。俺は段々と追い込まれていく。


 破れかぶれに蹴り飛ばして距離を取り直そうとすると、素早くレオは俺の足を取った。「なっ」と俺の声が漏れるのと同時、レオの回し蹴りが俺の腹に直撃する。


「っか、はっ……!」


 気を抜いたところを見事打ち抜いたその一撃は、俺の内臓に直接ダメージを与えてくる。体の中身が上下さかさまになるほどのショック。吐き気、気持ち悪さ。


 しかしこれでよろめいていては、負けは必至。俺は苦し紛れに剣を振り、避けられるのを見越してレオナルドから距離を取った。


「驚いた、悪くないな……。ロレンシウス、お前は本当に何でもできる。そうだな。これでも僕は、お前のことを尊敬していたのだが」


 まさかお前から、僕の領域で逆鱗に触れてこようとは。レオナルドは涼しげに、見せつけるように剣を振るった。こちらは痛みに脂汗さえかいているというのに、奴は汗一つないのだ。


 実力差というものを感じる。しかし、策は尽きたわけではない。計画立案の段階で、レオナルド、お前を破る案はいくつも立てていたんだ。


 俺は剣を構え直す。ふん、とレオナルドはつまらなそうに鼻を鳴らす。


「―――っぁぁぁあああああああ!」


 俺は叫びをあげて、奴に突撃した。そして途中で止まる。すると、俺を置いて、俺の姿だけがレオナルドに向かって行った。


 光魔法で作った幻影だ。これで隙が出来た瞬間に切り込む。この試合中では、一度も見せていない技。


 だがそれを、レオは素通りした。


「っ!?」


『おおぉ―――っと!? 今何が起こったのか! 兄上が切りかかっていくのを、レオ兄さんは黙殺! しかも実際にその光景は、真実ではなかった!』


「ロレンシウスはバカではない。ヤケになって考えなく切りかかってくるようなことはない。だとすれば、ブラフだと思った。当たりだったな。では、また補足し直すとしよう。―――水よ」


 俺は慌てて、もう一度幻影を飛ばす。レオは「おい、見破られた技がまた通じるとでも―――」と言ってから、慌てて剣を振るう。


 レオの剣に、衝撃が走った。奴はニヤと笑って、「なるほどな。考えるじゃないか」と笑った。


「まさか自らの幻影の中に、実体としての光の矢を混ぜるとは。僕でなければ一撃、貰っていたところだったとも」


 通じる。俺は好機を見出し、同じ魔法を繰り返した。


 つまり、大量の俺の幻影が、光の矢を内に秘めて襲い掛かる。


「おいおい……何だその魔力量は」


「生憎と、幻影は燃費が良くてな」


 レオは襲い掛かってくる俺の幻影を斬り、斬り、斬り伏せる。その度に俺の幻影は霧散し、衝撃だけがレオを襲う。


「だが、この程度では僕は倒せんぞ。幻影は魔力を食わないにしても、光の矢はそうではないだろう。多少は僕も疲弊するが、お前の魔力切れの方が先のはずだ、ロレンシウス」


 こんなに大量に撃っていいのか? と勝ち誇るレオナルド。だが、俺にももちろん考えがある。


「大量? 誰が光の矢を大量に撃っているというのだ」


「何……ぬっ」


 俺の幻影の一つが、光の矢を内包していなかったことで、レオは剣を無駄振りする。だが次の幻影は内包している。レオにはその違いを見抜くことは出来ない。すべてに反応する必要がある。


「幻影は、すべて一つの魔法だ。次々にお前を襲う俺の幻影。だから、もう魔力消費はない。だが、お前はその無数の俺の幻影に対応しなければならない。何故なら、その中の何割かは、本当に攻撃だからだ」


「ぬ、ぬぅうう!」


 超人的な剣捌きで俺の幻影を切り伏せるレオナルドだが、ようやくそこには汗と焦りが見て取れた。じり貧。ほとんど、状況はレオの詰みのようなものだ。


『これは兄上の戦略勝ちか!? レオ兄さんは兄上の構築した、実体・非実体攻撃になすすべがなーい! 兄上は時折実体攻撃を混ぜるだけで、レオ兄さんは確実に消耗していくー!』


「えげつないな殿下の魔法……」


「これちょっとした発明なんじゃないか? 相手に消耗を強制するってことだろ? 剣聖ですらここまで追いつめられるって」


「これは卑怯ですわ! こんなもの、王族の使う魔法ではございません!」


「何言ってんだアイツ。卑怯な真似ではあるかもしれないが、それだけ婚約者のことを想ってるってことだろ」


「というか戦闘において卑怯は褒め言葉だって何度言えば……」


 俺の魔法に賛否両論のようだが、俺が姿を現し視線を向けるだけで、反対派は黙った。そうだ。この決闘は、お前らのためにあるのだ。これは、お前らが歯向かえば、次はお前がこうなるぞ、という脅しなのだから。


 さぁ、最後にレオに降伏勧告をするか、と視線を戻すと、奴はニヤリ笑って言った。


「おい、ロレンシウス。次の手を打っておくべきだったな。僕はもう、この魔法の破り方が分かったぞ」


「……は?」


「―――水よ。我を覆う薄膜を張れ」


 水がレオナルドの眼前に現れ、そして奴の周囲を覆い尽くした。すると、単なる幻影は水を素通りし、光の矢は水の膜に穴をあけてレオナルドに攻撃する。そしてそれに絞って、奴は剣を振った。


 結果、レオナルドは光の矢のみを的確に撃退するようになる。もはやそこに、無駄な消耗の余地はなかった。


「ッ――――――!?」


「これで、お前の消耗戦は終わりだ。それとも、先ほどのように光の矢を撃ちまくるか?」


『何という事でしょうか! 兄上が発明した実体・非実体攻撃は、薄膜という感知機構の構築で破られてしまった―――! 何というセンス! 何という才能! 新たな発明を御す発明をこの場でしてしまうとは、これが剣聖か―――!』


 俺は目を剥いてレオナルドを見つめる。マジかよこいつ。全然想定してなかったんだけど、これ破られるの。


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