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18話 悪役令嬢が俺様王子の腕枕で勝手に寝てたって本当ですか?

 散歩に学園内の芝の生えたエリアを歩いていると、秋の涼しい風が吹いた。


 俺はその心地よさに目を細めて、一つあくびをした。すでに時間は放課後。天気も胸のすくような快晴だ。一つここで眠ってしまおうか、と俺は横になる。


「ああ、最高だな……」


 俺は静かに目を閉じる。風がやんわりと、俺の全身をくすぐっている。






 不意に寒気を感じて目を覚ますと、空が赤くなっていた。夕方。しっかり寝てしまったな、と苦笑しながら上体を起こそうとすると、腕に重みを感じて止まる。


 俺の左腕。伸ばされた先には、サーニャが腕枕にしてすやすやと眠っていた。


「……」


 何だこの可愛い生物は……。


 俺はしんどさに大きく息を吐く。無理に起こすのも悪いので、俺も上体から力を抜いて横になる。


 それから、どうしたものか、と考えた。いや、少し体を冷やす分には、俺は問題ない。王族は万能を求められる。政治はもちろん、俺単独でも暗殺者くらい一ひねりできる程度には強い。


 だから鍛えている俺が風邪なんてのは、中々かかるものではない。しかしサーニャはどうだろうか。こんなか細い婦女子が、油断して寝ていたら風邪の一つでも引いてしまうのではないか。


「……」


 案としては、俺の着ている学生服の上着を掛けること。ひとまず風はしのげるだろう。だが腕枕をしている現状、起こさずに服を脱ぐ、と言うのは中々に難しい。


 どうしたものか……、と俺が難しい顔をしていると、現れる影があった。


「殿下」


「ディル」


 そこに現れたのは、俺の乳兄弟、ディルだった。風のディル君だ。俺は彼の登場に、ぱっと表情を緩める。


「ちょうどいい。サーニャに風よけの魔法をかけてやってくれ」


「……はい」


 ディルは何か言いたげな口調で首肯し、「温かな風よ、少女と王を包みたまえ」と呪文を唱える。俺はまだ王ではないが、破滅の危機は去ってるしまぁいいか。


 俺たちの周囲が一気に暖かくなる。室内のような感じだ。心地よくて、俺もまたうとうと来てしまう。


「殿下、今よろしいですか?」


 しかしディル君は何か言いたいことがある模様。


「何だ、申せ」


「はっ。……結局殿下は、リーナから心が離れていたみたいですね」


「……その話か」


 無事円満に終わったが、一歩間違えれば全然こじれた恋だったなと思う。今リーナの周りはどうなっているのだろう。肝心のリーナは今サーニャ推しになっているが


 実際、逆ハーメンバーは割と引きずっているのも多い。サルバドールはマシな方だ。アルなんか先走ってサーニャを詰めに行ってたし。未然に防いだが。殺気で。


 さて肝心のディルはと言うと。


「何ででずがぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁあああ」


 多分一番こいつが引きずってんな。


 サーニャの反対側。俺の右手にがっつりしがみついてくるディル。その声は涙声と言うか鼻声と言うかぐちゃぐちゃだ。


 血はつながっていないが素直な弟分と言う感じの存在で、記憶よみがえり前の俺の時から可愛がっていた相手ではあるが。


「リーナのっ、何がっ、悪いんでずがぁ! 最強に゛っ、がわい゛い゛じゃないですがぁ!」


 言葉に濁点が付き過ぎてて何が何やら分からんなこれ。


「落ち着けディル。別にリーナは何も悪くない。しいて言うならば、俺の心が離れたのがただ悪いのだ」


 リーナさん強すぎるしシンプルに魅力的すぎて、何か庇護欲湧かないんだよな。面倒くさい奴に手を回して世話したくなっちゃう俺みたいなのだと、ちょっと物足りない。


「う、うぅ……どうしたらまたリーナに心が戻りますか……!」


 無理だろうなぁ。


「ディル」


「はい」


「王とて寄せて返す波を止めることは出来ない。世の中には、不可能なことが存在するのだ」


「……!」


 ディル、言葉を失ってしまう。それから、意気消沈だ。


「……そんなに、アレクサンドラ様がいいのですか」


「そうだな」


「リーナがあり得ないほどに」


「そうだな」


「何でですか」


 前にサーニャ本人にも同じようなこと言われたな。


「例えばだ」


 俺は例を出す。


「お前はリンゴが食べたい。そして、お前が食べられるリンゴは二つある。一つは果物屋に行って買えるリンゴだ。もう一つは、森の奥地に行ってやっと手に入るリンゴだ」


「……? はい」


「そしてお前は、両方を手に入れた。さてここからが問題だ。どちらも同じうまさだとして、どちらか片方を捨てなければならない状況になった。ディル、お前はどちらを残す?」


「……森の奥地の方ですかね」


 うんうん、と俺は頷く。苦労して手に入れた方を残すよな。


「では、ここでお前は、時間が巻き戻るのを感じた。お前は家にいて、果物屋にも森の奥地にもいく前で、リンゴは欲しいままだ。そして片方、捨てなければならないことも知っている。さぁどちらを選ぶ?」


「果物屋に行きます」


「ならばお前には分からん!」


「えぇっ!?」


 ふつうもう一度森の奥地行くだろ。苦労してリンゴ食べに行くだろ。何で思い入れのない方で満足してしまうのか分からん。けどこの例えで俺と同じ意見の奴見たことないので、おかしいのは俺かもしれない。


「つまり殿下は、面倒くさい女性が好き、という事ですか……?」


 ディル、核心を突いてくる。俺は勢いで、「そうだ」と答えそうになった。


 だが俺は察しがいい男。俺の腕の上で、サーニャがびくりと動いたのを取り逃さない。


 ……これサーニャ起きてるな……?


「殿下……?」


 呼んでくるディルに俺は人差し指を口に当て、『静かに』のジェスチャー。そして静かにサーニャの頬に顔を寄せる。


「……」


「……」


 じっと見つめる俺。夕焼けの所為か顔が赤くなっているように見えるサーニャ。多分起きているが、確実ではないな。起きている、という想定で会話に戻ろう。


「それで、何だったか」


「殿下の女性の好みの話です」


 これ思ったけどどう答えるのが正解なんだろうか。


 面倒くさいのが好き、と話せば『私って面倒くさいの!?』とショックを受けるだろう。面倒くさい女がすんなり受け入れるわけがない。


 だが『これこれこんな特徴がある人が好き』と言えば、『私にはそんな魅力ない……』とか『それをなくせば嫌われる……』とか思うのだ。マジで面倒くさい。たまんねぇ。


 なので俺は言った。


「教えん」


「えっ」


「っ。……」


 サーニャ、完全に起きてる。すげー分かりやすかったぞ。頭一瞬浮いたもん。


「い、いえ、教えてくださいよ」


「嫌だが」


「何でですか」


「むしろ何で知りたいんだ」


「そ、それは、リーナをまた好きになって欲しいからです」


「何故だ。普通なら、リーナを好き合う者同士は恋敵となるはずだろう」


「それは殿下自身がお分かりのはず」


 まぁね。


「リーナが幸せであればいい。我々は、そのために身を捧げた者たちの共同体であったはずです。いわば半身に近い。恐れ多くも、私はリーナから殿下の心が離れたと知って、身を割かれるような思いになりました」


 そうなのだ。本気でアプローチしてくるリーナには、そういう魔性がある。彼女が幸せであればそれで良い。そのための道具に徹したい。そう思わせられる。その時の記憶は薄れていない。


 そして、その同志は多ければ多いほどいい。何故なら、かつてリーナを愛した俺たちは、見返りを求めなかったがために―――


 だが過去の話である。今の俺はそんなことない。


「ディル」


「な、何ですか殿下」


「諦めろ」


「そんなに!? そんなに好みの女性像知られたくないですか殿下!? むしろその理由が知りたいですよ!」


 ムッキー、とばかり大反論してくる乳兄弟である。実弟も腹立たしいが、こいつもまぁまぁうざったい限りだ。


 しかし俺が押しとおしても食い下がって来そうな雰囲気を出しているディルである。しかも腕枕中のサーニャもコクコク小さく頷いている。お前が頷いちゃダメだろ。寝てることになってんだから。


 俺はしょうがないので、ため息をついて「分かった。そこまでして知りたいのなら、教えてやる」と答えた。


「本当ですか! では、どうぞ」


「その前振りはやりにくいことこの上ないが……。そうだな。俺の身長に見合う程度に上背があると気が楽だな。ハイヒールでちょうど俺と背丈が並ぶ程度がいい」


 まずジャブを放つと、ディルも寝ているはずのサーニャも衝撃を受けたようだった。何せリーナにもサーニャにも当てはまらない特徴である。どちらもちびっ子だ。リーナはかなり小柄だし、サーニャでもハイヒールを履いてなお俺の肩に並ばない。


「次に体にメリハリがついているといいな。俗に言うボン、キュ、ボン、だ。古めかしい表現ではあるが、これの美学が分からない男もおるまい」


「う、うぐぅ」


 ディルは歯を食いしばって震え、サーニャは沈黙している。まあつまりそういう事だ。多くは語るまい。


「あとは、そうだな。国母にふさわしい母性も必要なのではないか? つまりは包容力だ。男を尻に敷いておきながら、男が尻に敷かれていると気づかないくらいのやり手であれば、王としても安心感があるだろう」


「そ、それならリーナ、も……い、いや、そこまでは流石に怪しいか、でも……」あ、ちなみにリーナさんにはあるよ。お前らが実態としてそうなってるじゃん。


「―――……」


 そしてものの見事にすべての好みから外れたサーニャである。身長、スタイル、そして包容力の全てを持たない公爵令嬢は、静かに脱力して息絶えている。


 そこに気が付かないディルではない。「そっ、そうですよ!」と直接指さし指摘する。


「リーナにも怪しいところがありますが、アレクサンドラ様は全て該当しないではありませんか! これはアレクサンドラ様が悪いというのではなく、ロレンシウス様との好みとの不一致! やはりリーナの方が良いのではないでしょうか!?」


 ちゃっかり保身しつつも、ババンと言いたいことの全てを言ってしまうディルだ。サーニャは精神の死を迎えて土に帰ろうとしている。


 つまり、俺の誘導通り、だ。


 俺はそこを見計らい、サーニャを抱き寄せる。


「はひゃっ?」


「何を言う。異性の好みの全てを外してきてなお、俺はサーニャを愛してしまったのだ。欠点も、長所も、それ以外の全ても丸々な。これで分かったか? 異性の好みなどというものが、いかに些事であることが」


 眠っているという体なので、全く抵抗できないまま俺の至近距離に寄せられたサーニャは、顔をきゅっと力んで真っ赤になっていた。一方ディルは、俺の切り返しに返す言葉が出てこない。


「そ、そん、な」


「という訳だ、恋路を邪魔する奴はユニコーンに蹴られて死ぬぞ。そら、散れ散れ」


「ぐ、ぐぅう……。それでも我々は、殿下をいつでも待っていますからね!」


「お前心広いな……」


 捨て台詞が無駄に包容力にあふれているディルである。うわーんと泣きながら、彼は去っていった。良い奴だったよホント。美味い飯でも誘いたい。


「さて……長話してしまったな。起こすのは悪いし、このままおぶっていってやろうか」


「っ。……、……」


 狸寝入りをしているつもりとは思えないほど、こちらの言動に敏感なサーニャだ。俺が持ち上げようとすると、何となく体重を移動させて持ち上げやすく移動してくれるのだから愛おしい。


「よっ……と。お前は軽いな、サーニャ」


 言うと、少し得意げな鼻息を感じる。俺は「油断しているとこのまま俺の私室に連れて言ってしまうぞ」と囁いて、強張るサーニャに「冗談だ」と告げて笑った。


 サーニャは、気持ち強めに俺の背中にしがみつく。


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