39話 球技大会13
午前中のプログラムを終え昼休み、雨竜の提案で昼食はチームで食べるということになった。
僕は脱走しようと思ったが、『捜すのが面倒だから一緒に食え』と雨竜に言われ逃げることができなかった。昼休みが終われば真っ直ぐ体育館に戻ってくると言ったのに、哀しいくらいに信用がなかった。とても半年以上隣の席にいる男とは思えない無情さである。
決勝トーナメントの作戦会議を交えた昼食会を終え、男子生徒たちは再び第一体育館に集まっていく。決勝トーナメントの開始だ。
勝ち上がった選手たちが各々のコートへと向かっていく。僕たちのチームもその1つだ。
こうなると予選敗退したチームは手持ち無沙汰になりそうだが、決勝トーナメントの間はコートを2面しか使わないため、残った1面を好きなように使っていて良いのである。勝敗を気にせず遊び感覚でプレイするのが一番楽しいようで、予選敗退組の方が意外と退屈しないみたいだ。
気を取り直して第一試合、Dクラスとの対戦。
2位上がりとはいえさすがは決勝トーナメント進出チーム、予選の相手よりレベルが上がっていた。
予選ではボール回しに徹していた雨竜のワンマンプレイが光り始める。あいつが本気を出すとマークなんていないも同然、ペイントエリアの境界付近からのジャンプシュートで得点を重ねていく。
ある程度点差が開けば、改めてパス中心になってチームが点を取れるよう動きを変える。こうしてみるとやはり1人だけ動きの質の次元が違う。相手チームも堪ったものではないだろう。
終わってみれば危なげなく試合終了、8チームのトーナメントのためこれでベスト4、後2勝で優勝となる。
準決勝もそれほど危険に陥ることなく、1回戦と同じ要領で勝利した僕らのチーム。雨竜がいるとこうもあっさり勝ててしまうのかと僕は些か拍子抜けした。
――――逆を言えば、雨竜が封じ込められたとき、そこがBクラスの正念場と言えるのだろう。
僕らの試合が終わった頃、わらわらと女子生徒が第二体育館から姿を現した。
雨竜の話によると、この後男女の3位決定戦が行われ、その後女子決勝、最後に男子決勝が始まって閉会式となるらしい。栄えある決勝戦は皆の目に触れるようにと体育教師の粋な計らいのようだ。参加しない僕からすればどうでもいいが。
3位決定戦が終わり、女子の決勝戦が始まる。なんと決勝は、午前中に僕が見ていた名取真宵のAチームと神代晴華のCチームの対戦だった。なかなかに熱い展開である。
予選ではそれなりの点差でCチームが勝利したが、決勝はずっとシーソーゲームだった。Cチームが点を取ればAチームも点を取り、Cチームが攻撃を凌げばAチームも攻撃を凌ぐ。2度目の対戦ということもあり、お互いなんとなく戦い方を理解しているのだろう。
大きな変化は名取真宵が周りを使うようになったこと。そのおかげか、神代晴華との1対1に勝つ回数が増えてきたのだ。名取真宵に選択肢が増えたことで、神代晴華は実にやりにくそうだった。それでも笑顔を絶やすことはなかったが。
結果だけいうと、同点の引き分けで試合は終わってしまった。残り時間ギリギリで名取真宵がレイアップを決めたため、周りのテンションは最高潮で試合は終了した。名取真宵は延長戦を希望したが、タイムテーブルに支障をきたすため同率優勝という形で女子は球技大会を終えることとなった。温かい拍手が決勝で戦った2チームに送られた、それほどまでに白熱した試合だったと僕も思う。
女子決勝の熱が冷めやらぬまま、続いて男子決勝戦。大方の予想通り、雨竜率いる僕らBクラスとバスケ部が4名いるCクラスとの試合だ。
「悪いが青八木、今回は勝たせてもらうぜ」
「俺たちだって負けないさ」
Cクラスと中央で並び合って、まず背の高さが平均5センチくらい負けていることに圧倒される。雨竜より背の高い奴がいる時点で正直恐ろしい、僕らの今までの相手は何だったのかと思いたくなる程だ。
「「青八木君頑張って!!」」
中央で挨拶を済ませ僕と久保田はベンチに座る。ジャンプボールのタイミングで雨竜への応援が入った。気が散りそうだが雨竜は完全に試合に入っている、そこは問題ないだろう。
――――だが、実際の試合はうまくいかなかった。
「……思い切ったな」
ボールを運ぶ雨竜には、2人のマークがついていた。バスケ部の1人と、唯一バスケ部じゃない陸上部らしい男子。
それだけなら想定できる範囲だが、残りの3人はゴール下付近でトライアングルのゾーンを組んでいた。雨竜だけを狙い撃ちし、他の選手の長距離シュートを捨てた大胆なディフェンスである。
試しに雨竜は味方へパスを出すが、2人のマークは雨竜から決して外れない。つまるところ雨竜以外はドフリー、ドリブルし放題シュート撃ち放題の状況。
しかしながら、その状態でもBクラスはシュートを決められなかった。通常のトライアングルゾーンより3ポイントラインへ寄せているため、ゴールに近付こうとすればゾーンのトップが容赦なくプレッシャーをかけてくるからである。経験者であればそれに対抗する手段があったかもしれないが、唯一の経験者はダブルチームによって執拗なまでにマークされている。そのマークから抜け出せないことはなかったが、抜け出したタイミングで味方からパスをもらうことができなかった。
前半の途中でボール運びを別の生徒に委ねた雨竜だが、今まで雨竜がやっていたことを他の生徒が急にできるはずもない。4対3という数的有利な状況でも点を取ることができず、時間だけが過ぎていった。
「つまらない試合するなー!」と野次が飛んできたが、Cクラスチームに動揺する様子はない。それほどまでに、雨竜に勝つことを考えてきたのだろう。徹底したディフェンスのスタイルに僕は敵ながら賞賛を覚えていた。
その結果、前半は10対2というこれまでにない劣勢状況で折り返すこととなった。得点は、雨竜のマーク外しとパスが偶然噛み合った1本だけである。
「無様だな、雨竜」
レギュラーメンバーを休ませるためベンチから立ち上がった僕は、最初の感想を雨竜へ告げた。
「相手の作戦に対し後手後手の動き、指示も中途半端で味方を混乱させるだけ。このまま負けたら全部お前のせいだ」
「廣瀬テメエ! 試合にも出てねえくせに何偉そうに言ってんだ!」
「やめろ喧嘩は、俺が不甲斐ないのは雪矢の言うとおりだ。試合に出てる出てないは関係ない」
「でもよ……」
「正直ナメてたよ、まさかあそこまでガチガチのディフェンスをしてくるとは。俺のマークは最後まで保たないだろうけど、そこはさすがに交代してくるだろうからな」
雨竜はチームメイトを気落ちさせないよう、努めて明るい声色で現状を伝える。
だがしかし、皆の不安は一緒だった。
「なあ青八木、俺たち勝てるのか?」
後半から出場予定の久保田が、若干声を震わせて雨竜に質問する。
はっきり言ってここから勝つのは難しい。相手の『雨竜さえ押さえておけばいい』という認識を変えられなければ、前半と同じような展開が続いてしまうだろう。
相手の考えを変えられる選手がいれば、まだ試合は分からない。
「絶対ではないが、可能性なら残されている」
「マジか!?」
雨竜の言葉で、Bクラスメンバーの瞳が輝いた。あの青八木雨竜が4ゴール差あろうともまだ試合に勝てると言っているのだ、誰もが縋り付きたくなる。
「どうすればいいんだ俺たち!? 何でもやんぞ勝つために!」
その言葉を受けた雨竜は、何故か大きく深呼吸をした。
――――そして真っ直ぐ、その瞳は僕を捉えていた。
「雪矢――――――――――お前が出ろ」
それが雨竜の言う、これから試合に勝つ可能性だった。




