36話 球技大会10
「別に仲が良いつもりはない。話す機会があるだけだ」
僕は名取真宵の狙いを理解しつつも、それには応えず返答した。まったく、桐田朱里のときといい、なんでそんなことを気にするやら。ライバル宣言をした蘭童殿だけを気に掛けていればいいのに、そんなにいろんな方向にセンサーを張っていたら自分のことに気が回らなくなるだろうが。
「話す機会って何? 仲良くはないんでしょ?」
「お前が想像していることを勝手に当てはめろ、僕からは何も言わん」
「ふーん、そういうスタンスね」
僕の言い回しである程度納得したのか、名取真宵はそれ以上追及してこなかった。恐らくは、月影美晴もライバルであると彼女は認識したのだろう。というか、僕と話している人間なんて9割9分雨竜絡みなのだから最初から疑われているとは思うのだが。
正直言えば、月影美晴を意識して欲しくなかった。容姿だけ見れば最も恐るべき強敵かもしれないが、中身は未だ雨竜と1対1になれないポンコツである。そんな人間を意識して無茶して欲しくはないのだが、雨竜を手にするには多少の無理も必要なのかもしれないと思ってしまう。複雑な男心だ。
「……ちなみにだけどさ」
「ん?」
「あんたは、誰が勝つと思う?」
僕の隣に座る神代晴華に悟られぬよう、名取真宵は言葉を短く質問した。その瞳は、強気な彼女には珍しく微かに揺れていた。
誰が勝つ、つまり雨竜と交際できるのは誰だと思うか、という意。おそらく名取真宵の頭の中には自分を含めた4人の人間が浮かんでいるだろうが、僕は気にせず自分の言い分を披露した。
「そんなこと、僕に分かるわけないだろうが」
名取真宵は驚きで目を丸くする。僕の白旗宣言がそんなにも意外だったのだろうか、どう考えたって答えなど見つかるはずはないと言うのに。
「誰にも負けたことのない無敵の相手だぞ、何が効くかも分からないのに易々と答えなんて出せるか」
「……成る程、確かにそうね」
「――――でもな」
僕は言葉を1度切ってから、隣に座る名取真宵の目を見つめた。
「だからこそ誰にだって可能性はある。唐突な攻撃で一発KOになる可能性だってある。諦めさえしなきゃ自分で勝利を掴み取れる、少なくとも僕はそう思うぞ」
「……そう」
僕の言葉を受けた名取真宵は、あまり見せない穏やかな笑みで僕に応えた。瞳を揺らして不安がっていた姿はもはやどこにもなかった。僕の言い分が少しでもモチベーションに繋がったのなら幸いだ。
「ちょっとちょっと、2人して何の話?」
わざと言葉を濁して話していたため、神代晴華が怪訝そうに僕ら2人に問いかけてくる。
「ああ、子どもってどうやったら生まれてくるか話してたんだ。なあ?」
「そうそう、肝心なところがあたしも廣瀬も分かんなくてね。神代、あんた分かる?」
「え、えっと、その……ってあたしのことからかってるでしょ!?」
「「うん」」
「もう!! こんなときだけ息ピッタリ!」
僕と名取真宵のチームワークにより、顔を真っ赤にして狼狽える神代晴華。相変わらずこの手の話は疎くて苦手なようだ。ホントいろいろ男子受けしそうなピースを揃えているな、この女は。
「さてと、あたしは第二体育館に戻るわ」
何やら満足したらしい名取真宵は、そう言って立ち上がった。
「えっ、マヨねえ行くの?」
「青八木の試合は見られたしコイツとも話せたしね、後は決勝トーナメントであんたにリベンジするだけよ」
「おお、作戦会議だね!? あたしもついていっていい?」
「あんたの神経図太すぎない? よく今の流れでついてくるって言えるわね」
「あたしのことならあたしが一番よく知ってるし。いいアドバイスできるよ~?」
「あんたから助言受けてどうするのよ……勝手にしたら?」
「するする! 勝手する!」
「おい、ここまで来たのにAチームの応援しなくていいのか?」
神代晴華も立ち上がり2人でこの場を去ろうとしたので、一応僕は声を掛けておいた。Aチームに味方をするつもりはないが、彼らは同じクラスの女子からの応援を欲していた。せめて一声でもかけてやればとお節介を焼いてみたが、
「なんであたしがそんなことするのよ、どうせ負けるのに」
辛辣すぎる言葉を吐き捨てて2人は無情にもこの場を去って行ってしまった。雨竜がいる以上事実かも知れないが、血も涙もない奴である。
このせいか分からないが、その後Aクラスは調子を崩し、16対4でBクラスは勝利した。誰も応援に来てくれなかったと嘆く彼らを見て、とても勝利を喜べる雰囲気ではなかった。
何この勝利、試合に出ていない僕まで心がひどく痛むんだけど。




